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44 決戦のとき 2

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 ライナス様たちは、食糧倉庫の中で俺が来るのを待っていた。

「すみません、遅くなって」
「いや、思ったより早かったが、大丈夫なのか?」
「はい。この戦いが済むまではおとなしくしています」
「そ、そうか。じゃあ、行こうか」
 ライナス様は、何を想像したのか、少し顔を引きつらせながら頷いた。

「じゃあ、ポピィ、頼む」
「はい、ちょっと待っててください」
 ポピィは頷くと、部屋の突き当りにあるワインの棚の前を右に曲がった。すると、次の瞬間、ワインの棚が音も無くスーッと左に移動したのだった。

 俺とライナス様は顔を見合わせて頷き合うと、移動した棚の方へ行こうとした。

「ちょっと、待ちなっ」

 突然聞こえてきた声に、俺たちは驚いて身構えた。

「アンジェリカさん……」
 ランプの光に浮かび上がった人物を見て、俺は気まずい思いで彼(彼女?)を見つめた。

「あら、驚いたねぇ、領主様じきじきのお出ましかい? ふふ……」
「トーマ、この女は?」
 いや、ライナス様、この人、男ですよ。声で分かるでしょう?

 ライナス様と衛兵たちが、すぐにでも切りかかる素振りを見せたので、俺は彼らを手で制して、アンジェリカに向き合った。

「アンジェリカさん、できれば眠っていてほしかったです……」
「トーマ、あんた、領主様の犬だったんだね? すっかり騙されてたよ。まさか、ポピィもあたしを騙していたなんてね」
「わ、わたしは……」
 ポピィは泣きそうな顔でアンジェリカを見つめ、しかし、何も言えずうつむいた。

 俺も、反論できなかった。自分ではそんなつもりはなかったが、確かにやっていることは、領主の犬と言われても仕方がない。

「アンジェリカさん、このまま黙って見逃してくれませんか?」
「そいつは無理だね。あんたたちの狙いはルイスなんだろう? あんな弟でも、血を分けた弟なんでね、黙って殺されるのを見ているわけにはいかないのさ」

 これは何を言ってもだめかもしれない。アンジェリカがもともと悪人じゃないのは分かっている。だが、弟がやっていることを暗黙にでも許すというなら、同罪だ。

「あなたの弟が作って広めている魔薬が、どんなに恐ろしい物か知っていますか? それを知っていても、邪魔をするというなら、あなたを倒します」

 俺の言葉に、アンジェリカの顔が青ざめ、目に鋭い光が宿った。
「知った風な口を叩くんじゃないよ……薬の恐ろしさを知っているかだって? ああ、知っているさ……だけどね、あたしたちが領主から受けた仕打ちに比べれば、可愛いもんさ。どんなに領主が変わろうと、貴族なんて、どいつもこいつも同じさ、金、金、金、そして女……トーマ、あたしの妹のこと話したよね、病気で死んだって……あれはね、ウソさ……妹は、可愛いあたしたちのアンジェリカはね、あのクソ豚領主に散々慰み者にされたあげく、殺されたんだよっ!ただ、飽きた、それだけの理由でねっ!」

「……あなたが受けた苦しみは、想像することしかできません。でも、人間て、本当に絶望したら、怒りも出て来ないんじゃないかな、と思うんです。今、あなたが視線をライナス様に向けて、強い怒りの言葉を浴びせているのは、裏を返せば、まだ、希望を捨てていないからではありませんか?」

 アンジェリカの顔に驚きが浮かび、口元に微かな笑みが浮かんだ。
「トーマ、あんた絶対年齢を偽っているだろう? エルフの血でも混じっているのかい? 本当は二百歳越えてるんじゃないかい? ふふ……でもね、たとえあんたが想像した通りであっても、この先に行かせるわけにはいかないね」

「仕方ありませんね。ポピィ、扉を開けて先に行けっ」
「させないって、言ってるだろっ!」
 アンジェリカ(本名は知らない)は、ドレスのすその下から、二本のククリナイフを取り出して、ポピィたちに襲い掛かろうとした。

 ガキ~ンッ! 
 アンジェリカも速かったが、俺のスピードの方が勝った。俺は素早く彼の進行方向の前に移動して、メイスを横殴りに振った。アンジェリカはナイフを交差させてそれを受け止め、立ち止まった。

「……ほう、なるほどね。でかい口叩くだけのことはあるじゃないか。だが、この狭い中じゃ小回りが利く方が有利なのさ」
 アンジェリカはそう言うと、その巨体に似合わぬ軽業師のような身のこなしで、蹴りを交えながら縦横にククリナイフで切りつけてきた。

 あんたもステータスの恐ろしさを知らないんだな。確かに経験による技術は大切だ。それがステータスの差を無にすることもあるだろう。だが、どんなに技術が優れていても、スピードに歴然とした差があるときは、意味が無いんだ。

 俺は彼の動きを見極めながら、足や腕に打撃を加えていった。やがて、アンジェリカの動きは目に見えて悪くなっていった。そして、俺のメイスの石突きの部分が、彼の鳩尾に食い込んだ。
 
「ウグッ!……ガハッ」
 アンジェリカは腹を抑えて膝をつき、ククリナイフが手から離れて床に落ちた。
 俺はとどめを刺すために、ためらいも無くメイスを振り上げた。

「だめっ、トーマ様っ!」

 不意の聞こえてきたポピィの叫び声に、俺は一瞬メイスを振り下ろすのをためらった。
「グアッ!」
 俺の腹に焼けた鉄の棒をねじ込まれた様な激痛が走った。
「ふふ……油断は命取りよ」
 俺の右わき腹に、ククリナイフが突き刺さっていた。
「ト、トーマ…さ…ま…いやあああっ、アアアアアアッ!」
『マスター、ご安心を。ルーム内のポーションを使用して内部治療を始めます』
 ポピィの絶叫とナビの声が重なり、激痛によるめまいもごっちゃになって、訳の分からない一瞬の時間が、永遠に長くも感じた。

 ドスッ!……鈍い音の後、俺にもたれかかるようにアンジェリカが倒れてきた。
 側には、返り血を浴びて、普段とは別人の悪鬼のような顔でアンジェリカを見下ろし、荒い息を吐いているポピィの姿があった。俺は思わずゾッとなった。

 ああ、もう、いろんなことがいっぺんに起こりすぎて、訳が分からんっ! とりあえず、冷静になれ、俺……。よし、冷静になった。うん、刺された痛みも、ナビが恐らく体の中から治療してくれているのだろう、だいぶ楽になってきた。

「ポピィ、ポピィ……おい、ポピィ、よく聞け……」
「ごめんなさい、ごめんなさい……わたしのせいで、トーマ様が……ああああ……」
「俺は大丈夫だ。それより、なぜここにいる? ライナス様たちはどうした?」
「え、えっと、先に行くと……ほ、ほんとに、大丈夫ですか? トーマ様……」
「ああ、大丈夫だ、今、ポーションで治療している。だから、早くライナス様を追って行け。ライナス様をお守りするんだ」
「で、でも……」
「うるさいっ、早く行けっ! 俺たちの仕事をやり遂げろっ!」
 俺が初めて怒りの表情を見せて叫ぶと、ポピィは慌てて立ち上がった。

「ほら、忘れ物だ……俺もすぐ後から行く。ライナス様を頼むぞ」
 俺は、アンジェリカの背中に刺さっっていたダガーナイフを引き抜いて、ポピィに手渡した。
「は、はい……行きます」
 ポピィは、ようやく泣くのをやめて、何度か振り返りながら隠し扉の方へ去って行った。

(ああ、痛え……なあ、ナビ、こいつ、もう死んでるのかな?)
 俺はゆっくりと立ち上がりながら、アンジェリカを見下ろした。

『まだ、かろうじて心臓は動いていますが、かなり弱いです。出血が続いていますので、あと、持って数分かと』

(ルームの中でも治療できるのか?)

『はい、可能です。ですが、この者を助けても意味はないかと』

(……まあな。俺もさっきこいつを殺そうとしたんだが……なぜか、こんなことになった。なんかさ、意味を決めるのは俺じゃなく、助けるのが俺の意味なのかなって……よく分からんけどな……助けたら、ポピィが喜ぶだろう?)

『……分かりました。やってみます。ルームに入れてください』

 俺は、ナビに心の中で感謝しながら、アンジェリカを〈ルーム〉の中に収納した。
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