少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei

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34 旅に出るよ 2

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 ポピィとギルドで合流した俺は、ポピィにラウンジでジュースを飲んでいてくれと言って、受付カウンターへ向かった。お世話になった受付のバークさんにお別れを言うためである。

「えっ、ト、トーマ君、この街を出て行くのかい?」
「バ、バークさん、声が大きすぎますよ」

 俺が、街を出ることを告げ、お世話になった礼を述べると、いつも冷静で穏やかなバークさんが、ひどくうろたえた様子でカウンターに身を乗り出した。
「どうして、出て行くのかね?」
「い、いや、もともと世界を旅しようと思って村を出てきたんです。この街には立ち寄っただけですが、皆さん良い人ばかりで、つい長居してしまいました。あはは……」
「そうか……」

 バークさんは悲し気にうつむいて、ポケットからハンカチを取り出した。

 いや、バークさん、そんな顔しないで……俺も泣いちゃうじゃないですか。

 バークさんはそのハンカチで鼻をかんだ。
「最近、花粉症がひどくてね……」

 アレルギーかいっ! 紛らわしいわっ! いや、この世界にアレルギーってあったんかいっ!
『怒涛の三連突っ込みですね。アレルギーはこの世界でも普通にありますよ』
(……)

「でも、寂しくなるね。優秀なBランク冒険者がいなくなるのは、この街にとっても大きな損失だよ……あ、ちょっと待っててね」
 バークさんはそう言うと、カウンターから出て階段を駆け上がっていった。
 何だろうと思っていると、すぐに足音が聞こえ、バークさんとギルドマスターのウェイドさんが二階から降りてきた。

「トーマ、街を出るとサブマスターに聞いたんだが、本当か?」

「えっ、サ、サブマスターって、バークさん、副ギルド長だったんですか?」
「なんだ、知らなかったのか? バークは三十年来の相棒で、俺がリーダーだった元Aランクパーティの魔法使いだったんだぞ。ちなみに当時の二つ名は〝灰燼のエバンス〟だ」
 
 おお、そんなすごい人だったんだ。名字も初めて知った。しかし、二つ名か、かっこいいな、灰燼のエバンス。くくく……中二病をくすぐるし、今のバークさんとのギャップ萌えもいいな。

「ウェイド、それは恥ずかしいからやめてくれ」
「あはは……いいじゃないか。今のギルドの職員も知らない奴が多いからな。こんな機会に知らせて、少しは偉そうにしてもいいんだ。おっと、今はそんな話じゃなかったな……」

 ウェイドさんは、カウンターから出てきて、俺をラウンジのテーブル席まで連れて行った。
 ジュースを飲んでいたポピィも、カップを持っておずおずと移動してきた。

「街を出て行く理由は何だ? 誰かに嫌なことをされたのか?」
「い、いいえ、そうじゃありません。この街の人たちは、とても良くしてくれて、俺は大好きです。でも、俺の目標は世界中を旅して回る事なので……」
「……そうか。冒険者にそう言われたら、引き止めることもできんな。残念だ」
「お世話になりました。また、ギルドの依頼とかで立ち寄るかもしれませんが、その時はよろしくお願いします」
「ああ、もちろんだ。いいか、無茶はするな。命を大事にしろよ」

 俺は、差し出された手をしっかり握って頷いた。

「〈虹の翼〉や〈赤き雷光〉の連中とは、もう別れは済ませたのか?」
「あ、いいえ、ルードさんたちもジェンスさんたちも仕事で遠くに出かけていますから。
 彼らには、またどこかで会うこともあるでしょう、同じ冒険者ですから」
「奴ら、きっと悔しがるぞ、黙って出て行くとは、なんて奴だってな」

 いいんだ。会ったらいつかは別れる、人と人との出会いなんて、そんなものだ。一期一会が俺のモットーですから。


♢♢♢

 《木漏れ日亭》での最後の夜。
 サーナさんは、わざわざ店を閉めて。俺たちのために「お別れパーティー」を開いてくれた。
 出席者は、俺とポピィ、サーナさんとエルシアさんの母娘、アルバイトウェイトレスのミーナさんとセレナさん、そして、なじみの泊り客である行商人のバードさんと同じ行商人のベンスさんの八人だ。
 サーナさんは腕によりをかけて、美味しい料理をたくさん作ってくれた。普段は出さない肉料理も二品並んでいた。

「は~い、皆さん、飲み物は皆持ってますかぁ? 今夜は、大いに食べて飲んで、トーマ君とポピィちゃんの旅立ちをお祝いしましょう。では、トーマ君、一言ご挨拶をお願いしますね」
「は、はい。ええっと、今夜は俺たちのために、わざわざこのような盛大なパーティーを開いていただき、ありがとうございます。
 村を出て、初めての街がこの街で本当に良かったです。俺は、人付き合いが苦手で、嫌な思いもさせたかもしれません。でも、俺は、皆さんが、だ、大好きです。本当に、大好きです。お世話になりました。ありがとうございました」

「あらあら、泣くのはまだ早いわよ。さあ、元気にまずは飲んで、食べましょう。では、ポピィちゃん、乾杯の音頭をお願いね」

「えっ、わ、わたしですか? あ、はい、あの、短い間でしたが、とっても温かい宿で、皆さん、とっても優しくて……うう、えぐ……あじがとうございまじた。か、乾杯……うぐうぅ……」

 皆、涙ぐんでジョッキを上げるという変な乾杯になってしまった。しかし、美味しい料理を食べ始めると、すぐににこやかな笑顔と笑い声に包まれるようになった。

 本当にこの宿を選んで良かった。いつかまた、ここに戻って来よう。きっと、何十年経っても、サーナさんは今のままだろうし、エルシアさんもあまり変わらないかもしれない。
 スノウが守る世界樹の宿。たぶん世界に一つだけの素敵な宿屋だ。


♢♢♢

「体に気を付けて、ちゃんと食事を摂るのよ。元気でね」
「また必ず帰って来てね、待ってるから」
「本当に行くのかニャ、さびしいニャ~~」

「皆さん、お世話になりました。お元気で」
「優しくしてくださって、どうもありがとうございました」

 翌朝、宿の前で俺たちは最後のお別れをしていた。そして、いよいよその場から去ろうとしたとき、突然空から光が降り注いできた。

 全員が、あっと叫んで空を見上げた。淡い金色の光の粒が、花吹雪のように舞い落ちてくる。そして、その中から、白く輝くものが近づいて来た。

「スノウっ!」
 俺に向かって、神木の上から優雅にゆっくりと、細長い体を左右にくねらせながら、成体のドラゴンの姿で、スノウが近づいて来た。

「スノウ、進化が終わったんだね。最後にお別れができて良かったよ」
「ク~ン、ワフッ、ワウン」
 スノウは甘えるような声で鳴き、大きな鼻面を俺の顔に押し付けてきた。俺はその首を抱いて、モフモフした顎の下や長い耳を撫で回してやった。

「ワフ、ワフッ」
「ん? どうしたんだ?」

 スノウはいったん俺から離れると、その短い両腕を胸の前に持って来てしばし目を閉じた。すると、肉球の手のひらの上に、強く輝く金緑色の光の球が出現した。

「うわあ、何あれ?」
「あらあら、すごいわね。巨大な精霊かしら?」
「スノウって何ニャ? トーマも女将さんたちも、さっきから上ばかり見て」
「わ、わたしたちには見えないものが、見えているんでしょうか?」

 俺とエルフの二人の三人だけが驚いて見ている中で、スノウは光の球を俺に向かって差し出したのだ。

「えっ? これを、俺にくれるっていうのか?」
「ワフッ!」
 どうやら、そうらしい。だが、一体どうすればいいんだ、こんなの。

『もしかすると……マスター、その光の球に顔を近づけてみてください』

(えっ? こ、こうか?)

 俺はナビに言われるまま、恐る恐る光の球に顔を近づけていった。すると、突然、光の球が俺の額にぶつかって来たのである。それは、あっという間の出来事で、声を出す暇もなかった。

「わっ、光がトーマさんの頭に吸い込まれていった!」
「あらあら、すごいわね。頭が爆発するのかしら?」

 いやいや、サーナさん、しれっと俺を殺そうとしてませんか? と、そんなことはどうでもいい、今、何が起こったんだ? 一瞬、頭の中が真っ白になって、気を失いそうになったが、今は、体中から力が漲るような感じがしてきたぞ。 

《ご主人様、わたしの声が聞こえますか?》

 っ! うおおおっ、な、なな、何だ、ナビ以外の声が聞こえて来たぞ? こ、これって、もしかして……。
(ス、スノウなのか?)

《わあ、やったあ、やっとご主人様とお話できるぅ!》

 なんと、神獣と会話できるようになっちゃいました。なに、この神展開。

『恐らく、非常に強い精霊とマスターの魂が一体化したのです。それによって、精霊通信が使えるようになったと思われます』
《うん、その通りだよ》
(え? スノウ、お前、ナビの声が聞こえるのか?)
《うん、聞こえるよ。あなた、ナビちゃんていうのね? これからよろしくね》
『はい、こちらこそよろしくお願いします、神獣スノウ様』
《そんな、様なんて付けなくていいよ。似た者同士じゃない。スノウって呼んで》

 え? 似た者同士? ナビって、もしかして……。

「ねえねえ、トーマさん、大丈夫? 死んでない?」
 おっと、ようやく現実に引き戻された。エルシアさん、そんな所はお母さんに似なくていいですからね。

「ああ、大丈夫です。ええっと、実はですね……」
 俺は、今起こった一連の出来事を、そこにいる人たちに正直に話した。スノウが見えない人たちにとっては、ほとんど意味のない話だし、害はないだろう。

 皆は非常に驚いて聞いていたが、やはりどこか遠い世界の話のような感覚だったらしい。

「えっ、そうなのか? あはは……じゃあ、さよならする必要もないな。わかったよ」

「な、なんニャ? トーマ、頭がおかしくなったニャ?」
 俺が、突然独り言を言って笑い出したものだから、皆、怪訝な顔で俺を見つめた。

「ああ、すみません。いや、今、スノウから聞いたんですが。スノウは俺がどこにいても、呼びさえすれば飛んで来るらしいです。そして、背中に乗っけて、どこにだって飛んで行ってくれるそうです。だから、いつでもここに戻って来れるわけですね。あはは……」

 皆、呆気にとられて声を失っている。そりゃ、そうだよね。昨夜、あんな豪勢なお別れのパーティーをしたのに、いつでも帰ってこれるなんて、肩透かしもいいところだ。

「あはは……じゃあ、そういうことで、ちょっと旅をしてきます」

 皆の視線が痛い。早くこの場を立ち去るとしよう。

「いってらっしゃい、気を付けるのよ」
「しばらく戻って来ちゃだめですよ」
「今夜の夕飯、用意しとくかニャ?」

 うわあ、なんてかっこ悪い旅立ちだ。巻き込んでしまってすまんな、ポピィ。

「ふふ……でも、良かったですね、トーマ様?」
「ん? どうしてだ?」
「だって、いつでもここに戻って来れるんですよね? わたし、うれしいです」

 うん、良い子だよ、お前は、ポピィ。そうだよな。いつでも戻って来れるんだ。
 でも、それに甘えて油断したらいけないぞ、ポピィ。俺たちは、これから厳しい修行の旅をするんだ。生きるか、死ぬかのぎりぎりの旅をな。それが、男のロマンってやつだ。

『ロマンですか。その割には、リュックの中身はほとんど食べ物ですけどね?』
(……しょ、食事も、ロマンなんだよ)

 パルトスの南門の向こうを照らす日差しが、やけにまぶしかった。
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