夜食屋ふくろう

森園ことり

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5 ロールキャベツ am0:20

5 ロールキャベツ am0:20(3)

 目を開けると、家の中はしんとしていた。

「里桜?」

 返事はない。時計を見ると、一時間もたっている。寝てしまったようだ。
 舞衣子は身を起こして、テーブルの上のパンを見た。
 里桜が二つ食べたようで減っている。
 トイレに行ったついでに、里桜の部屋の扉をノックしてみた。だが応答はない。玄関に行くと、里桜がいつも履いている靴がなかった。

「あの子も出かけたんだ……」

 舞衣子はキッチンに行くと、冷蔵庫から豆乳を取り出してグラスに注いだ。最近毎日飲むようにしている。大豆イソフラボンが女性の体にいいらしいから。

 テーブルについてリモコンを握る。
 土曜のお昼のテレビ番組は明るい家族向けの番組が多い。これを少し見たあと家族でお出かけするんだろう。
 舞衣子はもそもそとカレーパンを食べ、豆乳を飲み干した。
 家族はみんな出かけてしまった。
 体調の悪い私を残して。
 舞衣子は沈んでいく気持ちをどうにかしたかった。

 そうだ。
 こういう時は電話だ。誰かに話を聞いてもらおう。
 彼女は大学時代からの親友の玲(れい)に電話をかけた。

『もしもし?』

 寝ていたような玲の声に舞衣子は思わず笑い声を漏らす。

「私、舞衣子。寝てたの?」
『寝てたよ。だって休みだもん』

 玲は夫の不倫が原因で十年前に離婚した。
 いまは不動産会社に勤めていて、慰謝料で買った中古マンションで一人暮らしをしている。
 引き取った息子はもう働いていた。元夫の実家は裕福なので、養育費はしっかりもらえたらしい。

『どうかした? なんか声が変だけど』

 玲にそう言われて、舞衣子は胸がじわっと熱くなった。
 親友は私の声を聞いただけで異変に気づいてくれた。

「聞いてよ……」

 舞衣子は堰を切ったように今日の出来事を話した。途中で涙ぐんでしまう。

『なるほどね。せめておいしいご飯ぐらい連れて行って欲しかったわよねぇ。それからでもジムに行けただろうに』

 同情的ではあるが明るい調子の玲の言葉に舞衣子は救われた気がした。

「そうでしょ? 一日一緒にいてくれって頼んだわけじゃないのに。ひどいよね」
『ひどいひどい。でもさ、舞衣子が一番ショックなのって、涼太君のことじゃない?』

 ほんとにそうだ。涼太が女の子と付き合ってデートしてるなんて。美緒ちゃんてどんな子なんだろう。会ってみたい。デート、どこへ行ってるんだろう。お金、ちゃんと持ってったのかな……。

『まあ、子離れの時期は誰にでも来るからね。私も潤(じゅん)が彼女連れて来た時はびっくり仰天したもん。心の準備できてないっての』
 潤というのは玲の息子だ。

「そっか……まだ子供だと思ってたのにな」

 また気分が沈んでいく舞衣子に気づいたように、玲は慌てて言った。

『子供に手がかからなくなったら、私たちも楽できるからいいじゃない。それより、気晴らしにどっか行く? おいしいものでも食べようよ』
「いいの? 今日、武雄(たけお)さんは?」
『またゴルフよ』

 玲には長い付き合いの彼氏がいる。三つ年上で小さな会社を経営している佐野武雄(さのたけお)だ。小柄でぽっちゃりしているが、優しくて頼りがいのある男だ。舞衣子と三人で食事をしたこともある。

『いまから迎えに行くから準備しといて』

 玲はフットワークが恐ろしく軽い。
 舞衣子がゆっくり着替えて化粧をし終えた頃に、家のインターホンが鳴った。

「ずいぶん綺麗にしちゃって。素敵なワンピースじゃない」

 出迎えた舞衣子を見て、玲は開口一番褒めた。
 玲は長い髪をラフにまとめて、化粧は口紅を薄くつけただけ。それでも肌がきれいな美人だから様になっている。白いワイドパンツにサックスブルーのシャツを合わせて、武雄からもらった高級腕時計を身に付けている。

「銀座でいい?」

 うん、と舞衣子は彼氏に迎えに来てもらった少女のようにはにかんで、玲の車に乗り込んだ。
 銀座でお寿司を食べたあと、カフェでお茶をした。
 日常を離れた空間とおいしい料理、友達との楽しい会話で舞衣子の心は癒された。
 銀座をぶらついて、舞衣子は夏用のワンピース、玲は香水を新調した。そのあと日比谷公園を歩いて、ベンチで冷たい飲み物を飲みながらまたお喋り。

 やがて日が傾いてくると、舞衣子は寂しい気持ちに襲われた。
 もう家に帰らないといけない。食事の用意と後片付けが待っている。子供たちと顔を合わせたらまた小言を言ってしまうに違いない。
 そんな舞衣子の気持ちに気づいたかのように、玲が提案した。

「よかったら今夜はうちに泊まれば? 家帰ってもまた旦那と子供のお世話でキーッってなっちゃうでしょ。明日は日曜だし、一日ぐらい家を留守にしても大丈夫よ」
「泊まってもいいの?」
「大学の時みたいに楽しく夜更かししようよ」

 嬉しい。そうしたい。
 舞衣子は心から笑い、頷いた。
 すぐに隆に電話をかけて、今夜玲の家に泊まってもいいかと訊ねた。
 夫はえらくご機嫌で、例の友達とまだ一緒にいるようだった。

『いいけど、子供たちの飯はどうすんの? 俺、いま酒飲んでるんだけど』

 だからなに、と舞衣子はまた苛ついた。

「私にばっかり押し付けないで、たまには子供のご飯ぐらい用意してあげてください。お願いしますね」

 静かに舞衣子はそう言うと電話を切った。
 あぁ、すっきりした。
 涼太と里桜にはメッセージを送る。


(お母さんは今夜、お友達の家に泊まります。お父さんは夕飯までには帰るので、買ってきて欲しいものがあったら頼んでください。戸締りはしっかりしてね。なにかあったらすぐに連絡をください。母)


 送信してしばらくしても、子供たちから返信はなかった。里桜はまだ腹を立てているのだろう。涼太はもうデートから帰っただろうに、なぜ返信をくれない?  舞衣子はまた少し落ち込んだ。
 玲のマンションは東京のはずれにある。少し不便な場所だから安かったらしい。

「ワイン飲むでしょ」

 部屋に入ると、玲は真っすぐにワインセラーに向かった。けっこう大きい立派なものだ。

「これ、いくらぐらいするの?」

 中を覗き込みながら舞衣子は訊ねる。三十本以上のワインが並んでいた。

「十万もしないよ」

 一本引き抜いてにやりと笑う。
 部屋はモデルハウスのように片付いており、インテリアも洗練されている。掃除が嫌なので物を増やさないようにしているらしい。食事もほとんど外食かテイクアウトですましている。
 一人だとこんなに気楽なのね、と舞衣子は羨ましく思った。毎日台所に立たないでいい生活。私にもまたこんな日が来るのだろうか。

「チーズと……舞衣子、いちじく平気だっけ?」
「好きだよ」
「あ、冷凍ピザがあった」

 夜はいつも晩酌をしながらおつまみで簡単にすますらしい。
 ワインと気楽な夕食を楽しみながら、プロジェクターで映画を観た。あれこれつっこみながら見るのが楽しい。
 座り心地のいいソファとアルコール。やがて舞衣子はうとうとし始めた。
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