5 / 11
募る疑問
しおりを挟む
学校の外、閑静な住宅街。
俺たちは息を切らしてどちらともなく足を止めた。
現在は平日の昼だ。皆、留守にしているのか住宅街からは俺たち以外の生活音は聞こえなかった。
息を切らして松田は疑問を零す。
「あれ、なんなの」
「わかんない、化け物?」
息を切らして俺は答えを返す。
けど、松田は何か思い当たるものがあるみたいだ。
思考を巡らせるように指で頭を何度も叩く。
「んー、なんかあれに似てた、あれ。何だっけ。……思い出した。ゴブリンだ」
ゴブリン?
ああ、あれか。
デスティニーアイランドのアトラクションで出てきた不気味な敵キャラだ。
「デスティニーアイランドのやつ?」
「そうそう。まあそっちよりも『この始まる世界』に出てきた方が姿はそっくりかな?」
それ漫画か?
松田が挙げた作品に心当たりがなく、返答に困って、俺は曖昧に頷いた。
その様子に気づいた松田が、謝意を示しながら、
「あ、そっか。ごめん、『この始まる世界』は最近やってるアニメだよ。ゆうきは見てないよね」
俺はそうなんだ、と関心したように相槌を打つ。
え、じゃあその漫画のキャラが現実に出てきて、人襲ってるってこと?
ありえないが実際に先程体験した事実。
俺は驚きのまま口を開く。
「漫画から敵が現実に出てきたってこと? うっわなにそれファンダジー」
まだ実験動物が脱走したとかのほうが説得力ある。まあその実験動物が少なくとも一人は殺してるのを見てしまっているのでどちらにせよ救えない話だ。
「でもどうだろうね。普通にモンスター的なやつが現れたとかもあるかも。『この始まる世界』関係なく」
ウンウン唸って考えるも何の情報なしに答えなんて出るはずもない。
むしろ情報を決めつけるほうが魔物との接敵の際に良くない思い込みを招き、要らない危険を招く可能性もある。
化け物がいっぱいいる、位の理解の仕方をしておいたほうがいいかもしれない。
あ、いやその前に。
「スマホを見てみよう。なんか色々載ってるかも」
「あ、わたしもお母さんとかに連絡しないと」
ポケットから取り出したスマホを指先でスイスイといじる。
だが、想定外の画面に俺は目を見開いて、
「あれ、検索できない」
スマホで検索フォームに文字を入れても何も表示されず、検索もできない。
ふと画面右上を見てみれば圏外の表示があった。
松田からも泣きそうな声が上がる。
「ダメだよ、送信できない。電話も繋がらない」
どうやら電波を必要とする検索もトークアプリも使えないらしい。
俺はその絶望的事実に唇を噛んだ。
けど、それは極力松田に伝えないように息を吐き、落ち着いた声で、
「取り敢えずこのドームから出よう。スマホも繋がらないし、ここにいて安全かどうかも分からないから」
現在、情報を得る手段が何一つとしてない。
政府はこの自体を把握しているのかしていないのかも定かではない。
俺達は自分自身の力で安全を確保するしかないんだ。
松田はぎゅっと目を瞑った後で、落ち着いた様子で俺を見て、
「……でも、ここから先に何も出くわさない保証はないよね。どっかに隠れたほうが安全なんじゃないかな」
「それもあり。けど、俺は逃げたほうがいい気がする」
俺は学校を振り返った。
校庭を突っ切って西門から出たけど、その視界の端で様々な異形の生物が校内を歩くのが窓から見えた。
かなりの数が学校の中にいたのを覚えている。
「さっきあれ以外にも魔物がたくさん歩いてるのを見た。多分数十匹は学校にいる」
「そうなの? 逃げるのに夢中でみてなかった」
松田は一心不乱に前だけ見てたからね。
俺が背後のクラスメイトや周囲に意識を向けてたから、その分気張るように。
けど松田が俺に代わって周囲の危険に警戒してくれたから、俺は学校の中と外の違いに気づけたんだ。
俺は周りを見渡す様に視線を巡らせ、
「そう、ほら、見てみてよ。学校を出たら魔物はどこにもいないんだ」
もちろん潜伏してるだけの可能性は十分にある。たまたま見つけられていないだけで、そこらの家にはいるのかもしれない。
けど、もし俺の想像があたっていれば。
「多分、魔物は学校で生まれた。だからこの辺りには何も居ないんだと思う」
松田は考え込むように顎に手を当てる。
だが次の瞬間には降参するようにパッと両手を上げた。
「うん、分かんない。まあいいや、ゆうきの言う通りにしよう」
彼女は、なら善は急げと言わんばかりに歩き出した。
俺も慌てて彼女の横に並び直す。
「適当だな。自分の命にも関わるんだからもっと考えたほうがいいんじゃない?」
「考えてもわかんないものはわかんないし。ゆうきの言うことも一理あるし、どっち選んでももう運だから良いかなって」
さっぱりとした松田の意見にまあそうなんだけどと俺は口ごもるしかない。
「まあ多分大丈夫だよ。期待してる、学年62位のゆうきくん」
「それと並べられると信憑性下がるからやめて」
そんな風にイジってくるけどそっちは学年128位じゃん。ダブルスコアでそっちの負けだよ。
体力を温存する意味も兼ねて俺達は歩いてドームの外側に向かう。
ドームはおよそ五キロは先の距離にあり、走って向かうことは出来そうにない。
松田はバスケ部だしそれくらい走れるのかもしれないが俺は写真部で運動とは無縁なので不可能だ。
それにいざさっきの魔物が出てきて疲れ切った体力でタラタラ駆け足することしか出来ないなら、まあ歩く方がいいだろう。
「……松田は家族は大丈夫なの? ドームの中にいるなら先そっち行こうか?」
「あー、うん。正直、わかんないんだよね」
スマホは使用不可だし、家には歩いて向かうしかない。
俺は共働きの家だし家族は今日も早くに出勤してるから多分大丈夫だろう。
けれど松田の家はどうなのか。寄れる範囲にあるなら先に向かっても構わない。
そう考えて聞いてみれば回答はまさかのわからないだった。
「正直さ、両親がどこで働いてるかとか分かる?」
言われて気づく。
確かに俺も詳しい位置は知らない。まあ結構遠いってことは知ってるから心配はないけど。
「確かに正確な場所はちょっとわかんないな」
「やっぱり知らないよね。うちは通勤時間的に際どいとこにあるんだよ。けど場所はわかんないし」
心配そうな口ぶりで松田は両親に思いを馳せていた。
スマホも使えない今となっては位置情報を読み取ることも出来ない。
手軽に両親と合流することもできないのか。
「だからわたしはこのまま行ってもいいよ。ゆうきの家族がいるならもちろんそっち優先で」
「俺んとこはかなり遠いから多分ドームの外で働いてる。まだこんな事になってるって知らないかもね」
実際、外はどういう状況なんだろう。
こんな馬鹿げたドームが急に出現したら日常どころじゃないと思うんだけど。
自衛隊とか出動しないのか?
空を見上げても自衛隊の戦闘機が突入したなんて感じは一切なく。緑色のドームの遥か向こうで飛行機が飛行機雲を作って飛んでいるのが見えた。
空を見上げる俺に松田が肩を叩く。
「うわ、ゆうき、あれ見て」
松田が指差す先で何やら煙が上がっている。
何だあれ、もしかして魔物?
しかし目を細めて見てみれば魔物の仕業ではなく普通に車が事故っているみたいだ。
魔物が発するだろう音はしない。そのまま歩いて見に行こう。
「うわ、これは酷いな」
閑静な住宅街を抜けた先に広めな道路が横たわっている。バス停も置いてあるし、普段から多くの人が使っている道路だろう。
その道路上で何代もの車が追突事故を起こしたように接触して連なっていた。
しかし運転席を覗くも誰も居ない。
どの車にも人影はなく、これは大地達のような人体消失現象だとピンときた。
「また人が消えたのかな。これほんとどういう事?」
松田が意味分からんと言う様に疑問を零す。
俺もこれに関して思い当たる理由は何も無い。
けど、出来ればすぐにでも条件を知っておきたいんだよな。
少なくともクラスの半分はドームと一緒に消えてしまった。俺達もそうならないとは限らないから。
「でも、こんなに車が事故ってるのに魔物も全然いないし、ほんとにゆうきの言う通りだったかもね」
たぶんそうなんだろうな。
間違った事をしていないと十中八九確信できて俺は内心ホッと安堵した。
「ありがとね、ゆうき。わたしを連れて逃げてくれて」
松田が道路の先の方を見ながら感謝を伝えてくる。
「たぶんゆうきが助けてくれなかったらわたしも……。だから、ありがとう」
松田の感謝の言葉を俺は素直に受け取れない。
だって、考えないようにしてたけど、俺達が助かったのはみんなを犠牲にして時間を稼いだからだ。
もし、俺が上手くみんなを誘導できたなら。
みんなで魔物を倒すように振る舞えたなら。
……俺は気づいてたのに。
こんなこと、松田に言っても仕方ないな。
俺は無理矢理に笑顔を作る。
「松田だけでも助けれてよかったよ」
「……」
気遣わしげに俺を瞳に映す松田。
松田から答えは返ってこなかった。
俺たちは息を切らしてどちらともなく足を止めた。
現在は平日の昼だ。皆、留守にしているのか住宅街からは俺たち以外の生活音は聞こえなかった。
息を切らして松田は疑問を零す。
「あれ、なんなの」
「わかんない、化け物?」
息を切らして俺は答えを返す。
けど、松田は何か思い当たるものがあるみたいだ。
思考を巡らせるように指で頭を何度も叩く。
「んー、なんかあれに似てた、あれ。何だっけ。……思い出した。ゴブリンだ」
ゴブリン?
ああ、あれか。
デスティニーアイランドのアトラクションで出てきた不気味な敵キャラだ。
「デスティニーアイランドのやつ?」
「そうそう。まあそっちよりも『この始まる世界』に出てきた方が姿はそっくりかな?」
それ漫画か?
松田が挙げた作品に心当たりがなく、返答に困って、俺は曖昧に頷いた。
その様子に気づいた松田が、謝意を示しながら、
「あ、そっか。ごめん、『この始まる世界』は最近やってるアニメだよ。ゆうきは見てないよね」
俺はそうなんだ、と関心したように相槌を打つ。
え、じゃあその漫画のキャラが現実に出てきて、人襲ってるってこと?
ありえないが実際に先程体験した事実。
俺は驚きのまま口を開く。
「漫画から敵が現実に出てきたってこと? うっわなにそれファンダジー」
まだ実験動物が脱走したとかのほうが説得力ある。まあその実験動物が少なくとも一人は殺してるのを見てしまっているのでどちらにせよ救えない話だ。
「でもどうだろうね。普通にモンスター的なやつが現れたとかもあるかも。『この始まる世界』関係なく」
ウンウン唸って考えるも何の情報なしに答えなんて出るはずもない。
むしろ情報を決めつけるほうが魔物との接敵の際に良くない思い込みを招き、要らない危険を招く可能性もある。
化け物がいっぱいいる、位の理解の仕方をしておいたほうがいいかもしれない。
あ、いやその前に。
「スマホを見てみよう。なんか色々載ってるかも」
「あ、わたしもお母さんとかに連絡しないと」
ポケットから取り出したスマホを指先でスイスイといじる。
だが、想定外の画面に俺は目を見開いて、
「あれ、検索できない」
スマホで検索フォームに文字を入れても何も表示されず、検索もできない。
ふと画面右上を見てみれば圏外の表示があった。
松田からも泣きそうな声が上がる。
「ダメだよ、送信できない。電話も繋がらない」
どうやら電波を必要とする検索もトークアプリも使えないらしい。
俺はその絶望的事実に唇を噛んだ。
けど、それは極力松田に伝えないように息を吐き、落ち着いた声で、
「取り敢えずこのドームから出よう。スマホも繋がらないし、ここにいて安全かどうかも分からないから」
現在、情報を得る手段が何一つとしてない。
政府はこの自体を把握しているのかしていないのかも定かではない。
俺達は自分自身の力で安全を確保するしかないんだ。
松田はぎゅっと目を瞑った後で、落ち着いた様子で俺を見て、
「……でも、ここから先に何も出くわさない保証はないよね。どっかに隠れたほうが安全なんじゃないかな」
「それもあり。けど、俺は逃げたほうがいい気がする」
俺は学校を振り返った。
校庭を突っ切って西門から出たけど、その視界の端で様々な異形の生物が校内を歩くのが窓から見えた。
かなりの数が学校の中にいたのを覚えている。
「さっきあれ以外にも魔物がたくさん歩いてるのを見た。多分数十匹は学校にいる」
「そうなの? 逃げるのに夢中でみてなかった」
松田は一心不乱に前だけ見てたからね。
俺が背後のクラスメイトや周囲に意識を向けてたから、その分気張るように。
けど松田が俺に代わって周囲の危険に警戒してくれたから、俺は学校の中と外の違いに気づけたんだ。
俺は周りを見渡す様に視線を巡らせ、
「そう、ほら、見てみてよ。学校を出たら魔物はどこにもいないんだ」
もちろん潜伏してるだけの可能性は十分にある。たまたま見つけられていないだけで、そこらの家にはいるのかもしれない。
けど、もし俺の想像があたっていれば。
「多分、魔物は学校で生まれた。だからこの辺りには何も居ないんだと思う」
松田は考え込むように顎に手を当てる。
だが次の瞬間には降参するようにパッと両手を上げた。
「うん、分かんない。まあいいや、ゆうきの言う通りにしよう」
彼女は、なら善は急げと言わんばかりに歩き出した。
俺も慌てて彼女の横に並び直す。
「適当だな。自分の命にも関わるんだからもっと考えたほうがいいんじゃない?」
「考えてもわかんないものはわかんないし。ゆうきの言うことも一理あるし、どっち選んでももう運だから良いかなって」
さっぱりとした松田の意見にまあそうなんだけどと俺は口ごもるしかない。
「まあ多分大丈夫だよ。期待してる、学年62位のゆうきくん」
「それと並べられると信憑性下がるからやめて」
そんな風にイジってくるけどそっちは学年128位じゃん。ダブルスコアでそっちの負けだよ。
体力を温存する意味も兼ねて俺達は歩いてドームの外側に向かう。
ドームはおよそ五キロは先の距離にあり、走って向かうことは出来そうにない。
松田はバスケ部だしそれくらい走れるのかもしれないが俺は写真部で運動とは無縁なので不可能だ。
それにいざさっきの魔物が出てきて疲れ切った体力でタラタラ駆け足することしか出来ないなら、まあ歩く方がいいだろう。
「……松田は家族は大丈夫なの? ドームの中にいるなら先そっち行こうか?」
「あー、うん。正直、わかんないんだよね」
スマホは使用不可だし、家には歩いて向かうしかない。
俺は共働きの家だし家族は今日も早くに出勤してるから多分大丈夫だろう。
けれど松田の家はどうなのか。寄れる範囲にあるなら先に向かっても構わない。
そう考えて聞いてみれば回答はまさかのわからないだった。
「正直さ、両親がどこで働いてるかとか分かる?」
言われて気づく。
確かに俺も詳しい位置は知らない。まあ結構遠いってことは知ってるから心配はないけど。
「確かに正確な場所はちょっとわかんないな」
「やっぱり知らないよね。うちは通勤時間的に際どいとこにあるんだよ。けど場所はわかんないし」
心配そうな口ぶりで松田は両親に思いを馳せていた。
スマホも使えない今となっては位置情報を読み取ることも出来ない。
手軽に両親と合流することもできないのか。
「だからわたしはこのまま行ってもいいよ。ゆうきの家族がいるならもちろんそっち優先で」
「俺んとこはかなり遠いから多分ドームの外で働いてる。まだこんな事になってるって知らないかもね」
実際、外はどういう状況なんだろう。
こんな馬鹿げたドームが急に出現したら日常どころじゃないと思うんだけど。
自衛隊とか出動しないのか?
空を見上げても自衛隊の戦闘機が突入したなんて感じは一切なく。緑色のドームの遥か向こうで飛行機が飛行機雲を作って飛んでいるのが見えた。
空を見上げる俺に松田が肩を叩く。
「うわ、ゆうき、あれ見て」
松田が指差す先で何やら煙が上がっている。
何だあれ、もしかして魔物?
しかし目を細めて見てみれば魔物の仕業ではなく普通に車が事故っているみたいだ。
魔物が発するだろう音はしない。そのまま歩いて見に行こう。
「うわ、これは酷いな」
閑静な住宅街を抜けた先に広めな道路が横たわっている。バス停も置いてあるし、普段から多くの人が使っている道路だろう。
その道路上で何代もの車が追突事故を起こしたように接触して連なっていた。
しかし運転席を覗くも誰も居ない。
どの車にも人影はなく、これは大地達のような人体消失現象だとピンときた。
「また人が消えたのかな。これほんとどういう事?」
松田が意味分からんと言う様に疑問を零す。
俺もこれに関して思い当たる理由は何も無い。
けど、出来ればすぐにでも条件を知っておきたいんだよな。
少なくともクラスの半分はドームと一緒に消えてしまった。俺達もそうならないとは限らないから。
「でも、こんなに車が事故ってるのに魔物も全然いないし、ほんとにゆうきの言う通りだったかもね」
たぶんそうなんだろうな。
間違った事をしていないと十中八九確信できて俺は内心ホッと安堵した。
「ありがとね、ゆうき。わたしを連れて逃げてくれて」
松田が道路の先の方を見ながら感謝を伝えてくる。
「たぶんゆうきが助けてくれなかったらわたしも……。だから、ありがとう」
松田の感謝の言葉を俺は素直に受け取れない。
だって、考えないようにしてたけど、俺達が助かったのはみんなを犠牲にして時間を稼いだからだ。
もし、俺が上手くみんなを誘導できたなら。
みんなで魔物を倒すように振る舞えたなら。
……俺は気づいてたのに。
こんなこと、松田に言っても仕方ないな。
俺は無理矢理に笑顔を作る。
「松田だけでも助けれてよかったよ」
「……」
気遣わしげに俺を瞳に映す松田。
松田から答えは返ってこなかった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
0
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる