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1巻
1-2
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家に帰ったルートがボーグにもらった革袋の中身を確認すると、中には三枚の銀貨が入っていた。
この世界の通貨は全て貨幣で、小銅貨、銅貨、小銀貨、銀貨、金貨、大金貨、の六種類がある。
小銅貨が地球でいえば十円といったところで、この世界では十ベニーと表現される。十枚で銅貨一枚、つまり、銅貨一枚は一〇〇ベニーの価値があり、十枚ごとに値段の大きい貨幣に換金することができる。
「うわぁ……こ、こんな大金、もらっていいのかな?」
生まれてこのかた銅貨しか手にしたことがなかったルートは、袋の中身を見て驚いた。
「まあ……すごいわね。親方さんって、太っ腹なのねえ」
ルートの帰りを待っていたミーシャが横から袋の中身を覗き込んで言う。
「や、やっぱり返しにいったほうがいいよね?」
「んん……いいんじゃない? きっと、日ごろのあなたの働きぶりを認めてくださったのよ。遠慮せず、ご褒美ってことでもらっておきなさい。お礼は、また働いて返せばいいんだから」
「う、うん……そうだね」
ミーシャの言葉に、ルートはなんとか納得して、革袋を大事に腰の布袋にしまった。
「じゃあ、教会に行きましょうか」
ミーシャがルートに声をかける。今日は、十歳の誕生日なので、いよいよ『技能降授』の儀式に臨むのだった。新しい(といっても古着屋で買ったものだが)シャツとズボンに着替えて、ルートはミーシャと一緒に久しぶりに外出した。窓から娼婦たちが声をかけてきたので、それに手を振って応えながら、スラムを抜けた先にある教会へと向かう。
彼女たちからは昨日、心づくしの誕生日プレゼントをたくさんもらっていた。自分たちが生きるのですら精いっぱいなのに、少ない給料の中からルートのために喜びそうな品を毎年買ってくれるのだ。ルートは仕事をしてお金を貯めたら、必ず彼女たちに恩返しをしようと決意するのだった。
「ようこそおいでくださいました。本日は礼拝ですか?」
「はい、礼拝もいたしますが、今日はこの子の十歳の誕生日なのです。ぜひ、『技能降授』の儀をしていただきたくまいりました」
「まあ、それはおめでとうございます。すぐに司祭様を呼んでまいります。中でお待ちください」
三十代半ばくらいのシスターが、そう言ってルートたちを礼拝堂の中へ招き入れた。
この世界は多神教で、各大陸や種族によって様々な神が信仰されているが、共通して崇められている神々が四柱いる。まず、創造神にして天空の神ティトラ、大地神にして豊穣の女神ラーニア、工芸神にして酒精の神ボルトス、そして叡智神にして戦の女神マーバラ。この神々は、天地創造を行った祖神として、どの国や種族でも共通して崇めているのである。
ルートが住むグランデル王国は、創造神ティトラから啓示を受けて、英雄ラルフ・グランデルが建国したとされており、その子孫が代々治めている。またティトラ神を祭神とする『ティトラ聖教会』が精力的に布教活動をしている。(『ティトラ聖教会』の総本山は、隣国のハウネスト聖教国にある)
ルートは、母親と一緒に礼拝堂の入り口で司祭が現れるのを待っていたが、礼拝堂の奥に立つ巨大なティトラ神の大理石の像を見つめながら、なにか胸の奥にざわざわと沸き立つものを感じ、妙な気分になっていた。
(なんだろう? 今まで感じたことのない感覚だな。あの神様とどこかで会ったような……)
「ようこそ、当教会へ。あなた方に神の祝福があらんことを」
ルートが物思いにふけっていると、突然声が聞こえ扉が開き、五十代と思われる白髪交じりの茶髪の男がにこやかな笑顔で入ってきた。
「私が司祭のオルビスです。『技能降授』の儀式をご希望とか?」
「初めまして、司祭様。ミーシャ・ブロワーです。こっちは息子のルートと申します。この子が今日十歳の誕生日を迎えましたので、『技能降授』をしていただきたくまいりました」
ミーシャはもうこの街に二十年近く住んでいるのだが、仕事柄、教会にくることはほとんどなかったので、オルビスとも初めて会うのだった。
「おお、なるほどこの子が……失礼ですが、服装からすると男の子でよろしいですかな?」
「はい、男です」
ルートはいささかむっとした顔でオルビスの質問に答えた。
「あはは……いや、すまなかったね。あまりにきれいな顔立ちだったもので……では、早速儀式を行いましょう。こちらへ」
オルビスは、ごまかすように笑いながらそう言って歩き出す。ルートたちはオルビスに案内されて、祭壇のほうへ下りていった。祭壇の前まで来ると、オルビスはティトラ像の下にある小さな扉を開いて、美しい青白い色の丸い石が載った道具のようなものを抱え、演台の上に置いた。
「では、これより『技能降授』の儀を始めます。まず、左右に一つずつある石板のくぼみに、銀貨を一枚ずつはめ込んでください……よろしい、ではこの宝玉に手を置いて、自分の名前をはっきりと言ってください」
なるほど、銀貨を置くのは儀式の費用ということだろう。ミーシャは当然友人たちから儀式の様子を事前に聞いていたので、この日のためにこつこつ貯めていたへそくりの中から銀貨を二枚取り出して、石板の円形のくぼみに置いた。
ルートは、それを見てから、石の上に手を置き、自分の名前を言った。
「ルート・ブロワー」
すると、それに反応し、丸い石がぼ~っと光り始めた。ルートの体が光に包まれ、視界が白くかすんでいく。そして不思議な映像が脳裏に浮かんできた。
(えっ? なんだ、これは……あれ? 待てよ……これ、知っている。見たことがある……)
ルートの頭の中に流れ込んできた映像には、この世界では見たことがない高く四角い建物が建ち並んでいる。急ぎ足で行き交う人々、馬がいないのにひとりでに動く馬車。長い金属の巨大な蛇のようなものが、猛烈なスピードで近づいてきたかと思ったら、急激に速度を落とし、中からたくさんの人たちが出てきて、また入っていく……そんな不思議な様子が映し出されていた。
(ああ、ここは僕が住んでいた街だ……毎日、あの蛇の中に乗って……学校、そうだ学校に通っていた……じゃあ、今の僕は……)
『思い出したようだな?』
突然、聞こえてきた声に驚いて、ルートはあたりを見回した。
すると、頭の中で流れていた映像が消えて、白く果てしない空間にルートはポツンと立っていた。
『突然で驚かせてしまったな、すまなかった』
目の前が眩しく光り、その光が巨大な人物の形に変化した。
「あっ……あなたはティトラ様ですか?」
『そうだ。十年ぶりだな、少年よ』
ルートは次々によみがえってくる記憶の洪水の中にいた。
◇ ◇ ◇
ティトラ様と邂逅を果たし、僕は前世の記憶を完全に取り戻した。そして思い出した。前世の自分が学校帰りに、後ろから走ってきた誰かにぶつかられて駅の階段を転げ落ちたことを……そうだ、僕はあの日死んだんだ。そして、そのあと、ここで、今目の前にいるティトラ様に会った。
前世の僕は、高校生だった。名前は……シンジ……そうだ、進示、道原進示という名前だ。懐かしいなあ……両親がいて、兄が一人いたな。両親はどちらも学校の先生で、僕は小さい頃から機械いじりやなにかを研究することが好きだった。成績は中の上くらいで、高校は迷わず公立の機械科に進学した。
男子がほとんどだったけど、毎日友達と話したり、バカなことをやったり、楽しかったなあ……
「……ああ、なにもかも思い出しました。あなたは僕に、死後の魂のことを色々教えてくださって……僕が本来まだ死ぬ運命ではなかったということ、特別にもとの記憶を持ったまま生まれ変われるようにしてくださったことをお話ししてくれました。そのうえもとの世界に生まれ変わりたいか、他の世界に生まれ変わりたいか、ともお尋ねになりました」
『うむ、正確に言うと、地球に転生するか、他の星に転生するかということだがな。そなたは、どうせ転生するなら別の星がいいと言ったのだ。地球人としては極めて珍しいことだったのでな、気になってずっと様子を見ていたのだよ』
「そうだったんですか……あっ、でも、どうして今まで記憶を忘れていたのでしょうか?」
『うむ、それがよく分からぬのじゃが、おそらく予定していた胎児と違う胎児に魂が宿ってしまったからかもしれぬ……』
ティトラ様の言葉に、僕は愕然とした。ティトラ様が言うには、もともと僕はとある国の高位の貴族の家に生まれるはずだったらしい。ところが、僕の魂が胎内に入り込む直前に、母親となるはずだった女性は王族同士の争いに巻き込まれて殺されてしまった。
そのため、急遽ティトラ様は、男の子を身ごもった女性を探したのだが、僕の持つ特殊な力に適合する母体がなかなか見つからなかった。そしてようやく見つかったのが、なんと、今の母さんだったのだ。
『……寿命前の死といい、生まれるときの不手際といい、そなたには、重ね重ねすまないことをしてしまった。どうか許してくれ』
「いいえ、そんな……謝らないでください。僕は今の生活にとても満足していますし、母さんのことも心から愛しています。母さんの子として生まれてきたことを感謝こそすれ、恨むなんてあり得ません」
『そうか……そう言ってもらえると救われる。だが、わしのせめてもの気持ちだ、そなたに一つ、スキルを与えよう』
「ス、スキルですか?」
『うむ、きっと役に立つはずだ。では、そろそろ時間だな、そなたの魂を体に返そう』
ティトラ様の言葉が終わらないうちに、再び視界が白くかすんでいく。
『わしはいつでもそなたを見守っておるぞ。会いたくなったら教会で祈るがよい。この世界で、自由に楽しく生きよ、ルートよ……』
◇ ◇ ◇
「……ト……ト、ルートったら、ぼーっとして、どうしたの?」
ルートが我に返ると、ミーシャが心配そうに顔を覗き込んでいた。
「あ、ああ、母さん……うん、ちょっと、この光を見ていたらぼーっとなっちゃって……」
「まあ……司祭様、大丈夫でしょうか?」
「ああ、よくあることですよ。この宝玉からはわずかに魔力が放出されますからね。慣れない子供には影響があるのでしょう。さて……そろそろ結果が出ますかな……」
ルートはティトラ神とずいぶん長くしゃべっていた感覚だったが、こちらの世界では一瞬のことだったらしい。なにはともあれ、目の前の石は次第に光を失い、代わりに台座の前面の四角いプレートが光り始めた。
「結果が出たようですな。どれどれ……」
オルビスはプレートを覗き込む。
「ほお、これは……」
オルビスは驚いたように声を漏らすと、そのまま黙り込んでしまった。
「あ、あのう、司祭様……」
「ううむ、いや、あり得ん……こんな……」
「あのう、なにかこの子におかしなことでも?」
ミーシャの言葉にオルビスはやっと顔を上げて、ルートとミーシャを交互に見つめた。
「もしや、ご両親のどちらか、いや両方かもしれませんが、貴族の血筋の方ですかな?」
「い、いいえ、私も、それから父親も……たぶん、平民ですわ」
ミーシャは、父親の可能性のある男たちを思い浮かべながら首を振った。
「そうですか……しかし、ただの平民の子供に、ティトラ様とマーバラ様の加護とは……どうぞ、自分たちの目で確かめてください」
オルビスは心底驚いたような顔で、横に移動して場所を空けた。
ミーシャとルートは恐る恐るプレートを覗き込む。
そこにはこんな文字が、淡い光の中に浮かんでいた。
《名前》ルート・ブロワー
《種族》人族 《性別》♂ 《年齢》10 《職業》??
《ステータス》
レベル:3 生命力:28 力:25 魔力:50 物理防御力:25
魔法防御力:30 知力:87 敏捷性:25 器用さ:65
《スキル》
真理探究Rnk2 創造魔法Rnk1
《加護》
ティトラ神の愛し子 マーバラ神の加護
ティトラ神がルートに言うには、地球は宇宙の中でも特別な存在だという。なにが特別かというと、地球は魔法が使えないように作られたというところだ。
神々が生命の存在する惑星を創造するとき、必ず大気中にまとわせるのが大量の魔素だった。魔素は雨とともに大地や海に浸み込み、多様な生命を育む母体となる。魔素は結合しやすく、色々なものに変化しやすい。しかも、決して消失せず、生物が死ねば体内の魔素はまた大気や大地の中へ還っていく。魔素は魔力のもととなり、多くの生物がその魔力を種族保存のために使うことになる。
魔素は身近で強大な力の源なので、ほとんどの星では、生物同士が生存競争に勝ち残るために魔力を使った争いを繰り広げる。そして、大抵は知力と繁殖力に優る人族と魔族が最終的な覇権を争い、ともに大きな深手を負いながらやがて滅んでいくという結末を迎えるのだ。
様々な星で生命を育んでも神々が求める『宇宙や神の真理に到達できる生きもの』は、なかなか生まれてこなかった。彼らは、宇宙の創成期からずっとこうした運命を見守り続けてきた。そして、飽きた。はっきり言って、同じことの繰り返しに飽き飽きしてしまったのである。
本来であれば、神々はどの種族にも直接介入したり、助けたりしない。しかし、どの星もあまりに同じ結果になるので、時折、ある神が仲間の目を盗んで特定の種族に肩入れすることがあった。だが、すぐに他の神々にバレて、じゃあこちらは他の種族に、といった具合に、神々が自分のお気に入りの種族にそれぞれ肩入れして、大混乱を引き起こし、結果としてその星が悲惨な終末を迎えることもあったのだった。そんなことを何度か繰り返し、実験的に、魔素を一切使わず、神も介入しない世界を作ってみようということになり、地球が生まれた。さらに、ルートたちの住む世界では、争いを生み出さないようにするため、魔族が存在していない。このように、神々は色々と試行錯誤しながら、よりよい世界を創造しようと奮闘しているのだ。
地球には魔素がない。それはつまり魔法が使えないということだ。よって、生まれた時点で大きな能力の差はない。己の鍛錬と頭脳のみを使ってなんとか生きていかなければならない厳しい世界だともいえる。その結果は? ……まだ神々の結論は下されていないが、ルートがティトラ神に聞いたところによると概ね高評価ということだった。地球で暮らしていたルートから見ると、かなり問題があったようにも思えたが、他の星に比べるとマシなのかもしれなかった。
第三章 ルート、冒険者になる
『技能降授』の儀式は、ルートにとっては大きな意味を持つ機会であったが、日常生活はいつもどおりにすぎていった。
ルートは朝早くからボーグの工房に通い、すすまみれになりながら懸命に働き、夕方家に帰る。そして、仕事に出ていくミーシャを見送ってから、質素な夕食をすませ、教会の鐘が鳴るまで、独学で勉強に励む毎日を送っていた。
ミーシャも、あえてルートのスキルや加護のことは誰にも言わず、適当にごまかしていた。
それは、ルートとの約束でもあったし、下手に自慢して、周囲の嫉妬や反感を買うのを恐れたためでもある。また噂がどこかの貴族の耳にでも入って、無理やり養子や奴隷として連れ去られるのを恐れたのだ。
ルートは、このままボーグの弟子になって鍛冶師を職業にしてもいいと思っていた。それがだめなら、どこかの商人に弟子入りして、将来は祖父母のような行商人になってみたいとも考えていた。
そんなルートに一つの転機が訪れたのは、『技能降授』の儀式からひと月がすぎようとしていたある日のことだった。
「ルート、仕事が終わったら話がある」
昼の休憩時間になり、いつものように裏の井戸へ向かおうとしていたルートを、ボーグが呼び止めてそう言った。
「あ、はい……」
去っていくボーグの背中を見送りながら、ルートはなんだろうと首をひねるのだった。
夕方、あと片づけを終えたルートが裏口で待っていると、ボーグがやってきてついてくるように言った。ルートはボーグの後ろについていき、初めて彼が住んでいる家の中に入っていった。
まだ独り身のボーグの家の中は、思ったより整然としていて清潔だった。贅沢なものは一切なく、暮らしに必要な最低限の家具や道具が置かれていた。
「まあ、適当に座れ」
「は、はい」
一人暮らしにしては大きな長方形のテーブルと椅子が六脚ほど置かれた部屋の中で、ボーグはそう言うと、壁際の棚から酒壺らしきものと金属のカップを二つ持ってきて、ルートの対面に座った。
「酒は飲めるか?」
「い、いや、まだ飲んだことありません。僕まだ十歳ですよ」
「うむ、そうか……ドワーフはお前ぐらいのときにはもう酒を飲めるようになるもんでな」
ドワーフの基準でお酒を勧められても困ってしまうなと、ルートは思わず苦笑する。
ボーグは自分のカップに琥珀色の液体を注ぎ、ぐいと一口飲んでからルートを見つめた。
「ルート、わしは回りくどいのは苦手だし、上手いことも言えんからな、はっきり言うぞ」
ルートは思わずごくりと唾液を呑み込んで、ボーグの次の言葉を待った。
「お前、ここを出ていけ……」
「は?」
ルートはわけが分からず、呆気にとられて口をぽかんと開けた。
その直後、入り口からどやどやとカミルとマリクがなだれ込んでくる。
「いやいやいや、それはないですって、アウトですよ親方、アウト~」
「ったく、叔父貴ったら、言い方ってもんがあるだろう?」
「て、てめえら、余計な口出しするんじゃねえ!」
「いや、そのつもりだったけどよ、叔父貴がいくら口下手だからって、あれはないぜ。ほら、ルートが呆れてんじゃねえか」
弁解するボーグにカミルはそう言うと、口をぽかんと開けたままのルートの肩に腕を回した。
「あのな、ルート。叔父貴が言いたかったのはこういうことなんだ」
カミルは一つ咳払いをするとこう続けた。
「お前は、こんな場所にいるよりも、もっと自分の才能を伸ばせる場所に行くべきだ」
その言葉にマリクが大きく頷き、ボーグも仏頂面で小さく、しかししっかりと頷いた。
「あ、ええっと……つまり、僕には鍛冶の仕事は向いてないと……」
「そうじゃねえ!」
ボーグが強い口調でルートの言葉を遮る。
「なあ、ルート、お前、わしらに嘘を吐いただろう?」
「え?」
「『技能降授』の翌日、お前はわしらに、スキルは『職人』だったと言ったよな? あのな、『職人』なんていうスキルはないんだよ」
(あちゃー、やらかしちゃったか……鍛冶って言うとあまりにできすぎだし、他の仕事だと、じゃあそっちの職業につけって言われそうだから、曖昧に濁したつもりだったんだけど、かえって墓穴を掘ったな。でも、正直に《真理探究》と《創造魔法》でしたって言っても、なんだそりゃって言われそうだし……)
「職人のスキルは、鍛冶とか木工とか金属細工とかもっと具体的なもののことなんだ。本当のことが言えなかったのは、たぶん鍛冶師とは全く関係ねえスキルだったからだろう、違うか?」
もう言い逃れはできないと観念して、ルートは顔を伏せたまま頷いた。
「やっぱり、そうか……」
「あ、いえ、でも、僕はずっとここで働きたいと……」
ルートがそう言いかけると、カミルが肩に回した腕にぐっと力を込めた。
「ありがとうよ……あたしらもずっとルートを手元に置いておきたい」
「だったら……」
「でも、それはできない……」
カミルは優しく首を横に振った。いつしか彼女の目には涙が浮かんでいた。
「ルート……わしらは二年余りお前を見てきた。そしてこんな結論に至ったんだ。はっきり言って、お前はわしらの手に余る……ああ、また言い方が悪かったな……つまりだな、お前はとんでもない才能を持っているんだよ」
ボーグが噛みしめるように言う。
「ぼ、僕が、ですか?」
「ああ、お前はとても鍛冶師に収まっていい人間じゃない。もっと、なにかどでかいことで世の中の役に立てる」
「……買い被りすぎですよ、僕はそんな……」
「もちろん、今すぐにどうこうなるとは思っていない、ずっと先のことだ。だからな、ルート、お前はちゃんとした学校に行くべきだ」
学校……ボーグの言葉に、ルートはこれまでに感じたことのない期待ともどかしさを感じるのだった。
この世界の通貨は全て貨幣で、小銅貨、銅貨、小銀貨、銀貨、金貨、大金貨、の六種類がある。
小銅貨が地球でいえば十円といったところで、この世界では十ベニーと表現される。十枚で銅貨一枚、つまり、銅貨一枚は一〇〇ベニーの価値があり、十枚ごとに値段の大きい貨幣に換金することができる。
「うわぁ……こ、こんな大金、もらっていいのかな?」
生まれてこのかた銅貨しか手にしたことがなかったルートは、袋の中身を見て驚いた。
「まあ……すごいわね。親方さんって、太っ腹なのねえ」
ルートの帰りを待っていたミーシャが横から袋の中身を覗き込んで言う。
「や、やっぱり返しにいったほうがいいよね?」
「んん……いいんじゃない? きっと、日ごろのあなたの働きぶりを認めてくださったのよ。遠慮せず、ご褒美ってことでもらっておきなさい。お礼は、また働いて返せばいいんだから」
「う、うん……そうだね」
ミーシャの言葉に、ルートはなんとか納得して、革袋を大事に腰の布袋にしまった。
「じゃあ、教会に行きましょうか」
ミーシャがルートに声をかける。今日は、十歳の誕生日なので、いよいよ『技能降授』の儀式に臨むのだった。新しい(といっても古着屋で買ったものだが)シャツとズボンに着替えて、ルートはミーシャと一緒に久しぶりに外出した。窓から娼婦たちが声をかけてきたので、それに手を振って応えながら、スラムを抜けた先にある教会へと向かう。
彼女たちからは昨日、心づくしの誕生日プレゼントをたくさんもらっていた。自分たちが生きるのですら精いっぱいなのに、少ない給料の中からルートのために喜びそうな品を毎年買ってくれるのだ。ルートは仕事をしてお金を貯めたら、必ず彼女たちに恩返しをしようと決意するのだった。
「ようこそおいでくださいました。本日は礼拝ですか?」
「はい、礼拝もいたしますが、今日はこの子の十歳の誕生日なのです。ぜひ、『技能降授』の儀をしていただきたくまいりました」
「まあ、それはおめでとうございます。すぐに司祭様を呼んでまいります。中でお待ちください」
三十代半ばくらいのシスターが、そう言ってルートたちを礼拝堂の中へ招き入れた。
この世界は多神教で、各大陸や種族によって様々な神が信仰されているが、共通して崇められている神々が四柱いる。まず、創造神にして天空の神ティトラ、大地神にして豊穣の女神ラーニア、工芸神にして酒精の神ボルトス、そして叡智神にして戦の女神マーバラ。この神々は、天地創造を行った祖神として、どの国や種族でも共通して崇めているのである。
ルートが住むグランデル王国は、創造神ティトラから啓示を受けて、英雄ラルフ・グランデルが建国したとされており、その子孫が代々治めている。またティトラ神を祭神とする『ティトラ聖教会』が精力的に布教活動をしている。(『ティトラ聖教会』の総本山は、隣国のハウネスト聖教国にある)
ルートは、母親と一緒に礼拝堂の入り口で司祭が現れるのを待っていたが、礼拝堂の奥に立つ巨大なティトラ神の大理石の像を見つめながら、なにか胸の奥にざわざわと沸き立つものを感じ、妙な気分になっていた。
(なんだろう? 今まで感じたことのない感覚だな。あの神様とどこかで会ったような……)
「ようこそ、当教会へ。あなた方に神の祝福があらんことを」
ルートが物思いにふけっていると、突然声が聞こえ扉が開き、五十代と思われる白髪交じりの茶髪の男がにこやかな笑顔で入ってきた。
「私が司祭のオルビスです。『技能降授』の儀式をご希望とか?」
「初めまして、司祭様。ミーシャ・ブロワーです。こっちは息子のルートと申します。この子が今日十歳の誕生日を迎えましたので、『技能降授』をしていただきたくまいりました」
ミーシャはもうこの街に二十年近く住んでいるのだが、仕事柄、教会にくることはほとんどなかったので、オルビスとも初めて会うのだった。
「おお、なるほどこの子が……失礼ですが、服装からすると男の子でよろしいですかな?」
「はい、男です」
ルートはいささかむっとした顔でオルビスの質問に答えた。
「あはは……いや、すまなかったね。あまりにきれいな顔立ちだったもので……では、早速儀式を行いましょう。こちらへ」
オルビスは、ごまかすように笑いながらそう言って歩き出す。ルートたちはオルビスに案内されて、祭壇のほうへ下りていった。祭壇の前まで来ると、オルビスはティトラ像の下にある小さな扉を開いて、美しい青白い色の丸い石が載った道具のようなものを抱え、演台の上に置いた。
「では、これより『技能降授』の儀を始めます。まず、左右に一つずつある石板のくぼみに、銀貨を一枚ずつはめ込んでください……よろしい、ではこの宝玉に手を置いて、自分の名前をはっきりと言ってください」
なるほど、銀貨を置くのは儀式の費用ということだろう。ミーシャは当然友人たちから儀式の様子を事前に聞いていたので、この日のためにこつこつ貯めていたへそくりの中から銀貨を二枚取り出して、石板の円形のくぼみに置いた。
ルートは、それを見てから、石の上に手を置き、自分の名前を言った。
「ルート・ブロワー」
すると、それに反応し、丸い石がぼ~っと光り始めた。ルートの体が光に包まれ、視界が白くかすんでいく。そして不思議な映像が脳裏に浮かんできた。
(えっ? なんだ、これは……あれ? 待てよ……これ、知っている。見たことがある……)
ルートの頭の中に流れ込んできた映像には、この世界では見たことがない高く四角い建物が建ち並んでいる。急ぎ足で行き交う人々、馬がいないのにひとりでに動く馬車。長い金属の巨大な蛇のようなものが、猛烈なスピードで近づいてきたかと思ったら、急激に速度を落とし、中からたくさんの人たちが出てきて、また入っていく……そんな不思議な様子が映し出されていた。
(ああ、ここは僕が住んでいた街だ……毎日、あの蛇の中に乗って……学校、そうだ学校に通っていた……じゃあ、今の僕は……)
『思い出したようだな?』
突然、聞こえてきた声に驚いて、ルートはあたりを見回した。
すると、頭の中で流れていた映像が消えて、白く果てしない空間にルートはポツンと立っていた。
『突然で驚かせてしまったな、すまなかった』
目の前が眩しく光り、その光が巨大な人物の形に変化した。
「あっ……あなたはティトラ様ですか?」
『そうだ。十年ぶりだな、少年よ』
ルートは次々によみがえってくる記憶の洪水の中にいた。
◇ ◇ ◇
ティトラ様と邂逅を果たし、僕は前世の記憶を完全に取り戻した。そして思い出した。前世の自分が学校帰りに、後ろから走ってきた誰かにぶつかられて駅の階段を転げ落ちたことを……そうだ、僕はあの日死んだんだ。そして、そのあと、ここで、今目の前にいるティトラ様に会った。
前世の僕は、高校生だった。名前は……シンジ……そうだ、進示、道原進示という名前だ。懐かしいなあ……両親がいて、兄が一人いたな。両親はどちらも学校の先生で、僕は小さい頃から機械いじりやなにかを研究することが好きだった。成績は中の上くらいで、高校は迷わず公立の機械科に進学した。
男子がほとんどだったけど、毎日友達と話したり、バカなことをやったり、楽しかったなあ……
「……ああ、なにもかも思い出しました。あなたは僕に、死後の魂のことを色々教えてくださって……僕が本来まだ死ぬ運命ではなかったということ、特別にもとの記憶を持ったまま生まれ変われるようにしてくださったことをお話ししてくれました。そのうえもとの世界に生まれ変わりたいか、他の世界に生まれ変わりたいか、ともお尋ねになりました」
『うむ、正確に言うと、地球に転生するか、他の星に転生するかということだがな。そなたは、どうせ転生するなら別の星がいいと言ったのだ。地球人としては極めて珍しいことだったのでな、気になってずっと様子を見ていたのだよ』
「そうだったんですか……あっ、でも、どうして今まで記憶を忘れていたのでしょうか?」
『うむ、それがよく分からぬのじゃが、おそらく予定していた胎児と違う胎児に魂が宿ってしまったからかもしれぬ……』
ティトラ様の言葉に、僕は愕然とした。ティトラ様が言うには、もともと僕はとある国の高位の貴族の家に生まれるはずだったらしい。ところが、僕の魂が胎内に入り込む直前に、母親となるはずだった女性は王族同士の争いに巻き込まれて殺されてしまった。
そのため、急遽ティトラ様は、男の子を身ごもった女性を探したのだが、僕の持つ特殊な力に適合する母体がなかなか見つからなかった。そしてようやく見つかったのが、なんと、今の母さんだったのだ。
『……寿命前の死といい、生まれるときの不手際といい、そなたには、重ね重ねすまないことをしてしまった。どうか許してくれ』
「いいえ、そんな……謝らないでください。僕は今の生活にとても満足していますし、母さんのことも心から愛しています。母さんの子として生まれてきたことを感謝こそすれ、恨むなんてあり得ません」
『そうか……そう言ってもらえると救われる。だが、わしのせめてもの気持ちだ、そなたに一つ、スキルを与えよう』
「ス、スキルですか?」
『うむ、きっと役に立つはずだ。では、そろそろ時間だな、そなたの魂を体に返そう』
ティトラ様の言葉が終わらないうちに、再び視界が白くかすんでいく。
『わしはいつでもそなたを見守っておるぞ。会いたくなったら教会で祈るがよい。この世界で、自由に楽しく生きよ、ルートよ……』
◇ ◇ ◇
「……ト……ト、ルートったら、ぼーっとして、どうしたの?」
ルートが我に返ると、ミーシャが心配そうに顔を覗き込んでいた。
「あ、ああ、母さん……うん、ちょっと、この光を見ていたらぼーっとなっちゃって……」
「まあ……司祭様、大丈夫でしょうか?」
「ああ、よくあることですよ。この宝玉からはわずかに魔力が放出されますからね。慣れない子供には影響があるのでしょう。さて……そろそろ結果が出ますかな……」
ルートはティトラ神とずいぶん長くしゃべっていた感覚だったが、こちらの世界では一瞬のことだったらしい。なにはともあれ、目の前の石は次第に光を失い、代わりに台座の前面の四角いプレートが光り始めた。
「結果が出たようですな。どれどれ……」
オルビスはプレートを覗き込む。
「ほお、これは……」
オルビスは驚いたように声を漏らすと、そのまま黙り込んでしまった。
「あ、あのう、司祭様……」
「ううむ、いや、あり得ん……こんな……」
「あのう、なにかこの子におかしなことでも?」
ミーシャの言葉にオルビスはやっと顔を上げて、ルートとミーシャを交互に見つめた。
「もしや、ご両親のどちらか、いや両方かもしれませんが、貴族の血筋の方ですかな?」
「い、いいえ、私も、それから父親も……たぶん、平民ですわ」
ミーシャは、父親の可能性のある男たちを思い浮かべながら首を振った。
「そうですか……しかし、ただの平民の子供に、ティトラ様とマーバラ様の加護とは……どうぞ、自分たちの目で確かめてください」
オルビスは心底驚いたような顔で、横に移動して場所を空けた。
ミーシャとルートは恐る恐るプレートを覗き込む。
そこにはこんな文字が、淡い光の中に浮かんでいた。
《名前》ルート・ブロワー
《種族》人族 《性別》♂ 《年齢》10 《職業》??
《ステータス》
レベル:3 生命力:28 力:25 魔力:50 物理防御力:25
魔法防御力:30 知力:87 敏捷性:25 器用さ:65
《スキル》
真理探究Rnk2 創造魔法Rnk1
《加護》
ティトラ神の愛し子 マーバラ神の加護
ティトラ神がルートに言うには、地球は宇宙の中でも特別な存在だという。なにが特別かというと、地球は魔法が使えないように作られたというところだ。
神々が生命の存在する惑星を創造するとき、必ず大気中にまとわせるのが大量の魔素だった。魔素は雨とともに大地や海に浸み込み、多様な生命を育む母体となる。魔素は結合しやすく、色々なものに変化しやすい。しかも、決して消失せず、生物が死ねば体内の魔素はまた大気や大地の中へ還っていく。魔素は魔力のもととなり、多くの生物がその魔力を種族保存のために使うことになる。
魔素は身近で強大な力の源なので、ほとんどの星では、生物同士が生存競争に勝ち残るために魔力を使った争いを繰り広げる。そして、大抵は知力と繁殖力に優る人族と魔族が最終的な覇権を争い、ともに大きな深手を負いながらやがて滅んでいくという結末を迎えるのだ。
様々な星で生命を育んでも神々が求める『宇宙や神の真理に到達できる生きもの』は、なかなか生まれてこなかった。彼らは、宇宙の創成期からずっとこうした運命を見守り続けてきた。そして、飽きた。はっきり言って、同じことの繰り返しに飽き飽きしてしまったのである。
本来であれば、神々はどの種族にも直接介入したり、助けたりしない。しかし、どの星もあまりに同じ結果になるので、時折、ある神が仲間の目を盗んで特定の種族に肩入れすることがあった。だが、すぐに他の神々にバレて、じゃあこちらは他の種族に、といった具合に、神々が自分のお気に入りの種族にそれぞれ肩入れして、大混乱を引き起こし、結果としてその星が悲惨な終末を迎えることもあったのだった。そんなことを何度か繰り返し、実験的に、魔素を一切使わず、神も介入しない世界を作ってみようということになり、地球が生まれた。さらに、ルートたちの住む世界では、争いを生み出さないようにするため、魔族が存在していない。このように、神々は色々と試行錯誤しながら、よりよい世界を創造しようと奮闘しているのだ。
地球には魔素がない。それはつまり魔法が使えないということだ。よって、生まれた時点で大きな能力の差はない。己の鍛錬と頭脳のみを使ってなんとか生きていかなければならない厳しい世界だともいえる。その結果は? ……まだ神々の結論は下されていないが、ルートがティトラ神に聞いたところによると概ね高評価ということだった。地球で暮らしていたルートから見ると、かなり問題があったようにも思えたが、他の星に比べるとマシなのかもしれなかった。
第三章 ルート、冒険者になる
『技能降授』の儀式は、ルートにとっては大きな意味を持つ機会であったが、日常生活はいつもどおりにすぎていった。
ルートは朝早くからボーグの工房に通い、すすまみれになりながら懸命に働き、夕方家に帰る。そして、仕事に出ていくミーシャを見送ってから、質素な夕食をすませ、教会の鐘が鳴るまで、独学で勉強に励む毎日を送っていた。
ミーシャも、あえてルートのスキルや加護のことは誰にも言わず、適当にごまかしていた。
それは、ルートとの約束でもあったし、下手に自慢して、周囲の嫉妬や反感を買うのを恐れたためでもある。また噂がどこかの貴族の耳にでも入って、無理やり養子や奴隷として連れ去られるのを恐れたのだ。
ルートは、このままボーグの弟子になって鍛冶師を職業にしてもいいと思っていた。それがだめなら、どこかの商人に弟子入りして、将来は祖父母のような行商人になってみたいとも考えていた。
そんなルートに一つの転機が訪れたのは、『技能降授』の儀式からひと月がすぎようとしていたある日のことだった。
「ルート、仕事が終わったら話がある」
昼の休憩時間になり、いつものように裏の井戸へ向かおうとしていたルートを、ボーグが呼び止めてそう言った。
「あ、はい……」
去っていくボーグの背中を見送りながら、ルートはなんだろうと首をひねるのだった。
夕方、あと片づけを終えたルートが裏口で待っていると、ボーグがやってきてついてくるように言った。ルートはボーグの後ろについていき、初めて彼が住んでいる家の中に入っていった。
まだ独り身のボーグの家の中は、思ったより整然としていて清潔だった。贅沢なものは一切なく、暮らしに必要な最低限の家具や道具が置かれていた。
「まあ、適当に座れ」
「は、はい」
一人暮らしにしては大きな長方形のテーブルと椅子が六脚ほど置かれた部屋の中で、ボーグはそう言うと、壁際の棚から酒壺らしきものと金属のカップを二つ持ってきて、ルートの対面に座った。
「酒は飲めるか?」
「い、いや、まだ飲んだことありません。僕まだ十歳ですよ」
「うむ、そうか……ドワーフはお前ぐらいのときにはもう酒を飲めるようになるもんでな」
ドワーフの基準でお酒を勧められても困ってしまうなと、ルートは思わず苦笑する。
ボーグは自分のカップに琥珀色の液体を注ぎ、ぐいと一口飲んでからルートを見つめた。
「ルート、わしは回りくどいのは苦手だし、上手いことも言えんからな、はっきり言うぞ」
ルートは思わずごくりと唾液を呑み込んで、ボーグの次の言葉を待った。
「お前、ここを出ていけ……」
「は?」
ルートはわけが分からず、呆気にとられて口をぽかんと開けた。
その直後、入り口からどやどやとカミルとマリクがなだれ込んでくる。
「いやいやいや、それはないですって、アウトですよ親方、アウト~」
「ったく、叔父貴ったら、言い方ってもんがあるだろう?」
「て、てめえら、余計な口出しするんじゃねえ!」
「いや、そのつもりだったけどよ、叔父貴がいくら口下手だからって、あれはないぜ。ほら、ルートが呆れてんじゃねえか」
弁解するボーグにカミルはそう言うと、口をぽかんと開けたままのルートの肩に腕を回した。
「あのな、ルート。叔父貴が言いたかったのはこういうことなんだ」
カミルは一つ咳払いをするとこう続けた。
「お前は、こんな場所にいるよりも、もっと自分の才能を伸ばせる場所に行くべきだ」
その言葉にマリクが大きく頷き、ボーグも仏頂面で小さく、しかししっかりと頷いた。
「あ、ええっと……つまり、僕には鍛冶の仕事は向いてないと……」
「そうじゃねえ!」
ボーグが強い口調でルートの言葉を遮る。
「なあ、ルート、お前、わしらに嘘を吐いただろう?」
「え?」
「『技能降授』の翌日、お前はわしらに、スキルは『職人』だったと言ったよな? あのな、『職人』なんていうスキルはないんだよ」
(あちゃー、やらかしちゃったか……鍛冶って言うとあまりにできすぎだし、他の仕事だと、じゃあそっちの職業につけって言われそうだから、曖昧に濁したつもりだったんだけど、かえって墓穴を掘ったな。でも、正直に《真理探究》と《創造魔法》でしたって言っても、なんだそりゃって言われそうだし……)
「職人のスキルは、鍛冶とか木工とか金属細工とかもっと具体的なもののことなんだ。本当のことが言えなかったのは、たぶん鍛冶師とは全く関係ねえスキルだったからだろう、違うか?」
もう言い逃れはできないと観念して、ルートは顔を伏せたまま頷いた。
「やっぱり、そうか……」
「あ、いえ、でも、僕はずっとここで働きたいと……」
ルートがそう言いかけると、カミルが肩に回した腕にぐっと力を込めた。
「ありがとうよ……あたしらもずっとルートを手元に置いておきたい」
「だったら……」
「でも、それはできない……」
カミルは優しく首を横に振った。いつしか彼女の目には涙が浮かんでいた。
「ルート……わしらは二年余りお前を見てきた。そしてこんな結論に至ったんだ。はっきり言って、お前はわしらの手に余る……ああ、また言い方が悪かったな……つまりだな、お前はとんでもない才能を持っているんだよ」
ボーグが噛みしめるように言う。
「ぼ、僕が、ですか?」
「ああ、お前はとても鍛冶師に収まっていい人間じゃない。もっと、なにかどでかいことで世の中の役に立てる」
「……買い被りすぎですよ、僕はそんな……」
「もちろん、今すぐにどうこうなるとは思っていない、ずっと先のことだ。だからな、ルート、お前はちゃんとした学校に行くべきだ」
学校……ボーグの言葉に、ルートはこれまでに感じたことのない期待ともどかしさを感じるのだった。
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