【完結】死ぬ運命を変えた盲目の音楽家は、秘密の庭園で氷の貴公子に恋をする

かおり

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第6話:君を守るということ

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王太子の部屋は静かだった。
 庭から差し込む光だけが、金のカーテンを照らしていた。

「音楽は、人の心を動かす。だが……それは支配者にとっては、最も厄介な力でもある」

 王太子は穏やかな声で言った。

「この国では、弱者は“弱者であるべきだ”と刷り込まれている。貴族の特権も、民の不満も、全ては差別という構造に預けられているんだ」

 彼は窓の向こうの空を見た。

「盲目の子が、音を奏でた。貴族の前で。……それだけで、十分に衝撃だ。革命のきっかけにすら、なり得る」

 僕は黙って頷いた。

「……では、私の方で保護します。私の屋敷なら安全でしょう」

 短く、そう答えた。

 王太子は視線をこちらに戻すと、うっすらと笑みを浮かべた。

「君がそう言うなら、安心だ。エレナ嬢にも伝えておこう」

 



 

「……弟を、屋敷に?」

 エレナ嬢は静かに問うた。口調は落ち着いていたが、その奥に不安と怒りが混ざっていた。

「一時的な避難という意味です。……音楽会での反応は、こちらの予想を遥かに超えた。改革派にとっては“希望”でも、保守派にとっては“侮辱”に映る可能性がある」

「……つまり、弟が狙われるかもしれないということですね」

「可能性はあります。だからこそ、早めに手を打つべきです」

 エレナ嬢はしばらく沈黙し、やがて頷いた。

「分かりました。……お願いできますか?ユリシス様」

「もちろんです。安全は、私が責任を持って確保します」

 



 

「……ユリシス様の屋敷に?」

 レオ・エレミアは小さく首をかしげた。

 いつものように静かで、穏やかな声音。だが、その瞳はどこか怯えていた。
 見えない代わりに、空気の揺れに敏感なのだろう。

「王太子殿下と姉上が話し合った上での判断です。君自身が悪いわけではありません。ただ、“君の音”が社会に大きく響いた。それゆえに……周囲が動き出している」

「……そうなんですね」

 彼はゆっくりと頷いた。

「姉さんが、そう言うなら……」

 言葉の端がわずかに揺れたが、それでも彼は拒まなかった。
 信頼されているのだと分かると、胸が苦しくなった。

 



 

 レオは、離れの一室に案内された。
 暖炉に火が入り、簡素ながら温もりのある空間だ。

「この部屋を使ってください。しばらくの間、安全を最優先に」

「……ありがとうございます、ユリシス様」

 その“様”の響きに、ほんの少し胸が締めつけられる。

 まだ、僕が“ユリス”であることには気づいていない。

 

「室内の構造をご説明します。段差や備品の配置など、把握しておいた方が良いでしょう」

 そう言って、僕は手袋をはめたまま、そっと彼の手を取った。
 指先は華奢で、冷たくて、少しだけ震えていた。

「この方向にベッドがあります。左手に棚。足元にカーペットの段差がありますので、気をつけてください」

 彼はうなずきながら、一つひとつ触れて記憶していく。

「……助かります。こうして手を添えてもらえると、分かりやすいです」

「光栄です、レオ様」

 手袋越しとはいえ、彼の手の温度が、まるで直接触れているかのように伝わってくる。
 指を離したくなかった。

 

「生活の補佐は、私が引き受けます。見えないことに伴う不安があれば、遠慮なく頼ってください」

「……ユリシス様、どうしてそこまで?」

 彼の問いに、一瞬だけ言葉を失いそうになったが、すぐに表情を整えて言った。

「君の安全を守るのは、私の責任です。……君の音は、それほどのものだった」

 レオは、少しの間黙っていた。
 そして、小さく微笑んだ。

「……ありがとうございます。僕、少し怖かったから」

 その言葉に、僕の中で何かが軋んだ。

 守ってみせる。何があっても。

 

「何かあれば、すぐに呼んでください」

 部屋を後にしようとしたとき、彼がぽつりと呟いた。

「……ユリシス様は、やさしいですね」

 

 その言葉が、胸の奥を刺した。

 やさしい?

 違う。こんな感情は、やさしさなんかじゃない。
 本当はもっと――ずっと、ずるい。

 

 僕はドアを閉めながら、手袋を外した。

 素肌に残った、彼の体温を確かめるように、そっと指を握った。

「……誰にも、触れさせない」

 その言葉だけが、炎の音に紛れて、静かに消えていった。
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