年増令嬢と記憶喪失

くきの助

文字の大きさ
11 / 32

2人のお茶会

しおりを挟む
庭に面した大きな窓から暖かい太陽の光がさんさんと降り注いでいる。
天気も良く気持ちのいい午後だ。
紅茶のいい香りが鼻をくすぐった。

「アーモンドのクッキーを用意してもらったぞ。好きだろ?」

私の好きなクッキーを把握してくれていた事に少なからず驚いた。

「たくさん焼いてもらったから好きなだけ食べたらいい。」

にこにこと勧めてくれる。

でも……

「若干食べづらいです、エリック様……。」

私はエリック様の膝の上に座っていた。


「そうか?手を伸ばせば届くだろう?」

言いながらちゅっちゅっちゅと惜しげもなくこめかみや耳や首に口付けを落とされた。

もう口付けを落とされるくらいは慣れてしまった。
しかしながら膝の上というのが落ち着かない。


先程ベッドルームでエリック様にされた提案は午後に2人でお茶をしようと言うものだった。

庭のガゼボはもう少し元気になってからと言われ屋敷内のサロンでお茶を楽しむことになった。
約束の時間にサロンに行けばもうエリック様は先に座っており、お待たせした事を謝罪し向かいの椅子に座ろうとしたところを彼に捕まった。
そしてまるで踊るように彼に引き寄せられると気がつけば膝の上に乗っていた。


いつもこうしていたんだ。
俺たちは結婚してたんだから。


彼曰くいつもこんな風に2人でお茶会をしていたそうだ。

目を丸くすると、先述のセリフが飛んでくる。

そして「駄目か?」と聞かれ、駄目かと聞かれれば駄目じゃない気がするのだ。

結局グッと黙り込み従うしかない。

「俺のも取ってくれ。」

と言われ彼の好きな紅茶クッキーを取った。

あ、と私の顔の横でエリック様が雛鳥よろしく口を開けて待っている。
驚いたもののエリック様は私の腰に手を回しており、その手を離す気はないようだった。
求められるまま口の中にクッキーを放り込む。
上機嫌にもぐもぐと口を動かし美味いなと呟く。

その顔をしげしげと見つめた。

なんというか……エリック様はこれでいいのかしら……


視線に気づいたエリック様が「ん?」と輝くような笑顔と共に問うてくる。

思わずフッと笑ってしまった。
口元にクッキーが付いている。
輝く笑顔も台無しだ。

「ほら。ご自分で食べないからですよ。」

くすくす笑って彼の口元を指で触れると易々とクッキーが剥がれ落ちた。

そして彼の顔を見てサッと血の気が引いた。

エリック様は面食らったような、不意打ちを食らったようなそんな顔をしていた。

昔の事が一瞬で思い出される。

まだ私が学園に通っている頃の話だ。
場所はまさにここだった。

私が焼いたクッキーをエリック様に食べてもらっている時同じような事があった。

私がくすくす笑いながら口に付いたクッキーを指摘すると伸ばした手を思い切り払われたことがあった。

そのままエリック様は席を立ってしまい、戻ってくることはなかった。



同じ事をやってしまった。
凍りついた口をなんとか動かす。

「申し訳ございません。口元を払うなど……」

言い終わる前にエリック様の顔が見えなくなった。

いや、正確にはエリック様の顔が私の首元にうずまった。

ぎゅと腰を引き寄せられる。

思わず身構える。

怒った?怒っていない?
わからない。

「ローズは変わらずローズだな。」

ハラハラとしていたら予想もしない言葉が返ってきた。

「ローズと婚約を結んだ頃同じような事があったんだ。婚約者なのに子供扱いされた気になって手を振り払って逃げたんだ。」

エリック様はあの時のことを覚えていた。
そして……私が無神経だったのだと思い知った。
私が兄や弟にするように馴れ馴れしく口元に手をやったから怒ってしまわれたのだと思っていた。

実際は違う。

エリック様は4大公爵家を継ぐものとして幼い頃から躾けられている。
婚約者も出来、ますます強く自覚を持ち始めていただろう。

そのプライドを傷つけていた。

「でも18歳の俺にも同じ事するんだから、勝手に俺が拗ねてただけなんだよな。」

私の肩に顔を埋めたまま可笑しそうにフフっと笑った。

今更ながら罪悪感を感じていた私の耳にちゅと唇が触れた。

「ああ!俺、今までどうやって生きていたのかな。」

「え?」

唐突に話題が変わり、思わず脱力する。

「この間までの自分が思い出せない。こうして君に触れずに生きていたなんて信じられない。」

そう言うとぐりぐりと肩に顔を押し付けられた。

確かに今は前までのエリック様の影もない。

私も思わず忘れてしまいそうになるけれど、私なんかと触れ合わなくても結構逞しく生きていらっしゃいましたよ。
言えないけれども。
少なくとも雛鳥になってはいなかったわ。



「なあ、ローズ。もっと歩けるようになったら、王立の植物園に行かないか?あそこには異国の植物もあって楽しいと思うぞ。」

歩けるようになったらって……

「歩けないのではなくエリック様が歩かせてくださらないのですよ。」

呆れたように言うとエリック様は諦めたような顔になる。

「やっぱりあまり興味そそられないか……」

「なぜでしょうか?興味はあります。」

「えっ!本当か!?」

こちらの方が驚いてしまうくらい、エリック様が驚いた。

「ほ……本当です……」

至近距離なのに大きな声で言うものだから思わずのけぞってしまった。

王立の植物園はここ数年でできた新しい施設だ。
学園のご令息ご令嬢はこぞって行っていたようだった。
私も学園生だったならばリタと行っていたのかもしれないが、出来た時はもう院生だった。
そう言えば確かエリック様は行ってなかったかしら?

婚約者時代のお茶会で珍しくエリック様から話題を振ってくれた事があった。
それが当時できたばかりの王立植物園の話だった。


友人が行ったと言っていた。異国の花がたくさんあって楽しかったらしい。俺も行くつもりだ。


そう言っていた覚えがあるのだけども。
私は何と返したかしら。



「昔出来たばかりの時にローズを誘ったら断られた。」

ええ?!

さっぱり誘われた覚えなどないのだけれど!

「そんなに意外か?でも異国の花に興味無かったようで友人と行ってこいと言われたぞ?」

瞠目する私を見てからかうように言う。

言葉も出ず、ぶんぶんと首を横に振るしか出来なかった。

「ふ……そうか。大人になるにつれ興味がなくなったのかもな。なら15歳のうちに行っとくか。」

首を振った私を微笑ましそうに見ると肩にちゅ、と口付けを落とされた。


そうだわ。
友人と行くのですかと、またどんな様子か教えてくださいねと答えた覚えがある。
しかし土産話を話してくれる事はなく、それきり植物園の話題が出る事は無かった。

あれは誘われていたの?
少し遠回しすぎないかしら!

てっきり同級生と行くものだと思い込んでいた。

何と言うか……エリック様って……

あまりにも言葉が足りないのではないかしら。

思わずため息が出そうになり私は何とか噛み殺した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旦那様、愛人を作ってもいいですか?

ひろか
恋愛
私には前世の記憶があります。ニホンでの四六年という。 「君の役目は魔力を多く持つ子供を産むこと。その後で君も自由にすればいい」 これ、旦那様から、初夜での言葉です。 んん?美筋肉イケオジな愛人を持っても良いと? ’18/10/21…おまけ小話追加

氷の騎士と契約結婚したのですが、愛することはないと言われたので契約通り離縁します!

柚屋志宇
恋愛
「お前を愛することはない」 『氷の騎士』侯爵令息ライナスは、伯爵令嬢セルマに白い結婚を宣言した。 セルマは家同士の政略による契約結婚と割り切ってライナスの妻となり、二年後の離縁の日を待つ。 しかし結婚すると、最初は冷たかったライナスだが次第にセルマに好意的になる。 だがセルマは離縁の日が待ち遠しい。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。

居場所を失った令嬢と結婚することになった男の葛藤

しゃーりん
恋愛
侯爵令嬢ロレーヌは悪女扱いされて婚約破棄された。 父親は怒り、修道院に入れようとする。 そんな彼女を助けてほしいと妻を亡くした28歳の子爵ドリューに声がかかった。 学園も退学させられた、まだ16歳の令嬢との結婚。 ロレーヌとの初夜を少し先に見送ったせいで彼女に触れたくなるドリューのお話です。

「君以外を愛する気は無い」と婚約者様が溺愛し始めたので、異世界から聖女が来ても大丈夫なようです。

海空里和
恋愛
婚約者のアシュリー第二王子にべた惚れなステラは、彼のために努力を重ね、剣も魔法もトップクラス。彼にも隠すことなく、重い恋心をぶつけてきた。 アシュリーも、そんなステラの愛を静かに受け止めていた。 しかし、この国は20年に一度聖女を召喚し、皇太子と結婚をする。アシュリーは、この国の皇太子。 「たとえ聖女様にだって、アシュリー様は渡さない!」 聖女と勝負してでも彼を渡さないと思う一方、ステラはアシュリーに切り捨てられる覚悟をしていた。そんなステラに、彼が告げたのは意外な言葉で………。 ※本編は全7話で完結します。 ※こんなお話が書いてみたくて、勢いで書き上げたので、設定が緩めです。

地味顔令嬢の私を「嘘の告白」で笑いものにするつもりですか? 結構です、なら本気で惚れさせてから逆にこっちが盛大に振ってあげます!

日々埋没。
恋愛
「お前が好きだ。この俺と付き合ってくれないか?」    学園のアイドル、マルスからの突然の告白。  憧れの人からの言葉に喜んだのも束の間、伯爵令嬢リーンベイルは偶然知ってしまう。それが退屈しのぎの「嘘の告白(ウソコク)」だったことを。 「あの地味顔令嬢が俺に釣り合うわけないだろ。ドッキリのプラカードでも用意しとくわ」  親友のミネルバと共に怒りに震える彼女は、復讐を決意する。まずは父の言いつけで隠していた「絶世の美貌」を解禁! 嘘の恋を「真実の恋(マジコク)」に変えさせ、最高のタイミングで彼を地獄へ突き落とす――。 「……今さら本気になった? 冗談はやめてください、これドッキリですよ?」

婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない

柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。 目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。 「あなたは、どなたですか?」 その一言に、彼の瞳は壊れた。 けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。 セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。 優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。 ――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。 一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。 記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。 これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。

煤かぶり姫は光の貴公子の溺愛が罰ゲームだと知っている。

朝霧心惺
恋愛
「ベルティア・ローレル。僕の恋人になってくれないかい?」  煌めく猫っ毛の金髪に太陽の瞳、光の貴公子の名を欲しいがままにするエドワード・ルードバーグ公爵令息の告白。  普通の令嬢ならば、嬉しさのあまり失神してしまうかもしれない状況に、告白された令嬢、ベルティア・ローレルは無表情のままぴくりとも頬を動かさない。  何故なら———、 (罰ゲームで告白なんて、最低の極みね)  黄金の髪こそが美しいという貴族の価値観の中で、煤を被ったような漆黒の髪を持つベルティアには、『煤かぶり姫』という蔑称がある。  そして、それは罰ゲーム結果の恋人に選ばれるほどに、貴族にとっては酷い見た目であるらしい。  3年間にも及ぶ学園生活も終盤に迫ったこの日告白されたベルティア、実家は伯爵家といえども辺境であり、長年の凶作続きにより没落寸前。  もちろん、実家は公爵家に反抗できるほどの力など持ち合わせていない。  目立つ事が大嫌いでありながらも渋々受け入れた恋人生活、けれど、彼の罰ゲームはただ付き合うだけでは終わらず、加速していく溺愛、溺愛、溺愛………!!  甘すぎる苦しみが、ベルティアを苦しめる。 「どうして僕の愛を疑うんだっ!!」 (疑うも何も、そもそもこの恋人ごっこはあなたへの罰ゲームでしょ!?)

頑張らない政略結婚

ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」 結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。 好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。 ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ! 五話完結、毎日更新

処理中です...