野良ドールのモーニング

森園ことり

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 その子は、僕のバイト先のファミレスの前で倒れていた。

 真っ白なフランス人形みたいなドレスを着て。
 なにかのドッキリみたいなシチュエーション。
 まわりを見ても、助けを求められそうな人は誰もいない。

「だ……大丈夫ですか?」

 僕は女の子の脇に跪くと、そっと肩を揺すった。
 意識がないなら救急車を呼ばないといけない。
 だけど、その子は薄く目を開くと喉の奥で小さく唸った。

「救急車、呼びましょうか?」

 女の子の視線はゆっくりと僕に向けられる。瞳が怪しく輝いた。

「……」

 なにか彼女が囁く。

「え?」

 僕は彼女の脇に跪いて口元に耳を近づけた。
 温かな彼女の吐息がかかる。

「肉が食べたい」

 彼女はそう言って目を閉じた。





「行き倒れなんてはじめて見た」

 パート主夫の大(まさる)さんがフロアを覗きながら小さく呟く。

「僕もよく話聞いてないんですけどね……」

 とりあえずファミレスに連れていくと、同僚たちに事情を説明して食事をとらせることにした。

「あの子、すごく注文してるよ。お金持ってるの?」

 パート主婦の美帆(みほ)さんが注文データを見ながら目を丸くしている。

「僕が払うって言ったので……」

 はあ? と同時に大さんと美帆さんが僕を振り返る。呆れかえった表情だ。

「知らない人なんでしょ? お人よしが過ぎるよ」と美帆さん。
「ステーキにオムシチュー、パフェにポテト……良(りょう)君の今日のバイト代がパーになりそうな勢いだけど」

 大さんの言葉を聞いて、僕のテンションはやはり下がった。二千円以内ですむと思ったけど、そうはいかないみたいだ。

「大丈夫です……」

 大丈夫、なわけない。
 最近、不運に見舞われ続けている。
 お財布はなくす。女の子にふられる。猫にひっかかれる。

「それに、なにあの服。コスプレかなんか?」

 行き倒れの女の子はふんわりしたスカート部分を両手で軽く持ち上げながら、優雅にドリンクバーの前を行ったり来たりしている。
 もう三杯目だ。いたく気に入ったらしい。
 いちごココアを選ぶと、満足そうな笑みを浮かべながら席に戻っていく。
 僕は小さくため息を吐いた。

「良君、最近ついてないね。お祓いでもいったら?」

 美帆さんが気の毒そうにぽんと僕の背中を叩く。

「いい神社知ってるよ」
「あとで教えてください」

 僕は半ば本気でそう呟いた。





 僕はいま二十歳で、大学生をやっている。
 千葉の奥の方で生まれ育ち、大学入学と同時に、ここ、東京郊外の町で一人暮らしをはじめた。
 生活費の足しに、とはじめたアルバイトはアパートから数分のところにある、小さなファミレス。
 営業時間は朝の七時から夜の九時。
 大学の授業は午後からが多いので、僕は朝番に入ることが多い。

 いまは朝の七時過ぎ。
 続々とモーニング目当ての常連さんたちがやってくる。

「お兄ちゃん、おはよー。いつものお願いね」

 紫色の色付き眼鏡をかけた七十歳のトキコさんが今日も一番のりだ。

「あら、先客がいるなんて珍しい」

 白ドレスの彼女を目ざとく見つけると、じろじろと見る。
 トキコさんはいつもの四人掛けのテーブルに腰をおろした。
 そのあとも続々と高齢の男女たちがやってくる。
 ファミレスで働きはじめて知ったけど、平日朝のモーニングを食べにくるお客さんのほとんどがおじいさん、おばあさんだ。

 この店は駅から歩いて十五分ぐらいかかる場所にある。まわりには少しの住宅街と大きな公園。昼頃から開く個人商店がちらほら。
 会社などはほぼないから、スーツ姿の客は滅多に来ない。
 近所の高齢者たちのたまり場になっている。

「昨日、転んじゃってさぁ」
「どこで? 気をつけなさいよぉ」

 彼らはドリンクバーの前で朝の挨拶を交わす。好みのドリンクがマグカップを満たすのを待ちながら。

「ちょっとの段差が命とりよぉ」

 彼らは友達というわけではない。ファミレスで毎朝会う顔見知り、といったところ。名前で呼び合っているのも見たことはない。
 「おたく」とか「あなた」とか「そちら」とかで呼び合っている。

 男性女性はほぼ半々。推定七十代以上。
 あと、共通するのはみんな一人で暮らしている、ということ。
 はっきり聞いたわけではもちろんないけど、耳に入ってきた彼らの話の断片からそうとわかる。
 寂しいから、毎日ここに来て、誰かと話にくるんだろう。別にこのファミレスのモーニングがとりわけおいしいから、というわけではない。

 自動ドアが開いて、来店を歓迎するメロディが流れる。
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