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81 最奥と神獣ベヒモス 2
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金属製の重々しい扉が、軋み音を響かせてゆっくりと開いた。いったい何千年ぶりにこの扉は開かれたのであろうか。
極度に緊張しながら見つめる俺たちの前に広がった光景、そこは魔族の国ラパスで見た青白い物質で作られた巨大な神殿のような部屋だった。ただ、想像していた、古竜やベヒモスの姿はどこにもなかった。
俺たちは、肩透かしを食った気持ちでお互いの顔を見合わせてから、慎重に内部に足を踏み入れた。
「どういうことじゃ? とてつもない魔力は感じるが、ベヒモスはどこにおるのじゃ?」
ルーシーが言うように、どこかから強大な魔力が流れ込んでいるのを感じる。いったい、どこから……。
(ナビ、この魔力がどこから来ているのか分かるか?)
『はい、たぶんあのダンジョンコアが据えられている祭壇の向こう側だと思います』
ナビの推測に従って、俺は奥の祭壇に向かって歩いていった。ルーシーとアンガスも、俺の後を追ってついてきた。
「これは……」
祭壇の裏側にあったものを見て、俺は息を飲んだ。
それは、空中に浮かんだ直径二メートルほどの黒い球形の《穴》だった。俺にはそれがなんであるか、すぐに分かった。なぜなら、俺がいつも使っている〈ルーム〉の魔法でおなじみの《亜空間》の入り口だったからだ。
「主殿、これは……」
「ああ、空間魔法で創り出された《別の世界》への出入り口だ。転移魔法陣と同じ働きをするが、転移魔法陣は転移させる人数や大きさに限度がある。しかし、これにはその限界がない。ただ、この穴を維持するにはかなりの魔力が必要だがな」
「ふむ、すると、この穴の先にベヒモスと古竜たちがいるのじゃな?」
「ああ、そういうことだろうな。でも、いきなり入った先が、真空だったり、溶岩の中だったりすれば、あっという間にお陀仏だ……」
俺たちは顔を見合わせて、考え込んだ。
「やはり、我が行くしかないのう」
ルーシーが意を決したようにそう言った。
「い、いや、待て、ルーシー、他に何か方法が……」
俺は、ルーシーを失う危険を恐れて止めようとした。
「ふふ……うれしいのう、我のことを心配してくれるのか。だが、我なら真空でも平気だし、溶岩の中でもしばらくは生きていられる。
すぐに戻ってくるつもりじゃが、もし、五分経っても戻って来ぬときは、この穴を結界で封印すれば、魔力の放出は止められるはずじゃ。主殿、頼んだぞ」
「分かった……何かあったらすぐに戻ってこい」
ルーシーの覚悟に、俺は応えるしかなかった。
ルーシーはにこりと微笑むと、ためらうことなく黒い空間の穴に飛び込んでいった。
それからの時間は、ひどく長く感じた。だが、それはほんの数秒のことだっただろう。ルーシーが黒い穴から、ひょっこり顔を出したのである。
「主殿、アンガス、大丈夫じゃ。入ってまいれ」
俺とアンガスは顔を見合わせると、頷き合って、アンガスが先に穴に中に入った。俺も後に続いて、異空間の中に頭から入っていった。
♢♢♢
そこは、明らかにこの星のものではない不思議な空間だった。空(天井?)は暗かったが、まるで空気そのものが光を発しているかのように、穏やかな光に照らされていた。地面には白い靄が川のようにゆっくりと奥に向かって流れ、まるで雲の上にいるような感覚に襲われた。
その地面に、瀕死の三体の古竜が横たわっており、その向こうに、まさに一つの山脈のような巨大な四つ足の生物がいた。
俺は、そのあまりの大きさに圧倒され、ただぽかんと口を開けて上を見上げていた。その視線の先にあるであろう頭さえ、ぼんやりとしか確認できなかった。
《お前たちは何者だ? なぜ、アレウスの魔力をまとっている?》
突然聞こえてきた男の声に、俺たちは驚いて辺りを見回した。
《驚かせたか……これは我の意思を魔法でお前たちの頭に直接伝えておるのだ。しかし、珍しい組み合わせだな? アレウスとリンドの子孫に人間の小僧、そしてホムンクルスか。いったい何の用で、この我の棲み処を訪れたのだ?》
ようやく頭の整理ができた俺は、ルーシーとアンガスに目を向けた。
「俺が話をするが、いいか?」
「うむ、当然じゃ」
「ああ、任せる」
二人が頷くと、俺は一歩前に出てなるべく大きな声で言った。
「勝手に足を踏み入れたことを謝罪する、神獣ベヒモスよ……」
《ああ、やはりよく聞こえぬな。しばし待て》
ベヒモスはそう言うと、次の瞬間、ぱっと姿を消した。いや、姿を変えてゆっくりとこちらへ飛んできたのだ、巨大な人間の姿になって……。
俺はその姿を見た時、ギリシア神話に出てくるヘラクレスの絵を思い出した。身長は五メートルほど、濃い茶色の縮れ毛は短く刈られ、口の周りや顎、もみあげも茶色の縮れ毛に覆われていた。彫の深い目鼻立ちも筋肉が盛り上がった体も、まさにギリシア彫刻の男性の理想像のようだった。
右肩から白い布を着流し、腰を黄金のベルトで留め、羽の付いたサンダルをはいた巨人が、俺たちの前にゆっくりと降り立った。
ベヒモスもやはり、アレッサ(アレウス)様と同じように、人間の姿に変身できるのだ。
《これで、話が聞けるな。ふむ、アレウスの魔力は、小僧、お前から感じるが、どういういきさつか申してみよ》
ベヒモスは当然のように、上から目線のもの言いだったが、ここは大人しくへりくだって話した方がいいだろう。
「はい。実は……」
俺は、旅をしていて偶然〈死の谷〉にたどり着き、そこで冥界の王ケイドスに会ったこと、ケイドスの助けを借りて魔人の国ラパスを訪れたこと、そして、そこでアレッサ(アレウス)様に会ったこと、ケイドスの印章に彼女の魔力を込めてもらったことなどを話した。
「これが、その印章です」
俺は、ローブの内ポケットから印象を取り出してベヒモスに見せた。
《うむ、確かにケイドスとアレウスの魔力が込められておるな。それで、アレウスから何か頼まれたのか? まあ、おおかた予想はついておるがな。どうせ、地上を荒らさぬよう、早く神域に戻って来い、といったところであろう。ふん…長らく人間たちと共に暮らしたせいで、すっかりふぬけになりおって……》
ベヒモスは、鼻先であざ笑うようにそう言った。
「ベヒモス様、実は、そこの亜空間の先にあるダンジョンで、強力な魔力が原因による魔物たちの大量発生が起こっております。このままでは、ダンジョンから魔物が溢れ出し、人間の街や国全体に大きな災害を引き起しかねません……」
俺の言葉に、ベヒモスは眉間を寄せて俺を睨みつけた。
《ん、それがどうした? その先のダンジョンは、その昔アレウスから我が管理を任されたものだ。ところが、久しぶりに来てみれば、そこの古竜どもが勝手に住み着いておったのだ。だから、懲らしめて引きずり出してやっただけだ。魔物のことなど、我は知らぬ》
「はい、それは私どもがとやかく言うことではありません。ただ、そこの亜空間から、おそらくベヒモス様のものと思われる魔力が、溢れ出しております。
できれば、その亜空間の出入り口を閉じていただくか、ベヒモス様に神域に帰っていただくか、どちらかをお願いいたしたく……」
《ほお、この我に指図をするとはな。身の程知らずの虫けらどもよ》
「主殿、こいつもルームの魔法で閉じ込められぬか?」
頭を下げたままでルーシーが、ベヒモスに聞こえないように小さな声でつぶやいた。
俺もカチンときていたが、この神獣とまともにやり合う勇気はなかった。
「どうか、お聞きください。ここにいるアンガスは、アレウス様の血を引く者、彼にアレウス様が神託を下されております。ダンジョンの魔物の暴走を何とか食い止めてほしいと」
俺は、つとめて冷静であるように自分を抑えながら言った。
《ふん、ならば自分たちで止めればよいだけの話。まあ、たまには痛い目に合うのも人間どもには必要なことだ》
(こいつ……)
『マスター、落ち着いて、戦って勝てる相手ではありません』
(ああ、分かってる……)
俺は一つ深呼吸をしてから、ベヒモスに向かって言った。
「分かりました。では、我々の力で何とかいたしましょう。その代わり、どんな方法を使おうと、口出し無用でお願いします」
「む……待て。場合によっては、許せぬことがある。どんな方法でやるのか、申せ」
まったく、どこまでも傲慢で鼻持ちならない神獣だ。同じ神獣でも、スノウとは大違いだ。
「ダンジョンコアをテイムして、私の支配下に置きます。そのうえで、ダンジョンの構造を変え、魔力が外の階に出ないようにします」
俺の答えに、ベヒモスは驚愕のあまり目を見開いた。
極度に緊張しながら見つめる俺たちの前に広がった光景、そこは魔族の国ラパスで見た青白い物質で作られた巨大な神殿のような部屋だった。ただ、想像していた、古竜やベヒモスの姿はどこにもなかった。
俺たちは、肩透かしを食った気持ちでお互いの顔を見合わせてから、慎重に内部に足を踏み入れた。
「どういうことじゃ? とてつもない魔力は感じるが、ベヒモスはどこにおるのじゃ?」
ルーシーが言うように、どこかから強大な魔力が流れ込んでいるのを感じる。いったい、どこから……。
(ナビ、この魔力がどこから来ているのか分かるか?)
『はい、たぶんあのダンジョンコアが据えられている祭壇の向こう側だと思います』
ナビの推測に従って、俺は奥の祭壇に向かって歩いていった。ルーシーとアンガスも、俺の後を追ってついてきた。
「これは……」
祭壇の裏側にあったものを見て、俺は息を飲んだ。
それは、空中に浮かんだ直径二メートルほどの黒い球形の《穴》だった。俺にはそれがなんであるか、すぐに分かった。なぜなら、俺がいつも使っている〈ルーム〉の魔法でおなじみの《亜空間》の入り口だったからだ。
「主殿、これは……」
「ああ、空間魔法で創り出された《別の世界》への出入り口だ。転移魔法陣と同じ働きをするが、転移魔法陣は転移させる人数や大きさに限度がある。しかし、これにはその限界がない。ただ、この穴を維持するにはかなりの魔力が必要だがな」
「ふむ、すると、この穴の先にベヒモスと古竜たちがいるのじゃな?」
「ああ、そういうことだろうな。でも、いきなり入った先が、真空だったり、溶岩の中だったりすれば、あっという間にお陀仏だ……」
俺たちは顔を見合わせて、考え込んだ。
「やはり、我が行くしかないのう」
ルーシーが意を決したようにそう言った。
「い、いや、待て、ルーシー、他に何か方法が……」
俺は、ルーシーを失う危険を恐れて止めようとした。
「ふふ……うれしいのう、我のことを心配してくれるのか。だが、我なら真空でも平気だし、溶岩の中でもしばらくは生きていられる。
すぐに戻ってくるつもりじゃが、もし、五分経っても戻って来ぬときは、この穴を結界で封印すれば、魔力の放出は止められるはずじゃ。主殿、頼んだぞ」
「分かった……何かあったらすぐに戻ってこい」
ルーシーの覚悟に、俺は応えるしかなかった。
ルーシーはにこりと微笑むと、ためらうことなく黒い空間の穴に飛び込んでいった。
それからの時間は、ひどく長く感じた。だが、それはほんの数秒のことだっただろう。ルーシーが黒い穴から、ひょっこり顔を出したのである。
「主殿、アンガス、大丈夫じゃ。入ってまいれ」
俺とアンガスは顔を見合わせると、頷き合って、アンガスが先に穴に中に入った。俺も後に続いて、異空間の中に頭から入っていった。
♢♢♢
そこは、明らかにこの星のものではない不思議な空間だった。空(天井?)は暗かったが、まるで空気そのものが光を発しているかのように、穏やかな光に照らされていた。地面には白い靄が川のようにゆっくりと奥に向かって流れ、まるで雲の上にいるような感覚に襲われた。
その地面に、瀕死の三体の古竜が横たわっており、その向こうに、まさに一つの山脈のような巨大な四つ足の生物がいた。
俺は、そのあまりの大きさに圧倒され、ただぽかんと口を開けて上を見上げていた。その視線の先にあるであろう頭さえ、ぼんやりとしか確認できなかった。
《お前たちは何者だ? なぜ、アレウスの魔力をまとっている?》
突然聞こえてきた男の声に、俺たちは驚いて辺りを見回した。
《驚かせたか……これは我の意思を魔法でお前たちの頭に直接伝えておるのだ。しかし、珍しい組み合わせだな? アレウスとリンドの子孫に人間の小僧、そしてホムンクルスか。いったい何の用で、この我の棲み処を訪れたのだ?》
ようやく頭の整理ができた俺は、ルーシーとアンガスに目を向けた。
「俺が話をするが、いいか?」
「うむ、当然じゃ」
「ああ、任せる」
二人が頷くと、俺は一歩前に出てなるべく大きな声で言った。
「勝手に足を踏み入れたことを謝罪する、神獣ベヒモスよ……」
《ああ、やはりよく聞こえぬな。しばし待て》
ベヒモスはそう言うと、次の瞬間、ぱっと姿を消した。いや、姿を変えてゆっくりとこちらへ飛んできたのだ、巨大な人間の姿になって……。
俺はその姿を見た時、ギリシア神話に出てくるヘラクレスの絵を思い出した。身長は五メートルほど、濃い茶色の縮れ毛は短く刈られ、口の周りや顎、もみあげも茶色の縮れ毛に覆われていた。彫の深い目鼻立ちも筋肉が盛り上がった体も、まさにギリシア彫刻の男性の理想像のようだった。
右肩から白い布を着流し、腰を黄金のベルトで留め、羽の付いたサンダルをはいた巨人が、俺たちの前にゆっくりと降り立った。
ベヒモスもやはり、アレッサ(アレウス)様と同じように、人間の姿に変身できるのだ。
《これで、話が聞けるな。ふむ、アレウスの魔力は、小僧、お前から感じるが、どういういきさつか申してみよ》
ベヒモスは当然のように、上から目線のもの言いだったが、ここは大人しくへりくだって話した方がいいだろう。
「はい。実は……」
俺は、旅をしていて偶然〈死の谷〉にたどり着き、そこで冥界の王ケイドスに会ったこと、ケイドスの助けを借りて魔人の国ラパスを訪れたこと、そして、そこでアレッサ(アレウス)様に会ったこと、ケイドスの印章に彼女の魔力を込めてもらったことなどを話した。
「これが、その印章です」
俺は、ローブの内ポケットから印象を取り出してベヒモスに見せた。
《うむ、確かにケイドスとアレウスの魔力が込められておるな。それで、アレウスから何か頼まれたのか? まあ、おおかた予想はついておるがな。どうせ、地上を荒らさぬよう、早く神域に戻って来い、といったところであろう。ふん…長らく人間たちと共に暮らしたせいで、すっかりふぬけになりおって……》
ベヒモスは、鼻先であざ笑うようにそう言った。
「ベヒモス様、実は、そこの亜空間の先にあるダンジョンで、強力な魔力が原因による魔物たちの大量発生が起こっております。このままでは、ダンジョンから魔物が溢れ出し、人間の街や国全体に大きな災害を引き起しかねません……」
俺の言葉に、ベヒモスは眉間を寄せて俺を睨みつけた。
《ん、それがどうした? その先のダンジョンは、その昔アレウスから我が管理を任されたものだ。ところが、久しぶりに来てみれば、そこの古竜どもが勝手に住み着いておったのだ。だから、懲らしめて引きずり出してやっただけだ。魔物のことなど、我は知らぬ》
「はい、それは私どもがとやかく言うことではありません。ただ、そこの亜空間から、おそらくベヒモス様のものと思われる魔力が、溢れ出しております。
できれば、その亜空間の出入り口を閉じていただくか、ベヒモス様に神域に帰っていただくか、どちらかをお願いいたしたく……」
《ほお、この我に指図をするとはな。身の程知らずの虫けらどもよ》
「主殿、こいつもルームの魔法で閉じ込められぬか?」
頭を下げたままでルーシーが、ベヒモスに聞こえないように小さな声でつぶやいた。
俺もカチンときていたが、この神獣とまともにやり合う勇気はなかった。
「どうか、お聞きください。ここにいるアンガスは、アレウス様の血を引く者、彼にアレウス様が神託を下されております。ダンジョンの魔物の暴走を何とか食い止めてほしいと」
俺は、つとめて冷静であるように自分を抑えながら言った。
《ふん、ならば自分たちで止めればよいだけの話。まあ、たまには痛い目に合うのも人間どもには必要なことだ》
(こいつ……)
『マスター、落ち着いて、戦って勝てる相手ではありません』
(ああ、分かってる……)
俺は一つ深呼吸をしてから、ベヒモスに向かって言った。
「分かりました。では、我々の力で何とかいたしましょう。その代わり、どんな方法を使おうと、口出し無用でお願いします」
「む……待て。場合によっては、許せぬことがある。どんな方法でやるのか、申せ」
まったく、どこまでも傲慢で鼻持ちならない神獣だ。同じ神獣でも、スノウとは大違いだ。
「ダンジョンコアをテイムして、私の支配下に置きます。そのうえで、ダンジョンの構造を変え、魔力が外の階に出ないようにします」
俺の答えに、ベヒモスは驚愕のあまり目を見開いた。
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