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6 カオマンガイ am0:30
6 カオマンガイ am0:30(1)
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「家にいるなら電話に出てよ」
帰宅するなり紗季(さき)はジャージ姿でくつろぐ拓(たく)に文句を言った。
かたかたとジャンガリアンハムスターのクルミが、回し車で走っている。それを寝転がって眺めていた拓は振り返って、不機嫌そうな同棲相手を見返した。
「……ずっといたけど」
「さっき電話したら出なかった」
拓は家の電話機を見た。留守電を知らせる明かりが点滅している。
「ごめん。たぶんシャワー浴びてた時だ」
「留守電ぐらいチェックしてよね」
「ごめん。なんか用事あった?」
「もういいよ」
紗季は冷凍庫から冷凍パスタを取り出すと、皿にのせてから電子レンジに放り込んだ。スーツの上着を脱ぎながら自分の部屋に向かう。
拓は身を起こすと、クローゼットを開け閉めする音に耳をすました。それから慌てて浴室に行ってお風呂にお湯をはりはじめる。
台所に行くと冷蔵庫を開けて、トマトとキュウリを取り出した。
トマトを切っていると、ジャージパンツとピンク色の長袖Tシャツ姿の紗季がリビングに入ってきた。
クレンジングシートでメイクを落としながら、電子レンジの中からパスタを取り出す。
「いまサラダ作ってるから」
拓がそう言っても紗季は目を合わさずに、冷蔵庫から缶ビールを取り出した。
「いらない」
一言そう言うと、彼女はパスタと缶ビールを持って自分の部屋に入ってしまう。
今夜は相当機嫌が悪そうだ。
時計を見るとまだ七時半。
鍋の準備でもしとけばよかったな、と拓は後悔した。
自分も七時少し前に帰宅したばかりだ。シャワーを浴びて少し横になっていた。紗季がもうすぐ帰ってくるのはわかっていたのに。
でも、夕飯の準備をしていたとしても、紗季の機嫌は悪いままだっただろう。
拓も冷凍パスタを温めて夕飯にした。サラダは一応紗季の分も作っておいて冷蔵庫に入れておく。
紗季の部屋からは動画を見ているのか、人の話し声や音楽が聞こえてきた。テレビはリビングにしか置いていない。
二人が暮らすアパートは2LDKの間取りで、二人はそれぞれ自分の部屋を持っている。二年前の同棲当時、拓は資格の取得にはまっていた。夜も勉強したいから、と彼は寝室を別にすることを提案した。いまはもう家で勉強することはないのだが、二人はすっかり別々の部屋で寝起きすることに慣れている。
一時間ほどして、紗季は皿と空き缶を持って部屋から出てきた。
表情は落ち着いているけれど、相変わらず拓とは目を合わせようとはしない。
「お風呂沸かしといたから」
「ありがとう」
「お皿洗っとくよ」
「どうも」
紗季が浴室に行くと、拓は自分と彼女の皿を慌てて洗った。
いつもは長風呂なのに、彼女は十分足らずで出てきた。ざっと体を洗ってシャワーを浴びただけという感じだ。
「もう寝るの?」
自分の部屋に入っていく彼女に拓が訊ねる。まだ九時前だ。
うんとまた小さく返事した彼女は静かに部屋の戸を閉めた。
クルミはまた回し車でかたかたと走りはじめた。休んでは走り、休んでは走りを繰り返す。
紗季の電話の用事がなんだったのか訊き出したかったけれど、もう今夜は無理のようだ。拓はリビングの明かりを消すと自分の部屋に戻った。
紗季がこの頃不機嫌なのには理由がある。
自分のせいであることは拓にもわかっていた。
一ヶ月ほど前のことだ。
お盆休みの間に拓はスマホを解約した。
名古屋の実家に帰省していた紗季は、帰ってきてその事実を知って驚いた。
「事前に相談してよ」
そうは言いながらも、彼女は笑って受け入れてくれた。
だが、二週間ぐらいたってから、徐々に紗季の口数が少なくなっていった。
些細な喧嘩も日々増えて、険悪な雰囲気になることが多くなった。ずっと仲良く付き合ってきたのに、突然変わってしまった。
二人が出会ったのは二十歳の大学生の頃で、もう六年がたつ。二年前から同棲をはじめ、今年に入ってからは結婚の話も出るようになった。そのことはお互いの両親も承知している。
帰宅するなり紗季(さき)はジャージ姿でくつろぐ拓(たく)に文句を言った。
かたかたとジャンガリアンハムスターのクルミが、回し車で走っている。それを寝転がって眺めていた拓は振り返って、不機嫌そうな同棲相手を見返した。
「……ずっといたけど」
「さっき電話したら出なかった」
拓は家の電話機を見た。留守電を知らせる明かりが点滅している。
「ごめん。たぶんシャワー浴びてた時だ」
「留守電ぐらいチェックしてよね」
「ごめん。なんか用事あった?」
「もういいよ」
紗季は冷凍庫から冷凍パスタを取り出すと、皿にのせてから電子レンジに放り込んだ。スーツの上着を脱ぎながら自分の部屋に向かう。
拓は身を起こすと、クローゼットを開け閉めする音に耳をすました。それから慌てて浴室に行ってお風呂にお湯をはりはじめる。
台所に行くと冷蔵庫を開けて、トマトとキュウリを取り出した。
トマトを切っていると、ジャージパンツとピンク色の長袖Tシャツ姿の紗季がリビングに入ってきた。
クレンジングシートでメイクを落としながら、電子レンジの中からパスタを取り出す。
「いまサラダ作ってるから」
拓がそう言っても紗季は目を合わさずに、冷蔵庫から缶ビールを取り出した。
「いらない」
一言そう言うと、彼女はパスタと缶ビールを持って自分の部屋に入ってしまう。
今夜は相当機嫌が悪そうだ。
時計を見るとまだ七時半。
鍋の準備でもしとけばよかったな、と拓は後悔した。
自分も七時少し前に帰宅したばかりだ。シャワーを浴びて少し横になっていた。紗季がもうすぐ帰ってくるのはわかっていたのに。
でも、夕飯の準備をしていたとしても、紗季の機嫌は悪いままだっただろう。
拓も冷凍パスタを温めて夕飯にした。サラダは一応紗季の分も作っておいて冷蔵庫に入れておく。
紗季の部屋からは動画を見ているのか、人の話し声や音楽が聞こえてきた。テレビはリビングにしか置いていない。
二人が暮らすアパートは2LDKの間取りで、二人はそれぞれ自分の部屋を持っている。二年前の同棲当時、拓は資格の取得にはまっていた。夜も勉強したいから、と彼は寝室を別にすることを提案した。いまはもう家で勉強することはないのだが、二人はすっかり別々の部屋で寝起きすることに慣れている。
一時間ほどして、紗季は皿と空き缶を持って部屋から出てきた。
表情は落ち着いているけれど、相変わらず拓とは目を合わせようとはしない。
「お風呂沸かしといたから」
「ありがとう」
「お皿洗っとくよ」
「どうも」
紗季が浴室に行くと、拓は自分と彼女の皿を慌てて洗った。
いつもは長風呂なのに、彼女は十分足らずで出てきた。ざっと体を洗ってシャワーを浴びただけという感じだ。
「もう寝るの?」
自分の部屋に入っていく彼女に拓が訊ねる。まだ九時前だ。
うんとまた小さく返事した彼女は静かに部屋の戸を閉めた。
クルミはまた回し車でかたかたと走りはじめた。休んでは走り、休んでは走りを繰り返す。
紗季の電話の用事がなんだったのか訊き出したかったけれど、もう今夜は無理のようだ。拓はリビングの明かりを消すと自分の部屋に戻った。
紗季がこの頃不機嫌なのには理由がある。
自分のせいであることは拓にもわかっていた。
一ヶ月ほど前のことだ。
お盆休みの間に拓はスマホを解約した。
名古屋の実家に帰省していた紗季は、帰ってきてその事実を知って驚いた。
「事前に相談してよ」
そうは言いながらも、彼女は笑って受け入れてくれた。
だが、二週間ぐらいたってから、徐々に紗季の口数が少なくなっていった。
些細な喧嘩も日々増えて、険悪な雰囲気になることが多くなった。ずっと仲良く付き合ってきたのに、突然変わってしまった。
二人が出会ったのは二十歳の大学生の頃で、もう六年がたつ。二年前から同棲をはじめ、今年に入ってからは結婚の話も出るようになった。そのことはお互いの両親も承知している。
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