散った桜は何処へいく ~失った愛に復活はあるのか~

mizuno sei

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5 深まる絆

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 優士郎は、この時の幸せな気持ちを今でも時々思い出す。そして、その度になんとも切なく、胸を締め付けられるような絶望感に襲われるのだった。

 ともあれ、二人は一ヶ月という期間限定で付き合い始めた。付き合うといっても、二人とも学生で、しかも真由香はバイトを掛け持ちしている状況だったので、デートをする時間もなかなかとれなかった。しかし、優士郎は、生まれて初めてと言っていいほど努力した。二人の時間を作り出すためには犠牲を払うこともいとわなかった。
 そうして、一ヶ月があっという間に過ぎていった。

 真由香はその日も学校が終わると、すぐにバイト先のドーナツ店に向かった。ちょうど梅雨の始まりを迎え、今にも雨が降り出しそうな空とじっとりとまとわりつくような湿気の多さで、憂鬱な気分になる日だった。

「どうしたの、真由香ちゃん?元気ないわね、学校で何かあったの?」
 真由香が何度目かのため息をついて、レジから離れたとき、バイト仲間で先輩の坂本さんが問いかけた。
「ああ、いいえ、たいしたことじゃないんです┅┅」
「そお?もし話して少しでも気が晴れるなら、聞いてあげるから、遠慮しないでね」
「はい、ありがとうございます。そのときは、愚痴を聞いて下さい」

 真由香が不機嫌なのは昨夜からだった。
バイトから帰って、風呂に入り、部屋で髪を乾かしながら、いつもの日課でスマホをチェックしていた。
「あれ?」
 真由香はドライヤーを一旦止めて、SNSの画面を何度も見直す。いつもなら、しつこいくらいに入っている優士郎からのメッセージが、前日の夜を最後に入っていない。こんなことは初めてだったので、真由香は少し心配になった。まさか病気とか、事故とか┅┅。

〝すぐに返事を下さい〟、真由香は優士郎に短いメッセージを送った。この時になって、彼女はまだ優士郎と電話番号を交換していなかったことをひどく後悔した。

付き合い始めてすぐの頃、優士郎から電話番号を交換したいという申し出を受けたが、彼女はなぜかその時、それを拒否した。彼には〝お試し期間が終わったら〟と気を持たせるようなことを言ったが、それは本当の気持ちではなかった。

 彼女は怖かったのだ。もし、お試し期間が終わって、二人が結局別れることになったとしたら、彼女は優士郎の電話番号を消してしまう勇気がなかった。
お試し期間など、初めから真由香にとっては無意味だった。あの夜、付き合うことを承諾したときから、真由香は、彼から捨てられることはあっても、自分の方から彼と別れることを言い出すことはない、と心に決めていたからだ。

 しばらくして、優士郎から返事が返ってきた。
〝何かあったのか?〟
 当然の反応だろう。〝すぐに返事を下さい〟ということは急用だということだ。
 真由香はほっと安心すると同時に、少しすねて甘えたい気持ちになった。
〝何かないとメッセージくれないの?〟
〝いや、そんなことはない。ごめん〟
〝昨日もおとといも会ってないんだよ。いっぱいお話したいよ〟
〝うん、僕もだよ〟

 その後、二人はSNSを使って他愛もないおしゃべりを二十分ほど続けた。その間、真由香は何度も優士郎に電話番号を送ろうと思った。直接声を聞いて、話しをしたかった。でも、最後の所で勇気がでなかった。そして、優士郎からこんなメッセージが届いた。
〝お試し期間、明日で最後だね〟

 真由香は、どう返事していいか迷った。彼女にとってはあまり意味のない日だったが、もしかすると優士郎はこれで自分との付き合いを終わらせるつもりかもしれない。そう考えると、急に怖くなった。この一ヶ月の間の、優士郎との夢のように楽しい思い出が浮かんでは消えていった。
〝そうだね〟
 結局、真由香は普通の返事を返した。そして、それっきり優士郎からのメッセージは来なくなったのだ。真由香も最悪の展開が怖くて、それっきりメッセージを送らなかった。
 
悶々としてドーナツ店でのバイトを終えた真由香は、次のバイト先に向かって大通りを横切り、商店街に向かう路地に入った。この先を抜けたところに、あの公園があった。

 真由香は、まだ夕暮れの明るさがほのかに残った公園の横を歩きながら、優士郎と出会った日のことを思い出し、自分のふがいなさを悔やんだ。
(しっかりしろ、真由香。ふられたっていいじゃない。あんな格好いい人、もともとあなたには荷が重かったのよ。そうよ、わかってたことじゃない┅┅)

「真由香┅┅」
 不意に名前を呼ばれて、真由香は立ち止まり、声のした方に目を向けた。
 公園の桜の木の陰から、背の高い若者が出てきた。優士郎だった。
 真由香は泣きそうになって、あわてて歯を食いしばり、そばを通り過ぎる二人連れの若者たちをやり過ごしてから公園に入っていく。

「あなたって┅┅いっつも木の陰から出てくるのね┅┅」
「ああ┅┅あはは┅┅そうかな┅┅きはながーい友だち、ってね┅┅」
 ふざけた調子で言った後、真由香の方をちらりと見ると、彼女はうつむいて唇を震わせている。優士郎は女心の複雑さに、なすすべも無かった。
(ああ、もう、わかんねえ┅┅こうなったら、討ち死に覚悟で直球勝負といくか)

「あ、あのさ┅┅君もこれからバイトだろう?時間がないから、い、今訊いていいかな?」
 真由香は今にも泣きそうな顔を上げ、こくりとうなづいた。
「じゃ、じゃあ、どうぞ┅┅」
「えっ?何が?」
「えっ?何がって┅┅何?」
 優士郎も真由香も、相手が何を言いたいのかさっぱり分からなかった。

「いや、だから、今日は、お試し期間最後の日だよ」
「うん、そうだよ」
「だから┅┅はい、どうぞ」
「何が?」
「はあ?」
「はあ?」
 二人は顔を突き合わせて、同時に首をひねる。そして、思わず相手の顔にうっとりと見とれた。

「あ、あの┅┅ロゼに行かない?」
「う、うん、いいけど┅┅バイトは?」
「休む」
 優士郎はガッツポーズをしようとして、やめた。
「ちょっと待ってくれ。まさか、ロゼで、宣告するつもりなのか?」
「えっ、何を?」
 優士郎は両手で頭を押さえながら、すっかり夜の色になった空を見上げた。
「ああ、そうか┅┅皆が見てれば、さすがに心もポッキリ折れるよなあ┅┅」
「ねえ、さっきから、何言ってるの?」
「だから┅┅返品するかどうかの返事を┅┅」

 真由香はやっと優士郎が何を言いたいのか理解して、思わず笑い出しそうになった。
(この人、わたしから振られるって、本気で思ってたのかなあ?逆に、わたしが心配してたなんて考えもしなかったんだよね)

「あのね┅┅」
「う、うん」
 外灯の明かりが、横から照らし、お互いの端正な顔を浮かび上がらせている。
「返品なーし。今後とも末永く使わせていただきますので、どうぞ、よろしくう」
 優士郎はほっと息を吐いて、空を見上げる。
「おおおっしゃああ」
 今度こそ盛大なガッツポーズで、優士郎は雄叫びを上げた。
 
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