夜食屋ふくろう

森園ことり

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8 たぬき蕎麦 pm11:08

8 たぬき蕎麦 pm11:08(5)

「これ、あげる」
「なあに?」

 贈り物だろうか。簡素な白い紙袋を紅は不思議そうに受け取った。
 中から出てきたのは、上品な黄みがかったクリーム色のエプロンと三角巾だった。

「もしかして、お花で染めたもの?」

 エプロンを広げてみながら紅は訊ねた。昴流は頷きながら答える。

「黄色いコスモスで染めたんだ」
「すごくきれいな色。ありがとう。早速明日から使うね。でも……三着も?」

 紅と祭と、予備?

「一つは僕の分。こっちにまた帰ってきた時に、お店を手伝えるように」
「手伝ってくれるの?」
「邪魔でなければ」

 紅は口を開けたまま、こくこく頷いた。

「……エプロン、着てみていい?」
「もちろん。僕も着てみようか」
「うん、着てみて」

 昴流は三着のエプロンをそれぞれ少し触ってなにかを確認し、「紅はこれ」と一つ選んで彼女に差し出した。
 エプロンと三角巾は手触りのいい木綿でできている。デザインはシンプルで使いやすい。大きなポケットが前に二つもついているところが紅は気に入った。

「花の色ってこんなにきれいに染まるものなんだね。知らなかった」
「自然からもらった色だから、人肌にもよく馴染むでしょ」
「ほんとに温かい色」

 紅は昴流の背後にまわると、エプロンの紐を結んであげた。

「ありがとう」

 三角巾もちゃんとした昴流を見て紅は吹き出した。

「変?」

 心配そうに昴流は三角巾を手で押さえる。

「変じゃないけど、見慣れないせいかな……給食当番みたい」
「それまずいよ」
「ううん、すごくいい」
「フォローになってない」
「でも本当に似合ってるよ。私もいい感じでしょ?」

 部屋の隅にある祖母の鏡台で、二人は自分たちの姿を確認した。

「ポケットの中、見てみて」

 昴流にそう言われて、紅は両手をポケットに入れた。何かが右手に当たる。

「なんか入ってる」

 引っ張り出すと、それは赤いスカーフだった。

「これは?」
「それは僕が種から育てた紅花で染めたスカーフ。刺繍も自分でしたんだよ」
「刺繍を、昴流が?」

 驚いて紅はスカーフを広げてみた。紅色の美しいスカーフの隅の一ヶ所に(BENI)と白い刺繍が入っている。

「こんなことできたんだ?」
「できるようになった」

 照れ笑いを浮かべる昴流が見ている前で紅は首にきゅっとスカーフを巻いて結んでみた。鏡を覗き込むと、表情がすごく明るく華やいで見える。自分の頬も負けずに赤い。

「何度も染め直して、やっと納得のいく色に染まったんだ」
「一生大事にする。でも、もったいなくてつけられないかも」
「いっぱい使って。今度、島にも来てみてよ。花染めを教えてあげる」
「私でもできる?」

「僕でもできるんだから、誰でもできるよ。紅用に花を育てておくよ」
「なんの花?」
「いまから種まくなら、パンジーとかはどうかな。いろんな色があるから染めたい色を選べるし」
「私、青がいいな。淡路島って海に囲まれてるでしょ。海の青に染めてみたい」

「わかった。じゃあ、青いパンジーたくさん咲かせとくよ」
「楽しみだな。早く行きたいな」
「早く来過ぎたらまだ咲いてないと思うよ」
「あ、そっか」

 二人は今夜初めて声を出して笑い合った。

「そうだ。明日、おせち料理をお客さんに届けに行くの、僕も一緒に行くよ。これ着て」

 昴流は着ているエプロンをつまむ。

「いいの?」

 にっこり笑って頷く昴流を見上げた紅は、思わず抱き着いた。

「ありがとう昴流」

 かた、と物音がして、昴流と紅は同時に振り返った。
 部屋の戸が細く開いていて、そこから誰かが覗いている。
 わっ、と昴流は声を上げて紅をかばうように抱きしめた。

「あ……僕です」

 言いながら戸を開けて入ってきたのは祭だった。大きな袋を両手にぶら下げてへらへら笑っている。

「なんか、間ぁ悪かったね、ごめんごめん。話し声が聞こえたからもしかして泥棒かな~なんてびびっちゃった」

 あぁ寒かったとコートとニット帽を剥ぐように脱いで炬燵に潜り込む。
 唖然としている紅と昴流の視線をものともせず、残っていたおせち料理を見ておぉ~と歓声をあげる。

「おいしそうにできてるじゃん。ほんと紅さんありがとう。あ、これ、水族館でお土産買ってきたから見てみて。メイちゃんがクラゲのぬいぐるみ欲しいっていうから、紅にも同じの買ってきたんだ。あとね……」

 昴流は笑いながら炬燵に入って祭に小さく頭を下げた。

「お邪魔してます」

 いま彼に気づいたかのように祭は昴流を振り返る。

「あぁ、いらっしゃい。ほんと昴流は神出鬼没だね。もう驚かないけど」
「デートはどうだった?」

 祭は大袈裟にため息をついた。

「紅はなんでも昴流に話すからなぁ」

 で、どうだったの、と訊ねながら炬燵にもぐりこむ。

「まぁ、いい感じですよ」
「なにがどういい感じなの?」

 祭は伊達巻きを指でつまんで口に入れると、おいしいおいしいと首を左右に振りながら笑った。

「初詣には行ってきたの?」
「まだ。水族館に行ったあと、彼女の行きたい店とか行ってたら時間がなくなって、明後日行こうってことになった」

 ふうんと紅は頷きながら、やっぱり私を一人で家に残しているのが気になったのかな、と思った。

「それより」と祭はちらりと昴流と紅を見る。
「あなた方、さっき抱き合ってませんでした?」

 内心の焦りを隠しながら、紅は笑いながら答えた。

「えぇ、新年のハグですよ」
「ふうん。じゃあ、僕ともハグしてよ」

 祭が昴流を見て両手を広げると、昴流は吹き出した。

「別にいいけど」

 昴流にぎゅっと抱きしめられた祭はちょっと嬉しそうにじたばたした。

「苦しぃ。技かけないでよ」
「かけてないだろ。あと、あけましておめでとう、祭。ことしもよろしくね」
「うん、あけましておめでとう。ことしもよろしく、昴流」

 紅も炬燵から出ると、二人を抱きしめに行った。

「あけましておめでとう。ことしもよろしく、祭、昴流」

 新年のあいさつを交わしたあと、昴流は家に帰っていった。
 紅と祭はお重におせちを詰めてから眠った。
 なんの夢も見ずに笑顔のまま。

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