夜食屋ふくろう

森園ことり

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7 マシュマロココア am0:05

7 マシュマロココア am0:05(3)

 そのまま夜行バスで淡路島に向かった。

 朝一番に志村工房を訪れ、孝蔵にここで働かせてくださいと頼み込んだ。
 当然、孝蔵はびっくりして困惑していた。でも、とにかく話は聞こうと家の中に入れてくれた。
 昴流は素直に自分が思っていることをすべて孝蔵に話した。うまく話せはしなかったけれど、老人は話を最後まで黙ってじっと聞いてくれた。

 ちょうど手が足りないと思っていたところだから働いてもらうのは願ったりかなったりだ、と孝蔵は言った。でも、一度も体験しないうちに働くと決めるのは気が早すぎる。とにかく一度やってみて、自分に向いているかどうか確認してみるといい。

 孝蔵にそう言われて、そのとおりだと昴流は頷いた。そしてその日一日、孝蔵につきっきりで花染めについて教えてもらい、実際に作業を体験してみた。
 前回見学した時は簡単そうに見えたけれど、実際やってみると孝蔵のようにはなかなかうまくできなかった。それでも作業は楽しかったし、ますますこの仕事をしたいという気持ちが強くなった。そしてその思いをそのまま孝蔵に伝えた。

 東京には戻らずにこのままこっちで働きたいです、と昴流が言うと孝蔵は顔をしかめた。仕事をほっぽりだしたままけじめをつけないような人間を雇うつもりはない。ここで働きたいなら、きちんと手続きを踏んでこい、と彼は言った。

 それで昴流はその日の夜に、また夜行バスで東京に戻った。
 退職届を書きながら、家族や紅たちになんと説明しようかと昴流は考えた。彼らの顔を思い浮かべると気が重くなった。どうせ反対されるか引き止められるに決まっている。
 東京の殺風景な狭い部屋にいると、また頭がぼんやりとしてきた。もうなにもかもが面倒に感じる。でも、仕事のけじめだけはつけないと、孝蔵が働くことを許してくれない。
 なんとか退職届を書き終えるとそれで力尽きてしまった。部屋を片付けて引っ越しの手続きをする気にもなれない。

 それでも黙っていなくなれば家族は心配するに決まっている。だから昴流は、母の慶子の誕生日に家に戻った時にその話をしようと考えた。
 でも、いざ家に帰って家族の顔を見ると、とても仕事を辞めて淡路島で花染めの仕事をするとは言えなかった。
 せっかくの誕生日を台無しにしてしまうし、父親や美早子の驚いた顔を見るのも嫌だ。
 笑顔で楽しい誕生日を過ごしているうちに、このままでいいんだと昴流は思った。なにも話さなくたっていい。仕事を辞めたことははそのうち家族も知ることになる。それだけでいい。

 紅には最初から話さないことは決めていた。彼女は絶対に反対する。それどころか、心配して様子を見に淡路島まで来るかもしれない。祭にも話せない。嘘がつけない男だから、秘密を抱えておけない。紅にすべて筒抜けになる。
 それで昴流は誰にもなにも言わずに仕事を辞めて、東京を離れた。

 いまになってみれば、ちゃんと話して安心させてもよかったんじゃないかと思う。こうして仕事に慣れて、孝蔵の家族たちともうまくやっている自分なら、まわりの反対を恐れることはなかったことがわかる。
 でもあのときの自分は余裕などまったくなかった。ただすがるように、記憶の中で風に吹かれるきれいな色の布を思い浮かべていたのだ。

 孝蔵たちには家族の了解をちゃんと得ていると嘘をついたままだ。
 だから今回も、ホテルではなく実家に泊まればいいのに、と言われた。親も仕事で忙しいから面倒をかけたくないとなんとか誤魔化した。
 家族に知らせるのはもっとあとでいい。たぶん手紙がいいだろう。直接話をすればお互い感情的になるだろうから。

 当然、紅とも連絡をとるつもりはなかった。
 でも、いま彼女の夢を見て心が揺らいでいた。
 彼女に謝りたい気持ちが、自分の中にあるのかもしれない。
 いまもきっと紅は自分のことを考えている。見つかるまでずっと考え続けるだろう。それはとても酷なことだ。自分もまたさっきのような夢を見るかもしれない。彼女に対して疚しい気持ちを抱き続ける限り。

 枕の横に置いたスマホに手を伸ばす。もう日付が変わってしまった。でも、いま連絡しないと、明日もしないだろう。
 身を起こすとペットボトルの水を飲んで、深呼吸した。

 紅の電話番号は暗記している。
 緊張しながら電話をかけるとコール音がしばらく続いた。心臓の鼓動が大きくなっていく。

 だが相手が出る気配はなかった。眠ってしまったんだろうか。

 電話を切ると、少し迷ってから喫茶店のほうの電話番号にかけてみた。もう遅いから店にはいないだろうと思ったら、すぐに誰かが出た。
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