年増令嬢と記憶喪失

くきの助

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答えのない問い

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「派閥が違うパーティにようやく招待されたのに、開催時間を過ぎてから唐突にキャンセルを入れるなんて、そんな事グリーンバートとしてできるわけがないだろう!あいつは一体何を考えているんだ!」

エリック様に送られたドレスを身に着けたまま待ちぼうけを食らった私よりも、弟のアドニスが怒り狂った。

「そんなに怒らないで、アドニス。急な何かがあったのかもしれないわ。」
「そんなわけないだろう!」

まあ、そうなのだけど。
何かがあれば、公爵家から使いが来るはずなのだから。

「さすがに今回のことはラムスター公爵家に抗議をするが……。エリック様にも困ったものだね。」

お父様は苦笑いを浮かべ
「そのドレスは似合ってはいるが……少しデザインが若いね。エリック様と行かないなら着替えて来なさい。」
と続けた。

確かに着られない程ではないがやや若い。
エリック様にドレスを贈られたことがなかったのでわからなかったが、セバスチャンはドレス選びは苦手なのかもしれない。

返す言葉もなく、もう私は黙りこむしかなかった。

結局夜会にはアドニスのエスコートで参加する事になった。
そして結果的に着替えて良かった。



「何だ?あれは。」

主催の侯爵夫妻に挨拶を済ませ会場に行けば、不機嫌にアドニスが言った。
視線の先にはエリック様と噂の伯爵令嬢が居た。

ドクンと心臓が強く打った。

「どう言うつもりだったんだ、あの男は!」

ギリリと歯軋りの音まで聞こえてきそうな調子でアドニスが言った。

エリック様の横に寄り添うように立っている伯爵令嬢の着ていたドレスは、私に送られたドレスとよく似ていた。

もちろん色は違うし、細かいデザインは違うが、パッと見た印象は同じデザインに見える。

「姉さん、着替えて良かったな。」

こちらをみて言ったアドニスに曖昧な笑みを返す。

「ああ、もう無視できたらどんなにいいだろう。」

言葉はずっと険があるのに、アドニスはずっとにこやかな笑顔だ。

いつの間にこんな芸当ができるようになってたのかしら。

しかしこの態度は正しい。
私たちは他派閥に囲まれ、一挙手一投足すべて見られているのだ。

ここでエリック様を無視をすればどんな噂が立つかわからない。

やはり他派閥同士の婚約などと、ここぞとばかり言い出す貴族も多いだろう。

失敗はできない。

私たちがエリック様に近付くと、伯爵令嬢は狼狽えたようにエリック様とこちらを忙しく視線を動かした。

(彼女は私が来ることを知らなかったのかしら……)

そう思うと気の毒な気もしてきた。
エリック様はこちらを睨みつけるように見ていた。

(ドレスを着ていないからかしらね。)

前まで行くと打って変わったようにニコと笑う。

「やあ、ローズ。まさか弟君と参加されるなんて知らなかったよ。言ってくれれば良かったのに。」

「いえいえ、エリック様こそ。こんな素敵な御令嬢と参加されるなら言ってくださればこちらも遠慮いたしましたのに!」

私の代わりにアドニスがにこやかに返す。
そのセリフを聞いて隣の伯爵令嬢は可哀想なくらい青ざめた。

(本当に私が来るなんて知らなかったのね。なんだか気の毒になってきたわ。)

伯爵令嬢がこっそりエリック様の袖をクイクイと引っ張るのが見えた。
その仕草で親しさがわかる。

「え、ああ。紹介しよう。ラグンドク伯爵家のリリー=フランだ。」

「ええ!ええ!よく存じておりますよ!噂通り近くで見ても愛らしい方ですね。」

リリー嬢の顔色はどんどん悪くなり紙のように白くなっていた。
おそらく紹介してほしい訳ではなく、この場からうまくそして早く離れたかったのだろう。

「ドレスもよく似合っていらっしゃる。若々しいデザインで眩しいくらいだ!姉が似たドレスを着てもこうはいかないでしょうね!エリック様は本当にセンスが良い!」

「なんだと?」

笑顔の仮面が剥がれたようにエリック様がアドニスを睨みつける。
ああ、いけないわ。
ちょっとこういうところエリック様とアドニスは似てるのよ。
リリー嬢は青ざめたまますっかり俯いてしまっていた。
周りの目が集まり始めている。

「そんな目で見るのはやめてくださいよ、エリック様。私たちにとってここは敵陣なんです。姉弟2人で生き残らなくてはいけないのですから。お互い穏やかに過ごしましょう。」

笑顔で囁くように言う。

「アドニス。」

嗜めるように私が名前を呼ぶと、アドニスは黙った。

「エリック様弟が失礼致しました。本日は行き違いがあったようでこのような形になってしまい残念ですが、折角のパーティですし、お互い楽しみましょう。」
そう言って挨拶もそこそこに私たちは離れた。
エリック様は何も言わず、こちらを見ようともしなかった。

「アドニス、あなたこんな所で……」
「だって腹も立つじゃないか…何がしたかったんだ。同じドレスを贈るなんて!」
「同じではないわ。」
「まったく同じじゃないだけじゃないか。」
「ふふ、ありがとう。私の代わりに怒ってくれているのよね。」

そう言っていると学園の御令嬢だろうか。
アドニスに話しかけてきた。
そうして1人が話しかけると我も我もと御令嬢が集まりアドニスはあっという間に囲まれてしまった。
まあ、卒業したと言うのに人気があるのね。

その光景を眺めつつ私があのドレスを着て参加していればどうなっていただろうかと考える。

あっという間にリリー嬢と比べられ、若い彼女に軍配が上がったろう。
そうしてその醜聞は社交界を面白おかしく駆け巡ったに違いない。
やはり派閥が違うと分かり合えないのだと言う声が高まれば……。
エリック様が美しい思い人と結ばれずお気の毒だと皆が言い出せば……
グリーンバート家にマイナスしかない婚姻になりそうだ。

(そこまでエリック様が考えていたとは思わないけど……)

エリック様にとっては軽い悪戯心かもしれない。
それでも結果はそうなっていただろう。

しかし贈られたドレスを身につけなくても、今回の夜会の一件は社交界を駆け巡った。

エリック様は婚約者ではなく真実の愛、伯爵令嬢をえらんだ。
婚約解消間近。

他派閥の結婚を良しとしない貴族も一緒になって噂を広めているのだろう。
あっという間に広まった。

しかし結局婚約解消の話など出ることもなく、何事もなかったように続く2人のお茶会。
歪な関係のまま私たちは結婚した。

(でも一体どうすれば良かったのかしらね……)

そんな事は何度も考えたが答えなど出なかった。
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