上 下
2 / 144

惑星アクリスの狭間で

しおりを挟む
 暗く深い闇の中を、痛みも何も感じることもなく、これが【死】か。などと考えながら、ただ、漂っていた 。
 どのくらいの時間が過ぎただろう、闇の奥に微かな光が差した。

「まったく。これだから地球人は」

 女性の声が響き、辺りは光に包まれた 。
 光がやわらぎ、ゆっくりと目を開と、足元には10m程度の白い床があり、私はいつのまにかそこに立っていた。
 床から目線を上げると二本の石柱があり、その間に置かれた豪勢な装飾が施された大きな椅子に座る美しい小柄な女性がいた。
 床に付くほど長いウェーブがかった薄いピンク色の髪。真っ白のシーツのようなドレスを着ているが、肌はそれに負けず劣らずの白さだ。まつ毛は長く猫目で、エメラルドブルーの大きな瞳が私を……睨みつけている。

「ここは惑星アクリスの【魂界こんかい】と【実界じっかい】の狭間はざまの空間よ、今からアクリスの説明をするからよく聞いて。ここではMPとSPと言うものはない、代わりにOPと言う
「ちょっ、ちょっと待ってください」

 話を遮られた女性は、ムッとした顔をした。

「なによ」
「いや、なによじゃなくて。ここはどこで、あなたは誰ですか?。それに私は…。」

 槍に貫かれ、そこから深い闇が体の中に入りこんで私の体を冷たくしていく。今まで体験したことのない恐怖。そう、たしかにあの時、私は死んだのだ。

「はぁ?あんたバカ?ここは狭間の空間って言ったでしょ。私は、アクリスの創造神。わかった?わかったわよね。」
 創造神を名乗るこの女性の迫力に圧倒され、私は素早く2回うなずいた。

「じゃあ続けるわね。なんで、地球とはまったくの別次元、別宇宙の私のアクリス・・・・・・に、あんたが来たのか説明しまーす」

 椅子の肘掛に肘をのせ頬杖をして説明を始めた創造神。あっ、今アクビしやがった。

「【夢見ゆめみ】って知っている?まぁ、バカだから知らないと思うから、わざわざ説明してあげるけど」

 一言多いこの女の話によると【夢見】と言うのは、眠っている時に無自覚に魂が抜け出し波長の近い魂と一時的に入れ替わってしまう特殊常時スキルらしい。

「【夢見】は時空を超えて地球のある人間と、この惑星の守護鳥しゅごちょうとの間で起こったの。あの時は守護鳥様がご乱心だって大騒ぎになったわねー」

「もしかして、その、ある人間って」

「そう【AQURIS online】の製作者よ。アンタ、バカだけど勘はいいわね」

 だとして、それが今の私の状況にどう結びつくのだろうか。っん、まてよ、そうか!
「もしかして、今の私は【夢見】の
「ブブー。言うと思った。はーい、やっぱりバカ決定。話はそんなに簡単じゃありません」

 食い気味のブブーが私の堪忍袋に蓄積された、もはやいつ爆破してもおかしくない状態である。思うと今日は一日中イライラすることばかりだ。

「結構マジな話なんだけど、世界は消滅寸前の状態だったのよね。まぁ、アンタがこの世界に来たおかげで世界の【ひずみ】を発見出来て、それに対処することが出来たわけだからその点は感謝って感じかな」
 
??

「あのゲーム【AQURIS online】はあまりにも惑星アクリスすぎたの。」

 守護鳥の目を借り、惑星の全貌を見た製作者は、アクリスの美しさに心を奪われた。そして、目撃した全てをVRMMOゲームと言う形で表現した。
 製作者のアクリスにもう一度行きたい、という情熱で作られた【AQURIS online】は仮想空間と言うわくを超え惑星アクリスと少しずつ繋がり始めた。しかし、その繋がりの中心にある【ひずみ】を創造神は見つけることが出来ずにいた。
 すでに事態は空間同士の引き合い~衝突~消滅の流れになる一歩手前まで来ていたらしい。
 そんな中、私がアクリスに来たことで大きな【ひずみ】ができたため無事、空間同士の繋がりを発見しそれを断つことが出来たのだとか。

「そもそも、どうして私はゲームではなくアクリスで復活したんですか?」

「あのゲームの復活のためのプログラムはね禁呪【死者転生】と酷似しているの。まぁ、そりゃそうよね。プログラムとは言え現実と変わらない世界で人が蘇るんですもの」

 私が今日ゲームで死んだ時、たまたまアクリスでもひとりの若者が死んだ。そして、【死者転生】を発動してしまったゲームプログラムは私を惑星アクリスで実体の【タタラ】とし蘇らせた。

「今、地球は大騒ぎよー。アンタのせいで」

 ゲームプログラムが作り出した【死者転生】は地球上のありとあらゆる電気を使用して発動されたらしい。世界規模の大停電、何年か前に2回くらい大騒ぎした記憶が……。

「まぁ、世界の繋がりはめでたく断ち切ったし、こーゆーコトはもう二度と起きないけどね」
 
 遠回しにお前はもう元の世界には戻れないことを示唆しさされた。だが、もう死んでしまった私にはなんの関係もない。

「私の他にも、来てますよね?。地球人」
「ええ、二人いるわ。忌々しい地球人、私のアクリスにコソコソ勝手にきておいてデカイ顔しやがって」

 サンタの他にもうひとり、その人物に私は心当たりがある。

「さて、そろそろアンタは蘇るワケだけど、いくつか注意点だけ説明するわね。アクリスではMPとSPと言うものはない、代わりにOPと言う
「ちょっ、ちょっと待ってください。今、なんて言いました?」

「ワ、タ、シ、は、話さえぎられんのが一番ムカつくんだよ!!魂消滅させたろうか?ゴラァ。OPだOP!オーラポイントだ!スキル使いまくってゼロになったら死ぬから気をつけろよ、バカが」

「いやっ、あっ、すみません。その前のお話を、もう一度お聞きしたいのですが」

 創造神は、大きくため息をついた。

「蘇るんだよ。私のアクリスで、アンタの持ち込んだあのヘンテコな木の実の力で」

 創造神の言うヘンテコな木の実というのは、私が槍で貫かれる直前に取り出した【ライフシード】と言う名のアイテムのことである。この【ライフシード】は去年、期間限定で配信された世界樹復活クエストの時、偶然発見したアイテムで、ゲーム時の効果は武器も何も持たない状態で手に装備し、その状態で死亡すると数分後その場で復活出来る。と、言うものだった。
  【AQURIS online】では、復活魔法は存在しないため、発見時はかなりの大騒ぎになった。しかし、ひとつしか入手できない、蘇るタイミングが微妙、死ぬほどの強敵相手に武器換装が難しい、そもそもクエスト事態クリアできない。などなど、様々な理由から高レベルプレーヤーの持ってたらちょっとスゴイアイテム的な存在だった。
 仮想空間ではない現実世界で効果を発揮してくれるかどうか。正直、半信半疑だったが……

 私は喜びに震えた。もう一度、あの世界で……。
 
「もしかして。また、どこかで停電が……」
「起きないわよ!さっさと行きな!」

     創造神はドレスを少しだけたくし上げながら椅子から立ち上がり、膝を上げその足で私を蹴り飛ばした。と、同時に床が消え、私は再び闇の中へ落ちていった。
    ゆっくり闇に溶けていく私に創造神は語りかける。同時期にアクリスで死に、代わりに私が転生した青年の話だ。姿はどこにも見えないがさっきとは別人のような優しい声で。
  青年の名前はタタラ、18才だった。たまたま、私のアバターと同じ名前。身長は170cm痩せ型、体格も近かった。そのため魂の波長がそろってしまい、今回の転生騒動が起きたようだ。
 彼は、山奥の村で母親と二人暮しをしていた。何日か前に病気で母親をなくし、ひとりで生きて行くためギルド冒険者になる決意をして街に向かっている途中、ヴィゼルに遭遇。そして、死んだ。
 そんな彼の魂は、地球の私の体に転生してしまったようで、これからは多田 良夫として生きていくそうだ。そのための知識を地球の創造神から学ぶらしいのだが。彼はこの転生を、神の祝福だと言い大変喜んでいるようで私になるコトにすごく前向きらしい。なんだか、その点については少し安心した。まぁ最初の困難は激怒させたまま放置してきた部長の存在だろう。グッジョブ。
 
「もう、言葉を交わすことは二度とないでしょう。だから……最後に……」
 饒舌じょうぜつだった創造神が少しだけ言葉をつまらせたあとこう続けた。
「ありがとう。私のアクリスを思う存分楽しみなさい」

 やられた。と思った。大剣の突きのようなツンからの、最後の最後に小さじ半分くらいのデレか。私は笑いながら

「魔王は、俺が倒します!それが俺の、第二の人生のグランドクエストです」

 その言葉を言いはなった直後、光が私を包んだ。



「バーカ。アンタのに旅路に、幸多からんことを」



ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 光は徐々におさまり、ゆっくりとまぶたを開いた。

 私は蘇った。

 ここは薄暗くまるで洞窟のようだ。うつ伏せで倒れていた私はゆっくり起き上がり周りを見渡す。はるか上方に薄っすら光が見える。どうやら、私を貫いた槍の衝撃で地面が陥没して地下洞窟まで落ちてきてしまったようだ。
 私はほとんど上半身裸の状態で。装備していたオロチの皮ジャケットは修復不能なほどボロボロだ。
 倒れていた場所に黒っぽい塊が落ちている。私はすぐに気づいた。

「マロフィノ」

 かばったつもりだった、守ったつもりだった。だけど、私を貫通した槍は、マロフィノまで届いてしまっていた。
 そっとマロフィノの亡骸を撫でた。フワフワだった毛は血で固まり、小さかった体はさらに小さくなっていた。
 私は優しく、ゆっくりとマロフィノを抱き上げる。ほほをつたい、涙がマロフィノの上にこぼれる。

「サァンンンンタァァァァァァ!!!」

 私の中の悲しみがサンタへの怒りに変わろうとした。

 その時。

 マロフィノの体が緑色の光を放ち宙に浮いた。光の中で木の根のようなものが包帯のように巻きつき小さな木の玉になった。
 ポカンと口を開き呆然とただそれを見つめる。
 木の玉の放つ緑色の光は心臓のように脈打っている。その光を徐々に弱めながら木の玉は私の手に収まり発光をやめた。

  トクン。

 木の玉はゆっくりと枯れ落ちて中からマロフィノが顔を出す。
 毛並みはフワフワを取り戻し、今にも目を……
「フィンッ」
モゾモゾ、ブルブルブルッ。
「フィンッ」

 ボロッ、ボロッと大粒の涙が溢れ出して止まらない。私の人生でこんなに感動したことがあっただろうか、こんなに喜び震えたことがあっただろうか。
 
「マロッ……ブィ…ノ」

「フィーーーン!!」

 マロフィノは私の顔に飛びついた。そのまま仰向けに倒れた私の顔を甘噛みも織り交ぜつつしつこく舐め回してくる。私も負けずに両手でマロフィノの全身を揉みくちゃにした。
 マロフィノは蘇った。これは【ライフシード】のおかげなのかどうかはわからない。けれど、信仰などまったく興味のない私でも神に感謝をせずにはいられなかった。

「フィン」

「マロフィノ!しつこいぞ!」

「フィンッ」



ーーーーーーーーーーーーーーーー



「良かったですね新しいタタラ・・・・・・君、乗り気のようで」

「別にアイツに地球人達あれらをどうにかして欲しかったわけじゃないわ。変な勘ぐりしないで、ガイア」

「これは失礼しました。アクリス嬢」

「私はただ、可愛いあの子の導き手になってくれたらそれで良かったのに」

「異界人に我が子を託すなんて、ずいぶんタタラ君がお気に召したようで」

「ちがうわよ!……今まで来た地球人バカどもより、ちょっとだけマシだってだけ。今だって、一回死んで蘇るなんて反則技がなきゃ、こっちから干渉できなかったし。つーかそれより、そっちに行った私の可愛い子はどうなの」

「さすがアクリス人です。もうだいたいのことは覚えたので明後日から仕事に行くようですよ」

「そう、ありがとう。疲れたからもう消えて」

「はい、仰せのままに。アクリス嬢」



(無茶だけはしないで、タタラ……)

 
しおりを挟む

処理中です...