野良ドールのモーニング

森園ことり

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「なにそれ。スケボー、はじめたの?」

 巧がかなり驚いたように身をのけぞらせる。

「樹奈がスケボー。似合わねー」

 樹奈が少ししょんぼりしたように見えた。巧、今日はやけに口悪いな。

「そのアイさんて人、筋がいいって褒めてたよ」

 僕がそう言うと、樹奈は顔を上げて嬉しそうに笑った。

「ほんと? アイさん、すごくやさしく教えてくれたんだ。このメイクもアイさんがくれた化粧品使ったの」

 カレーを食べ終えた巧はじろじろと樹奈の顔を見た。

「樹奈、あんまりよく知らない奴には気をつけろよー」

 さすがに樹奈は少しむっとしたようだった。
 無言で残りのカレーを食べると、あとは巧がなにを言っても無視。もちろん時折苦笑いを浮かべて冗談ぽくしていたけれど、気分を損ねたのは明らかだった。
 食べ終えるとさっさと立ち上がって、「じゃあまた明日」と言って、食堂から出ていった。

「樹奈、怒らすなよ」

 僕が巧を軽くにらみつけると、巧はだってさぁと面白くない顔をした。

「ピアスとかメイクとか、急に変だろ」
「おしゃれの趣味が変わっただけだろ」
「良は樹奈と似たとこあるよなー。のんびりしてるっていうか」
「は?」
「あれ、茉美と揉めてるよ。樹奈、一度も茉美の名前口にしなかったじゃん」

 そういえば。

「そのコーヒー兄ちゃんのせいで樹奈おかしくなってきてるよ。それで茉美も戸惑ってるんじゃん」

 大袈裟な。ピアスとメイクだけだろうに。
 自分たちが好きな樹奈の姿が変わったことが気に食わないだけじゃないか。
 樹奈はまた明日、と言ったけれど、翌日彼女は僕らの前に姿を現さなかった。
 巧によれば、大学には来ていたらしい。だが授業が終わるととても大事な用時があるかのように、急いで帰っていったという。





 新しいモーニングを決める集まりは土曜日の午後二時からになった。
 予定は一時間。だが、大さん以外はもう少しやるつもりでいる。

 当日、大さんは子供たちを奥さんに預けてやって来た。リモートでもよかったけど、一応最初ぐらい足を運びたかったらしい。
 柳子の部屋に入るのは僕も初めてだ。
 この前ちらっと中を覗いた時よりも物が随分増えていた。キッチンまわりも道具類や調味料がそろっている。
 古いがきちんとした座布団なんかは正子さんから譲り受けたのだろう。

 僕が行った時には美帆さんが来ていた。二人はコーヒーを飲み、チョコレートをつまみながら韓国ドラマの話でもりあがっていた。
 僕が着いてすぐに大さんもやってきた。

「じゃあ、はじめましょうか」

 柳子はそう言うと、クリアファイルから先日書いたアンケート用紙を取り出した。僕らが記入して提出したものだ。

「これがみんなの意見です。出たアイデアはここに一覧にしてみました。同じアイデアのものがけっこうあったので、一位からランキング形式にしてます」

 手書きの用紙にはこうあった。


1 フレンチトースト
2 ホットドッグ
3 おにぎり
4 ホットサンド
その他
カレー ハンバーガー サンドイッチ お粥


 僕が書いたのが一位、二位に入ってる。というか、みんな検索して調べたんじゃないか。そうだと同じになる率が高い。
 おにぎりやホットサンドもなるほどなぁという感じ。真新しくはないけど現実的だ。
 朝からカレーは辛いだろ。ハンバーガーもちょっと重い気がする。モーニングというよりはランチだよな。サンドイッチは……うーん、普通。

「私はおにぎりとサンドイッチを書いたんだよね」と美帆さん。
「普通のおにぎりとかサンドイッチじゃなくて、SNSとかで見かけるような映える感じの」
「具がカラフルな?」

 柳子がペンを手にメモする。

「そうそう。ボリュームもある。真ん中でカットして具を見せるとかあるじゃん」

 大さんもふんふんと感心してる。

「うちの妻もそういうの新婚当時作ってたよ。女の人って好きだよね」
「そうねえ。まあ、おじさんでも好きな人はいるだろうけど」

 美帆さんがチョコを食べながら言う。

「僕はカレーとハンバーガーって書いた。朝からボリュームのあるの食べたくなるんだよなぁ」

 大さんはそう言ってにこにこ笑う。

「わかーい。まだ胃が元気なんだね。でも高齢者が多いからなぁ、うちの店。朝からカレー食べると思う? ハンバーガーも」

 頼まなそう。
 柳子は頷いて口を開く。

「そこですよね。新しいモーニングを食べて欲しいターゲットをはっきりさせないと」
「客層としては高齢者じゃないの、うちのモーニングは。七十代以上」と美帆さん。
「だよねぇ。若者向けのモーニングを用意しても、若者がいないんだから」

 大さんもアンケートの結果を見ながら言う。
 トキコさんもいままでので充分って言ってたよな。

「うちの客層は大事ですけど、新しいお客さんも開拓したいんです。このモーニングで」

 柳子の言葉に僕たちはえっとなった。

「新しい客層って、どこにいんの?」

 美帆さんの言葉に僕と大さんも頷く。

「私、ちょっと調べてみたんです。ファミレスの近くに大きな公園ありますよね」

 柳子が『モーニングリニューアル計画』と書いたノートを開いて、公園と大きく書く。

「スポーツ公園のこと?」

 正しい名称ではないが、野球場やテニスコート、ランニングコースがあるので、この近所の人たちはスポーツ公園と呼んでいる。

「そうです。あそこって早朝からかなりの人が集まってきてるんです。スポーツだけじゃなくてウォーキングとか犬の散歩とかの人たちも。高齢者は多いですけど、仕事前に運動しに来てる若い人たちとか、主婦の人とかも多いんです」
「どうやって調べたの?」

 大さんは驚いている。

「公園で犬を連れてた人に声をかけて訊いたんです。ワンちゃん褒めたらろいろ話してくれて」

 柳子、すごい行動力じゃないか。そんなことしてたのか。この数日間で。

「言われてみればあの公園、朝はけっこう人集まってるよね。でもうちには流れてきてない」

 美帆さんが思い出したように言う。

「散歩の人は家に帰るだろうし、ちょっとなんか食べたい人は駅まで出るだろうからね」と大さん。
「そのひとたちをうちのモーニングに呼びたいんです」

 柳子がきっぱりと言うと、美帆さんと大さんはまたまた驚いた顔をした。

「となると、若い人から高齢者まで幅広い年齢層になるね、ターゲット」

 美帆さんは難しい顔をする。
 僕らは改めてアンケート用紙を見つめた。
 いったいどんなモーニングを作ればいいんだろう?

「でも、どうやって公園にいる人をうちに集めるの? チラシでも配るとか?」

 僕の質問に柳子は頷く。

「早朝の公園を利用してるのはこのあたりの人だから、ご近所にチラシを配るのはマスト。とにかくお店に一度来てもらって、満足して帰ってもらう。そうすれば口コミでうちのモーニングのことが、自然と広がっていくと思うんだ」
「じゃあ、割引券も一緒にばらまいた方がいいね」と美帆さん。
「店長にお願いしときます」
「なるほどねぇ。ちょっと見えてきたかも」

 美帆さんの表情が明るくなる。モーニングを食べに来る新規のお客のイメージが浮かんだのだろう。

「じゃあ、なおさら新しいメニューが重要になってくるなぁ」

 大さんは腕組みをして目をきりっとさせた。
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