辺境の灯(ともしび)

mizuno sei

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9 少年兵と令嬢 1

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《第三者視点》

 アル・マトスの領主クレア・ローゼンは、その日、定例となっている週に一度の〝街の視察〟に出るために、侍女のアイラとともに、騎士団の訓練場を訪れていた。その日、手が空いている護衛の騎士を依頼するためである。

「お嬢様、ここでしばらくお待ちください。私が依頼しに行ってきます」

「あら、私も行くわよ。いつもそうしているじゃない」

 クレアが生まれた時から専属の侍女として仕えている年配の侍女は、少し言いにくそうにしながらこう言った。
「あくまでも噂ですが、近頃、騎士たちの中には良からぬ野望を抱く者もいるとか、少しそのあたりをバーンズ殿に注意しておこうかと……」

 十六歳の公爵令嬢は、それを聞いて少し皮肉な笑みを浮かべた。
「ふふ……こんな私でも、一応公爵家の娘ですものね。騎士爵たちからしたら、格好の獲物に見えるのでしょうね」

「お嬢様、自分を卑下されてはいけません。それこそ付け入る隙を見せることに……」

「うん、分かっているわ、アイラ。大丈夫、どんなに貧しくなっても、誇りをお金のために売ったりはしない」

 侍女はにこりと微笑むと、兵舎の方へ歩み去っていった。

 クレアは今下りてきた石段にハンカチを敷いて座り、何気なく訓練場の方を眺めていた。この日も、訓練部隊がそれぞれの武器班に分かれて、訓練に励んでいた。
 そのとき、ふと、彼女の目は一人の兵士に注目した。その兵士は斥候班で訓練をしている小柄で、まだ若い兵士だった。彼は、三人を相手に、まるで羽が生えているかのような軽やかな身のこなしで躱し、攻撃し、次々に急所に一撃を与えていった。

「すごい……初めてみる顔だけど、新人かしら」
 いつしか、彼女の顔には楽し気な笑みが浮かんでいた。その兵士の動きやしぐさ、他の先輩たちにぺこぺこ頭を下げている様子が、見ていて楽しかったからだ。

「お嬢様、お待たせしました」
 侍女のアイラが一人の騎士を伴って戻ってきた。

「今日は、副隊長のルサック殿が護衛に付いてくださるそうです」

「そう、よろしくね、ルサック騎士爵」

「はっ、お任せください」

「ねえ、ルサック、あそこで訓練している若い兵士、初めて見る顔だけど、新兵なの?」

 不意の問いに、コリン・ルサックは戸惑いながら、令嬢が指さす方向に目をやった。
「ああ、はい、先日入隊した新兵で、ユウキ・マーノという者です」

「ユウキ・マーノ……不思議な響きの名前ね」

 この日はいったん、それで話は終わり、クレアはアイラ、コリンとともに街の視察に向かった。
 しかし、この日からクレアの心には、少年兵ユウキの姿と名前の響きが、ふと思い浮かべることが多くなった。理由は彼女自身にもよく分からない。ただ、訓練の様子を見て、身辺の護衛として頼りになりそうだと感じたことは事実だった。


♢♢♢

 その日、僕は外の見回りのために、第二小隊と一緒に出掛けていた。この小隊の隊長は、大剣班の班長ドレットさんだ。
 アル・マトス騎士団は、五つの小隊から構成されており、一つの小隊の人数はだいたい二十人前後だ。
 この日は、先頭の斥候が僕とゲイルさん、その後に剣班と槍班の兵士たちが五人ずつ続き、その後に馬に乗った騎士のドレットさんと剣班の騎士が二人、そして弓班の兵士と魔法班の兵士が三人ずつ最後尾から続くという構成だった。

 斥候の僕とゲイルさんは常に前を走って、行く先の安全確認をしなければならない。街の周囲は約二十二キロほどなので、かなりの運動量だ。

「ゲイルさん、右前方から魔物の群れが近づいてきます。全部で……九匹です」

「了解、距離はどのくらいだ?」

「ええっと……およそ八十リート(約百六メートル)です」

「よし、分かった。お前はここに待機だ。隊長に報告してくる」
 ゲイルさんはそう言うと、後方から来ている隊に知らせに走り出した。

「森オオカミか。ああ、鹿を追いかけているんだな」
 僕はパネルに映る点の動きと、点のステータスを見ながらつぶやいた」

 やがて、馬の足音と大勢の人間の足音が近づいて来た。

「どうだ、奴らの動きは?」
 隊長のドレットさんが尋ねた。

「はい、五十リートほど先で鹿を捕食しています」

「うむ。よし、コレット、エイミー、お前たちは前後の道の人と馬車の往来を止めておけ。残りの者は、魔物を残らず始末するぞ」
 ドレットさんの野太い声に、部隊にピリッとした緊張感が走る。部隊はいっせいに、静かに早足で移動を始めた。僕は部隊の二十メートル先を、ゲイルさんとともに走っていく。

「あ、ゲイルさん…新しい魔物が森の中から……ゴブリンです…数が多い…十二匹です」

「ちっ、フォレストウルフの獲物を横取りに来やがったな。隊長に報告してくる」
 ゲイルさんはそう言って、後ろに走っていった。

 部隊は止まらなかった。そのまま、魔物たちを一掃するらしい。後で聞いたのだが、ゴブリンと森オオカミは、普段は襲ったり襲われたりの競合関係らしいが、対人間では共同して向かってくるという。だから、こちらが少数の場合は、ゴブリンとオオカミたちが争い合って数を減らすのを待つのが賢いやり方なのだ。
 だが、ドレットさんは騎士団の中でもかなりの強硬派で知られている。同じくらいの数なら、待たずに攻め切る方を選ぶ、ということだ。

 現場が近づいて来た。向こうもこちらの足音に気づいて、警戒態勢に入っている。

「魔法兵、発動準備をして待機、弓兵、一斉射撃っ! 魔法兵、放てっ!」

 セオリー通りに遠距離からの攻撃から戦闘が始まった。ヒュン、ヒュン……矢が放たれる音が響き、その後から火球、岩石、水球が飛んでいく……。
 えっ、水球? それって、まずいんじゃない? せっかくの火球が消えてしまうのでは、と思ったが、後で聞いたら、魔法はあくまでも相手を動揺させるのが主な役目で、倒すための主役ではないらしい。むしろ、森に延焼して被害を出さないように、必ず火魔法と水魔法はセットで使われるのだという。
 う~ん、なんだか腑に落ちない。僕は、魔法こそ敵の勢力を削ぐ最も効果的な戦法だと思うのだが……。

「総員、突撃っ! 一匹たりとも逃すな、討ち取れええっ!」
 隊長の声に、うおおおっ、という叫び声が上がり、兵士たちを先頭に全員が走り出した。今まで獲物の鹿をめぐって争っていたオオカミたちとゴブリンたちは、共通の敵の出現に、共闘して向かってきた。
 森と街道に挟まれた狭い草原で、魔物と人間たちが入り乱れた戦いが始まった。

 僕は、中心部からやや離れた所を移動しながら、魔法を使って援護射撃をしていた。

「ぐわっ、くそっ」

 僕の視線のすぐ先で、オオカミと戦っていた槍兵の一人が、肩に矢を受けて片膝をついた。オオカミがそのすきを突いて兵士に襲い掛かってきた。
 僕は咄嗟に飛び出して、オオカミとすれ違いざまにショートソードを一閃した。

 ギャウンッ!

 初めて、武器で生き物を傷つけた感触は、一瞬僕の全身の血を凍りつかせたような衝撃を与えた。

「おいっ、ぼうっとするなっ!まだ、敵はいるんだ」
 そばから兵士さんが叫んだ。

 僕ははっとして我に返った。その瞬間、ヒュンと鋭い音を立てて、矢が僕の顔の横を飛んでいった。矢が飛んできた方向を見ると、先頭の中心部から離れた所から、二匹のゴブリンが弓で味方を狙っていた。

「ポーションをかけます。あっちの岩陰に移動しましょう」
 僕は、そう言って槍兵さんとともにゴブリンの矢を避けるために移動した。

「矢を抜かないといけませんが……」

「ああ、大丈夫だ……うぐっ、ぐううう……」
 槍兵さんは、自分で肩に刺さった矢を抜き取った。鮮血が流れ出した。僕は急いで自分が持っていたポーションを腰のポーチから取り出し、傷口に注いだ。

 あまり上等なポーションではなかったが、それでも泡立つ傷口からの出血は止まり、少しだけ傷がふさがった。まさに、前の世界のラノベで読んでいたファンタジーを現実に目にしていた。

「ありがとう、助かった。俺はもう大丈夫だ、他の援護に行ってくれ」

「はい、では、お気をつけて」
 僕は頷いて立ち上がると、例のゴブリンの弓兵に向かって静かに近づいていった。
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