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67 地下に蠢くもの
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そこは、何かの集会場のように見えた。右手には階段がありその上に何かを祀ったような祭壇があった。
『宗教的な施設で間違いないでしょう。それより、先ほどの正体不明の集団が、こちらに近づいて来ています。どこかに隠れて様子を見ましょう』
ナビにそう言われて、俺はあちこち見回したが、やはり祭壇の陰が一番隠れやすそうだったので、跳躍しながら祭壇の後ろに身を隠した。
数分後、俺のサーチにおよそ二十体ほどの何者かが、ホールの入り口に到達した。それは……。
(あれ、ゾンビだよな……)
『ゾンビですね』
(……入って来ないな)
『たぶん、天井のあれですね……光属性初級魔法ライト』
(あっ、消すの忘れてた……)
俺は、祭壇の陰から出て、その入り口に蠢いているアンデッドの群れをまじまじと見た。実物を見たのは初めてだ。前世の映画やアニメでは嫌というほど見たけど、なんか、こう違った印象を受けた。
もちろんおぞましく、近寄りたくも無いのだが、恐怖を感じないのだ。むしろ。哀れという感慨の方が強い。生きていた時どんな人間だったかは分からない。だが、なぜ死んだ後までこんな醜い姿で動き続けなければならないのか。自分がそうなるとしたら、とてもじゃないが耐えられない。
『マスター、光属性魔法ピュリファイを使いましょう』
(ああ、浄化の光ってやつか。ただなあ、俺、光属性と相性が悪いんだよ。ボールとかアローとか試してみたけど、できなかったし、治癒系もまったく発動しない……)
『マスターの場合、イメージの段階で躓いています。もっと、正義、希望、愛、慈しみなどの正の感情を強く意識すれば、できます』
(うん、聞いただけで俺には無理だって思えてしまう。闇属性は得意なんだけどなあ。俺は腹黒だから、無理なんだよ)
『……マスターの場合、前世の影響が強すぎるだけです。この世界で経験したことをもっと大事に考えてみましょう。愛すべきものが思い浮かびませんか?』
ナビにそう言われて、すぐに思い浮かんだのは、スノウとポピィの顔、そして家族の顔だった。確かにこの世界には、俺が愛すべきもの、慈しむべきものが存在する。
(ああ、思い浮かんだよ。温かい気持ちになった)
『では、その気持ちを魔力に載せて、あの哀れな者たちを永遠の安らぎの世界へ送ってやりましょう』
俺はゆっくりと入口の方へ近づいて行った。そして、そこに蠢く腐った死体たちに、憐みの気持ちを抱きながら、両手を広げた。
「お前たち、もうこの世で苦しむ必要はないぞ……あの世でゆっくり休め。ピュリファイ!」
淡い金色の光が、俺の手のひらと頭部、三か所からゾンビたちに向かって放たれた。声帯がなくなったゾンビたちは声を出すことはない。何かがこすれ合う、あるいは骨がきしむような不気味な音を立てながら、ゾンビたちは一斉に入り口から逃げようとした。しかし、俺に近い者たちから次々に光の粒になって消えて行く。それは、ダンジョンの魔物たちが倒された後、消えて行く様と全く同じだった。
俺は逃げていくゾンビたちを追いかけながら、何度も〈ピュリファイ〉を放った。動きの遅いゾンビたちは、ほどなく全員消滅した。
俺は複雑な気分を抱きながら、ホールへと戻り始めた。床には、ゾンビたちが生前身に着けていた物だろうか、ネックレスや指輪などの貴金属が点々と落ちていた。
(ん? これは……)
貴金属類を拾いながら歩いていると、一冊の分厚いメモ帳と短くなった炭筆が落ちているのが目に入って来た。
拾い上げてみると、表紙や中の紙はかなり汚れていたが、さほど古い物ではなかった。何か違和感を感じながら中を開いて見た。
最初のページに、こういう記述があった。
《ローダス王国王立図書館 歴史研究部研究員 ロイド・メンデス》
(っ! おい、これって……もしかして、俺が今浄化したのは、ローダス王国の遺跡調査隊だったのか?)
『その可能性が高いですね。しかし、なぜゾンビ化したのでしょうか?』
(さあ、分からないが……たぶん、この地下遺跡を調べていた途中で、何かの原因で外に出られなくなり、必死に出ようと苦しみながら飢えとか、争いとかで死んだんじゃないか?)
『それくらいでは、人間はゾンビにはなりません。それくらいでゾンビになるのでしたら、この世界はゾンビで溢れかえっています』
(そんなこと言ったって、俺には分からないよ。いったい、ゾンビってどうやって生まれるんだ?)
『ゾンビが自然発生するのは、極めて稀なのです。例えば、大量虐殺があって、そのまま放置された場所があったとします。そこには確かに無念や怨念を抱えた魂が、天界に戻らず地上を彷徨っていることがあります。しかし、そうした魂は長い時間は地上には留まれないのです。すぐに消滅してしまいます。
ただ、そうした魂が数十個集まって一つになると、消滅するまでの時間が多少長くなります。その間に周囲の魔素を取り込んで、恨みや怨念で魔属性をまとい、元の生活を取り戻したいと死体の中に入り込んだ時、初めてゾンビという存在になるのです。腐っていても脳という宿り主を得た魂はかなり長く存在できます。そして、他の死体や生きた生物などに接触して魂を送り込むことで、対象をゾンビ化することが可能になります』
(うん、なるほどな。だったら、ここでも同じことが起こったと考えられないか?)
『決めてとなる要素が足りません』
(決め手となる要素?……あ、数か、二十では足りないと?)
『はい、足りません。それに、彼らが死んだ原因が、この地下に閉じ込められたからだとしたら、最後まで出口を見つけるとか、救助が来るという希望は持っていたのではないでしょうか? もちろん死の寸前は無念だったでしょうが……』
(つまり、闇属性に支配されるほどの怨念はなかったと……なあ、ナビ、お前さっき、「自然発生するのは稀」だと言ったよな? じゃあ、もし、意図的な何かが、この人たちをゾンビにしたとしたら……)
『はい、そう考える方が自然です』
俺は、背中に冷水を浴びたような恐怖を感じ、急いで外への出口である天井が崩れた通路へと走った。新たなゾンビやゾンビを創り出す存在に出会わないかびくびくしていたが、幸い何者にも出会わず、天井に穴が開いた場所までたどり着いた。そして、跳躍で穴の外へ出ると、素早く土魔法で穴をしっかりと塞いだ。
ほっとため息を吐きながら、すでに暗くなり始めた洞穴の壁にもたれかかった。
(なあ、ナビの推測だと、あの人たちをゾンビに変えたものは何だと思う?)
『幾つか考えられます。まず、一つ目は〈呪いをかける魔道具〉です。これは、王の墓などに死体と共に埋葬される魔道具で、棺の蓋を開けるなどがスイッチとなって発動する仕組みになっています。二つ目は、もともとこの地下遺跡の中にゾンビがいた、ということ。ただ、この場合、一体では、すぐに討伐されるはずですから、複数、しかもかなり強力なアンデッドの魔物ということになります。例えば、〈グール〉の群れなどです。そして、三つ目、闇属性の使い手で、死体をゾンビとして使役する魔物がここにいること……』
(うわあ……どれもやばいよ。特に三つ目は考えたくないな。あれだろ、〈リッチ〉とか〈ノーライフキング〉とかいう奴だろ?)
『いいえ、そこまでいくと魔神の幹部クラスですから、まず、ないと思いますが、〈ダークメイジ〉か〈ネクロマンサー〉、あるいは魔物ではなく、生身の人間の闇属性魔法使い、という線も考えられます』
(何にしても、今の俺では勝てないな。明日、朝になったら早々に引き払おう)
『何を情けないことを言っているのですか? 光魔法を使えるようになった今、マスターがもし負けるとしたら、魔神かドラゴンくらいです』
(いやいやいや、待て待て、お前何を言ってるんだ? 俺は英雄でも勇者でもないんだぞ。わざわざ、命を賭けてまで、そんな危険な敵と戦う必要がどこにあるんだ?)
『……地下迷宮に眠るお宝……』
(うっ……そ、そりゃあ、見てみたいさ……いや、だが、危険があぶなくてだな……)
『……ステータス一気に上昇、新スキル獲得……』
(うぐっ……ああ、くそっ、分かった、分かりましたよ。だが、言っておくぞ。本当に危ない相手だったら、逃げるからな。迷わず逃げるから、覚えとけよ)
『了解しました。さあ、夕食でもとって落ち着きましょう』
結局、ナビに言いくるめられて、明日、もう一度地下遺跡を探索することになった。確かに、ここに来る前は多少危険も覚悟で冒険するつもりだったが、命まで賭けて冒険する気はなかった。俺は、どこまでも小市民なのだよ。適度な冒険と適度なお金があれば、それで十分幸せなんだ。はあ……(ため息)。
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ナビにそう言われて、俺はあちこち見回したが、やはり祭壇の陰が一番隠れやすそうだったので、跳躍しながら祭壇の後ろに身を隠した。
数分後、俺のサーチにおよそ二十体ほどの何者かが、ホールの入り口に到達した。それは……。
(あれ、ゾンビだよな……)
『ゾンビですね』
(……入って来ないな)
『たぶん、天井のあれですね……光属性初級魔法ライト』
(あっ、消すの忘れてた……)
俺は、祭壇の陰から出て、その入り口に蠢いているアンデッドの群れをまじまじと見た。実物を見たのは初めてだ。前世の映画やアニメでは嫌というほど見たけど、なんか、こう違った印象を受けた。
もちろんおぞましく、近寄りたくも無いのだが、恐怖を感じないのだ。むしろ。哀れという感慨の方が強い。生きていた時どんな人間だったかは分からない。だが、なぜ死んだ後までこんな醜い姿で動き続けなければならないのか。自分がそうなるとしたら、とてもじゃないが耐えられない。
『マスター、光属性魔法ピュリファイを使いましょう』
(ああ、浄化の光ってやつか。ただなあ、俺、光属性と相性が悪いんだよ。ボールとかアローとか試してみたけど、できなかったし、治癒系もまったく発動しない……)
『マスターの場合、イメージの段階で躓いています。もっと、正義、希望、愛、慈しみなどの正の感情を強く意識すれば、できます』
(うん、聞いただけで俺には無理だって思えてしまう。闇属性は得意なんだけどなあ。俺は腹黒だから、無理なんだよ)
『……マスターの場合、前世の影響が強すぎるだけです。この世界で経験したことをもっと大事に考えてみましょう。愛すべきものが思い浮かびませんか?』
ナビにそう言われて、すぐに思い浮かんだのは、スノウとポピィの顔、そして家族の顔だった。確かにこの世界には、俺が愛すべきもの、慈しむべきものが存在する。
(ああ、思い浮かんだよ。温かい気持ちになった)
『では、その気持ちを魔力に載せて、あの哀れな者たちを永遠の安らぎの世界へ送ってやりましょう』
俺はゆっくりと入口の方へ近づいて行った。そして、そこに蠢く腐った死体たちに、憐みの気持ちを抱きながら、両手を広げた。
「お前たち、もうこの世で苦しむ必要はないぞ……あの世でゆっくり休め。ピュリファイ!」
淡い金色の光が、俺の手のひらと頭部、三か所からゾンビたちに向かって放たれた。声帯がなくなったゾンビたちは声を出すことはない。何かがこすれ合う、あるいは骨がきしむような不気味な音を立てながら、ゾンビたちは一斉に入り口から逃げようとした。しかし、俺に近い者たちから次々に光の粒になって消えて行く。それは、ダンジョンの魔物たちが倒された後、消えて行く様と全く同じだった。
俺は逃げていくゾンビたちを追いかけながら、何度も〈ピュリファイ〉を放った。動きの遅いゾンビたちは、ほどなく全員消滅した。
俺は複雑な気分を抱きながら、ホールへと戻り始めた。床には、ゾンビたちが生前身に着けていた物だろうか、ネックレスや指輪などの貴金属が点々と落ちていた。
(ん? これは……)
貴金属類を拾いながら歩いていると、一冊の分厚いメモ帳と短くなった炭筆が落ちているのが目に入って来た。
拾い上げてみると、表紙や中の紙はかなり汚れていたが、さほど古い物ではなかった。何か違和感を感じながら中を開いて見た。
最初のページに、こういう記述があった。
《ローダス王国王立図書館 歴史研究部研究員 ロイド・メンデス》
(っ! おい、これって……もしかして、俺が今浄化したのは、ローダス王国の遺跡調査隊だったのか?)
『その可能性が高いですね。しかし、なぜゾンビ化したのでしょうか?』
(さあ、分からないが……たぶん、この地下遺跡を調べていた途中で、何かの原因で外に出られなくなり、必死に出ようと苦しみながら飢えとか、争いとかで死んだんじゃないか?)
『それくらいでは、人間はゾンビにはなりません。それくらいでゾンビになるのでしたら、この世界はゾンビで溢れかえっています』
(そんなこと言ったって、俺には分からないよ。いったい、ゾンビってどうやって生まれるんだ?)
『ゾンビが自然発生するのは、極めて稀なのです。例えば、大量虐殺があって、そのまま放置された場所があったとします。そこには確かに無念や怨念を抱えた魂が、天界に戻らず地上を彷徨っていることがあります。しかし、そうした魂は長い時間は地上には留まれないのです。すぐに消滅してしまいます。
ただ、そうした魂が数十個集まって一つになると、消滅するまでの時間が多少長くなります。その間に周囲の魔素を取り込んで、恨みや怨念で魔属性をまとい、元の生活を取り戻したいと死体の中に入り込んだ時、初めてゾンビという存在になるのです。腐っていても脳という宿り主を得た魂はかなり長く存在できます。そして、他の死体や生きた生物などに接触して魂を送り込むことで、対象をゾンビ化することが可能になります』
(うん、なるほどな。だったら、ここでも同じことが起こったと考えられないか?)
『決めてとなる要素が足りません』
(決め手となる要素?……あ、数か、二十では足りないと?)
『はい、足りません。それに、彼らが死んだ原因が、この地下に閉じ込められたからだとしたら、最後まで出口を見つけるとか、救助が来るという希望は持っていたのではないでしょうか? もちろん死の寸前は無念だったでしょうが……』
(つまり、闇属性に支配されるほどの怨念はなかったと……なあ、ナビ、お前さっき、「自然発生するのは稀」だと言ったよな? じゃあ、もし、意図的な何かが、この人たちをゾンビにしたとしたら……)
『はい、そう考える方が自然です』
俺は、背中に冷水を浴びたような恐怖を感じ、急いで外への出口である天井が崩れた通路へと走った。新たなゾンビやゾンビを創り出す存在に出会わないかびくびくしていたが、幸い何者にも出会わず、天井に穴が開いた場所までたどり着いた。そして、跳躍で穴の外へ出ると、素早く土魔法で穴をしっかりと塞いだ。
ほっとため息を吐きながら、すでに暗くなり始めた洞穴の壁にもたれかかった。
(なあ、ナビの推測だと、あの人たちをゾンビに変えたものは何だと思う?)
『幾つか考えられます。まず、一つ目は〈呪いをかける魔道具〉です。これは、王の墓などに死体と共に埋葬される魔道具で、棺の蓋を開けるなどがスイッチとなって発動する仕組みになっています。二つ目は、もともとこの地下遺跡の中にゾンビがいた、ということ。ただ、この場合、一体では、すぐに討伐されるはずですから、複数、しかもかなり強力なアンデッドの魔物ということになります。例えば、〈グール〉の群れなどです。そして、三つ目、闇属性の使い手で、死体をゾンビとして使役する魔物がここにいること……』
(うわあ……どれもやばいよ。特に三つ目は考えたくないな。あれだろ、〈リッチ〉とか〈ノーライフキング〉とかいう奴だろ?)
『いいえ、そこまでいくと魔神の幹部クラスですから、まず、ないと思いますが、〈ダークメイジ〉か〈ネクロマンサー〉、あるいは魔物ではなく、生身の人間の闇属性魔法使い、という線も考えられます』
(何にしても、今の俺では勝てないな。明日、朝になったら早々に引き払おう)
『何を情けないことを言っているのですか? 光魔法を使えるようになった今、マスターがもし負けるとしたら、魔神かドラゴンくらいです』
(いやいやいや、待て待て、お前何を言ってるんだ? 俺は英雄でも勇者でもないんだぞ。わざわざ、命を賭けてまで、そんな危険な敵と戦う必要がどこにあるんだ?)
『……地下迷宮に眠るお宝……』
(うっ……そ、そりゃあ、見てみたいさ……いや、だが、危険があぶなくてだな……)
『……ステータス一気に上昇、新スキル獲得……』
(うぐっ……ああ、くそっ、分かった、分かりましたよ。だが、言っておくぞ。本当に危ない相手だったら、逃げるからな。迷わず逃げるから、覚えとけよ)
『了解しました。さあ、夕食でもとって落ち着きましょう』
結局、ナビに言いくるめられて、明日、もう一度地下遺跡を探索することになった。確かに、ここに来る前は多少危険も覚悟で冒険するつもりだったが、命まで賭けて冒険する気はなかった。俺は、どこまでも小市民なのだよ。適度な冒険と適度なお金があれば、それで十分幸せなんだ。はあ……(ため息)。
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