【完結】死ぬ運命を変えた盲目の音楽家は、秘密の庭園で氷の貴公子に恋をする

かおり

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第16話:君に、届く音であれば

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その朝、僕は自分の意志で口を開いた。

 

「……演奏、してみようと思います」

 

 ユリシス様は、すぐには答えなかった。

 でも、椅子に座る僕の頭に、そっと手を置いてくれた。

 ゆっくりと撫でるように、少しだけ強く、優しく。

 

 言葉はなかったけれど――それだけで十分だった。

 背中を押された気がした。きっと、大丈夫だと思えた。

 



 

 それから数日、演奏会の準備が動き出した。

 

 姉と王太子殿下を中心に、演説会場の選定、警護の強化、音響設計までが手配されていく。
 僕のために、ピアノの位置や導線、足元の段差ひとつまで細かく調整された。

 

「段差の左右にテープを貼って、踏みしめたときの音を変えますね」
「ペダル操作がわかりやすいように、板の抵抗を調整します」

 

 調律師と職人が何度も屋敷に来て、僕の手に触れながら、鍵盤の重さを確認してくれた。

 鍵の材質、鍵盤の返り具合、踏み込みの深さ――

 

 見えない代わりに、指で“知る”ことができるように。

 僕に合わせた、たったひとつのピアノだった。

 



 

 ある午後、練習室にひとりでいたとき。

 

 ふと、思った。

 

「……僕の音は、誰に届いているんだろう」

 

 革命のために。
 民衆のために。

 ――でも、それだけじゃない気がした。

 

 演奏を終えたあと、小さな足音が聞こえてきた。

 

 音でわかった。使用人の少年だ。

 

 戸口のところで、彼がぽそっと言った。

 

「……すごく、綺麗でした。レオ様の音」

 

 驚いて、何も言えなかった。

 でも、その言葉だけで、胸の奥が温かくなった。

 

 見えない僕でも、ちゃんと“誰か”に届いている。

 それが、うれしかった。

 



 

 夜。

 ユリシス様の前で、僕は初めて“願い”のような言葉を口にした。

 

「……僕の音が、あなたに届くなら……それだけで、たぶん、こわくないです」

 

 彼は何も言わずに、僕の手を握ってくれた。

 あのときと同じように。

 でも、今は“少しだけ違う気持ち”で――そのぬくもりを握り返した。
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