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第7話:沈む水音、叫ぶ心
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――外に、出ていない。
そんなことをふと自覚したのは、ユリシス様の屋敷に移って、四日目の朝だった。
広くて、静かで、穏やかで。
食事も丁寧に用意されて、誰も嫌なことは言わない。
でも、何かが――足りなかった。
玄関に向かう廊下には、いつも誰かが立っている。
「お怪我があるといけませんから」と笑いながら、先回りされる。
裏庭へ出ようとすれば、「そちらは危険ですので」と鍵が掛かっている。
誰も、はっきりとは言わない。
でも、僕は“閉じ込められている”のだと、ようやく気づいた。
「……守られてるのかな」
そんなことを口の中で転がしながら、窓辺に手を伸ばす。
音が、ない。
風の揺れも、人のざわめきも、遠すぎて届かない。
この屋敷は静かすぎる。
その静けさが、まるで“誰かのために作られた牢”のようで――息苦しかった。
「……ユリスに、会いたいな」
ふと、ぽつりと呟いた。
名も、顔も、知らない人。
でも、あの人は、音のある場所にいた。風に包まれて、笑っていた。
――会いたい。
ただ、少しだけでいい。
その気配に、また触れたい。
◇
「……あの、レオ様」
声をかけられたのは、昼食のあとだった。
給仕にしては幼い、見習いらしい少年の声。
でも、何となく――聞いたことのない響きだった。
「裏庭の風が気持ちよくて……もし、少しだけでしたら、ご案内できます」
迷っている僕に、彼はそっと囁いた。
「ユリシス様には、内緒で。すぐ戻れば、きっと……」
足元に、風の音がふれた。
開かないはずの扉が、少しだけ、軋んで開いていた。
……すぐ戻れば、問題ない。
ほんの少しだけ。音を感じて、風にあたって、戻ってくるだけ。
「……お願いします」
そう言った自分の声が、わずかに震えていたことに、そのときは気づいていなかった。
◇
手を引かれて、廊下を抜けた。
見えない世界を進むには、誰かの手が必要だった。
けれど、その手が――さっきよりも、少しだけ、冷たかった。
歩く音が増えていく。
風の匂いが変わっていく。
足元の石畳が、次第に湿ってくる。
――あれ?
「すみません、どこに……?」
尋ねた声に、返事はなかった。
その代わりに、背後から何かが覆いかぶさる。
ぴしゃり、と布の感触。
突然、布が頭を覆った。音も、風も、匂いも遠のいて――まるで、世界との繋がりを断たれたようだった。
鼻と口が塞がれる。
息が、できない。
身体が、持ち上がった。
何が起きているのか、分からない。
でも、ひとつだけ――理解した。
これは、“誘拐”だ。
足をばたつかせても、誰も助けてくれない。
叫びたいのに、声が出ない。
手を伸ばしても、誰にも届かない。
耳の奥で、遠くで揺れる水の音がした。
どこかで聞いたことのある音――
そうだ、これは……湖の、音。
原作の記憶が、雷のように頭を貫いた。
ここで僕は――捨てられる。
いやだ。
死にたくない。
まだ、何もできていないのに。
ユリスに――もう一度、会いたかったのに。
◇
「レオがいないだと?」
ユリシスの声が、低く唸ったように響いた。
部下が慌てて頭を下げる。「見習いの少年が散歩に誘って……」
頭の中で、冷たい計算が弾けた。
あり得ない。
そんな命令は出していない。
見習いの少年など、正式には登録されていない。
これは――罠だ。
「馬を。湖だ。今すぐだ」
ユリシスは部下に命じると、自らの剣を手に取り、屋敷を飛び出した。
風が、冷たい。
嫌な予感が、背筋に突き刺さる。
レオの手を離したことを、
この時ほど、悔いたことはなかった。
そんなことをふと自覚したのは、ユリシス様の屋敷に移って、四日目の朝だった。
広くて、静かで、穏やかで。
食事も丁寧に用意されて、誰も嫌なことは言わない。
でも、何かが――足りなかった。
玄関に向かう廊下には、いつも誰かが立っている。
「お怪我があるといけませんから」と笑いながら、先回りされる。
裏庭へ出ようとすれば、「そちらは危険ですので」と鍵が掛かっている。
誰も、はっきりとは言わない。
でも、僕は“閉じ込められている”のだと、ようやく気づいた。
「……守られてるのかな」
そんなことを口の中で転がしながら、窓辺に手を伸ばす。
音が、ない。
風の揺れも、人のざわめきも、遠すぎて届かない。
この屋敷は静かすぎる。
その静けさが、まるで“誰かのために作られた牢”のようで――息苦しかった。
「……ユリスに、会いたいな」
ふと、ぽつりと呟いた。
名も、顔も、知らない人。
でも、あの人は、音のある場所にいた。風に包まれて、笑っていた。
――会いたい。
ただ、少しだけでいい。
その気配に、また触れたい。
◇
「……あの、レオ様」
声をかけられたのは、昼食のあとだった。
給仕にしては幼い、見習いらしい少年の声。
でも、何となく――聞いたことのない響きだった。
「裏庭の風が気持ちよくて……もし、少しだけでしたら、ご案内できます」
迷っている僕に、彼はそっと囁いた。
「ユリシス様には、内緒で。すぐ戻れば、きっと……」
足元に、風の音がふれた。
開かないはずの扉が、少しだけ、軋んで開いていた。
……すぐ戻れば、問題ない。
ほんの少しだけ。音を感じて、風にあたって、戻ってくるだけ。
「……お願いします」
そう言った自分の声が、わずかに震えていたことに、そのときは気づいていなかった。
◇
手を引かれて、廊下を抜けた。
見えない世界を進むには、誰かの手が必要だった。
けれど、その手が――さっきよりも、少しだけ、冷たかった。
歩く音が増えていく。
風の匂いが変わっていく。
足元の石畳が、次第に湿ってくる。
――あれ?
「すみません、どこに……?」
尋ねた声に、返事はなかった。
その代わりに、背後から何かが覆いかぶさる。
ぴしゃり、と布の感触。
突然、布が頭を覆った。音も、風も、匂いも遠のいて――まるで、世界との繋がりを断たれたようだった。
鼻と口が塞がれる。
息が、できない。
身体が、持ち上がった。
何が起きているのか、分からない。
でも、ひとつだけ――理解した。
これは、“誘拐”だ。
足をばたつかせても、誰も助けてくれない。
叫びたいのに、声が出ない。
手を伸ばしても、誰にも届かない。
耳の奥で、遠くで揺れる水の音がした。
どこかで聞いたことのある音――
そうだ、これは……湖の、音。
原作の記憶が、雷のように頭を貫いた。
ここで僕は――捨てられる。
いやだ。
死にたくない。
まだ、何もできていないのに。
ユリスに――もう一度、会いたかったのに。
◇
「レオがいないだと?」
ユリシスの声が、低く唸ったように響いた。
部下が慌てて頭を下げる。「見習いの少年が散歩に誘って……」
頭の中で、冷たい計算が弾けた。
あり得ない。
そんな命令は出していない。
見習いの少年など、正式には登録されていない。
これは――罠だ。
「馬を。湖だ。今すぐだ」
ユリシスは部下に命じると、自らの剣を手に取り、屋敷を飛び出した。
風が、冷たい。
嫌な予感が、背筋に突き刺さる。
レオの手を離したことを、
この時ほど、悔いたことはなかった。
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