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3 お好み焼き am0:00
3 お好み焼き am0:00(4)
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そのあとも美早子はしばらくワインを飲み続けた。十二時近くになって、そろそろ寝ようかとお風呂に入りに行くと、キッチンの方から物音が聞こえてきた。
誰か水でもとりに行ったのかと覗きに行くと、冷蔵庫を開けている昴流を見つけた。
「なにしてんの?」
声をかけると、昴流はびくっとして振り返った。
「驚いたぁ。お腹空いちゃったからお好み焼き作ろうと思って」
一緒に住んでいたころ、昴流がよく夜食にお好み焼きを作っていたことを美早子は思い出した。
「え、いいなぁ。私も食べたい」
「ちょっと時間かかるけどいい?」
「もちろん。手伝おうか?」
「だいじょぶ。座って待ってて」
昴流は冷蔵庫にある余りものでお好み焼きを作る。キャベツにウインナー、卵。それと今夜は菜の花があった。
「菜の花も入れるの?」
「せっかくだから、入れようかな」
美早子はソファに座って、昴流が野菜を刻むのを眺めた。
「いまでもよく夜食作るの?」
「たまにね。眠れない時とか」
「眠れない時あるの?」
「たまにだよ。ミサさんもあるでしょ?」
そう言われてみればそうだ。仕事で疲れている時に限って眠れなかったりする。でもそういう時は寝るのを諦めて、猫を撫でながらテレビを見る。そうしていると、いつの間にか眠くなって寝ることができた。
「夜食はなに作るの?」
「適当に家にあるもので作るよ」
「お好み焼きも作る?」
昴流は手元を見つめたまま笑う。
「お好み焼きは作らないな。粉を置いてないし。蕎麦茹でることが多いかな」
ふうん、と美早子は言って、ボウルに粉を入れてかき混ぜる彼を見つめた。
「昴流、毎日楽しい?」
彼は手を止めると顔を上げて、驚いたように美早子を見た。
「なに急に?」
「なんか、ちゃんと楽しめてるのかなって心配になった」
昴流は笑いながらボウルに野菜を入れてかき混ぜ、大きなフライパンを火にかけた。
「つまんなさそうに見える?」
「だって昴流って趣味ないでしょ。彼女もいないみたいだし」
「ミサさんだって同じようなもんでしょ」
「私は猫が趣味で恋人だから」
あぁ、と昴流は納得したように頷いて、笑った。
「猫たちがいたね。元気にしてる?」
「元気だよ、私より」
ははっと彼は笑って、フライパンにお好み焼きのタネを流し入れた。
火が入るといい匂いがしてくる。それにつられたように、寝室に引っ込んでいた両親も起きてきた。
家族全員で食べる昴流の夜食は久しぶりだった。
昴流は両親に、具に何が入っているか当てさせた。菜の花はなかなか出てこなかったけれど、ほろ苦い春の野菜、というヒントで慶子が当てた。
「辛し和えにしようと買っておいたんだけど、忘れてたわ。だめになる前に使ってもらってよかった」と慶子はご機嫌だった。
父親も「春らしいお好み焼きが食べられた」と喜んだ。
美早子が後片付けを買って出て、両親と昴流は部屋に引き上げた。
でもすぐに、昴流だけが戻ってきた。
「思い出したよ」
なにを、と美早子が訊ねると、「二階の部屋の明かりの謎」と笑う。
洗い物の手を止めて、なんだったの? と美早子は答えを促した。
「なんでもないことだったんだよ。あの家の隣に昔、煙草屋があったんだ。そこのおばあさんに訊いたら教えてくれた。あの部屋の電気のスイッチが故障してるんだって。でも住人はなぜか直さない。電気代がもったいないから直せっておばあさんが言っても、『そのうちに』ってずっとあのままなんだって。のんびりした家族だって呆れてたよ」
ただの故障なの、と美早子は複雑な表情を浮かべた。すべての仮説が消え去っていく。そんな彼女を見て昴流は苦笑した。
「がっかりだよね。だから忘れてたんだと思う」
美早子も笑って皿洗いを再開した。
「不思議でもなんでもないことだったね。でも、これはこれでよかったな。とにかく、長年の謎がとけてすっきりした。ありがと」
どういたしまして、と昴流もすっきりした表情を浮かべた。
「ねえ、いま住んでるとこの脳内地図も作ってるの?」
「脳内地図ねぇ」
昴流は小さく笑い、首を横に振った。
「働きはじめてからはしてないよ。用事がある場所への直線コースを探すのみ」
「興味がなくなったの?」
「ただ忘れてただけ。脳内地図は自分に余裕がないと作れないのかもね」
昴流は笑顔で「おやすみ」と言うと自分の部屋に戻っていった。
「ごちそうさま。おやすみ昴流」
翌朝、昴流は早めに家を出て、それきり連絡が取れなくなった。
*
誰か水でもとりに行ったのかと覗きに行くと、冷蔵庫を開けている昴流を見つけた。
「なにしてんの?」
声をかけると、昴流はびくっとして振り返った。
「驚いたぁ。お腹空いちゃったからお好み焼き作ろうと思って」
一緒に住んでいたころ、昴流がよく夜食にお好み焼きを作っていたことを美早子は思い出した。
「え、いいなぁ。私も食べたい」
「ちょっと時間かかるけどいい?」
「もちろん。手伝おうか?」
「だいじょぶ。座って待ってて」
昴流は冷蔵庫にある余りものでお好み焼きを作る。キャベツにウインナー、卵。それと今夜は菜の花があった。
「菜の花も入れるの?」
「せっかくだから、入れようかな」
美早子はソファに座って、昴流が野菜を刻むのを眺めた。
「いまでもよく夜食作るの?」
「たまにね。眠れない時とか」
「眠れない時あるの?」
「たまにだよ。ミサさんもあるでしょ?」
そう言われてみればそうだ。仕事で疲れている時に限って眠れなかったりする。でもそういう時は寝るのを諦めて、猫を撫でながらテレビを見る。そうしていると、いつの間にか眠くなって寝ることができた。
「夜食はなに作るの?」
「適当に家にあるもので作るよ」
「お好み焼きも作る?」
昴流は手元を見つめたまま笑う。
「お好み焼きは作らないな。粉を置いてないし。蕎麦茹でることが多いかな」
ふうん、と美早子は言って、ボウルに粉を入れてかき混ぜる彼を見つめた。
「昴流、毎日楽しい?」
彼は手を止めると顔を上げて、驚いたように美早子を見た。
「なに急に?」
「なんか、ちゃんと楽しめてるのかなって心配になった」
昴流は笑いながらボウルに野菜を入れてかき混ぜ、大きなフライパンを火にかけた。
「つまんなさそうに見える?」
「だって昴流って趣味ないでしょ。彼女もいないみたいだし」
「ミサさんだって同じようなもんでしょ」
「私は猫が趣味で恋人だから」
あぁ、と昴流は納得したように頷いて、笑った。
「猫たちがいたね。元気にしてる?」
「元気だよ、私より」
ははっと彼は笑って、フライパンにお好み焼きのタネを流し入れた。
火が入るといい匂いがしてくる。それにつられたように、寝室に引っ込んでいた両親も起きてきた。
家族全員で食べる昴流の夜食は久しぶりだった。
昴流は両親に、具に何が入っているか当てさせた。菜の花はなかなか出てこなかったけれど、ほろ苦い春の野菜、というヒントで慶子が当てた。
「辛し和えにしようと買っておいたんだけど、忘れてたわ。だめになる前に使ってもらってよかった」と慶子はご機嫌だった。
父親も「春らしいお好み焼きが食べられた」と喜んだ。
美早子が後片付けを買って出て、両親と昴流は部屋に引き上げた。
でもすぐに、昴流だけが戻ってきた。
「思い出したよ」
なにを、と美早子が訊ねると、「二階の部屋の明かりの謎」と笑う。
洗い物の手を止めて、なんだったの? と美早子は答えを促した。
「なんでもないことだったんだよ。あの家の隣に昔、煙草屋があったんだ。そこのおばあさんに訊いたら教えてくれた。あの部屋の電気のスイッチが故障してるんだって。でも住人はなぜか直さない。電気代がもったいないから直せっておばあさんが言っても、『そのうちに』ってずっとあのままなんだって。のんびりした家族だって呆れてたよ」
ただの故障なの、と美早子は複雑な表情を浮かべた。すべての仮説が消え去っていく。そんな彼女を見て昴流は苦笑した。
「がっかりだよね。だから忘れてたんだと思う」
美早子も笑って皿洗いを再開した。
「不思議でもなんでもないことだったね。でも、これはこれでよかったな。とにかく、長年の謎がとけてすっきりした。ありがと」
どういたしまして、と昴流もすっきりした表情を浮かべた。
「ねえ、いま住んでるとこの脳内地図も作ってるの?」
「脳内地図ねぇ」
昴流は小さく笑い、首を横に振った。
「働きはじめてからはしてないよ。用事がある場所への直線コースを探すのみ」
「興味がなくなったの?」
「ただ忘れてただけ。脳内地図は自分に余裕がないと作れないのかもね」
昴流は笑顔で「おやすみ」と言うと自分の部屋に戻っていった。
「ごちそうさま。おやすみ昴流」
翌朝、昴流は早めに家を出て、それきり連絡が取れなくなった。
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