年増令嬢と記憶喪失

くきの助

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エリックの執着

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どのくらい時間が経ったのだろうか。
ベッドで眠るローズを見つめる。

こんなことになってから初めて彼女をまともに見つめることができたなんて、情けない話だ。

ベッドの側に座り込みそっと彼女の頬に触れる。

冷たい頬に背筋が冷える。

どうして俺は……
どうしてローズは……
どうして……
どうして……



「エリック、少しは休みなさい。」

不意に父上の声がした。

「侍女と先生の助手がいつも室内にいるから大丈夫だ。一日中そうしていてもローズが心配するよ。」

言っている事はわかるがうまく頭に入ってこない。

体も動かない。
自分の中にあるのはローズが起きた時に側にいてあげたいという思いだけだ。

ため息と父上が出ていく気配がした。


美しい妖精姫は少しも動かない。
シーツの外に出ているローズの冷たい手を温めるように握りしめる。

お願いだから目覚めてくれよ。
握りしめた手を自分の額に押し当てるとポタポタと目から涙が溢れた。

「ローズ……俺が悪かった……」

今回のことも今までのことも全部。

君はいつでも誠実にまっすぐに俺を見てくれていたのに。


…………


バッと顔を上げる。

手が動いた?

サッとローズの顔を見る。

唇が動いている?

「ローズ!」

思わず叫んでいた。






「俺は!俺のことわかるか?!エリックだ!」

ぽーっとした目で俺を見る。
彼女の目に俺が映っている。
喜びで叫び出しそうになる。
が、次の言葉で皆が凍りついた。

「エリック様は……10歳でしょう?」

「ローズ……君は今、何歳かね?」

父上が緊張した様に問うた。

「私は……15歳に……なり……」

スウ……
と目を閉じて眠ってしまった。








「頭を強く打った後、現れる症状は様々です。ローズ様のように記憶が飛ぶ事も珍しくありません。」

「もちろん今だけですわよね?!」

勝気な母が涙を浮かべながら問う。

「それはわかりません。起きたばかりで混乱している可能性が高いですが、また目覚めた時に同じ事を言うようなら……記憶を無くしている可能性が高いでしょう。記憶が戻るかどうかは……こればかりは何ともいえません。……どちらにしてもあまり質問攻めにせず、ゆっくり様子を見ていた方がいいでしょう。とにかくゆっくりです。」

決して良い状況とは言えなかった。
そうして次に目が覚めたローズは、やはりポカンとしたような顔で俺を見つめるだけだった。

母が泣き出した。
その肩をそっと父上が抱き寄せる。

俺が近づくと緊張したようにこちらを見るローズの顔に背筋がビリとする。
そうだ。18歳のエリックなんて彼女は知らない。

大きく息を吸った。

(俺がしっかりしなければ。)

さっきまで情け無く涙を溢していた自分を恥じる。

夫の俺が誰よりも狼狽えてどうする!

ローズは今15歳でこの状況に混乱しているはずだ。

彼女が頼れるのは俺だけだ。


そう思うと体中から力が漲るようだった。








ローズにスープとパンを運ぶ。

たくさん食べて早く元気になってほしい。
そう思うと食べている彼女から目が離せなかった。

(ものを食べるローズはこんなにも可愛かったんだな。)

見つめているうちに可愛さに目が離せなくなった。
小さい口で食べている姿が品もあって愛らしい。

俺には毎月そんな姿を見る機会があったというのに、何て勿体無い事をしていたのだろう。

じっと見つめているせいか空色の瞳がちらちらと居心地悪そうにこちらを見る。
よく知らない男に食べているところを見つめられて落ち着かないのだろう。

わかってはいるけどやめられない。

ああ

かわいい

空色の瞳を覗く事が許されると、銀の髪にも触れたくなった。

銀の髪に触れ感動に打ち震えた俺は、気がつくと白く美しい肌に唇を触れさせていた。

しまった!

思ったがもう遅い。

ローズは目を丸くしてこちらをみていた。

誤魔化す?
口が当たっただけだって?
いや無理がある。

もうこうなったら力業だ。

「俺たちは夫婦で、誓いのキスも初夜も済ませているんだ。これくらいは許してくれないか?」

口から出たのは夫婦という事実を最大限に利用したでまかせだった。
実際は誓いのキスも初夜も失敗しているというのに。

俺の圧にローズが屈服したのか頷いてくれた。

一度知った感動はもう止める事ができない。
タガが外れたように白い肌に触れ、口付けを落とし、抱きしめる。

嘘の罪悪感か、唇に口付けは出来なかった。
でも十分満たされた。

ああ、もうローズに触れる事ができない生活など考えられない。

これは神様がくれたやり直しの機会だ。
俺はこの機会を絶対に逃さないと決めた。

絶対にだ。

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