年増令嬢と記憶喪失

くきの助

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言えぬまま数日

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私は気持ちよく眠るエリック様を見ていた。

「あまり寝ておられない様でしたから。」

侍女のネリーがそう言った。
じっとエリック様の顔を見れば目の下には隈があった。
確かに、ちゃんと寝ているのかしらとは思っていた。

目を覚ました次の日、お医者様の診察時に
「傷口も綺麗ですし、入れそうなら軽く流すだけのお風呂なら入ってもいいですよ。但し、無理はしないでくださいね。」
そう言ってもらえた。

お医者様が部屋から出て行き、試しにとベッドから出たところ、ノックの音がして扉の方を見た瞬間だった。
久しぶりに立ったからだろう、バランスを崩しふらりとよろけてしまった。

あっとネリーが私を支えたところにエリック様がドアを開けたのだ。

ネリーに支えられている私を見てサッと顔色を変えると、
「どうして立ち上がっているんだ!」
と易々と抱えられベッドに戻されてしまった。

「歩けるのならとお風呂の許可が出たのですよ。ずっと寝ていたのです。少しふらつくのは当然ですのでそんなに心配なさらなくても大丈夫ですよ、エリック様。」

微笑ましいような笑みをうかべてネリーがエリック様に説明してくれる。

「そんな慌てて何もかもしなくてもいいじゃないか。お風呂なんて入らなくても、君は綺麗だ。」

心配そうにエリック様が私を見つめた。

笑顔
キス
過保護
とうとうリップサービスまで付いてきたのね。


そして立ち上がるならエリック様といる時にと約束させられた。
そこからは過保護は加速し、食事も、読書も監視の様に横で見ていた。
2日ほどそう過ごし、そのまた次の日の今日。
ようやくエリック様の許可が出たので軽くお風呂に入り部屋に戻ると、エリック様が私のベッドで眠っていたのだ。

私が戻るまで少し横になるつもりが眠ってしまったんだろう。

彼にシーツを被せ、横に座る。
いつもとは逆の位置だ。
そう思うとクスリと笑えた。


この2、3日で確信したことがある。

彼は決して私を嫌いなわけではない。

これは以前から感じていた事だ。

ただ心底年上の婚約者が嫌だったのだろう。


子供の時分は良かった。
しかし学園に入学してみれば周りは皆、年下と婚約を結んでいる。
学年を追うごとに、5つも年上の婚約者が居るのは自分だけだと痛感するだろう。
恥ずかしいと思っていたかもしれない。


私が院に上がりエリック様も学園に入学したばかりの頃、学園に用事で行きエリック様を見かけた事があった。
エリック様もこちらを見たように思い、手を振ったがクシャっと顔を歪めるとプイと顔を背けてしまった。

よく見ればまわりには学園生がたくさん居て、その一部始終を見ていた。
恥ずかしい事をしてしまったかと、次のお茶会で謝った。

よくよく考えれば恥ずかしいのは手を振ったことではなかったのだろう。

私が公衆の面前で手を振ったことは揶揄われたに違いない。
その時エリック様が何と言ったか。
想像は容易い。

なぜならその頃からだ。
私が年増令嬢などと学園で囁かれるようになったのは。


そこに院まで噂が届くほどの美しい年下の伯爵令嬢リリー嬢が入学して来た時、彼はどう思ったろう。
エリック様とリリー嬢は同じ派閥で仲良くなるのに時間はかからなかったようだった。
そしてスラリとした2人はお似合いだと評判だった。

エリック様の顔をじっと見つめた。
寝顔とはいえ、正面からこんなにまじまじとエリック様の顔を見たのは初めてではないだろうか。
彼はいつでも横を向いていた。

ところが年下のローズだとこんなに違う。
年下だとこんなに面倒見がいい。

この数日で実感した。

そうして自分の罪深さを再確認する。
私はどうして結婚すれば何とかなると思っていたのか。

(いっそこのまま療養と領地に引っ込むのもいいかもしれないわね。)

いつまでも療養から戻らない新妻と別れても、当然と言える。

いいえ、それはダメね。
ふと浮かんだ甘い考えを振り払うように首を振った。

どうもエリック様は今回の私の怪我を自分のせいだと思っている節がある。
責任も感じているのだろう。

ただ医者にも言われたが縫ったものの、傷は浅い。
丸一日目を覚まさなかったのも頭を打ったこととは関係ない気がするのだ。

結婚式は招待客も多く王族も参列した。
結婚式当日までバタバタと気が休まる事がなかった。

式が終わっても初夜はあんな感じであまり眠れず、気を失った瞬間睡眠不足と疲労がどっと来たんだろう。
ぐっすり眠っただけと思った方がしっくりくる。
なぜならお風呂も入った今は、体調はすこぶる良い。


(きちんと話さなくては……)

エリック様に感じさせなくてもいい罪悪感を持たせるなど。

責任感と年下との誤解から今のエリック様の態度はある。
いつまでも続くものではないとはいえ、それでも……

そんな事を考えていると、パッとエリック様の目が開いたかと思うとガバっと起き上がった。


「俺寝てた?」

「寝ておられましたが、お疲れなのではないのですか。」

エリック様が焦ったように言うのでフォローじみた言葉を返す。

するとじっと私を見つめると髪を一房手に取り口付けを落とす。

「顔色もいいし、調子も良さそうでよかったよ。」

チクリと良心が痛む。

「そうだ!ならば……」

そんな私をよそにエリック様は私にひとつ提案をした。
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