【完結】死ぬ運命を変えた盲目の音楽家は、秘密の庭園で氷の貴公子に恋をする

かおり

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第9話:恋と迷いと、名もなき朝

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 静かな朝だった。
 目が覚めても、体の奥が少し重くて、頭の中がふわふわする。

 それでも、風の音と布の擦れる音で、今が朝だと分かった。

 ベッドの端に誰かがいる気配がする。
 ゆっくり手を伸ばすと、すぐにその手を取られた。

「……起きたか」

 落ち着いた、低い声。
 ユリシス様だ。

 その指は、いつも通り手袋越しで。
 けれど、どこか震えていた。

「……ごめんなさい、心配……かけて」

「いい。謝るな。無事でよかった」

 ユリシス様はそう言って、少しだけ僕の指を強く握った。
 それが、やさしくて、苦しかった。

 



 

 あの夜のことは、夢のようだった。

 水音、袋の中、誰にも届かない声。
 そして、強くて優しい手が、僕を引き寄せた。

 ――助けてくれたのは、ユリシス様。

 でも、あのときの息づかいも、頬をなぞる手の動きも。
 どこか、あの人に似ていた。

 

「……まさか、ね」

 小さくつぶやいて、自分でかぶりを振った。

 ユリスは、喋れなかった。
 ユリシス様は、こんなふうに流暢に話す。

 別人だ、きっと。
 でも、似ている。少し、苦しいほどに。

 



 

「どうして、あの夜……すぐに来てくれたんですか?」

 それは、ふいに口からこぼれた言葉だった。

 ユリシス様は一瞬だけ黙った。
 そして、少し遅れて、低い声で答えた。

「……偶然、気づいただけだ」

 僕は首を横に振る。

「……ユリシス様は、嘘が下手ですね」

 

 何かを隠している。
 でもそれは、きっと僕のためだ。
 そう思って、もうそれ以上は聞かなかった。

 




 

 レオの言葉が、胸の奥に刺さっていた。

 嘘が下手だと言われて――反論できなかった。
 本当は、全部話したい。
 でも、彼があの“ユリス”をどう思っていたのか、確かめるのが怖かった。

 

 夜が来ても、僕は彼の隣に座っていた。

 寝息を立てているのを確認しながら、そっと額の汗を拭う。
 細い指を取って、薬草の香りのオイルをすりこむ。

 盲目である彼は、きっと気づかない。

 でも僕は、気づいていた。
 彼の指が、少しだけ僕の指を探るように動くことに。

 

 その小さな仕草に、何度心臓が跳ねたか分からない。

 どうしようもなく――愛おしかった。

 

「……君が音をやめたら、僕はどうやって生きていけばいいんだろう」

 聞かれることのない問いを、誰にも届かないように呟く。

 レオが小さく身を寄せてきた。

 

 この夜の静けさが、永遠に続けばいい。

 そう願った。
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