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英雄(仮)の苦悩

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 天空の災厄【バハムート】との戦いの後、私は気を失って倒れ、目覚めると一週間が経過していた。

 その間に天空の災厄討伐のニュースは世界中に広り、天空の災厄を討ち取った英雄を一目見ようと世界中から記者や野次馬が押し寄せて来ているらしいのだが、天空の災厄【バハムート】に受けた被害は私の想像を遥かに超えていて、山道が壊滅してしまったらしく、現在【ルチザン】の街に来ている記者は大型飛竜を持つ大手新聞社数社だけらしい。

「で、その英雄というのは……」
「ヌハハハ!!もちろん君に決まっているじゃないか戦人君!!」

 ベッドで上半身をなんとか起こしたばかりの私の肩を、ヌエさんは切り落とされたはずの右手で容赦なくビシバシと叩いた。
 回復魔法おそるべし。
 
「そんなことを言われてもですね、自分はたまたまトドメをさせたってだけで」
「何を言うかね戦人君、あの天空の災厄を倒したんだ、今さらそんなのご謙遜だぞ」

「確かに自分も全力で戦いましたし、俺がバハムート倒したぜー!!と、言いたい気持ちもありますが……怖いんですよ」
「?何がだい」
「いいですか、ヌエさん。あの天空の災厄【バハムート】は逃げて来たんです。逃げて逃げて、ウォール山脈越えをする途中たまたまこのルチザンにたどり着いたんです」
「ああ、かなり消耗していたようだし、そのようだね」
「近くで誰かが天空の災厄と戦闘なんてしていたら、少なくともこの国くらいには情報が回ると思いませんか?」
「ヌフ、そういえばそうなような」

「つまり、手負いでフラフラの状態で俺たちを相手にしても逃げ出さなかったあの【バハムート】が、国を越え、さらにウォール山脈の果てまでも逃げ出したい相手……」

「ヌハッ!!?そうか!そいつは!!」
「そうです【バハムート】を追ってこのルチザンにやって来る可能性が大です」

 天空の災厄【バハムート】も恐怖する相手が来るかもしれないのに、たまたまとどめをさしただけで英雄気取りなんてしようものなら、どんな制裁を受けるかわかったもんじゃない。
 【バハムート】を討ってからすでに一週間、もしかしたら今この瞬間ルチザンに到着していてもおかしくはないのだ。

「まぁ、それはさておきですよヌエさん」
「ヌハッ!なんだい戦人君」

 私は窓の外の視線を送った。

「ここは何階ですか?」
「2階だが」
「バハムートを軽くデフォルメしたようなフォルムの、見慣れた白黒カラーのドラゴンが尻尾を振り回しながら嬉しそうにこちらを見ているのですが」

 ヌエさんは窓の前に歩み寄り。

「ああ、これかい?」

 窓を開け放った。

「うほーい!!タタラ目が覚めたの!!マロ嬉しいっ!!グロワッ!!ドラ」

「マロ……お前……」
「うん!マロね【バハムート】の魔石を見つけたの!そしてね【マロフィート】になったんだよ!グロオォオオ!!ドラ」

 …………。

「嫌ダァああ!!こんなのマロじゃない!!マロオニは百歩譲って許したが!!マロフィートは嫌ダァああ!!」

 大きくたくましくなりすぎたマロを見て私はしばらく駄々をこねた。

「ぜーぜー……すみません、取り乱しました」
「ヌハッ。そのようだね」
「どんまいタタラ。ドラ」

 どんまいじゃねぇ!!ってアレ?このつぶらな瞳……ちょっと可愛いかも?

「でっ、それはさておきですよヌエさん」
「ヌホッ?なんだい戦人君」

 私は部屋の隅に視線を送った。

「人の様なものが極限まで丸くなった様なものがあそこにある様な気がするのですが、アレは……」

 なんか、たまに謎の呪文のようなものが聞こえるし。

「ヌハッハ。アレはご察しの通り、たとえ様のないくらい落ち込みまくっているリアス君さ」

 ヌエさんは大袈裟に手を振り華々しく紹介して見せたが、当の本人との温度差がありすぎる。
 私はいたたまれない気持ちになり声をかけた。

「リアス……さん?」

「……じゃ……」

 小声で何か返事をしたようだが、まったく聞き取れない。
 つーかいつもなら、目覚めにはリアスの説教がつきものだったのに、なんというか調子狂うなぁ。

「どうしたんですか?お腹でも痛いんですか?」

「……じゃ…」
「えっ?」

 イラついているように言葉を返すと、リアスはもぞもぞと顔を拭ったような動作をして立ち上がり、私を睨みつけた。

わらわはタタラ達の邪魔者じゃ!」
「なっ、なに言ってんすか突然」
「そうであろう、わらわが手柄欲しさにドラゴン退治と煽っておきながら、結局タタラばかり……タタラばっかりが……」

 なんだ、また私がトドメを刺したのが気に食わないと、そう言う話か?
 なんだよ、パーティーの手柄ってことでいいじゃんか別に、まったくもぉ。

「すみません、次からはリアスもトドメを刺せるように配慮をですね
「そうじゃない!!」

 リアスは大粒の涙をこぼしながら叫んだ。

「そうではない、わらわはタタラが傷付き倒れるまで戦っておるというのに、いつも何もできずにただ後ろで見ておるだけじゃ」

 ははは、確かにぶっ倒れまくってるからなぁ私。

「そうは言っても、パーティーにはそれぞれ役割ってのがあるじゃないですか」
「じゃったら、タタラが死んでもただ突っ立って見ていろと言うのか!?」

「そうじゃなくてですね」
「タタラなんか知らん!バカ!!」

 リアスは捨て台詞を吐いて部屋を飛び出した。
 てか、バカってあんた。

「ヌハッハ。どっちが悪いか僕には判断がつかないが、とりあえず謝りに行ったらどうだい?」

 とりあえず謝るというのはなんだかシャクに触りますが、まぁここは謝った方が穏便にすむか……。

 私は仕方なく、本当に仕方なく、まだ気怠い体を起こしベッドから置き上がり、リアスを追いかけた。



 
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