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第22話 冒険者クアルトの物語
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俺はリベノ村の貧乏な家で生まれ育った。
鍛治職人の親父を手伝いながら主に冒険者用の武具を作っていた。
小さい頃から小心者で人付き合いが下手だった俺は、ひたすら鉄と向かい合う鍛治職人が向いていたのかも知れない。
ただ、親父は武具作りに気が進まなかったらしく、もっぱら農耕具や鍋など生活用具を主な鍛治仕事としていた。
しかし俺は冒険者が持つ刀剣などの武具に憧れていて、気がついたら武具ばかりを作っている日々。
リダ草が自由に採集できた頃は、リダ草の魔素をふんだんに使って刀剣を仕上げることが出来たのでそれも楽しかった。
ただ、刀剣に使える様な良質魔素を持つリダ草を見つけるのは至難の技。
しかし幼い頃からリダ草群生地の近くで遊んでいた俺は、効率よく「アタリのリダ草」を見つけることができる様になっていた。
そんな良質魔素をふんだんに注いだ刀剣は高値で飛ぶ様に売れていく。
そのおかげで生活も助かったが、もう一つ俺にとって大きな効用があった。
魔素を込めて作った剣を握ると俺の小心者な心がどこかへ消えて、自信に満ちた万能感に満たされることだ。
親父はそれを魔素効果による一時的なものだと言って、あまり過信しない様にと俺を戒めた。
しかし、昔から小心者と呼ばれバカにされてきた俺にとってはこの上ない有難い効果であることは間違いない。
実際に俺の鍛治仕事も注文が増え、内心は「それ見たことか、魔素入り武具の注文も増えてお金だってこんなに儲かるんだ」と親父に勝ったつもりになっていた。
やがてストレゴフ摂政の治世が始まると、リダ草の採集は制限され、以前の様な魔素たっぷりの刀剣作りが難しくなっていった。
しかも運悪く親父はエルデン病を患ってしまい、今までの鍛治仕事も不可能に。
今の状態で俺だけが魔素抜きの鍛冶屋を続けても到底、治療費に足りないどころか生活すらままならないだろう。
そこでリスクはあるものの手っ取り早く金を稼ぐ方法といえば冒険者しかない。
(当たり前だが犯罪行為は除外だ)
そこで俺は冒険者へ転職することにした。
まずは金を稼いで親父の治療費を捻り出したい!という思いが一番強かったからだ。
金になりそうな魔素入りの剣は既に金策で売却済みだったが、鍛治職人で鍛えた筋力と集中力でどうにかなるだろうと思い、親父にそのことを打ち明けた。
「クアルト、これを持っていきなさい」
親父が差し出したのは魔素がこれでもかとたっぷり注入された「壱號」と簡単ではあるが名付けまでされた魔剣であった。
「親父、これは!?」
「おまえの集めたリダ草から特上の魔素だけを残しておいて、わしが剣に鍛え上げたものだ」
「情けないがこれも鍛治職人の性じゃな。一度は魔剣を自分の手で叩き上げて作ってみたかったんだよ」
武具作りを避けていた親父が、俺の見ていない間にこんな凄い魔剣を作っていたこと自体が驚きだった。
やはり鍛治職人にとって「魔剣」を作ることは究極の目標、憧れなのだろうか。
俺も魔素をふんだんに使った剣を作ってはいたが、「魔剣」と呼べるまでの品質には到底至らなかった。
それでも魔素入りの剣を作れば高値で売れるので俺はそれ以上を望まなかったのかもしれない。
でも親父は違っていた。
農耕具や鍋ばかり作っていて刀剣なぞ作ったこともなかった筈なのに、今目の前にあるのは立派な「魔剣」と呼べるものだった。
俺は他人から逃げるようにして鍛治職人になり、安直な気持ちで刀剣を作り、それで生活ができればそれ以上は望まなかったのだ。
それにひきかえ、親父は本当に鍛治という仕事そのものが大好きだったんだ。
そんな親父が鍛え上げて鋳造した渾身の一本。
いわば親父が全てを注ぎ込んだ結晶。
俺はそれを目の前にして自分が恥ずかしくなった。
生活用具ばかり作る親父の姿を、こっそりと心の隅で蔑んでいた自分の浅はかさに打ちのめされた。
親父は続けた。
「しかしな、作ってわかったのだ。魔剣を持つ者は強く自分を制する力がないと、その魔剣に滅ぼされるとな」
「わしにはこれを扱えきれんと思った。だから封印していたのだ…」
「親父… 」
「でも我が息子クアルトよ。 この魔剣の封印を解く時が今やってきたのだ」
「なぜなら、おまえはずっと魔素を扱い刀剣に込めてその力を我が身を持って理解してきたからだ」
「親父… 俺にとっては身に過ぎた剣だ。この魔剣を持つ資格は…」
「いいや、このわしが全力で叩き上げた魔剣だからこそ、おまえに今、渡したい」
「今のおまえならもはや何者にも惑わされることはあるまい…」
親父の瞳は今まで見たこともない様な鋭い眼光を放って俺を凝視していた。
今まで俺はこの「職人の眼光」を直視したことがなかった。
俺は魔剣を握りしめ号泣した。
こうして俺はこの親父渾身の一本である魔剣を持ってギルドで冒険者の剣士として登録。
D級冒険者として採取依頼から始め、C級で魔物を狩るようになるまでそう時間はかからなかった。
この魔剣を持っていると、どんな魔物にも負けない勇猛な気持ちに溢れてくる。
普段の小心者な自分はなりをひそめ、強き冒険者クアルトが現れるのだ。
しかし冒険者になった一ヶ月後、親父は帰らぬ人となった。
おれはやりきれない悲しみを忘れるため、冒険者稼業に没頭した。
冒険者デビューとしてはかなり遅い35歳の春だったが、次々とソロで高難易度の討伐をこなし、リベノ村では一番の冒険者(B級)へとスピード昇進した。
確かに魔剣は俺を勇気つけて力を与えてくれたが、俺は意識的に6割くらいの威力までしか使わない様に自分を押さえた。
それ以上は魔剣の中にある「人には制御できない何か」に呑まれてしまいそうだったからだ。
これも親父の教えと思い、B級冒険者という枠組みの中で魔物討伐を繰り返していった。
そして魔王ルビア討伐ポイントが貯まるころ、村長からルビア討伐の話を持ち掛けられたのだ。
村長の討伐案は俺たちは狂言回しの役者だった。
今のリベノ村が抱えた、そして世界がこれから抱えるであろう問題を解決する為には現実的かつ合理的な案であることは違いない。
「しかしいいのか」
「この親父の鍛え上げた魔剣はそんな狂言に使うシロモノなんかじゃない」
俺の気持ちは燻り続けたが、それでも自分の気持ちを抑えて討伐案に賛成した。
その結果は不戦勝。
狂言回しにすらならなかっただけでなく、一人の剣士として魔王ルビアの戦いに対する気持ちに泥をぶっかけたも同然の事をしてしまった。
本当に俺の判断は間違っていなかったのだろうか。
・・・・・
あれから魔剣を触れずにいるとその不安と恐怖が破裂するような勢いで膨らんでくる。
そうだ。俺はもともとは小心者なんだ。
それがどうしてこんなことになっちまったんだ。
親父… 俺はどうしたらいい?
そしてザワンドから魔王降臨の話。
やはり魔王ルビアはこれ以上ないほどに怒り狂っていた。
「俺 殺されるんじゃないか…」
心の中だけだった不安が現実のものになって俺に襲いかかる。
それはまるで真っ黒な亡霊のようになって俺を包み込んでいった。
その時、傍に置いた魔剣「壱號」が俺の心に囁いた。
「我を行使し魔王ルビアを討伐せよ」
鍛治職人の親父を手伝いながら主に冒険者用の武具を作っていた。
小さい頃から小心者で人付き合いが下手だった俺は、ひたすら鉄と向かい合う鍛治職人が向いていたのかも知れない。
ただ、親父は武具作りに気が進まなかったらしく、もっぱら農耕具や鍋など生活用具を主な鍛治仕事としていた。
しかし俺は冒険者が持つ刀剣などの武具に憧れていて、気がついたら武具ばかりを作っている日々。
リダ草が自由に採集できた頃は、リダ草の魔素をふんだんに使って刀剣を仕上げることが出来たのでそれも楽しかった。
ただ、刀剣に使える様な良質魔素を持つリダ草を見つけるのは至難の技。
しかし幼い頃からリダ草群生地の近くで遊んでいた俺は、効率よく「アタリのリダ草」を見つけることができる様になっていた。
そんな良質魔素をふんだんに注いだ刀剣は高値で飛ぶ様に売れていく。
そのおかげで生活も助かったが、もう一つ俺にとって大きな効用があった。
魔素を込めて作った剣を握ると俺の小心者な心がどこかへ消えて、自信に満ちた万能感に満たされることだ。
親父はそれを魔素効果による一時的なものだと言って、あまり過信しない様にと俺を戒めた。
しかし、昔から小心者と呼ばれバカにされてきた俺にとってはこの上ない有難い効果であることは間違いない。
実際に俺の鍛治仕事も注文が増え、内心は「それ見たことか、魔素入り武具の注文も増えてお金だってこんなに儲かるんだ」と親父に勝ったつもりになっていた。
やがてストレゴフ摂政の治世が始まると、リダ草の採集は制限され、以前の様な魔素たっぷりの刀剣作りが難しくなっていった。
しかも運悪く親父はエルデン病を患ってしまい、今までの鍛治仕事も不可能に。
今の状態で俺だけが魔素抜きの鍛冶屋を続けても到底、治療費に足りないどころか生活すらままならないだろう。
そこでリスクはあるものの手っ取り早く金を稼ぐ方法といえば冒険者しかない。
(当たり前だが犯罪行為は除外だ)
そこで俺は冒険者へ転職することにした。
まずは金を稼いで親父の治療費を捻り出したい!という思いが一番強かったからだ。
金になりそうな魔素入りの剣は既に金策で売却済みだったが、鍛治職人で鍛えた筋力と集中力でどうにかなるだろうと思い、親父にそのことを打ち明けた。
「クアルト、これを持っていきなさい」
親父が差し出したのは魔素がこれでもかとたっぷり注入された「壱號」と簡単ではあるが名付けまでされた魔剣であった。
「親父、これは!?」
「おまえの集めたリダ草から特上の魔素だけを残しておいて、わしが剣に鍛え上げたものだ」
「情けないがこれも鍛治職人の性じゃな。一度は魔剣を自分の手で叩き上げて作ってみたかったんだよ」
武具作りを避けていた親父が、俺の見ていない間にこんな凄い魔剣を作っていたこと自体が驚きだった。
やはり鍛治職人にとって「魔剣」を作ることは究極の目標、憧れなのだろうか。
俺も魔素をふんだんに使った剣を作ってはいたが、「魔剣」と呼べるまでの品質には到底至らなかった。
それでも魔素入りの剣を作れば高値で売れるので俺はそれ以上を望まなかったのかもしれない。
でも親父は違っていた。
農耕具や鍋ばかり作っていて刀剣なぞ作ったこともなかった筈なのに、今目の前にあるのは立派な「魔剣」と呼べるものだった。
俺は他人から逃げるようにして鍛治職人になり、安直な気持ちで刀剣を作り、それで生活ができればそれ以上は望まなかったのだ。
それにひきかえ、親父は本当に鍛治という仕事そのものが大好きだったんだ。
そんな親父が鍛え上げて鋳造した渾身の一本。
いわば親父が全てを注ぎ込んだ結晶。
俺はそれを目の前にして自分が恥ずかしくなった。
生活用具ばかり作る親父の姿を、こっそりと心の隅で蔑んでいた自分の浅はかさに打ちのめされた。
親父は続けた。
「しかしな、作ってわかったのだ。魔剣を持つ者は強く自分を制する力がないと、その魔剣に滅ぼされるとな」
「わしにはこれを扱えきれんと思った。だから封印していたのだ…」
「親父… 」
「でも我が息子クアルトよ。 この魔剣の封印を解く時が今やってきたのだ」
「なぜなら、おまえはずっと魔素を扱い刀剣に込めてその力を我が身を持って理解してきたからだ」
「親父… 俺にとっては身に過ぎた剣だ。この魔剣を持つ資格は…」
「いいや、このわしが全力で叩き上げた魔剣だからこそ、おまえに今、渡したい」
「今のおまえならもはや何者にも惑わされることはあるまい…」
親父の瞳は今まで見たこともない様な鋭い眼光を放って俺を凝視していた。
今まで俺はこの「職人の眼光」を直視したことがなかった。
俺は魔剣を握りしめ号泣した。
こうして俺はこの親父渾身の一本である魔剣を持ってギルドで冒険者の剣士として登録。
D級冒険者として採取依頼から始め、C級で魔物を狩るようになるまでそう時間はかからなかった。
この魔剣を持っていると、どんな魔物にも負けない勇猛な気持ちに溢れてくる。
普段の小心者な自分はなりをひそめ、強き冒険者クアルトが現れるのだ。
しかし冒険者になった一ヶ月後、親父は帰らぬ人となった。
おれはやりきれない悲しみを忘れるため、冒険者稼業に没頭した。
冒険者デビューとしてはかなり遅い35歳の春だったが、次々とソロで高難易度の討伐をこなし、リベノ村では一番の冒険者(B級)へとスピード昇進した。
確かに魔剣は俺を勇気つけて力を与えてくれたが、俺は意識的に6割くらいの威力までしか使わない様に自分を押さえた。
それ以上は魔剣の中にある「人には制御できない何か」に呑まれてしまいそうだったからだ。
これも親父の教えと思い、B級冒険者という枠組みの中で魔物討伐を繰り返していった。
そして魔王ルビア討伐ポイントが貯まるころ、村長からルビア討伐の話を持ち掛けられたのだ。
村長の討伐案は俺たちは狂言回しの役者だった。
今のリベノ村が抱えた、そして世界がこれから抱えるであろう問題を解決する為には現実的かつ合理的な案であることは違いない。
「しかしいいのか」
「この親父の鍛え上げた魔剣はそんな狂言に使うシロモノなんかじゃない」
俺の気持ちは燻り続けたが、それでも自分の気持ちを抑えて討伐案に賛成した。
その結果は不戦勝。
狂言回しにすらならなかっただけでなく、一人の剣士として魔王ルビアの戦いに対する気持ちに泥をぶっかけたも同然の事をしてしまった。
本当に俺の判断は間違っていなかったのだろうか。
・・・・・
あれから魔剣を触れずにいるとその不安と恐怖が破裂するような勢いで膨らんでくる。
そうだ。俺はもともとは小心者なんだ。
それがどうしてこんなことになっちまったんだ。
親父… 俺はどうしたらいい?
そしてザワンドから魔王降臨の話。
やはり魔王ルビアはこれ以上ないほどに怒り狂っていた。
「俺 殺されるんじゃないか…」
心の中だけだった不安が現実のものになって俺に襲いかかる。
それはまるで真っ黒な亡霊のようになって俺を包み込んでいった。
その時、傍に置いた魔剣「壱號」が俺の心に囁いた。
「我を行使し魔王ルビアを討伐せよ」
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