夜食屋ふくろう

森園ことり

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7 マシュマロココア am0:05

7 マシュマロココア am0:05(4)

『もしもし、梟です』

 聞こえてきたのは男の声だった。祭だ。
 ほっとしたようながっかりしたような気持ちで、昴流はもしもしと返した。
 相手が息をのむ。

『昴流?』
「うん……遅くにごめん」
『そこどこ? 無事なの?』
「無事だよ。ごめん、黙って消えて」

『……死んでるかと思ったよ』
「生きてるよ。いま東京にいるんだ」
『えっ。戻ったの?』
「戻ったわけじゃなくて、ホテルにいる」

『ホテル? ずっと旅でもしてたの?』
「してない。用事があって東京に来たんだ。紅の携帯に電話したんだけど、出なかったから……」
『紅ならいま寝込んでるよ。風邪ひいて高熱が出たんだ』

 間が悪い時に連絡してしまった、と昴流は思った。

「そっか……じゃあ、改めてまた連絡するよ」
『ちょっ、切らないで! そこどこのホテル? いまから行くから教えて』
「……来てどうするの?」
『いろいろ説明してよ。紅に連絡してきたってことは、そういうことでしょ? とにかくまずは僕に申し開きをしろ!』

 申し開きって、まるで罪人だ。
 でもそのとおりなのかもしれない、と昴流は思った。
 ホテルの住所を伝えると電話を切った。

 深夜になって外の廊下や他の部屋からの物音は途絶えた。孝蔵たちももう部屋に戻って休んでいるだろう。明日も仕事が待っているから。

(でも僕は今夜眠れないかもしれない)

 昴流はそう思いながら眠気覚ましのコーヒーを買いに部屋を出た。





 祭はそれから三十分後にやって来た。
 ドアを開けた昴流は驚いた。
 エプロンに三角巾姿の祭がそこにいたからだ。喫茶店の時もエプロンはつけていたが、さすがに三角巾をつけていたことはない。
 しかも大きなバッグを肩から下げている。

「ほんとに昴流だ」

 祭は唖然としたようにそう呟くと、無言で部屋に入ってきた。
 首を伸ばして奥を覗き込むようにする。

「……一人?」

 祭の問いかけに昴はもちろんと答えた。

「誰かと一緒だと思ったの?」

 わからないというように祭は首をひねり、バッグを床に置いた。

「その三角巾……なに?」

 耐え切れずに質問すると、祭はあぁと自分の頭に巻いた三角巾に触れた。

「そっか、昴流はまだ知らないんだね。うちの店、夜食屋はじめたんだ」
「夜食屋?」
「そう。それも出張形式のね。お客さんの家に行って夜食を作るの」

 昴流はぽかんとして、それから祭を部屋の奥に促した。狭い客室なので自分はベッドに腰をおろして、祭は小さな書き物机の椅子に座らせる。
 祭はしばらくじろじろと昴流のことを見つめていたが、やがて三角巾をはずしてため息を吐いた。

「元気そうで安心した」
「……ごめん。なにから話せばいいのか……」
「まず、ずっとどこにいたのか教えてよ」
「淡路島」
「淡路島ぁ? なんで?」

 意外そうに祭は目を見開いて身を乗り出す。

「花染めって知ってる?」

 祭はぶんぶんと首を横に振る。

「花の色で布とかを染めるんだ。それを淡路島でやってる」

 ぽかーんと口を半開きにして昴流の顔を見ていた祭はやがて大きく息を吐き出した。

「……予想外過ぎて言葉が出てこないよ。まさかそんなことしてるなんて、思いもしなかった」
「志村工房ってところでお世話になってるんだ。工房の主は孝蔵さんていうおじいさんで、家族みんなで花染めの仕事をしてる。小物から服までいろんな花染めの商品を扱っているんだけど、すごく評判がいいんだよ。とてもきれいに色を出せる技術を彼は持っていて、年配から若い人にまで人気がある。高値でもよく売れるから、有名デパートでも扱ってるんだ」

「デパートでも?」
「うん。今回、東京に来たのも、デパートの展示即売会のためなんだ。各地からファンが来てくれてなかなか盛況だよ。明日までやってる」
「さっき、用事があって東京に来たってのは、それだったんだ」

 昴流は頷いて、小さな冷蔵庫から冷たいお茶のペットボトルを取って来た。祭に手渡す。

「ありがと……驚いたから喉乾いた」

 苦笑しながら祭はお茶をごくごくと飲んだ。昴流も少しだけ飲んでそっと息を吐く。

「家には連絡したの? おじさんとおばさん、美早子さんもすごく心配してるよ」

 返事をせずにじっと視線を落としたままの昴流を見て、祭はまたため息を漏らした。

「まあ……とにかく連絡くれてよかった。ほんとに」

 自分に言い聞かせるように呟いてから、祭はぱっと顔を上げた。

「そうだ。昴流用に用意してきたものがあるんだ。なにか作ってあげようと思ってさ。夜食屋さんとしてね」

 そう言って、玄関付近に置いた大きな黒バッグに視線をやる。
 昴流もその視線の先を見て、あれは料理の材料や道具が入っているのか、と納得した。そして首を横に振る。

「あんまりお腹空いてないんだ。もう夜も遅いし、気持ちだけもらっとくよ」
「そう言うと思った。でも飲み物ならどう? 温かい飲み物」

 祭はそう言ってにっこりと笑う。
 もう夜になると気温ががくんと下がって、少し肌寒いくらいだ。昴流は渋々頷いた。

「飲み物なら……」
「じゃ、用意するね」

 祭は大きな黒いバッグを取ってくると、書き物机の上に材料などを並べはじめた。白いマグカップが二つ、牛乳、そしてココア。
 材料を見た昴流は表情をゆるめた。

「ココア?」
「正解」

 頷きながら祭はマグカップにココアを入れる。それから小さな箱のようなものを昴流に差し出した。

「好きなの選んで」

 そこには白い角砂糖が並んでいた。上にはカラフルな砂糖のお花がのっている。

「偶然にもお花の角砂糖」
「可愛いね」

 昴流は笑いながら、赤い花を選んだ。

「バラかな、これ」
「たぶん。花の名前には詳しくなったの?」
「少しは」
「これ、夜食屋のほうのお客さんにもらったんだ」

 以前、ロールキャベツを注文してくれた舞衣子がまた玲の家に泊まって、今度は二人そろっているところに呼んでくれたのだ。
 そのときにこの前のお礼だと言って、角砂糖に紅茶、焼き菓子のセットをくれた。とても可愛い角砂糖なので、お客さんにおすそわけしている。

「今夜も夜食屋の仕事あったんでしょ? 注文とか大丈夫なの?」

 急に心配になって昴流は訊ねた。
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