夜食屋ふくろう

森園ことり

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7 マシュマロココア am0:05

7 マシュマロココア am0:05(1)

 三日続いた雨のあと、すとんと気温が落ちて冬に近づいた。
 あとひと月と少しで今年も終わる。

 昴流は狭いビジネスホテルのベッドの上に寝転がって本を読んでいた。
 偶然入った駅の近くの本屋で見つけた、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』。十代の頃に読んだ記憶があって、懐かしくて手に取った。銀河鉄道で旅をする話なのは憶えているのだけど、どんな結末だったのか思い出せない。少年たちはちゃんと旅から戻って来られたんだろうか。気になったので買ってしまった。

 小さな窓を通して、夜の喧騒が響いてくる。クラクションにサイレン、叫ぶような話し声に一本調子な呼び込み用のメロディ。
 ドアがノックされたのは九時になろうという時だった。
 本をベッドに投げ出してドアに急ぐ。

 ドアを開けるとそこには七十歳の志村孝蔵(しむらこうぞう)と四十二歳になる娘の京子(きょうこ)が並んで立っていた。二人ともにこにこしている。

「これから一杯ひっかけに行くけど、一緒にどうだ」

 酒好きの孝蔵は既に部屋で缶ビールでも開けてきたのか、顔を赤くしてご機嫌な様子だ。既にお腹を夕飯でふくらませた京子も、まだまだ食べる気まんまんな表情を浮かべている。

「僕は疲れたのでもう寝ます」
「寝るってもう?」

 京子は目を丸くすると、腕時計をちらっと見た。

「まだ早過ぎるわよ」

 くすくすとおかしそうに笑い始める。
 彼女はほとんどいつも笑っている人で、小学生の二人の息子たちにもそれは伝染していた。おかげで、志村家は笑い声が絶えることがない。

「まあ、昴流はいつも早寝早起きだからな。じゃあ俺たちだけで行ってくるよ。気が変わったらいつでも連絡しろ」

 わかりました、と昴流は笑いながら二人を送り出した。
 京子はおそらくしめにはラーメンを食べてくるだろう。さっき、この近くにおいしいラーメン屋があるとネットの情報を見ながら興奮していたから。夕飯に江戸前寿司をたっぷり食べたのだが、もう消化されてしまったのだろう。

 昴流は大あくびをすると、歯を磨いてシャワーを浴びた。
 本当に疲れたし眠い。仕事の疲れだけでなく、久しぶりの人混みや喧騒に酔ってしまった。
 パジャマがわりの長袖Tシャツとジャージパンツ姿になって、布団にもそもそと潜り込む。
 本の続きをもう少しだけ読むつもりだったが、またあくびが出たので諦めることにした。

 昨日、淡路島から東京に来て、二日続けてデパートの展示即売会をした。明日が最終日で、夜には淡路島に帰る予定だ。

 東京の夜は色が喧しい。
 窓越しでも人工の明かりが入ってきて無遠慮に瞼をつつく。
 島の夜とはまるで違う。
 一年と半年ほど前、昴流はここから数駅離れた町で暮らしていた。

 もう戻らないつもりだったから、こういう喧騒をすっかり忘れていた。
 こうして狭い暗い部屋で外から流れ込んでくる音を無抵抗で浴びていると、あのころの記憶が蘇ってくる。
 こうなると眠れなくなりそうだ。それは困る。

 昴流は目をやわらかく閉じると、淡路島に残してきた青いセキセイインコのことを考えた。
 生まれてまだ半年の男の子。名前はハジメ。
 昴流が生まれてはじめて飼ったペットなので、そう名付けた。
 ハジメの鳴き声を頭の中で再生すると、外の音がゆっくりと遠ざかっていった。
 彼は水を飲んでいるような音をたてながら喋るように鳴く。
 それが昴流の耳にはとても心地よくて、聞いているうちにいつも眠くなってしまうのだった。




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