上 下
35 / 144

昨日のこと、これからのこと

しおりを挟む
「まずは、今回のシロ村周辺のゴブリン討伐依頼において、受付時の調査不足によりお前たちを危険に晒してしまったことをギルドの長として謝罪したい」

 そう言うとエヴァさんは立ち上がり、机に頭がぶつかるんじゃないかというほど、深々と頭を下げた。

「本当にすまなかった」

 その姿に私を含むその場のほとんど全員がうろたえる中、スカイさんが口を開く。

「そういうのは勘弁してくださいエヴァさん。依頼は基本、依頼主の自己申告。出す側も受ける側も信頼しあってこそのクエストだっていうのがこの世界の常識だ。それをいちいち調査なんてしてたら、ギルドなんて成り立ちゃぁしないでしょうが」

 エヴァさんは頭を上げスカイさんを寂しそうに見つめる。

「スカイ……私が不甲斐ないばかりに」
「だから、そういうのは勘弁してくださいって」
「ああ、悪かった」

 そういうと、エヴァさんは椅子に座り、両手を机の上に置いた。

「昨日の報告を聞こう、まずはクエスト受注から村に到着後、何が起きたのか。スカイ」

 スカイさんの話をまとめるとこうだ。仮メンバーのリアスを迎えた銀の矢は、その腕試しを兼ねて比較的簡単そうなゴブリン討伐を受けた。村に到着すると、門にはゴブリンの巣穴を記した張り紙がしてあり、そこに向かった。ちなみに、ゴブリンのようにある程度知能の高い魔獣の場合、冒険者を装って門を開けさせようとする奴もいるらしく、門に張り紙はよく使う手段らしい。
 そして、巣穴に到着した彼らを待っていたのは1匹のオーガだった。それを見た瞬間スカイさんはメンバーに撤退を指示したが、オーガの雄叫びとともに巣穴から次々とゴブリンが溢れ出し、メンバーは一気に取り囲まれた。そんな状況でもなんとか、ケンさん(昨日ギルドに走り混んで来た男)を逃し、そしてメンバーは大軍により分断される。

「青のつるぎのイーグルの報告のよれば、その巣穴は地下空洞に繋がりそこからさらに北に1kmほど行った森林まで伸びていたそうだ」
「あのピエロ野郎は、精神支配まで使えるようだったし、おそらくソレでゴブリンどもを地下空洞に集めたってわけですか」
「おそらく」
「で、イザベルに魔王軍は何をしたんですかい?」

 エヴァさんは眉間にシワを寄せ、不機嫌そうにスカイさんの問いに答える。

「領主様を魔王軍に勧誘しに来たんだ」

 ざわつく銀の矢のメンバーはスカイさんの「黙れ」の一言で姿勢を正し沈黙する。

「このあいだは、フラワルドがアンタを。今回は魔王軍が領主様をですか」
「ああ」
「やつらはココを戦争の最前線にする気ですか」

 スカイさんの問いかけにエヴァさん以外の全員が目を見開いて、驚きをあらわにした。この世界の地理と情勢にまったくうとい私はいまいちピンとこなかったが、イザベルを境界にして魔王軍と人間が戦争をするということなのだろう。

「おそらくな。だが半年前のサンズリブアの一件で双方かなりの痛手をこうむったばかりだから、しばらくは戦力拡大をしながら水面下でラインの押し合いが続くだろう」

 何やら難しい政治の話が始まったが、今一度言おう、この世界の地理も情勢もまったくわからない私は全然ピンと来ていない。ただ、地球人が迷惑かけて申し訳ないというと気持ちになった。

「それから、このあいだのフラワルドの訪問でアスガルズ王は正教に手を貸す事を約束した。おそらくだが、王都で近いうちに亜人種族追放が始まるだろう、そうなれば」
「多くの難民がイザベルに押し寄せる……ですか」
「その一報を聞き、領主様がアスガルズからの独立を考え始めた矢先に魔王軍の来訪だ、まったく厄介な問題ばかり次々と現れてくれたもんだ。だが、まだ先のこととはいえ、戦争が始まれば真っ先にココが滅ぶのは目に見えている、早急になにかしらの対策を打ち出さないとな……」

 真剣な顔をして聞いてはいるが、正直なところ他人事のような気分でいる。この世界に来て、まだ一週間とたっていないのだからそこは勘弁してしてほしい。

「まぁ、魔王軍やつらも面と向かって手を振られたのだから、しばらくはやって来ないだろうし、さすがに次はこんな回りくどいやり方はしないだろう」
「次来る時は、正面からってわけですか」
「ああ、その時までになんとか冒険者達のレベルの底上げをしておかないとな」

 次に魔王軍が来たらそれは、服従か死かを問う武力行使ってことか……。私はサンタにもアフラさんにも従うつもりはまったくない、そう考えるとこの街と同じような選択を迫られているということなのだが、戦争というのはどの程度の規模を想定しているのだろうか。まさか世界規模の大戦なんてことは……ありえなくもないか……まぁ、私が今こんなこと考えても仕方ないな。

「これで要件は終わりだ、まだ何かあるか」
「いえ、ありません」

 えっ終わりなの?マジすか!?やった!おとがめな
「帰りにセリカに完了報告を忘れないこと、では解散とする。タタラ、お前は残れ」
 し……なワケないですよね。

「はい……」
「フィン?」
「なにをやらかしたんじゃ?」

 心配そうにみんなが私を見つめるが、エヴァさんに睨まれ、銀の矢のメンバーはそそくさと退散し、リアスとマロフィノだけが残る。

「何でもないです……マロフィノを連れて外で待っていてください」

 リアスは不満そうな顔をしながらも私の言葉に従って、マロフィノを連れて退室した。私は小さく深呼吸をし、覚悟を決めエヴァさんを見ると、下からえぐられるように睨まれた。アンタはヤンキーですか?めちゃくちゃ怖いんですけど。

「覚悟は出来ているようだな」
「はひ」
 
 あまりの恐怖に声が裏返ってしまった。

「お前のしたことは、他冒険者のクエスト妨害にあたり重大な規約違反だ。この場合、正規冒険者の登録解除および、ギルド連盟のブラックリストに名を連ねることになる」
 
 厳しい処分になることは想像していたが、それって、もう二度と正規冒険者にはなれないってことじゃないですかぁぁ!って、ことは身分証のない私は大きな街には二度と入れないってことか?全身から血の気が引いていき、気を抜けば倒れてしまいそうだ。

「何で誰にも相談しなかった?こういう処分はある程度想像出来ただろ?私は今日、銀の矢やリアス嬢にお前のことを説得されるもんだと思っていたが」
「昨日あれだけ大変な目にあったばかりなのに、そんな人達を俺の身勝手に巻き込んでも悪いなと思いまして」

 私の目をまっすぐに睨みつけるエヴァさんの眉間のシワが徐々に薄くなっていき。

「あははは!バカかお前は。死ぬ気で人助けしといて、見返りは自分の首切りかい。お前みたいなバカは久しぶりに見たよ」

 大笑いしながら下から分厚い紙の束を取り出し机の上に置き、その4分の1ほどを私に差し出してきたので、両手で丁寧に受け取ると、それはA4ほどの大きさの白紙の紙の束だった。
 そしてさらにもう一枚、別の紙を渡された。これは白紙ではなく……クエストの受注書?

「セリカとイーグルに礼を言うんだな」
「あの……これって」

 そこに書いてあった内容は
 【リアス・アーバン救援】
 発注者 イザベル・ギルド
 ランク B
 場所 シロ村周辺
 受注者 タタラ
 報酬 無

「全員で頭なんて下げられたら燃やしてしまおうかと思ったが、仕方ないからくれてやる」
「ありがとうございます!!」
「ただし!おとがめ無しってことじゃない。その白紙の紙全部に反省文を書いて提出するまで、街から出ることと冒険者の活動を禁止する。ちなみ1枚400字以上。同じような内容の繰り返しは当然やり直しだ」

 渡された紙はおよそ50枚……反省文というより、反省をテーマにした論文でも書けというのかこの人は。

「不満そうだな、少ないっていうならここにある紙を全部持って行ってもいいんだぞ」
「一切、不満なんてございません!寛大な処置ありがとうございました!私はこれで失礼します」
 
 深々と頭を下げて、素早く退室した。これ以上白紙を増やされてたまるか。しかし、解雇されずに済んだのは本当に良かった。今日はとりあえず祝杯をあげて、反省文の作業は明日から頑張ることにしよう。

しおりを挟む

処理中です...