もしも推し(女)にそっくりな男の子が隣に引っ越してきたら?

亜瑠真白

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サブクエスト 思い込みルート分岐

そんなんじゃないです!

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 営業先の会社から外へ出ると、体の力がドッと抜けた。
「お疲れ。よかったわよ。」
 そう言って、及川先輩が私の背中を叩く。
「ありがとうございます。先輩がフォローしてくれたおかげです。」
「ふふ。まあ、私はいつでも完璧なんだけどね。」
 そんな言い方をしても冗談じゃないくらい、及川先輩は優秀だ。私の所属する営業支部の中で唯一の女子の先輩。歳は私といくつかしか離れていないけど、既に大口の取引先を任されている。冷静な判断力と物怖じしない度胸で次々と取引を成功させる姿を私はずっと隣で見てきた。本当に、憧れの先輩だ。
「桐生。」
「はい。」
 それに、格好いい佇まいとさっぱりとした性格。及川先輩が同い年だったらすぐにでも友達になりたいのに。
「最近いい事でもあった?」
「ふぇっ!?」
 急な質問に変な声が出た。
「仕事に慣れて余裕が出てきたのかとも思ったんだけど、それだけじゃなさそうだなーって。女の勘ってやつ?」
 及川先輩はぐいっと私に詰め寄った。
「で、どーなのよ。」
「えっと…ないこともない、と言いますか…」
 及川先輩に見つめられると嘘はつけない。
「よし。今日はもう直帰でいいから、このまま飲みに行くわよ!」
「ちょ、先輩!」
 及川先輩は私の腕を掴み、颯爽とビル街を抜けて行った。

「隣の部屋の男の子と密会してるー!?」
「せ、先輩!声が大きいですって!」
 お店に着くなり、先輩おススメの美味しい料理とお酒を出され、私はついに斗真君とのことを吐かされていた。でも、話したのは「隣の部屋に引っ越してきた大学生1年生の男の子を介抱してあげて、それがきっかけで定期的に会うことになった」ということだけだ。
「なーんて、ちょっとからかっちゃったけど、桐生もまだ大学から上がりたてだし、その男の子ともそんなに歳は離れていないんでしょ。いいんじゃない。若い者同士、新しい縁があって。」
「そんなんじゃないです!」
 斗真君は一緒にいて居心地が良いし、お顔も最上級に可愛いけど、そんな関係じゃない。この前のは…ちょっと寝ぼけていただけだ。
「…ふーん、ムキになっちゃうんだ。」
 及川先輩は私を見てニヤッと笑った。
「まだ何か、ありそうだね。」
 その時、携帯のアラームが鳴った。
「ごめん、桐生。ちょっとだけスマホいじってもいい?」
「どうぞ。」
 よかった、話題が逸れて。私は胸をなでおろした。さすがに「その彼が自分の推し(女)にそっくりだからコスプレしてもらう約束しているんですよー。あはは。」とは言えない。及川先輩はアニメとかオタクとかに縁遠そうだし、憧れの人にドン引きされたくない。
 数分後、及川先輩はスマホをしまった。
「お待たせ。ごめんね。」
「いえいえ。仕事の用事ですか?」
「あー、違う違う。好きなゲームのログインボーナス受け取ってたのよ。時間ごとにアイテムがもらえるの。『魔法学校のプリンスたち』っていうのなんだけど、そこに出てくる周防燿すおうひかるってキャラが格好いいのよ。」
 『魔法学校のプリンスたち』といえば、今話題の乙女ゲームじゃないか。しかも、アイテムをゲットするためにアラームまでセットするとは。結構、ガチ勢なのか。
「へ、へぇー。及川先輩もそういうゲームするんですね。」
「意外?」
「ええ…まあ。」
「他にも、夕方にやってるアニメはチェックしているし、ライトノベルも結構読むわよ。及川先輩の新しい一面にドキッとしちゃう?」
 そう言って笑ったが、私の表情を見てトーンを落とした。
「どうかした?」
「及川先輩は何でそんな風に言えるんですか。怖くないんですか。私は…怖いです。昔、友達に『このアニメが好き』って言ったら、『まだそんな子供向けアニメ観てるの』って言われたことがあって。親しい人に好きなものを否定されたことがすごく、すごく辛かったんです。それから私は自分の本当に好きなものを人に言えなくなりました。なのに先輩は普通のことみたいに話すんですね。」
 もう傷つけられたくない。だから閉じ込めた。楽しそうに好きなテレビやアイドルの話をする友人がずっと羨ましかった。
「だって、好きなものの話ってみんなが普通に話すことでしょ。」
 その言葉に顔を上げると、及川先輩は優しく微笑んだ。
「らしくないとか、もっと有意義な時間の過ごし方があるとか、色々勝手なこと言われて腹が立つこともあるけどね。大抵そういうことを言う人たちってなーんにも考えてないの。でも、私が好きなものの話をすることで、『私もそれ好き』って言ってくれる人もいる。無神経な人たちに傷つけられることもあるけど、私は新しい同志との出会いに賭けたいの。」
 そう言って及川先輩は私の手を取った。
「今日も、ほら。桐生の味方になれた。」
 ああ、この人に出会えてよかった。
 閉じ込めていた言葉があふれてくる。
「私…アニメもゲームも好きで、特に『アイドルバトル フレッシュガールズ』っていうゲームが大好きなんです…そこに出てくる小鳥遊らむねちゃんっていうキャラクターがすごく可愛くて、本当に好きなんです。」
「うん。もっと聞かせて、桐生の好きなものの話。」
 それから私は及川先輩に話をした。らむねちゃんの話。初めてハマったアニメの話。他にも色々。及川先輩は楽しそうに話を聞いてくれた。
「明日も仕事だし、今日はそろそろお開きにしましょうか。」
「そうですね。」
 私達はお店を出た。

「及川先輩、今日はありがとうございました。すっごく楽しかったです。」
 本当はこんな言葉では言い表せないくらい、楽しくて嬉しくて幸せな時間だった。夜風にあたるとさっきまでの熱が冷めて、冷静になった自分では恥ずかしくて言葉を尽くしてこの気持ちを伝えることが出来ない。
「ふふ。それはよかったわ。私も楽しかった。…うちの営業支部には同期がいなくて色々とやりづらいこともあると思うけど、何でも相談してね。」
 職場に同期がいなくて、仕事ができないのは自分だけというのは思ったよりもしんどかった。こうして気にかけてくれる先輩がいるのはすごくありがたい。
「はい、ありがとうございます。」
「それから、例の大学生との進展報告、楽しみにしてるわ。」
 そう言って及川先輩が笑う。
「だから、違うんですって!彼とは一緒にアイフレのアニメを観たりしているだけで…」
「彼もアイフレのファンなの?いいわね。」
「いや、彼は違うんですけど、コスプレのために…」
「コスプレ!?」
 及川先輩が食い気味に口を挟む。あたりは薄暗いのに、目をランランと輝かせているのがはっきりわかる。
「あ…えーと…」
 リラックスしすぎてつい口を滑らせた。まあ、隠す理由もなくなったんだけど。
「詳しい話は次のお店で聞くわ。この時間だとどこがいいかしら…」
「え!?明日も仕事だから帰るって…」
「こんな気になる単語を出されたら全部聞くまで仕事なんて手につかないわ。明日はデスクワークだけだし大丈夫。桐生が早く仕事を上がれるように私もフォローするわ。さあ、行くわよ!」
「ええ!?」
 結局、二軒目で私は斗真君とのことを洗いざらい話すことになった。全てを聞いた及川先輩は、『面白い関係ね。』と言って笑っていた。とりあえず、引かれなくてよかった。
 家への帰り道、一人で歩いていると今日のことが思い出された。私だって及川先輩のことをアニメとかオタクとかに縁遠そうって勝手なイメージを持っていた。みんながそうなのかもしれない。悪意もなく、自分のイメージに合わないから否定的な言葉になる。あの時の友達も、きっと私を傷つけようなんて思っていなかった。今なら素直にそう思える。
 そういえば。今までずっと好きなものの話を言えなくて苦しかったのに、あの時、斗真君に対しては言えたんだよね。『推しのコスプレして!』なんて、欲望のままにもほどがある。そう言えたのはなんでだろ。らむねちゃん似の顔にテンションが上がってたからかな。でもそれだけじゃない気がする。及川先輩の言葉を借りるなら『縁』があったんだ。…いや、変な意味じゃないけどね!?
「ああ…早く会いたいな。」
 呟いた言葉は7月の夜空に溶けた。
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