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4 ルーローハン am0:03
4 ルーローハン am0:03(5)
「うまそ。初めてだ俺」
岡崎は嬉しそうに真っ先に食べはじめた。
「なにこれ、おいし。癖になる味だね」
彼は気に入ったらしく、黙々とかきこんでいく。
ご飯の上に豚肉がたっぷりかけられ、煮卵が添えられている。
将も一口食べて驚いた。しょっぱいのかと思ったけど、ほのかに甘い。
「甘い……新感覚」
将が呟くと、食べていた和花が顔を上げて微笑んだ。
「お砂糖も入ってるから。醤油味で日本人にもなじみがある味だよね」
「そうだね……」
肉がものすごくやわらかい。
「これ、なんの肉だろう。豚?」
将は和花に訊ねた。
「豚バラなんだって」
「そうなんだ」
昔、母親が豚バラを炒めてくれたことがあるけれど、油っぽくて残した記憶がある。でもこれは全然油っぽくない。
豆花(とうふぁ)という豆乳を使ったデザートが運ばれてくると、岡崎はまた唐突に将に質問した。
「小林は結婚願望とかある?」
またか。
「岡崎はあるの?」
間髪入れずに訊き返すと、彼は、え、と笑った。和花はちらりと将を見て小さく吹き出す。
「俺? そりゃあるよ。親も最近うるさいしさぁ。結婚しろ孫見せろってせっついてくるんだよ。だから次に付き合う子とは結婚するって決めてはいるかな。川上は何歳までに結婚したい?」
白くひんやりするデザートを味わいながら、和花は首をひねった。
「結婚はしないかも」
「しないの?」
驚いたような声をあげたあと、岡崎は激しくむせた。
「こ、子供は?」
「自然にできたらそれはそれで。結婚という制度にはあんまり興味はないかな」
「なにそれ。逆に大変じゃない?」
「結婚しても大変なことはあるでしょ」
岡崎はまだなにか言いかけたが飲み込んだ。おとなしくデザートを食べはじめる。
そのあと、思い出したように岡崎が将に言った。
「そういや、小林が最近頑張ってるって島(しま)さんが言ってたよ」
「え……あ、そうなんだ」
島というのは彼らの上司だ。褒めてくれているとは思いもしなかったので、将の顔はほころんでしまう。岡崎は少しデリカシーに欠けるところがあるけれど、悪い奴でもなさそうだ、と将は少し見直した。
あれから和花と話す機会はない。
会社ですれ違う時に軽く挨拶を交わすぐらいだ。岡崎も同じ。
その後、何度かあの台湾料理屋にルーローハンを食べに行ったが、和花と遭遇することはなかった。
*
「ルーローハンはよくお食べになるんですか?」
「え……あ、はい。会社の近くにおいしいお店があって、たまに」
「夜食に食べたくなるほどお好きなんですね」
紅の指摘に将は俯き、違うんですと呟くように言った。
「友達が僕を励まそうと思って注文してくれたんです。好きな子に彼氏ができたのがわかって、わかりやすく落ち込んでたので」
双子は同時に目を丸くする。
「その子からは嫌われてたみたいなんですけどね……」
祭は気の毒そうに目を瞬くと、エプロンのポケットからサイコロ状のチョコレートを一握り掴みだして、将にあげにいった。コントローラーの横に置いて、励ますように肩をぽんと叩く。ありがとうございます、と彼は小さく礼を言った。
「でも、恥ずかしいことにその子とは会ったことないんですよ。ネットのゲーム仲間なんで。それなのにこんなに落ち込むなんて情けないですよね」
「そんなことないですよ」
紅のやさしい否定に、将は苦笑する。
「僕ってネット恋愛しか経験がないんです。ネットなら出会いも多いし、理解者も見つかるだろうって期待するんだけど、いつもうまくいかなくて。僕自身が変わらないとだめなんでしょうね……」
かち、と紅は鍋の火を消して将を見た。
「どう変わりたいんですか?」
「どう……うーん、シンプルに女性に好かれる男になりたい」
砂糖醤油で煮込んだ豚肉と卵の匂いに、将は生唾を飲み込んだ。ゲームチェアから腰を上げて、台所にふらふらと歩いていく。
「いい匂いですね」
祭は持参した小さな炊飯器を開けると、ほかほかのご飯をオリエンタルな柄のプラスチック丼に盛った。そこに煮込んだ豚バラ肉をたっぷりとかけ、煮卵を添える。
将は小さなローテーブルにつくと、きちんと正座して待った。
「お待たせいたしました。ルーローハンです」
祭が出来立てのルーローハンを将の前に置いた。木のレンゲとお箸も添えて。
「うまそう……うちの台所で作ったとは思えない。俺、自炊しないもんで」
そう言って、冷蔵庫の上に並べたカップラーメンをちらっと見る。
「じゃ、冷めないうちにいただきます」
将は手をぱんと手を合わせてから、レンゲにたっぷりすくって口に運んだ。
甘じょっぱいお肉のやさしい味は感動するほどおいしい。
「うまいっす……ほんとに」
噛みしめるように感想を漏らし、ばくばくと食べる。
「ゆっくり食べてくださいね」
紅の言葉に頷きながら、将ははっとしたように顔を上げた。
「そうだ。今度、自分で作ってみようかな。ルーローハン」
「それなら、レシピさしあげますよ。見てたら、意外と簡単そうって思ったでしょ?」
祭が笑いながら言うと、口の端にご飯粒をつけたまま将は頷いた。
「思いました」
「肉切って煮込むだけだから簡単なんです」
「いつか好きな人にふるまえるといいですね」
片づけをしながら紅はそう言って笑った。
そんな日は来るんだろうか。
とりあえず鍋でも買うか、と将は思った。
双子が帰る時、将はもじもじしながら玄関まで見送った。
岡崎は嬉しそうに真っ先に食べはじめた。
「なにこれ、おいし。癖になる味だね」
彼は気に入ったらしく、黙々とかきこんでいく。
ご飯の上に豚肉がたっぷりかけられ、煮卵が添えられている。
将も一口食べて驚いた。しょっぱいのかと思ったけど、ほのかに甘い。
「甘い……新感覚」
将が呟くと、食べていた和花が顔を上げて微笑んだ。
「お砂糖も入ってるから。醤油味で日本人にもなじみがある味だよね」
「そうだね……」
肉がものすごくやわらかい。
「これ、なんの肉だろう。豚?」
将は和花に訊ねた。
「豚バラなんだって」
「そうなんだ」
昔、母親が豚バラを炒めてくれたことがあるけれど、油っぽくて残した記憶がある。でもこれは全然油っぽくない。
豆花(とうふぁ)という豆乳を使ったデザートが運ばれてくると、岡崎はまた唐突に将に質問した。
「小林は結婚願望とかある?」
またか。
「岡崎はあるの?」
間髪入れずに訊き返すと、彼は、え、と笑った。和花はちらりと将を見て小さく吹き出す。
「俺? そりゃあるよ。親も最近うるさいしさぁ。結婚しろ孫見せろってせっついてくるんだよ。だから次に付き合う子とは結婚するって決めてはいるかな。川上は何歳までに結婚したい?」
白くひんやりするデザートを味わいながら、和花は首をひねった。
「結婚はしないかも」
「しないの?」
驚いたような声をあげたあと、岡崎は激しくむせた。
「こ、子供は?」
「自然にできたらそれはそれで。結婚という制度にはあんまり興味はないかな」
「なにそれ。逆に大変じゃない?」
「結婚しても大変なことはあるでしょ」
岡崎はまだなにか言いかけたが飲み込んだ。おとなしくデザートを食べはじめる。
そのあと、思い出したように岡崎が将に言った。
「そういや、小林が最近頑張ってるって島(しま)さんが言ってたよ」
「え……あ、そうなんだ」
島というのは彼らの上司だ。褒めてくれているとは思いもしなかったので、将の顔はほころんでしまう。岡崎は少しデリカシーに欠けるところがあるけれど、悪い奴でもなさそうだ、と将は少し見直した。
あれから和花と話す機会はない。
会社ですれ違う時に軽く挨拶を交わすぐらいだ。岡崎も同じ。
その後、何度かあの台湾料理屋にルーローハンを食べに行ったが、和花と遭遇することはなかった。
*
「ルーローハンはよくお食べになるんですか?」
「え……あ、はい。会社の近くにおいしいお店があって、たまに」
「夜食に食べたくなるほどお好きなんですね」
紅の指摘に将は俯き、違うんですと呟くように言った。
「友達が僕を励まそうと思って注文してくれたんです。好きな子に彼氏ができたのがわかって、わかりやすく落ち込んでたので」
双子は同時に目を丸くする。
「その子からは嫌われてたみたいなんですけどね……」
祭は気の毒そうに目を瞬くと、エプロンのポケットからサイコロ状のチョコレートを一握り掴みだして、将にあげにいった。コントローラーの横に置いて、励ますように肩をぽんと叩く。ありがとうございます、と彼は小さく礼を言った。
「でも、恥ずかしいことにその子とは会ったことないんですよ。ネットのゲーム仲間なんで。それなのにこんなに落ち込むなんて情けないですよね」
「そんなことないですよ」
紅のやさしい否定に、将は苦笑する。
「僕ってネット恋愛しか経験がないんです。ネットなら出会いも多いし、理解者も見つかるだろうって期待するんだけど、いつもうまくいかなくて。僕自身が変わらないとだめなんでしょうね……」
かち、と紅は鍋の火を消して将を見た。
「どう変わりたいんですか?」
「どう……うーん、シンプルに女性に好かれる男になりたい」
砂糖醤油で煮込んだ豚肉と卵の匂いに、将は生唾を飲み込んだ。ゲームチェアから腰を上げて、台所にふらふらと歩いていく。
「いい匂いですね」
祭は持参した小さな炊飯器を開けると、ほかほかのご飯をオリエンタルな柄のプラスチック丼に盛った。そこに煮込んだ豚バラ肉をたっぷりとかけ、煮卵を添える。
将は小さなローテーブルにつくと、きちんと正座して待った。
「お待たせいたしました。ルーローハンです」
祭が出来立てのルーローハンを将の前に置いた。木のレンゲとお箸も添えて。
「うまそう……うちの台所で作ったとは思えない。俺、自炊しないもんで」
そう言って、冷蔵庫の上に並べたカップラーメンをちらっと見る。
「じゃ、冷めないうちにいただきます」
将は手をぱんと手を合わせてから、レンゲにたっぷりすくって口に運んだ。
甘じょっぱいお肉のやさしい味は感動するほどおいしい。
「うまいっす……ほんとに」
噛みしめるように感想を漏らし、ばくばくと食べる。
「ゆっくり食べてくださいね」
紅の言葉に頷きながら、将ははっとしたように顔を上げた。
「そうだ。今度、自分で作ってみようかな。ルーローハン」
「それなら、レシピさしあげますよ。見てたら、意外と簡単そうって思ったでしょ?」
祭が笑いながら言うと、口の端にご飯粒をつけたまま将は頷いた。
「思いました」
「肉切って煮込むだけだから簡単なんです」
「いつか好きな人にふるまえるといいですね」
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