夜食屋ふくろう

森園ことり

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1 フライドポテト&コーラ am0:10 

1 フライドポテト&コーラ am0:10(6) 

 目覚めたのはそれから八時間後。
 すっかり日は昇って、窓から光が差し込んでいる。

 窓を開けて風をいれると、春のひんやりと青臭い匂いがした。
 顔を洗いに洗面所に行って戻ってくると、家の電話が鳴っていた。

「もしもし」
『いた! おはよ!』

 次男の光(ひかる)の声だ。

『もしもし? 携帯にかけても出ないからどうしたのかと思った』

 少し心配そうな長男の大(まさる)の声に変わる。

「ごめん。寝てたよ」
『なんだ、そっか。おじいちゃんが車で送ってくれるんだけど、お昼にピザ買ってく?』
「うん、お願い。お母さん、シーフードのが食べたいな」

 長男が吹き出す音がする。

『はーい。真菜(まな)が話したいって』

 おかあさーん、と娘の声が聞こえてきた。

『アイスのぬいぐるみ買ってもらったよ!』

 アイスのぬいぐるみ? と笑いながら訊き返すと、また長男が電話に出た。

『もう出るみたいだから、あとでね!』

 顔を洗ってからキッチンに行くと、カウンターの上のハンカチが目にとまった。ふくろうの刺繍。

「今度返しに行かないと」

 こんな朝はいつぶりだろう。頭がすっきりしている。

 自分の涙を吸い込んだハンカチを、洗面器でやさしく手洗いしてベランダに干した。
 雲がない真っ青な空に白いハンカチがはためくのを、万喜はしばらく眺めていた。

 幸一が出張から帰ってきたのは、日が落ちたあとだった。
 早めに子供たちにご飯を食べさせ、お風呂もすませていた万喜は、夫に夕飯はどうするか訊ねた。

「軽く食べてきたから、いいや。疲れたからお風呂入って寝たい」
「そう。洗濯物まわしとくね」

 幸一がお風呂に入っている間に、万喜はスーツケースから着替えを取り出して洗濯機に放り込んだ。

 子供たちは帰ってきた幸一にちょっかいを出しに、お風呂に集まっている。ドアを開けっぱなしにしているようで、四人のきゃあきゃあ騒ぐ声が聞こえてきた。

 しばらくして子供たちはどたばたと足音をたてて、ダイニングルームにやってきた。

「お母さん、お父さんのお土産ちょうだい」

 テーブルの上に置いてあるクッキーのお土産を手に取り、包み紙を破ろうとしている。

「寝る前だからだめ。歯、磨いたでしょ」

 光と真菜は食べたいとぐずったが、お兄ちゃんにたしなめられて渋々子供部屋に戻っていった。

 お風呂からあがってきた幸一は、リビングのソファでくつろぐ万喜を見つけた。ビールを飲みながらポテトサラダをつまんでいる。テレビには映画がうつしだされていた。

「ポテトサラダうまそう」

 万喜は振り返って笑った。

「食べる?」
「俺の分ある?」
「残してあるよ」

 幸一もソファにやってきて、冷えたビールとポテトサラダにありついた。横目でちらっと万喜の顔を見る。

「顔色いいね。昨夜ひとりで過ごしたせい?」

 万喜は小さく笑う。

「そうかも。幸一、わたし今夜から仕事部屋で寝るね」

 仕事部屋には本棚と机、パソコンが置いてある。客が来た時に泊まる部屋としても使っていた。昼間のうちに万喜は客用布団と自分の衣類を持ち込んでおいた。

「どうして?」

 ぽかんとした幸一に万喜は笑いかける。

「どうしても。あと、数日中に時間を作ってくれる? 話があるから」

 彼は一瞬言葉を失っていた。わかりやすく目が泳ぐ。

「話ってなんだよ。いますればいいじゃん」
「内容的に外で二人きりがいいと思ったんだけど。それともいまここでする?」

 幸一は言葉が出ないまま固まった。
 ソファから立ちあがった万喜は、自分のグラスと箸を洗いに行く。それからひとりきりになれる部屋へと向かった。





 次の週末、家族はひさしぶりにのんびりとした休日を過ごした。

 遅い朝食をファミレスですませてから、ショッピングモールに行って、子供たちの服やおもちゃを選んだ。そのあと遊具がたくさんある公園で、子供たちをたっぷりと遊ばせた。

 へとへとになって大満足の子供たちを車に乗せると、彼らは万喜の実家へと向かった。

「お腹空いた。なんか食べたい」

 途中で次男の光がぐずりはじめる。それにつられたように真菜もお腹空いたと連呼しはじめた。
 長男の大だけはじっと黙ってゲームをしている。ここ数日口数が少ない。

 今夜から万喜と子供たちは実家で暮らすことになった。簡単な荷物はもう運んである。学校や保育園には祖父母が交代で送ってくれることになっていた。

 万喜たちが家を出ることを、子供たちには仕事の都合と説明している。両親とも忙しくなるので、実家で祖父母の力を借りることにしたのだと。

 光と真菜は話をそのまま受け入れたけれど、大は両親の間になにかあったことに勘付いているようだった。それでも口をつぐんで静観している。

 幸一は浮気を認めた。そのうえで謝ってきたが、家を出るという万喜の気持ちは変わらなかった。別居後に離婚するかどうかはまだ未定だ。しばらく別々に生活してみて様子をみよう、ということになった。

 もちろん幸一は離れて暮らすことを嫌がったけれど、反対はしなかった。というより、できなかった。自分の過ちでこうなってしまったのだから。

「ハンバーガー食べたい」

 万喜がたまに子供たちを連れていくファストフード店の看板が遠くに見えた。

「寄ってく?」

 運転しながら幸一が万喜に訊ねる。

「そうしようか」

 車道を見下ろせる二階の窓際のボックス席で五人は最後の食事をした。

 みんなバーガーセットを注文したが、万喜はアイスコーヒーだけにした。

 光が真菜のミニゼリーを盗んで早速ケンカがはじまる。顔を真っ赤にして泣き叫ぶ娘。
 万喜は真菜をなだめながら、挑戦的な目つきをしている光を叱った。

「返しなさい。お母さん、怒るよ」

 光は投げるようにゼリーを万喜に返すと、口のまわりをべとべとに汚しながらハンバーガーを食べはじめる。
 その横で幸一はポテトを食べながら、スマホで競馬サイトを見ていた。

「お母さん、僕のポテト食べなよ」

 隣に座った大が、万喜にポテトを差し出す。

「ありがとう」

 万喜は長男の頭を撫でると、熱々のポテトをわけてもらった。
 
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