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「良ちゃん、今週はまだお休みだよね? なにか予定あるの?」
「いや、特には。漫画日記でも描くかな……」
「漫画日記?」
「漫画で日記を描いてるんだ。前に、エッセイ漫画の賞に応募しないかって時蔵さんにすすめられて、その気になっちゃってたりする」
「そうなの? え、どういうの描いてるの? 見たい見たい」
「え……じゃ、まあちょっとだけ」
漫画日記を描いているタブレットを彼女に渡した。
「『ファミレスで働く僕。閉店まで6ヶ月』ってのがそれ」
「ファミレスのこと描いてるんだ? へえ、知らなかった。良ちゃんにそんな才能が」
「いや……」
夢中で柳子は読んでいる。なんだかとても恥ずかしい。
「店長や美帆さんも出てきてるんだね」
「うん。名前は伏せて」
「私はこの子?」
けっこう可愛く描けた柳子の絵を彼女は指さす。
「うん」
「めちゃめちゃ嬉しい。でも、途中からこんな短髪になったら、読者さん、びっくりしちゃうね」
「ギャップで案外いいかもよ」
「そっかー……へえ、良ちゃんは将来、漫画家さんになるの?」
「まさか。これは趣味」
「そうなんだ。でもこういう才能があるのっていいね」
「柳子さんもピアノが弾けるじゃん」
「まあ、そうだけど……」
彼女は微妙な笑みを浮かべてタブレットを返す。
「僕、柳子さんのピアノ好きだよ。ずっと聴いてたくなる心地よさがあって」
柳子は何度か瞬きをしてから、にっこり笑った。
「ありがとう。私は自分でそんな風に感じたことないけど、なんか嬉しい」
夕飯を食べ終えて柳子が帰ると、僕は早速漫画日記を描いた。
柳子の長い話を忘れないように。
それと、彼女の新しい姿を早く描きとめておきたかった。
*
九月。
閉店まであと二ヶ月をきった。
僕は店長を捕まえると、本社から閉店撤回のことで連絡があったかどうかを訊ねた。
店長の表情はかんばしくなかった。
「まだなんだ。そろそろはっきりした返事が欲しい頃だけどね」
このままお店が継続できれば、もっと客足や売り上げは増えるかもしれない。そのことは本社だってわかってるはずなのに、まだいい返事はないのか……。
でもがっかりしてもしかたない。
明るく前向きに、いまやるべきことを頑張るしかない。
九月からのモーニングは、柳子念願のメッセージ入りパンケーキだ。
メニュー名は(巨大パンケーキモーニング)となっている。
フライパン大の大きなパンケーキは、イラストかメッセージ入りを選べるようになっている。季節の果物とドリンクバーがついて四百九十円。
メッセージやイラストは、僕らフロアスタッフが描くことになっている。が、なるべく柳子がメッセージ、僕がイラストを担当する予定だ。
「このメッセージって何を描いてくれるの?」
すっかり可愛らしい雰囲気になってしまったトキコさんも、新しいモーニングに興味を示してくれた。
「内容は内緒です。イラストは僕が描きます」
「お兄ちゃん、絵なんて描けるんだ? なんの絵描いてくれるの?」
「特別にトキコさんの似顔絵を描きましょうか」
「やめてよ。食べ物の上に私の顔があるなんてまっぴらごめんだわ。じゃあ、メッセージにしてもらおうかしら。カワセさんはどうする?」
夏バテか、少し痩せたカワセさんは笑顔で頷いた。
「じゃあ、僕はイラストにしてもらおうかな。せっかくだから」
「アヤメはどうする?」
トキコさんは隣に座るアヤメさんの肩をつつく。彼女は真剣に雑誌を眺めていた。韓国の若手俳優に最近ご執心なのだ。
「え、なに?」
「新しいモーニング頼んでみないかって、お兄ちゃんがすすめてくれてんの。せっかくだからあんたも頼みなさいよ」
「あぁ……パンケーキにイラストねえ。じゃあ、この彼、描いてもらえる?」
そう言って、雑誌の中で微笑んでいるきれいな顔の男性を指差す。
「すみません。僕、あまり詳しくないので」
「あら、そう……でもまあいいわ。私はイラストで」
トキコさんからメッセージの注文が入ったと伝えると、柳子はきらりと目を輝かせた。
巨大パンケーキが焼きあがると、チョコレートのペンで慎重にメッセージを書きはじめた。
(How pretty♡)
可愛いってことだろうか。
確かに今日のトキコさんはとても可愛い。ラベンダー色のニットに真珠のイヤリングを合わせている。イヤリングはカワセさんからの誕生日プレゼントだとさっき自慢していた。
柳子がパンケーキを届けにいくのを、そっとあとからついていく。トキコさんの反応が見たくて。
トキコさんはパンケーキをひと目見ると、恥ずかしそうにはにかんだ。アヤメさんが隣から覗き込んで首を傾げる。
「これ、どういう意味?」
「トキコさんが可愛いって意味だよ」と笑顔のカワセさん。
トキコさんは何も言わずに、最近買い替えたというスマホでパンケーキの写真をぱしゃぱしゃ撮りはじめた。
「せっかくだからパンケーキと一緒に撮ってあげる」
アヤメさんはそう言って、パンケーキとトキコさんを撮影しはじめた。もっと笑顔で、とか注文をつけながら。
僕は厨房に戻ると、新しく焼きあがったパンケーキにイラストを描いた。トキコさんからもらった帽子をかぶった笑顔のカワセさん。アヤメさんのパンケーキにも満面の笑顔の彼女を描いた。心持ち若く。
カワセさんたちのパンケーキを運んでいくと、さらにテーブルは盛り上がった。
「カワセさん、かなり男前に描いてもらってない?」
アヤメさんが言うと、トキコさんが笑った。
「アヤメだってかなり若く描いてもらってるわよ。感謝しなさいね」
「なによぉ。私は見たまんまを描いてくれたのよ」
あまりに盛り上がったので、他のテーブルの客たちもちらちら巨大パンケーキを見ている。
「いや、特には。漫画日記でも描くかな……」
「漫画日記?」
「漫画で日記を描いてるんだ。前に、エッセイ漫画の賞に応募しないかって時蔵さんにすすめられて、その気になっちゃってたりする」
「そうなの? え、どういうの描いてるの? 見たい見たい」
「え……じゃ、まあちょっとだけ」
漫画日記を描いているタブレットを彼女に渡した。
「『ファミレスで働く僕。閉店まで6ヶ月』ってのがそれ」
「ファミレスのこと描いてるんだ? へえ、知らなかった。良ちゃんにそんな才能が」
「いや……」
夢中で柳子は読んでいる。なんだかとても恥ずかしい。
「店長や美帆さんも出てきてるんだね」
「うん。名前は伏せて」
「私はこの子?」
けっこう可愛く描けた柳子の絵を彼女は指さす。
「うん」
「めちゃめちゃ嬉しい。でも、途中からこんな短髪になったら、読者さん、びっくりしちゃうね」
「ギャップで案外いいかもよ」
「そっかー……へえ、良ちゃんは将来、漫画家さんになるの?」
「まさか。これは趣味」
「そうなんだ。でもこういう才能があるのっていいね」
「柳子さんもピアノが弾けるじゃん」
「まあ、そうだけど……」
彼女は微妙な笑みを浮かべてタブレットを返す。
「僕、柳子さんのピアノ好きだよ。ずっと聴いてたくなる心地よさがあって」
柳子は何度か瞬きをしてから、にっこり笑った。
「ありがとう。私は自分でそんな風に感じたことないけど、なんか嬉しい」
夕飯を食べ終えて柳子が帰ると、僕は早速漫画日記を描いた。
柳子の長い話を忘れないように。
それと、彼女の新しい姿を早く描きとめておきたかった。
*
九月。
閉店まであと二ヶ月をきった。
僕は店長を捕まえると、本社から閉店撤回のことで連絡があったかどうかを訊ねた。
店長の表情はかんばしくなかった。
「まだなんだ。そろそろはっきりした返事が欲しい頃だけどね」
このままお店が継続できれば、もっと客足や売り上げは増えるかもしれない。そのことは本社だってわかってるはずなのに、まだいい返事はないのか……。
でもがっかりしてもしかたない。
明るく前向きに、いまやるべきことを頑張るしかない。
九月からのモーニングは、柳子念願のメッセージ入りパンケーキだ。
メニュー名は(巨大パンケーキモーニング)となっている。
フライパン大の大きなパンケーキは、イラストかメッセージ入りを選べるようになっている。季節の果物とドリンクバーがついて四百九十円。
メッセージやイラストは、僕らフロアスタッフが描くことになっている。が、なるべく柳子がメッセージ、僕がイラストを担当する予定だ。
「このメッセージって何を描いてくれるの?」
すっかり可愛らしい雰囲気になってしまったトキコさんも、新しいモーニングに興味を示してくれた。
「内容は内緒です。イラストは僕が描きます」
「お兄ちゃん、絵なんて描けるんだ? なんの絵描いてくれるの?」
「特別にトキコさんの似顔絵を描きましょうか」
「やめてよ。食べ物の上に私の顔があるなんてまっぴらごめんだわ。じゃあ、メッセージにしてもらおうかしら。カワセさんはどうする?」
夏バテか、少し痩せたカワセさんは笑顔で頷いた。
「じゃあ、僕はイラストにしてもらおうかな。せっかくだから」
「アヤメはどうする?」
トキコさんは隣に座るアヤメさんの肩をつつく。彼女は真剣に雑誌を眺めていた。韓国の若手俳優に最近ご執心なのだ。
「え、なに?」
「新しいモーニング頼んでみないかって、お兄ちゃんがすすめてくれてんの。せっかくだからあんたも頼みなさいよ」
「あぁ……パンケーキにイラストねえ。じゃあ、この彼、描いてもらえる?」
そう言って、雑誌の中で微笑んでいるきれいな顔の男性を指差す。
「すみません。僕、あまり詳しくないので」
「あら、そう……でもまあいいわ。私はイラストで」
トキコさんからメッセージの注文が入ったと伝えると、柳子はきらりと目を輝かせた。
巨大パンケーキが焼きあがると、チョコレートのペンで慎重にメッセージを書きはじめた。
(How pretty♡)
可愛いってことだろうか。
確かに今日のトキコさんはとても可愛い。ラベンダー色のニットに真珠のイヤリングを合わせている。イヤリングはカワセさんからの誕生日プレゼントだとさっき自慢していた。
柳子がパンケーキを届けにいくのを、そっとあとからついていく。トキコさんの反応が見たくて。
トキコさんはパンケーキをひと目見ると、恥ずかしそうにはにかんだ。アヤメさんが隣から覗き込んで首を傾げる。
「これ、どういう意味?」
「トキコさんが可愛いって意味だよ」と笑顔のカワセさん。
トキコさんは何も言わずに、最近買い替えたというスマホでパンケーキの写真をぱしゃぱしゃ撮りはじめた。
「せっかくだからパンケーキと一緒に撮ってあげる」
アヤメさんはそう言って、パンケーキとトキコさんを撮影しはじめた。もっと笑顔で、とか注文をつけながら。
僕は厨房に戻ると、新しく焼きあがったパンケーキにイラストを描いた。トキコさんからもらった帽子をかぶった笑顔のカワセさん。アヤメさんのパンケーキにも満面の笑顔の彼女を描いた。心持ち若く。
カワセさんたちのパンケーキを運んでいくと、さらにテーブルは盛り上がった。
「カワセさん、かなり男前に描いてもらってない?」
アヤメさんが言うと、トキコさんが笑った。
「アヤメだってかなり若く描いてもらってるわよ。感謝しなさいね」
「なによぉ。私は見たまんまを描いてくれたのよ」
あまりに盛り上がったので、他のテーブルの客たちもちらちら巨大パンケーキを見ている。
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