鏡結び物語

無限飛行

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鏡の舞▪その四 (笹川 舞)

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う、あ、?

身体じゅうが凄く痛い。
一体、何が起こったの?

う、ムッとする草の匂い、あれ?
私が辺りを見回すと、そこは草原のようだった。

おかしい。

確か私は、お爺さんのガレージで、あの鏡に触っていたはず。
そもそも、ガレージの外に出た記憶もないし、こんな地平線が見える見渡すばかりの草原地帯なんて、家の近所は勿論、日本にある訳もない。
一体、何が起こったというのか?



▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩

私の名前は笹川 舞さがわまい
私立流星高校に通う高校一年、15歳。
住まいは東京都足立区。
家族は両親の二人と私の3人家族。

だった…。
2ヶ月前、両親が暴走車に巻き込まれて死んだ。
あまりに突然だった。

葬式後、悲しみに暮れる中、私の保護者を名乗る叔父夫婦が自宅に乗り込んできた。
彼らと私は、ほとんど面識はなかったが、法的手続きは済んでいると言われ、彼らに言われるまま私は、家の隅に追いやられた。
結局、彼らは両親の財産が目当てだったようだ。
けれど、私には何の力もない。


私は、今は亡き祖父が管理していたガレージに逃げ込んだ。
そしてガレージのシャッターを閉め、鏡の前で大声で泣きわめいた。
「ホルト、ホルト、聞こえますか?ホルト!わ、私、心が寒い。貴方に、貴方の声を今一度、聞きたい。ホルト!」


◆◇◇◇◇


私は中学生の時、この姿見に出会った。
ある夕立の日、帰り際の雨宿りに立ち寄った旧校舎の体育用具倉庫。
そこで初めて、この姿見に出会った。


何の変哲もない姿見だと思っていたが、突然、鏡の向こうから銀髪の男性に声をかけられた。
最初は、イタヅラか何かかと思い逃げだしたが、好奇心から再度に鏡に近づくと、彼から今一度、声をかけられ、興味本位もあり、彼と話しを交わす事に同意した。


彼の名前は、ホルト▪ライブナー。
20歳。
アスタイト王国の子爵家の三男で、一応貴族なんだそうだ。
その国は絶対王政の国で、魔法があるらしい。

魔法?
それってラノベの空想の世界の話しよね?
当然、からかわれていると思い、逆に彼に腹が立った。
けれど、こんな人気ひとけのない場所で、鏡にこれ程の細工を施し、誰にでも解る与太話しを私にする彼の意図がわからない。

けれど真剣に話す彼の目は、そういった私の疑念を払いのけるだけの強さがあり、つい、日頃の日常の話しや、双方の常識のやり取りをしているうち、いつの間にか悩み事なども話せる親密な関係になっていた。
そしてそれは、自分でも気づかないうちに、彼に惹かれていたという事実でもあったのだと思う。

結局、私がそれに気づいたのは、彼が戦地に向かう報告の日だった。
その日、国の魔法使いであった彼は、燐国の侵略から王都を守る為、前線に向かった。

3倍の兵力差、決して生きては帰れない。
これが話しが出来る最後だと、彼から告げられた時、私は溢れる涙に気づかぬまま彼に約束した。

「待ってます。ずっと、此処で。貴方が帰るその時まで。ずっと…」


◆◇◇◇◇


それ以来、彼が鏡に映る事はなかった。

私は中学卒業と同時に、学校の備品である姿見を、両親を説得して学校から買い取った。
本来なら大正時代に旧校舎とともに設置された、文化財的価値のある物で、学校から買い取る事は難しい筈だったが、この姿見、笹川家の曾祖父が学校に寄付した物だったのだ。
なので学校側からの拒否はなく、問題なく買い取る事が出来た。

その後、故人である祖父のガレージに、姿見を保管して、日々、に呼び掛けていた時、笹川家のガレージ倉庫から、曾祖父の姿見に関する書類と、姿見の幾つかのパーツを発見した。

実は祖父のガレージは、曾祖父の大正時代の倉庫を改装したガレージだったのだ。

書類は古語で書かれていて、解読が必要だが、パーツについては、姿見の装飾部の溝に合わせると、磁石のように取り付けられる事が分かった。
パーツは倉庫内のレンガの、あちこちの隠し棚にバラバラに入っており、全部を見つけるまで、かなり時間を要した。

そしてその修復中に起きた両親の事故死と、叔父夫婦のやりように、追い詰められた私の居場所は最早、姿見の前しかなかった。



「ホルト、お願い。どうか返事して!ホルト、もう、私には貴方しか居ないの。お願いよ、ホルトーっ、わあああーん!」

私が泣いていると、奥のレンガ棚の一つが青白く光った。
私は、涙をハンカチで拭きながら立ち上がり、その光に引き寄せられるように近寄った。

そして光る棚を確認すると、そこには、探していて見つからなかった、姿見の最後のパーツが入っていた。
私は直ぐ様そのパーツを掴むと、姿見の前に立った。
そして、唯一埋まらなかった箇所に、そのパーツをはめた。

その途端、何かが弾けるような感じがして、姿見が虹色に輝きだした。

ピカーッ

何が起こったのだろう!?
私は、眩しさから目を守りながらも、必死に目を瞑らずに事の成り行きを見つめた。

やがて光が収まり目を凝らすと、姿見の鏡面が光ながら波打っている。
まるで水の波紋のようだ。
一体、どうなっているのだろうか?

私は、ドキドキしながら鏡面に触ってみた。
すると、手がズブズブと鏡面の中に入っていく。

私は、ビックリして手を引っ込めて考えた。
もしかすると、ホルトの世界に行ける?

けれど手は、手首まで入った時点で、それ以上入る事はなかった。
何でよ?!

キラキラキラッ

ふと、何かの気配に私が上を見上げると、丁度、姿見の10cmくらい直上に、見たことのない雫状の大きな白い宝石?をあしらった、ネックレスのような物が浮かんでいる。
私は不思議に思いながらも、ジャンプして、そのネックレスを掴んだ。

ギュンッ
その途端、視界が回り、ぐるぐると方向感覚が分からなくなる。
「きゃああああーっ!?」

訳の分からない状態に、私の意識はどんどん遠退いていき、最後に覚えているのはネックレスを持っている手の感覚だけだった。




▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩

そして現在、この草原にいる。
360度、見渡す限りの草原!
どうすればいいの?

ふと、気配がして後ろを振り向くと、少し先が丘の様になっており、その向こうから煙が上がっている!?
人がいる!
私は、その丘に向かって走りだす。

間も無く丘の上にたどり着いた私は、まずは息を整えつつ、顔を上げる。
「はあ、はあ、はあ、丘の向こうはどうなって…は?!」

丘の向こうには、城壁に囲まれた町があった。
沢山の赤い屋根が見え、奥には一際高いお城の様なものが見える。
よく、ヨーロッパの片田舎の写真集で見たような町の風景に、イギリスの古城を合わせたような城壁やお城。
一見すれば、カレンダーの写真かと思えるような美しい景色なのに、今の自分には全てが異様だ。
しかも、町の至るところから煙が上がっており、その異様さを引き立たせている。

「でも、ここにいてもどうしようもない。取り敢えず、あそこで誰かに聞かないと…」
私は悩みながらも、一歩、一歩、町に向かっていった。

すると、丘の下にいつの間にか、小さな小屋がある。
さっき、丘の上から見た時は、何もなかった筈だったのに唐突に現れた感じだ。
なんとも不思議な感じだが、とにかく誰か、この状況を説明出来る人が居ればと、その小屋のドアを叩く。

ドンッドンッドンッ
「御免下さい!その、道に迷って難儀しております。ここが何処か、ご存知でしょうか?」

ギイイィッ
ドアを開けたのは20代な茶髪女性で、しかも外国人だ。
けど、目を見開いて驚いている?

「…あ、あんたは、マイ!?」
え?
なんで私の名前?!
しかも、日本語だ!

「アリア、どうした?敵か!」、「なんだと!」、「殺せ!」
な、何、何?!
女性の後ろから、男達が何人も出てきて、え?刃物を私に向けてくる?!

「ひ?!」
「まっ、まって、待て!皆、黒い髪よ!」

「「「黒?!」」」
女性の制止に、三人の男達の動きが止まる。

「まさか、マイなのか?」
「待て、俺達を騙そうとする敵の間者かも知れない!」
「なんだと!アリア、離れろ!!」

男達が、また身構える。
もう、一体何なの?!

サッ
「あんた達、バカな勘ぐりは止めな!だいたい、敵にこんな手の込んだ事をやる理由はないよ。少し考えれば判るじゃないか!早く剣を仕舞いな!!」
あ、アリアさん?が私と男達の間に入って、私を守ってくれた。
男達はアリアに言われ、顔を見合せている。

「た、確かにそうだ。すまなかった、マイ」
「ああ、悪かった」
「本当にマイなんだ?本物?女の子?美人って聞いてたけど違って子供ガキか?」

男達がやっと冷静になって、剣を鞘に仕舞った。
けど!
最後の男、子供ガキって何よ、子供ガキって!!

笹川 舞さがわまい、女、16歳です。もう子供ガキじゃありません!」

私は子供ガキって言った茶髪男を睨み付けながら言った。
男は私の剣幕に、うっ、と言って後ろに下がる。
ふん、だ!
「本当に女、なのか?だ、だが何でそんなに髪が短いんだ?」
「肩まであります。十分、長いでしょう!」

「い、いや、女なら……まあ、いいや」
「はあ?」

髪が短いと女じゃない?
何て失礼な奴!
だけど、アリアさんは腰下まで髪があるし、男達も肩までのロング。
そういう文化なのかな?
に、しても、この茶髪男、絶対失礼だよね!


「ぷっ、歴戦の勇者ジークもマイには敵わないみたいね。ん?貴女の名前はマイじゃない?サガワが名前?」
アリアさんが笑いながら聞いてくる。
そうか、ここは英語圏と同じ読みなんだ?

「あ、此方では逆読みなんですね。ええと、まいが名前で笹川さがわはファミリーネームです」
「ああ、そうなんだ。いろいろ悪かったね。ホルトのバカがあんたの事、間違って伝えるから」

「あ、今、ホルトって?!あの!ホルト、ホルト▪ライブナーをご存知なんですか?!」
ホルト!
この人は、ホルトを知っている?!
ここは、ホルトの居る世界!

「知ってるわ。私達は皆、ホルトの仲間よ」

「あ、あの!ホルト、ホルトに会いたい。会わせて頂けますか?」

嬉しい、やっと、やっと大好きなあの人に逢える。
そう思って、アリアさんの次の言葉を待っていた私は、俯くアリアさんから絶望的な話しを聞く事になる。
「…ホルトは敵の捕虜になっていて、その、明日の正午に…見せしめの為、処刑される」

「なっ?!しょ、処刑!!!?」
そんな!うそ、嘘だと言って!
私が信じられないとアリアさんを見ていると、アリアさんが優しく私に言った。

「大丈夫。私達は彼を助ける為、ここに集まったのよ」
「助ける為?」

「私達は、アスタイト王国のレジスタンスなの。ホルトがそのリーダーよ。だから、貴女の事を知っていたの」
「レジスタンス!ホルトがリーダー?私の事を?」

「ええ、彼、貴女の事をレジスタンスの合言葉にしたのよ。『マイは美女で黒い髪』ってね。この辺りの国に黒髪の人間は居ないから、合言葉に丁度良かったみたい」

私が美女?!
顔が熱い。
今、私の顔は真っ赤になってると思う。
ホルトさん、私を合言葉って?!

「昨日、侵略国ガルダ帝国軍の主力部隊が、あそこに見えるアスタイト王都から離れたの。南下して別の町を襲いに向かった。アスタイト王国軍は、主力部隊を温存して反転攻勢を狙ってる。その始めの反攻がアスタイト王都奪還なの。私達レジスタンスは、王国軍に呼応して王都の民と、捕らわれているレジスタンスの仲間の救出を予定しているところだったのよ」

そうだったんだ。
なら、私の次の行動は!

「あ、アリアさん、あの、私もレジスタンスに加わりたい。ホルトを助けたいんです。いいでしょうか?」
「貴女がレジスタンスに?でも…」

「お願いします。どうか、私を皆さんと一緒にホルトを助けに行かせて下さい」
アリアさんが私の話しに考え込んでいると、後ろに下がっていた私を子供ガキ扱いした失礼な男が口を開いた。

「いいんじゃないか、アリア。本気でホルトの事を心配してるようだし」
あれ?この男、私をチラチラ見ながら良いことを言ってくれてる?

「ジーク、何を言って」
「俺達は人手が足りてない。助けは多い方がいい」

アリアさん、悩んでから私の方を向いた。
「いいわ、マイ。その代わり私の指示に従う事。分かった?」

「はい、アリアさん、有り難う!」
良かった、これでホルトを助けに行ける!

ボスッ?!
誰だ!私の頭に手を乗せて、ぐしゃぐしゃするの!?
「いや~っ、良かったなぁ、仲間になれて。けど、無理は駄目だぞ?ちゃんと俺様の後ろに付いてくるんだぞ?でないと迷子になっちゃうからな」

うっ、またこの人、ジーク?
さっきは、アリアさんに助言してくれたから少しは見直したのに、また私を子供扱い?!
やっぱり失礼な奴!
顔がイケメンだからって、許さないんたから。

「しっかし、本当にこれで16歳?ちっちゃいなぁ。ちゃんと飯、食えてんのか?変な服を着てるし、女がそんな風に足を出すのは、その、恥ずかしいだろ?目のやり場にこまるんだが……」
は?顔を赤らめながら、私のどこを見てるのよ!
え、こっち、スカートは履かないの?

「いい加減にして下さい。この服は、学生服って言って私の世界では普通なんです。それからジークさん、馴れ馴れしいです!」

「お、おう!?悪かったよ、って世界?おい、ホルトの話しの通り、鏡の世界から来たのか?」
「そうですけど!」
何、いまさら驚いてるんだ?


「はい、そこまで!ジーク、貴方は女の子に対して失礼です。いつも言ってるでしょ!それと、マイさんのその服は悪目立ちするわね。私のワンピースを貸すから着替えてくれる?」
「分かりました」


トントンッ

その時、ドアを叩く音がする。
ジークがドアに駆け寄って、剣に手をかけながら叫ぶ。
「合言葉『マイは美女で』」

「…『黒い髪』だ」
ジークはアリアさんと頷くと、ドアを開けた。

乱れ茶髪の男が入って来たが、今の私の顔は再び真っ赤だろう。
私は頭を、抱えて座り込んだ。

ホルトさん、私の事を合言葉にって、トンでもなく恥ずかしいんですけど。
しかも、美女!

「マイ、何座ってニヤニヤしてんだ?」
「え、わ、べ、別にっ!」
ジークが声を掛けてきた。
何よ、あんたの方がニヤついてるじゃない!

「アリア、不味い事になった。ホルト救出の為に用意していた魔法使いが、ガルダ帝国軍に捕まった。王都内侵入の為の、処刑広場舞台地下への転移魔法陣が使えない!」
「そんな!?」

アリアさんと乱れ茶髪の男が話してるけど、なんか、良くない事みたいだ?
アリアさん、しばらく考えてから私を見た。
「マイ、貴女、ここまでどうやって来たの?」

「よく分かりません。鏡に吸い込まれたと思ったら、この丘の先の草原に居たんです」

「魔塔の鏡の向こうに、マイの世界がある。ホルトはそう言っていた。そしてホルトの部屋の鏡の前に、この丘の草原に繋がる転移魔法陣がある。更に魔法で隠してあるこの小屋を魔道具無しで貴女は見つけた……」

「?」

アリアさんは、胸に着けた赤いペンダントを掲げなから言った。
よく見たらジークも、他の男の人達も胸に付けている?
アリアさんは、私をじっと見ながら言った。


「貴女には魔法使いの素質がある。今は貴女だけがホルトを救う鍵になる。マイ、どうか私達に力を貸して!」

私が魔法使い?
よく分からないけど、私が皆の、ホルトの力になれるなら、何だって構わない。

「はい、アリアさん」



ホルト、今、私が助けに行きます。
どうか、待っていて下さい。

待っていて。

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