辺境の灯(ともしび)

mizuno sei

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23 マルクの秘密 2

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 少女は瓶の中の液体を注ぎ終えると、ふうっと息を吐いてその場に座り込んだ。僕は姉の体をそっと元に戻してから立ち上がった。

「しばらくしたら、きっとお姉さんは元気になるよ。そしたら、何か食べさせてやってね。ただ、急にたくさん食べさせたらダメだよ。そうだな、果物を少しずつがいいかな。それと、これ、自分たちもちゃんと食べるんだよ」
 僕はそう言うと、ズボンのもう一方のポケットから、携帯食料の干し肉を二つ取り出して少女に渡した。
 本当は、お金を渡したかったのだが、ラノベで読んだ教訓からそれを思いとどまった。というのも、貧しい子どもがお金を持っていると、変に疑われたり、悪い奴らに奪われたりする胸糞悪い場面がよく出てくるのを読んでいたからだ。

「ありがとう……あの、お兄さんの名前は?」
 少女はようやく微かな笑顔を見せて礼を言った。

「……えっと、コナンだ。君たちの名前も教えてくれないか?」
 僕は、とっさに好きだった物語の主人公の名前を言った。

「コナン…お兄ちゃん……あの、私はミリアでお姉ちゃんはリア、この子はパルとジニーだよ」

「そうか……じゃあ、僕は帰るね。マルクには内緒だよ。また、近いうちに様子を見に来るからね」

「うん、ありがとう、コナンお兄ちゃん」

 僕は小さく手を振って、そこを離れた。リアは恐らく元気になるだろう。ただ、それから後がまた大変だ。彼女たちにとっては、その日を生き抜くことだけでも大変なことなのだ。どんな理由かは分からないが、マルクがときどき援助していたから、どうにかここまで生き延びられたのだろう。しかし、このまま無事に大人になれるという保証はどこにもないのだ。


♢♢♢

「クレア様、ユウキです、お尋ねしたいことがあります」
 僕がドアをノックして声を掛けると、すぐに返事が返ってきた。

「どうぞ、入ってちょうだい」

 ドアを開けてくれたのはアイラさんだった。

「失礼します。ご公務のお邪魔をして申し訳ありません」

「構わないわ。公務といっても、陳情書や請求書に目を通しているだけだから」
 机の向こうに座ったクレアさんは、自嘲気味に微笑んだ。
「それで、聞きたいことって何?」

「はい。この街の教会のことです……」

 僕の言葉に、クレアさんは何か察したように笑みを浮かべて立ち上がった。
「ふふ…私と街を回るたびに気にしていたわね?」

「はい…この街で孤児たちのお世話をしているのは、あの教会だけです。でも、年を取ったシスターさんだけで、しかも、教会本部からの助成金はほとんど回ってこないというお話でした。だから、人手もお金も足りず、子どもたちを救えないと……」

 僕がそこまで語った時、クレアさんは手で僕を制した。

「ええ、分かっているわ。王都の教会本部には何度も手紙を出して、シスターの増員と助成金を増やすように言ってきたのよ。でも、返事はいつも同じ、教会は信者のお布施で運営しており、全国に何十もある教会にシスターを送り、十分な助成をできるほどの余裕はない、と……でも、それは大ウソよ。王都の教会は、治癒魔法の出張や聖水、お札の販売などで大きな収益を上げている。要は、何人かの幹部司祭が私腹を肥やしたいだけなのよ。だから、私は、もう教会に任せることはやめたわ……」

 クレアさんが一気にそこまで言って、一息ついた時、横にいたアイラさんがすかさず補足してこう言った。
「お嬢様は、ユウキ殿からいただいた薬の代金から、すぐに三十万グランを出して教会を援助するために基金を立ち上げられました。街の主な商人と探索者協会に発起人になってもらい、毎月教会へのお布施として任意にお金を出してもらう、その代わりに、教会に必要な物資の購入や改築などの時は、優先的にそれらの商人から購入し、人手に探索者を雇う、という契約です」

「まあ、発案者はジャミールなのだけれどね」

「そうですか……とても良い施策だと思います」
 確かに、長期的に見れば、教会の安定した運営に寄与するだろう。だが、僕には、差し迫った思いがあった。
 マルクの思いや努力を無駄にしたくない。取り返しのつかない事態になる前に、あのリアやミリアたちをあの環境から救い出したい。できれば、他の劣悪な環境にいる子どもたちも含めて……。

「クレア様、孤児院を大きくして救護施設と併用することはできませんか?」

「救護施設?」
 クレアさんは驚いた顔で問い返した。

「はい……実は、友達のマルクのことなのですが……」
 僕は、そう切り出して、マルクの許可を得ずに昨日のことを話した。マルクが知ったら、きっと怒るだろう。でも、その時は僕がすべての責任を負うつもりだ。

「そう…そんなことが……」
 僕の話を聞き終えたクレアさんはそう言うと、苦悶の表情を浮かべて考え込んだ。そして、その表情のまま、こう続けた。
「私も、子どもたちを救いたい気持ちは同じなのよ。でも、一人や二人救っても、解決にはならないの。この街には、仕事もなく、貧しく、食べ物に困っている人たち、そして、親を亡くしたり、親に捨てられたりして、飢えている子どもたちがたくさんいるのよ。マルクの知り合いの子たちだけ特別扱いするわけにはいかない、分かってちょうだい」

「私にも言わせてください。ユウキ殿、お嬢様がこの街の領主になられてすぐの頃、お嬢様は、毎晩、誰にも知られずに泣いておられました……」

「アイラ、恥ずかしいから、やめて」

「いいえ、何を恥じることがありましょうか……ユウキ殿、お嬢様は、街で子どもたちが毎日のように飢えて死んでいくのを、ご自分のせいだと、ずっと、ずっと、きっと今でも苦しんでおられるのです」

 その時、僕は自然とその場に片膝をついて、頭を下げていた。
「クレア様の御心を知らず、申し訳ありませんでした。でも、だからこそ、僕のアイデアはお役に立つのではないかと思います」

「分かったわ、詳しく話して」

「はい、ありがとうございます」
 僕は礼を言って立ち上がると、自分の構想を話し始めた。

「まず、建物ですが、今、教会に立っている孤児院は小さな小屋です。それを大きくします。孤児院用に大部屋一つと個人部屋をとりあえず十部屋ほど。そして渡り廊下で区切って、病人やケガ人を収容する建物を建てます。余った部屋は、お金のない人に一時的に貸してもいいと思います。建物の建材は、僕がマインド・クラフトのスキルを使って用意します。クレア様には、建物を建てる仕事をする人を募集してもらいたいのです。日払いで賃金を払えば、仕事のない人は喜んで募集に応じると思います。あとは、その建物の運営ですが、孤児の中で働ける者には何らかの仕事をしてもらい、少しでもいいので賃金を払います。それと、孤児たちには、簡単な特産品作りの手伝いをしてもらおうと思っています……」

 僕が一気にしゃべったので、クレア様もアイラさんもついて行けずにぽかんとしていたが、やがて我に返ったように、矢継ぎ早に質問を始めた。

「ええっと、大体の計画は分かったわ。つまり、今、街にいる身寄りのない子どもたちを、教会に集めるというわけね? そのための建物を建てると……」

 僕はしっかりと頷く。

「……そして、救護施設を作ることで、仕事のない人に仕事を与え、住む家のない人には一時的に部屋を貸す、ついでにケガや病気の人もそこで治療する……たぶん、その治療には、あなたが作るポーションを使うつもりね?」

「そうです」

「とても素晴らしいアイデアだわ……当座の費用は、教会の援助基金から出せるから問題ないわ。ただ、聞きたいことが二つあるの。まず、建物の材料は、あなたのスキル、マイ…なんだっけ?」

「マインド・クラフトです」

「そう、そのマインド・クラフトで用意するって、どういうこと?」

 クレアさんの問いに、僕は説明するより実際に見せる方が早いと思い、周囲を見回した。そして、クレアの机の上のティカップの横に置いてあるスプーンに目が止まった。
「クレア様、そこにあるスプーンを使って説明していいですか?」

「え、ええ、構わないわ」
 クレアさんが頷くと、アイラさんが皿の上に載っている銀のスプーンを持ってきた。

 僕はそれを受け取ると、左手の手のひらに置いた。そして、右手をかざし、目をつぶった。

「「あっ(きゃっ)…えええっ!」」

 スプーンがパッと光を放った直後、直方体の金属の板に変化したのを見て、クレアさんとアイラさんは同時に叫び、思わず腰を抜かしそうになった。

 僕は、続けて目をつぶり今度は、光とともに銀の延べ板を元のスプーンに戻した。

 もう、二人はあまりの驚きに何度も顔を見合わせ、口を開いたまましばらく抱き合っていた。

「このように、僕は材料があれば、思い通りに加工したり分解したりできます。そこで、この計画が承認していただけたら、近くの森に行って、木の板をどんどん製造しようと思います。岩のブロックもいくらでも作れます」

「わ、分かったわ、とりあえず承認するから、アイラ、すぐにジャミールを呼んできて、打ち合わせをするから」

「は、はい、ただいま」

 こうして、僕の思いつきから始まった、初めての公共事業は、この後の街の発展の小さな付け火になったのであった。
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