【一話完結型】浮気屋

てけと

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東国洋一、南理沙

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 たくさんのビルが立ち並び、毎日スーツを着た営業マン達が行き交う繁華街。その中でも、人がほぼ通ることの無い裏道、そんな場所にある古びたビルの3階。

  そこに都月とつき探偵事務所と書かれた看板があった。
  その部屋は古びた外見とは違い、中は意外と綺麗だった。黒で統一された内装、2台の白いソファーに6台のオフィスデスク。床には肌色のカーペットがひかれていた。

  そんな探偵事務所の1番奥の椅子に座り、仏頂面で電話対応している男がいた。

「本日発送致しましたので、2日後には私どもの作った調査結果が届くかと・・・いえいえこちらこそ。今後もご贔屓に。それでは・・・失礼します」

  仏頂面から表情筋が全く動くことなく、電話を受話器に戻す男。
  この男がこの探偵事務所の長、都月優とつきゆうである。

「いつ見てもゆー君の電話対応って不気味だよね」

  都月の横で立っていた茶髪でショートカットの女性がそう言う。

「いいんだよ。こっちの顔なんて見えねぇしな。それより愛奏あかね、今日は非番だろ?」

  都月の横にいた女性、芽代めじろ愛奏あかねはコテンと首を傾げる。

「先日のご褒美を貰いに来たんだけど?」
「ご褒美って・・・ちゃんと報酬は払ったろ」
「そっちじゃなくて・・・分かるでしょ?」

  そう言って人差し指を唇に当て、妖艶に微笑む愛奏。
  都月はひとつため息をついて立ち上がる。

「2時間な」
「いつものホテル?」

  都月の腕に抱きつき、彼の腕に頬をグリグリと擦り付ける愛奏。
  そんな愛奏を気にすることなく、都月は事務所を出ようと足を進める。

  コンコンコンっと、今から出ようと思っていた扉からノックの音がして・・・ガチャリっと、扉が開かれる。

「あの~すいません。ここが噂の浮気屋さんで合ってますか?」

  そう言いながら、綺麗なロングストレートの黒髪をした女性が、ひょこっと扉から顔を出す。

「・・・仕事だな」
「タイミング最悪!」

 お互い囁き合うようにそう会話を交わす。

「えっと・・・?」
「ようこそ都月探偵事務所へ。用件は・・・

  浮気ですか?」

 仏頂面の都月は、僅かに口角を上げる。それはまるで悪魔の笑みのようで・・・。

「は・・・はい!私と・・・浮気をしてほしいんです!!」


 表向きは探偵。しかし都月の本業は浮気を生業とする浮気屋である。

 浮気屋とはなにか、そもそもなぜ都月が浮気を生業としているのか。
 

 今回は、都月が浮気屋をしようと思い立った、彼の過去のお話。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~  

  
 どこにでもあるような普通の公立高校。かなり着崩した制服にぼさぼさの金髪。仏頂面に死んだ目をした男・・・都月優が、校内を当てもなくふらついていた。
 学校の授業が終わり、運動部の掛け声が校舎内まで響いていた。

 都月はふと一組のカップルらしき男女の姿を目にした。
 男の方は俯いて女の数歩先を歩き、女の方も俯いて男の後ろを歩く。

「気持ちわりぃな」

 都月はそうぼそりと口にした。
 都月には女の首に首輪がついているように見え、そしてそこから伸びるリードが、男の手に握られているように見えた。

 もちろん都月にだけ見えた幻であり、本当にそんな事をしているわけではない。

 都月は一つ舌打ちをし、またフラフラと校内をうろつき続けた。




 その日から一週間後の放課後。
 ホームルームが終わると同時に、教室の扉がバン!っと荒々しく開かれる。
 都月は教室から出ようとしていた教師をギロリと睨みつけ、ズカズカと教室に足を踏み入れる。

「おい」
「・・・え?」

 彼が声をかけたのは、黒髪のおさげにメガネをかけている女子生徒。先週見かけた、気持ち悪いカップルの片割れだった。

「来い」
「は?・・・え・・・なっ!」

 都月はおさげの女のカバンを左手に持ち、右手で無理やりその女の手を引っ張って強引に教室から連れ出す。
 そのまま女の手を引いて都月が歩いていると、おさげ女の片割れの男が行く手を塞ぐ。

「お・・・おい!理沙に何を・・・してるん・・・」
「どけ。殺すぞ」
「ひっ・・・」

 ドスのきいた低い声に、都月の鋭い眼光。まるで本職のような迫力に、男は怯んでしまい、都月に道を譲ってしまう。

「洋一君・・・」
「行くぞ」

 再び女の手を引き、高校を後にする。
 その様子を、片割れの男はただ何もせずに見送っていた。







「えっと・・・?」

 理沙と呼ばれていた少女は戸惑っていた。突然無理やり仏頂面の男に引っ張られ、ひたすら無言でで歩かされた。
 てっきり無理やりどこかに連れ込まれて・・・と思っていたのだが。

 チャリっという音と共に、理沙の隣に置かれたのは百円玉が積まれてできた塔。
 理沙が座っている場所はゲームセンターの格ゲーの筐体の前。そこに積まれた百円の塔。

 都月は無言で理沙の反対側に座り、理沙の目の前でゲームが始まる。
 理沙は呆然とゲーム画面を見ていた。訳が分からなくて混乱していたからだろう。

「おい。何をしてんだ?さっさと乱入して来いよ」
「え?」

 ギロリと都月が筐体の横から顔を出して、理沙を睨みつける。
 理沙はよくわからないまま隣に積まれた百円玉を1つ取り、筐体に投入する。

 ゲームをスタートすると、キャラ選択画面へと移行し・・・。

「え・・・え?選ぶの?誰がいいとかわかんないし・・・」

 結局何も選べず時間切れになり、勝手にキャラクターが選ばれる。理沙の操作キャラは白色の鉢巻きを付けた男性キャラになる。

「どどど・・・どうすれば!?」

 よくわからずレバーをガチャガチャし、適当にボタンを押す理沙。
 あっという間に相手にボコボコにされて、Loseの文字が画面いっぱいに表示される。
 負けたことよりも、終わったという安堵感に、理沙はほっと息を吐く。

「雑魚女。お前より猿の方が知能高いだろこれ」
「はい?」
「日本語読めるか?目の前に説明があるのに、それすら読めないのかよ。ああ・・・文字って概念がそもそもないか」
「っ!」

 確かに理沙の前にキャラごとの技のコマンドが書かれたものがある。
 理沙は少しだけイラっとした。無理やり連れてきておいて、やったこともないゲームをやらされて、ボコボコにされて・・・。

「か・・・帰ります!」
「逃げんのかよ」

 ガシッと都月が再び理沙の手を掴む。

「は・・・離して下さい!」
「逃げんのかって聞いてんだよ。悔しくないのかよ、俺に怒りを覚えないのか?それでもお前は人間なのか?」

  グッと都月に握られた手首は、理沙の力では振り解けそうになかった。

「・・・勝てば帰してくれますか」
「・・・」

  都月は無言で筐体の前に座る。理沙も元の位置に戻り、ゲーム説明を熟読したあと、再び100円を投入する。

(このキャラ可愛い・・・)

  理沙が選んだのはセーラー服に身を包んだ可愛らしい少女のキャラ。対して都月のキャラは金髪の軽薄そうなイケメンのキャラ。

(このキャラであのイケメンを倒せば・・・)

  そう思い、理沙は人生で初めて格ゲーに没頭した。





「おいおい。いつになったら俺に勝てるようになるんだ?人は学習するから人なんだよ。学習しないお前は人未満だな」
「・・・」

  負ける度に飛んでくる罵声に苛立ちつつ、理沙はとうとう最後の1枚である100円を投入。

  2ラウンド先取性のこのゲーム。1ラウンド目は都月が難なく理沙を倒す。
  2ラウンド目は理沙がギリギリで勝利を物にした。

  そして最終ラウンド。

(布石は打った。あとは・・・)

  理沙は今まで使わなかった高等テクニックである受けと投げ抜け、そしてゲージを全て消費する必殺技を繋げるコンボを披露し・・・。

「~~~っ!やったっ!」

  突如出てきた理沙の切り札とも言える動きに、対策が出来ないまま都月は敗北を喫した。

  小さな声で勝鬨を上げ、ガッツポーズをする理沙。

  ガタッと椅子を鳴らして立ち上がる都月。そして理沙に近づき手を振り上げる。
  殴られると思った理沙は、咄嗟に目を瞑り、体を縮ませる。

「・・・やるじゃねぇか」

  そう言って都月は理沙の肩をポンっと叩いた。

「え?」
「・・・次行くぞ」

 そう言って再び都月は理沙の手首を掴む。

「は・・・離して下さい・・・付いて行きますから・・・」

 そう理沙が言うと、都月は手を離す。そして理沙の前を少しペースを落として歩き、理沙はその後をついて歩いた。






 二人がやってきたのはシックな雰囲気の喫茶店。そわそわと落ち着かない様子の理沙とは対照的に、都月は堂々と大股を開いて座っている。

「優君注文は?」

 注文を取りに来たのはおっとりとした雰囲気の優しそうなお姉さん。長い茶髪に緩いパーマーがかかっている。

「アイスコーヒ。お前は?」
「え?えーっと・・・」

 慌ててメニューに目を通す理沙。

「俺のおごりだ。好きなもん頼め。・・・メニュー読めるか?」
「読めます!ミルクティーと、このデラックスパフェをお願いします!」 
「はーい」

 トテトテと厨房の方に走っていくお姉さん。

「私を・・・馬鹿にするのもいい加減にしてください・・・多分あなたよりは学力は上ですっ!」
「ふーん。・・・南理沙、テストの順位は20~30位程度。内向的な性格で友達はほぼいない。隣に住んでいる生まれた時からの幼馴染・・・東国洋一と一緒に居ることが多い」
「・・・」
「ちなみに俺のテストの順位は1~5位。お前より上だ」
「・・・嘘ですよね?」
「本当だ」
「優君は見かけによらずに賢いからねぇ~お待たせしました~コーヒーとミルクティーとデラックスパフェになります~」

 コーヒーとミルクティー。そして理沙の前に置かれる30cmほどの大きなパフェ。
 恐る恐るスプーンでパフェをつつき、もそもそと食べ始める理沙。都月はコーヒーを少し飲み、喉を潤わせて話し始める。

「お前は本当に東国洋一が好きなのか?」

 理沙はパフェを食べる手をピタリと止める。

「・・・好き・・・だと思います。一緒に居ると安心するので・・・」
「やっぱり気持ちわりぃなお前ら」
「別にあなたにどう思われようと・・・なんとも思いません」

 再びパフェに手を付け始める理沙。

「お前も、あの男も、お前の両親も、あの男の両親も、お前の周りにいるすべての人間が気持ちわりぃ。

 お前も、あの男も、洗脳されてんだよ。自らの両親にな」
「何を言って・・・」

「隣人と有効な関係を築くために自らの子供を利用する。そんで小さい頃からこう言われ続けなかったか?将来は洋一君のお嫁さんにってな。
 いくら家が隣だからって、普通は毎朝幼馴染の男を起こしに行ったり、弁当を作ったりしねぇよ」
「それは・・・私が好きだから・・・」
「じゃあどこが好きなんだよ。顔か?性格か?客観的に言わせてもらえば、あの男にいいとこなんてねぇよ。顔は平凡。学力は低く、友達の一人もいねぇ。スポーツも出来ねぇ。趣味はラノベ読みとゲーム。好きなゲームジャンルは恋愛シュミレーション。好きなラノベは『カースト底辺の俺がなぜかモテまくり。俺の女に手をだすな?手を出したのは彼女達です』。俺が調べて出てきたのはこんなもんだが・・・で?どこが好きなんだ?」
「それは・・・その・・・」

 理沙は俯き、スプーンを机に置いた。

「優しいからとかなしだぞ。優しい男なんてこの世にゴマンといる」
「・・・」

「理由を教えてやるよ。お前が他の男を知らねぇからだ。比べる対象がいねぇ。お前の世界には、男はあいつ一人しかいないからだよ」
「っ!」

 理沙は自分の膝に置いていた手をギュッと握る。悔しかった。何も言い返せない自分が情けなく思えてきたからだ。

「明後日の日曜。駅前の銅像の前に、朝9時に来い」
「え?」

 俯いていた顔を上げ、驚いた顔で理沙は都月を見る。

「俺がお前に・・・他の男って言うのを教えてやるよ」

 それだけ言うと都月は立ち上がり、伝票をもってレジに向かった。



 残された理沙は呆然とし・・・都月は喫茶店から出るときに、理沙の対面に店員のお姉さんが座ったのを横目で見ていた。

 


  翌々日、雲ひとつ無い晴天の中、駅前の銅像に仏頂面のイケメンがいた。黒のカーゴパンツに白のシャツ、シャツの上からは黒色のジャケットを羽織っていた。
  道行く女性たちの目線を集めるが、本人は全く気にする様子もなく、ただボーッと虚空を見つめていた。

「お・・・お待たせしました・・・」

  そのイケメン・・・都月の前にやってきたのは、黒髪の可愛らしい女の子。いつものおさげをやめ、ロングストレートの黒髪になっていた。白のロングスカートにピンクのニットといった可愛らしい服装になっていた。

「えっと・・・千秋さんに服とか借りたんですけど・・・」

  千秋さんとは先日の喫茶店の店員さんだ。

「ふん。なかなか可愛らしいじゃねぇか。よく似合っている」
「・・・ありがとう・・・ございます」
「それじゃあさっさと行くぞ」

  都月は理沙に手を差し出す。

「え・・・え~と・・・?」
「なんだ?手首を掴まれて引っ張られる方が好みか?」
「そんな訳ありません!」

  理沙は差し出された手を恐る恐る握る。都月はその手を握り返すとすぐに歩き始める。

「予定が詰まってるんだ。急ぐぞ」
「は・・・はい」

  こうして2人のデートは始まった。





  都月のデートプランはかなり緻密だった。と言うか・・・デートの欲張りセットとでも言うべきか。

  9:30~11:30  動物園

「ゾウさんって生ではじめてみたかも!大きい!」
「そうか」

  11:50~12:40  オシャレなレストランでランチ

「リア充の巣窟・・・怖い・・・でも料理は美味しいですね」
「そうだな」

 13:00~14:40 映画館

「うぅ・・・いいお話でした・・・」
「・・・」(涙が零れないように上を見る都月) 

  15:00~17:00 水族館

「チンアナゴ可愛い・・・」
「それはよくわからん」


  そして時刻は17:30。ビルの上にある観覧車に、理沙と都月は乗っていた。
  お互い対面に座り、外の夜景を眺めていた。

「ここで俺のデートプランは終わりだ。お前が望むなら・・・この先にいってもいいが」

  観覧車が頂上に到達する前に、都月がそう理沙に話しかける。

「今日はありがとうございました。都月君」

  清々しい笑顔でそういう理沙。その笑顔を見て、都月はふん。と鼻で笑う。

「スッキリした顔しやがって・・・答えは出てるみたいだな」
「うん」
「そうか」




「やっぱり私は洋一くんのことが好きです」




「どこが好きなんだ?」

  喫茶店で聞いた事を、都月は再び問う。

「幼稚園でいつも一緒に遊んでくれた。他の子からも誘われていたのに、いつも私を優先してくれた。
 小学校の頃は少し虐められがちな私を、いつも守ってくれた。
 中学校に上がる前に洋一くんから告白されて、泣くほど嬉しかったんです。
  彼はいつも私のことを気遣って、時には励ましてくれて、私がダメな時は怒ってくれて、彼が今までずっと私に寄り添ってくれたから、私は今ここに存在しているんです」

「そうか」

「中学校の頃に洋一が私のせいでいじめられて・・・そのせいで洋一君は塞ぎ込んでしまって・・・そのまま高校も暗い雰囲気のまま・・・」

「だったらやることは分かってるな?」

「今度は・・・私が洋一君を励ます番ですね」
「喝を入れてやれ。目を覚ませって思いっきり頬を平手打ちしろ」
「ははは・・・流石にそれは出来ません」

  都月の目には、理沙の首輪が消えていくのが見えた。
  仏頂面のまま、口の端が少しだけ上がる。

「都月君笑ってます?普通に怖いんですけど・・・」
「うるさい。あとは勝手にイチャイチャして幸せになれ」



  その後、前もって都月が呼んでいたタクシーに理沙を詰め込む。

「都月くんは乗らないんですか?」
「振られた男が、どの面下げて一緒に帰るんだよ」

  都月はそれだけ言うと、ドライバーに1万円を握らせ、釣りは要らんと言って夜の街を歩き始めた。








 翌日の学校での昼休み。本来なら立ち入り禁止のはずの屋上で、都月は腰ほどの高さしかない柵に背中を預け、屋上の出入り口の方を見ていた。

 キィっと屋上の扉が開く。そこから現れたのは・・・南理沙の彼氏、東国洋一だった。

「お前・・・どういう事なんだよっ!」

  都月を見るなり声を荒らげる洋一。都月は柵から腰を上げ、洋一の元に歩いていく。

「どうもこうもねぇ。手紙に書いた通りだ。あの女が気に入ったから俺に寄越せ」

  仏頂面で洋一を睨みつける都月。

「っ!そんなこと出来るわけないだろ!大体なんで理沙なんだよ!理沙より可愛い子は、いっぱいいるだろ!」
「お前がそれを言ってどうする。理沙が一番可愛いから、俺に寄越せと言ってる」
「そんなの僕の一存じゃ・・・」
「なんだ。理沙がいいと言えばいのか?ならばもう用はないな」
「っ!」

  それだけ言うと、都月は洋一を無視して屋上を去ろうとする。

「本当に・・・それでいいんだなお前は」

  すれ違いざま、都月は洋一の耳元で囁くようにそう言った。

「・・・いいわけない」
「は?なんか言ったか?」
「いいわけないと言ったんだっ!」

  お互いほんの30cm程の距離で睨み合う。

「ふん。じゃあどうするつもりだ?俺が本気を出せば女の1人や2人余裕で落とせるぞ?お前なんかより俺の方が理沙を幸せにできる。お前に何ができるんだ」
「それは・・・」

  洋一はグッと言葉を詰まらせる。しかしその目を都月から外すこと無く、睨み続ける。

「俺の方が理沙を幸せに出来る、くらい言えないのか?まぁ無理だわなお前には・・・どうせポケットに入っているスマホを録音モードかなんかにして、俺にざまぁでもしようとしたんだろう?お前の好きなラノベみたいにな」
「・・・」

  洋一は開いていた手をぎゅっと握りしめる。何も言い返せない自分自身があまりにも不甲斐なくて・・・。

「てめぇの女1人も守れねぇのか・・・お前に取れる手段は1つだろうが!ここで俺を力でねじ伏せて、理沙に手を出さないように、約束させればいいだろうが!」
「・・・」
「なんの為にその拳を握ってんだよ。暴力は良くないってか?自分の好きな女を守るために、後先なんて考えてんじゃねぇ!」
「うわぁぁぁぁ!!」

  洋一は握った拳をそのまま都月の頬にねじ込んだ。
  しかしあまりに力の入ってない拳に、都月は微動だにしなかった。

「なんだそれは?ハエでも止まったのかと思ったぞ?そんなんじゃ俺は止まらねぇぞ」
「うわぁぁ!!理沙は僕の女だ!誰にも渡さない!!」

  右、左、右と、ただひたすらに都月に拳を振るう洋一。

「ずっと!ずっと!好きだったんだ!理沙の為なら僕が虐められるなんて何ともなかった!でも・・・彼女はあの日から負い目を感じて・・・」

  洋一は力なく腕をだらんと落とす。目には涙をうかべ、地面にヘタレこむ。

「彼女が僕に負い目を感じて・・・一緒にいるのが辛いなら・・・いっそ・・・君に奪われた方がいいのか・・・」

  都月はキッと目を釣り上げると、洋一の胸倉を掴んで無理やり洋一を立たせる。
  そのまま襟を強く締め付ける。首を絞められ、苦しそうにもがく洋一。

「やめて!!」

  屋上の出入口からそう叫んで飛び出てきたのは・・・理沙だった。

「洋一君をはな・・・して!」

  都月の腕に拳を何度も叩きつける理沙。都月にとって、理沙の拳など赤ちゃんに叩かれている様なものだったが、都月は洋一を掴んでいた手を離す。
  ドサリっと洋一は尻餅をつき、ケホケホっと軽く咳き込む。

「大丈夫!?洋一君!」

  心配そうに洋一に駆け寄る理沙。都月はその様子をジッと見下ろす。
  その視線に気づいたのか、理沙は都月の方に振り返り、両手を広げて洋一の前に立ち塞がった。

「なんで・・・こんなことするんですかっ!」

  理沙は都月を睨みつける。
  先日のオドオドした感じはなく、その目には強い意志が宿っているように見えた。

「・・・萎えた」

  それだけ言うと、都月は踵を返して屋上から去っていった。


 都月が去るや否や、即座に洋一に駆け寄り、おろおろしはじめる理沙。

「だ・・・大丈夫洋一君!?どこか怪我してない!?」

 その様子を見て、少し安心したかのように洋一は笑みを浮かべる。

「大丈夫だよ。何処も怪我してないよ」

 その言葉にホッと息を吐く理沙。

「その・・・理沙?何かあったの?あんな怖そうな男に立ち向かうなんて・・・今までの理沙じゃ考えられないよ」

 そう言われ、理沙は尻餅をついたままの洋一にぎゅっと抱き着く。

「私・・・ずっと洋一君に守られてたから・・・洋一君がもう一度立ち上がれるようになるまで、私が洋一君を守れるように頑張るから!そう決めたから!」

 洋一の首に回された腕に力が入る。
 しかし洋一は気づいてしまった、少しながら震えている理沙の体に・・・。

(怖かったのだろう。非力な理沙じゃ、あいつの暴力に抗えるはずもない)

「・・・ありがとう理沙。でも・・・もう大丈夫だから」

  洋一は抱きつかれている理沙の頭を優しく撫でる。

「僕は変わるよ。大好きな理沙の為に。これから一生、理沙を守れるように」
「洋一君・・・無理しちゃダメだよ。別に今のままの洋一君でも、私は好きだから・・・」
「辛い時や苦しい時は、ちゃんと理沙に言うから。こんな情けない僕だけど・・・一緒にいてくれる?」
「うん!もちろんだよ!」



  屋上の出入口の裏側で、その会話を聞いていた都月は、ほんの少しだけ口角を上げ、階段を降りていった。








  それから約1ヶ月後、ようやく顔の腫れが完全に収まった都月が、久々に登校していた。
  いつも通り都月は遅刻ギリギリの時間に登校していた為、周りに生徒はいなかった。

  一人を除いて・・・。

「話は全部、理沙に聞いたよ。都月君」

  都月の行く手を阻むかのように立ち尽くす男は、顔の腫れの元凶である東国洋一だった。

「まだ殴り足りなかっ「ありがとう!!」」
「は?」

  都月の言葉に被さるように放たれた言葉は・・・感謝の言葉だった。

「あのままズルズル理沙と付き合ってても、きっとどこかで別れて、死ぬまで後悔してた!だから・・・ありがとう」
「ふん。浮気相手に感謝してどうする。そういう性癖か?たまにいるらしいけどな、寝盗られ趣味ってやつが」
「っ!まさか・・・理沙と寝たのか!?」
「・・・さぁ?どうだかな」

  都月は悪魔のように微笑み、そう口にする。

「やっぱり君は最低だ!最低の浮気野郎だ!」

「その通り、俺は最低最悪の浮気男だ。だからもう俺に関わるんじゃねぇ。お前の大事な女が取られても知らねぇぞ・・・それでも良ければ今後もご贔屓に」

  目を釣りあげて睨みつける洋一を尻目に、学校へと歩いていく都月。


  嫉妬心を煽り、鎮火しかけていた2人の愛の火を、さらに激しく燃やすために、彼は浮気という手段を使った。

  このことがきっかけで、都月は浮気屋を目指すこととなる。
  彼の恋愛観の本質は、また別の出来事が関係しているのだが・・・それはまた別のお話で・・・。


  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「ただいま帰りました~」

  探偵事務所のドアが静かに開かれ、そこから入ってきたのは黒髪のロングストレートの女性。かなりスタイルがよく、胸も大きい。丸渕のメガネをかけ、タレ目で優しそうな女性だった。

「おう。仁奈か」

  彼女の名は茨田仁奈あしだにな、都月探偵事務所のスタッフの1人である。

「優さん。たまにはポストの中片付けてくださいね~大事な手紙とかあるかもしれないんですから~」
「ほぼほぼチラシとかだろ?全部まとめて捨てとけ」
「そんなこと言っていいんですか~」

  仁奈は少し微笑みながら、1枚の手紙を都月に渡す。

「この2人って優さんの初仕事の2人ですよね~」

  その手紙の差出人は、東国洋一・理沙と書かれていた。
  都月はその手紙を受け取ると、内容が書かれてあるであろう裏面を見る。

  そこには、美しい夜景を背に、2人仲睦まじく肩を抱き合って、笑いあっている写真が載っていた。そしてでかでかとした文字で「結婚しました!」と書いてあった。
  下の方に直筆で「お前の世話には二度とならん!」「ありがとうね!都月君!」と書いてある。

「わざわざ浮気相手に結婚報告とは・・・めでたい奴らだ」

  そう言って都月は、自らのオフィスデスクの引き出しに手紙をしまう。

「嬉しそうな顔してますね~優さん」
「そんなわけないだろう。・・・思い出したくもない」

  都月はそう言って自らの頬を指先で撫でる。

「終わったよゆー君・・・お?おかえり仁奈ちゃん」
「ただいま~愛奏ちゃん。お客様?」
「うん。こっちの方のね」

  そう言って愛奏は小指を立てる。

「それじゃあ私はお茶とお茶受けを用意するね~」
「うん!お願い仁奈ちゃん!」

  都月はコキコキと首を鳴らし・・・。


「さて・・・始めるか」 


  そう言って立ち上がった。 
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