夜食屋ふくろう

森園ことり

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6 カオマンガイ am0:30

6 カオマンガイ am0:30(5)

「黙って出て行ったってことは、いまどこにいるかわからないんですか?」
「たぶんビジネスホテルか知り合いのところにいると思う」
「連絡はしました?」
「したけど、つながらない」
「まずくないですか?」

 責めるような口調になったことに気づいたのか、紅はすみませんと小さく謝った。

「心配で……私の知り合いもこんなふうに突然いなくなったので」
「そうなの?」

 紅は思いつめたような表情で頷く。

「そのひと、まだ見つからないの?」

 紅はまた頷き、すぐに我に返ったように拓を見つめる。

「今夜中に見つけたほうがいいですよ。まだそんな遠くには行ってないはずだから」

 紅、と祭が彼女の肩をつついた。

「大丈夫だって、そんなに心配しなくても。出ていった理由がわかってるし、スーツとか持っていったんなら明日普通に出社するつもりでしょ」

 指摘されて紅は俯く。
 ぶーんという冷蔵庫の音が響くほど部屋は静まりかえった。
 かと思ったら、突然騒がしく固定電話が鳴りはじめた。
 三人ははっと息を飲んで、拓が電話に駆け寄る。

「もしもし」
『もしもし』

 聞こえてきた声は紗季ではなく佳奈のものだった。

『今井(いまい)です。夜分遅くにすみません』
「いえ、どうしました? 紗季は……」
『ええ、それが紗季、連絡がついていまうちで預かってます。今夜は泊めることにしたので、お伝えしておこうと思いまして』
「そうですか……わかりました。無事でよかったです」
『起きてらっしゃったんですか?」
「はい……」

 電話の向こう側は少し沈黙した。

『もう大丈夫なので、安心して休んでください。では……』

 連絡のお礼を言ってから拓は受話器を置いた。

「紗季さん、見つかったんですか?」

 紅がこちらに身を乗り出すようにして訊ねる。拓は頷いた。

「うん、いとこのお姉さんのところに今夜は泊まるって」

 ほっと紅は肩で息をした。ほら大丈夫だったろ、というように祭は彼女を肘でつつく。

「よかったですね、無事で」

 うん、と拓は頷いて深く息をついた。





 本当によかった、見つかって。

「大丈夫ですか、拓さん」

 心配そうな声に顔を上げた。
 双子が両側から覗き込んでいる。拓は床に膝をついていた。どうやらめまいか貧血を起こしてしまったらしい。頭がくらくらする。

「お腹空きすぎたのかな」

 笑いながら言う拓を、二人は両側から支えるようにしてソファに運んだ。そっと彼を寝かせる。

「気分はどうですか?」

 紅はどこかすまなさそうな表情を浮かべながら訊いた。

「大丈夫。ほっとして気がゆるんだみたい」
「一番心配してたのは拓さんですもんね……」

 いや、そうじゃない。
 いま気づいたんだ。
 最初からこうなることを求めていたことを。

 そもそも、スマホなんて別にもったままでもよかった。
 よく言うSNS疲れやいつでも連絡がつながるが故の不便さなど、誰でも多少は感じているものだろう。でもそれを上回るメリットがあることは拓だってわかっていた。使い方を工夫すればストレスが軽減することも。

 それでもスマホを手放したのは、周囲へのアピールだった。
 主に紗季への。

 彼女がこういう反応をとることは最初からわかっていた。いずれ出ていくということは。
 自分から別れを切り出すことができないから、彼女が去るようにしむけたのだ。

 結婚の話が出てきてから、拓はあることに気づいた。二人が思い描いている将来像にずれがあると。
 拓はゆくゆくは両親が暮らす田舎に戻り、小さなコーヒーの店を出したいと考えていた。そこで家庭を持ち、子供を自然の中でのびのびと育てたい。
 大学進学と共に東京に出てきた時は、田舎のことがあまり好きではなかった。都会で暮らして働くこと自体に憧れのようなものがあったからだ。

 だが、就職して数年がたった頃、拓の心に変化が生じた。帰省すると、(やっぱりここが自分の居場所なんだ)と感じるようになった。帰りたくない。このままここにいたい。
 いつか帰る。そこで好きなコーヒーの店をやる。
 もちろん、紗季にもそれとなく自分の夢を語って聞かせた。
 でも彼女は本気にしないで流した。

「老後の夢としてはいいかもね」

 紗季が田舎暮らしに興味がないことはわかっていた。彼女は自分の仕事に誇りを持っているし、結婚したら実家に近いところに住みたいと前々から話している。共働きになるのだから、子育てを両親に手伝ってもらいたい、そしてそのことは親たちも了承しているとのことだった。だからむしろ、もっと都心に近いところで暮らしたがっているのだ。
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