【完結】死ぬ運命を変えた盲目の音楽家は、秘密の庭園で氷の貴公子に恋をする

かおり

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第15話:唇と、決意の火花

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 あの瞬間のことを、ずっと考えていた。

 

 唇に触れた、やさしいぬくもり。
 心臓の音が、まるで掌から伝わってくるみたいに、ずっと耳の奥で響いていた。

 

 ――ユリシス様となら、大丈夫です。

 

 そう言ったのは、たぶん僕自身の本心だった。
 でも、それが“恋”だという言葉に繋がっているのかどうかは、まだ分からない。

 ただ、彼の手のあたたかさも、胸に寄せられた鼓動も、すべてが――僕の“知らなかった何か”だった。

 



 

 その日、姉が訪ねてきた。

 ユリシス様が部屋を空けていた隙に、そっと肩を抱かれる。

 

「レオ。驚かないで聞いてね」
「王太子殿下と相談して、演奏会を開くことにしたの」
「革命の声明を届ける場所で……君に、演奏してもらいたいの」

 

 姉の声はやさしくて、強かった。

 

 でも、僕の中の何かがざわついた。

 

 革命。声明。舞台。

 そこには、たくさんの視線があって、声があって、僕が死んだ“あの未来”と似た空気があって――

 

「……すぐには、返事できません」

 

 そう言うのが、精いっぱいだった。

 姉は黙って、僕の手を包んでくれた。

「うん。レオが、自分で決めてくれればいいのよ」

 



 

 夜。

 扉がノックされる音と、すぐにわかる足音。

 

「……ユリシス様」

 

 彼は入ってきて、僕の前に座った。
 いつも通りの距離感。でも、それが昨日とは違って感じられるのは――きっと、キスを知ってしまったせい。

 

 しばらく黙っていたけれど、僕の方から切り出した。

 

「……ユリシス様は、怖くなかったんですか? 僕が……人前に立つの」

 

 ユリシス様は、少しだけ眉を動かして、それから低く答えた。

 

「怖かったよ」
「……君の音が、また誰かに奪われるんじゃないかって思ってた」

 

 その声が、本当に苦しそうで――僕の胸が、きゅっとなった。

 

「でも」

 

 彼は続けた。

「君が、自分の意思で立つなら。俺は、それを止めない」

 

 僕は、息をのんだ。

 

 守られるだけじゃない。
 選ばされるだけじゃない。

 

 “選んでもいい”って――初めて、そう言ってもらえた気がした。

 



 

 夜更け、誰もいない部屋のピアノの前に座る。

 手探りで椅子を引き、鍵盤に指を置く。

 

 音が出る前の、静かな世界。

 

 こわい。

 こわいけど――

 

「……もう一度だけ、弾いてみたいと思った」

 

 それは、誰かのためじゃなくて。
 自分のためでもなくて。

 “彼”の隣に立ちたいと思ったから。

 

 恋と恐れが、火花みたいに胸の中でぶつかっている。
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