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7 マシュマロココア am0:05
7 マシュマロココア am0:05(2)
七歳の昴流は森の奥に向かって走っていた。
振り返ると、赤い服を来た小さな女の子が追いかけてきている。
(ついてくるな)と彼は心の中で思いながら走るスピードを上げる。また振り返ると、女の子の姿は小さくなっていた。それでも諦めずについてくる。
森の奥はとても暗くて、このまま進んでいったら迷子になって後戻りできなくなるかもしれない。
頭上の空は黒く、もう夜になってしまったようだった。
急に怖くなって昴流は足を止めた。
後ろを見ると、赤い服の女の子がどんどん大きくなって近づいてくる。
(もういいよ。一緒に帰ろう)
そう観念したのに、女の子は彼の脇をひゅっとすり抜けると一人で森の奥へと走っていった。
「紅!」
女の子の名前を呼んでも、耳に届いていないのか、ものすごいスピードで遠ざかっていく。
慌てて昴流はあとを追いかけた。
女の子は既に森の暗がりに飲み込まれて姿をとらえにくくなっている。
慌てた昴流はなにかに躓いて転んだ。呻きながら顔を上げると、女の子の姿は完全に見えなくなっていた。
それでも、ぱたぱたと幼い足音だけが聞こえている。
(自分のせいだ)
あたりはもう真っ暗で、なんの明かりも見えない。
それでも昴は立ち上がると、かすかな足音を目指して走った。
*
はぁっ。
荒く息を吸いながら昴はぱっと目を開いた。
久しぶりに紅の夢を見た。
心臓がどきどきして、握りしめた手は汗でべとべとしている。
深呼吸を何度もして息を整えてから時間を確認すると、まだ夜の十一時だった。
暗い天井をぼんやりと見上げながら、通りから聞こえてくる騒音に耳をすます。すると不思議と気持ちが落ち着いてきた。額の汗をなんども手の甲で拭う。
小さい頃、紅や祭、近所の子供たちとよく森でかくれんぼをした。大人たちからは迷子になるから森で遊んではいけないと止められていたけれど、昴流たちは内緒で遊び場にしていた。
昴流はみんなで遊んでいても、たまに一人きりになりたくなるときがあった。
ちょっと隠れて一休みしよう。
そう思って、みんなから離れて森の奥に足を踏み出そうとする。するといつも、すぐに後ろから紅が追いかけてきた。
なんとか彼女をまいて、木陰に隠れて様子をうかがう。
紅はまるで森の猛禽類のように、大きく目を見開いて彼のことを捜していた。ふくろうの目みたい、と昴流は思った。
一度だけ、紅がいなくなったことがあった。
昴流のことを追いかけている間に迷ったのか、かくれんぼで捕まりたくなくて森の奥まで入ってしまったのかはわからない。
とにかく、気づいたら彼女はいなくなっていて、子供たちだけで捜しても見つけられなかった。
それで大人たちに助けを求めて、大騒ぎになった。
大人たちが森に入って、一時間もしないうちに紅は見つかった。歩き疲れて木の陰に座りこんでいたという。怪我もなく疲れている以外は元気だった。
紅がいなくなったのは二時間に満たない。
でも昴流は一年半以上もいなくなったままだ。
そのことを考えると、彼はみんなにすまない気持ちになった。
誰にもなにも告げずにいなくなったことの言い訳をするつもりはない。
ただ、あのころの自分はちょっとどうかしていた。
気づいたら眠れない日が続いていて、「疲れた」といつも独り言を言うようになっていた。
頭痛と耳鳴りはずっとしていて、体のあちこちもなんとなく痛い。だるくて、やる気が起きず、仕事に行くどころか、朝起きるのもおっくうに感じるようになった。
それである日とうとう、仕事をさぼった。仮病を使って朝からパチンコ。
(明日は仕事にいけるのかな)
うるさい音で頭をぱんぱんにして、なにも考えないようにした。
夜になって財布を見たらもう空っぽ。残った玉を持って景品を取り換えに行くと、若い女の子の店員をおじさんが口説いていた。連絡先教えてよ、としつこく言われて困っている彼女に声をかける。
あの飴ください。
透明の瓶に入ったカラフルな飴を指差すと、彼女はほっとしたようにこっちに向き直った。隣でおじさんがじろじろ睨んでくる。しらんふりして、きれいな飴をもらって店を出た。
公園で缶コーヒーを飲みながら、赤やオレンジ、黄色に青の飴を舐めた。
瓶に詰まったきれいな色を眺めていると、心が休まった。
なにかに似ている。そうだ、いつか訪れた島で見た染め物の色に似ている。
きれいだったな、あれは、と昴流は思った。やけにきれいだった。
大学生の時に行った淡路島。暖かい土地で花がいっぱい咲いていた。ちょうど菜の花の時期で、一面に広がる黄色に圧倒された。花をきれいだと思ったのはそのときが初めてだった。
自転車を借りて島をめぐっていると、広大なお花畑の中にぽつんと小さな家があった。
気になって見に行くと、家のまわりにたくさんの布が干してあった。豊かな風にのびのびとはためていている。美しい色の布たちはみんな生きているように見えた。
家には看板があって、志村工房と書かれていた。
ちょうど中から布を入れたたらいを持った老人が出てきたので、ここはなんの工房ですかと昴流は訊ねた。染色をする工房だと老人は答えた。それが孝蔵だった。
家族で育てた花を収穫し、酢で花の色をもみ出して布を染める。花染めというものを昴流は初めて知った。そして老人が染めるのを見学させてもらった。
公園のベンチでそのときの記憶が蘇ると、頭の中のもやがさあっと晴れていくのを昴流は感じた。
振り返ると、赤い服を来た小さな女の子が追いかけてきている。
(ついてくるな)と彼は心の中で思いながら走るスピードを上げる。また振り返ると、女の子の姿は小さくなっていた。それでも諦めずについてくる。
森の奥はとても暗くて、このまま進んでいったら迷子になって後戻りできなくなるかもしれない。
頭上の空は黒く、もう夜になってしまったようだった。
急に怖くなって昴流は足を止めた。
後ろを見ると、赤い服の女の子がどんどん大きくなって近づいてくる。
(もういいよ。一緒に帰ろう)
そう観念したのに、女の子は彼の脇をひゅっとすり抜けると一人で森の奥へと走っていった。
「紅!」
女の子の名前を呼んでも、耳に届いていないのか、ものすごいスピードで遠ざかっていく。
慌てて昴流はあとを追いかけた。
女の子は既に森の暗がりに飲み込まれて姿をとらえにくくなっている。
慌てた昴流はなにかに躓いて転んだ。呻きながら顔を上げると、女の子の姿は完全に見えなくなっていた。
それでも、ぱたぱたと幼い足音だけが聞こえている。
(自分のせいだ)
あたりはもう真っ暗で、なんの明かりも見えない。
それでも昴は立ち上がると、かすかな足音を目指して走った。
*
はぁっ。
荒く息を吸いながら昴はぱっと目を開いた。
久しぶりに紅の夢を見た。
心臓がどきどきして、握りしめた手は汗でべとべとしている。
深呼吸を何度もして息を整えてから時間を確認すると、まだ夜の十一時だった。
暗い天井をぼんやりと見上げながら、通りから聞こえてくる騒音に耳をすます。すると不思議と気持ちが落ち着いてきた。額の汗をなんども手の甲で拭う。
小さい頃、紅や祭、近所の子供たちとよく森でかくれんぼをした。大人たちからは迷子になるから森で遊んではいけないと止められていたけれど、昴流たちは内緒で遊び場にしていた。
昴流はみんなで遊んでいても、たまに一人きりになりたくなるときがあった。
ちょっと隠れて一休みしよう。
そう思って、みんなから離れて森の奥に足を踏み出そうとする。するといつも、すぐに後ろから紅が追いかけてきた。
なんとか彼女をまいて、木陰に隠れて様子をうかがう。
紅はまるで森の猛禽類のように、大きく目を見開いて彼のことを捜していた。ふくろうの目みたい、と昴流は思った。
一度だけ、紅がいなくなったことがあった。
昴流のことを追いかけている間に迷ったのか、かくれんぼで捕まりたくなくて森の奥まで入ってしまったのかはわからない。
とにかく、気づいたら彼女はいなくなっていて、子供たちだけで捜しても見つけられなかった。
それで大人たちに助けを求めて、大騒ぎになった。
大人たちが森に入って、一時間もしないうちに紅は見つかった。歩き疲れて木の陰に座りこんでいたという。怪我もなく疲れている以外は元気だった。
紅がいなくなったのは二時間に満たない。
でも昴流は一年半以上もいなくなったままだ。
そのことを考えると、彼はみんなにすまない気持ちになった。
誰にもなにも告げずにいなくなったことの言い訳をするつもりはない。
ただ、あのころの自分はちょっとどうかしていた。
気づいたら眠れない日が続いていて、「疲れた」といつも独り言を言うようになっていた。
頭痛と耳鳴りはずっとしていて、体のあちこちもなんとなく痛い。だるくて、やる気が起きず、仕事に行くどころか、朝起きるのもおっくうに感じるようになった。
それである日とうとう、仕事をさぼった。仮病を使って朝からパチンコ。
(明日は仕事にいけるのかな)
うるさい音で頭をぱんぱんにして、なにも考えないようにした。
夜になって財布を見たらもう空っぽ。残った玉を持って景品を取り換えに行くと、若い女の子の店員をおじさんが口説いていた。連絡先教えてよ、としつこく言われて困っている彼女に声をかける。
あの飴ください。
透明の瓶に入ったカラフルな飴を指差すと、彼女はほっとしたようにこっちに向き直った。隣でおじさんがじろじろ睨んでくる。しらんふりして、きれいな飴をもらって店を出た。
公園で缶コーヒーを飲みながら、赤やオレンジ、黄色に青の飴を舐めた。
瓶に詰まったきれいな色を眺めていると、心が休まった。
なにかに似ている。そうだ、いつか訪れた島で見た染め物の色に似ている。
きれいだったな、あれは、と昴流は思った。やけにきれいだった。
大学生の時に行った淡路島。暖かい土地で花がいっぱい咲いていた。ちょうど菜の花の時期で、一面に広がる黄色に圧倒された。花をきれいだと思ったのはそのときが初めてだった。
自転車を借りて島をめぐっていると、広大なお花畑の中にぽつんと小さな家があった。
気になって見に行くと、家のまわりにたくさんの布が干してあった。豊かな風にのびのびとはためていている。美しい色の布たちはみんな生きているように見えた。
家には看板があって、志村工房と書かれていた。
ちょうど中から布を入れたたらいを持った老人が出てきたので、ここはなんの工房ですかと昴流は訊ねた。染色をする工房だと老人は答えた。それが孝蔵だった。
家族で育てた花を収穫し、酢で花の色をもみ出して布を染める。花染めというものを昴流は初めて知った。そして老人が染めるのを見学させてもらった。
公園のベンチでそのときの記憶が蘇ると、頭の中のもやがさあっと晴れていくのを昴流は感じた。
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