【完結】死ぬ運命を変えた盲目の音楽家は、秘密の庭園で氷の貴公子に恋をする

かおり

文字の大きさ
19 / 28

第18話:君のために、僕は弾く

しおりを挟む
空気が、張りつめていた。

 耳を澄ますまでもなく、広場に集まる数百人の気配が伝わってくる。
 衣擦れの音、ざわめき、控えめな咳払い、服の端が擦れるわずかな揺れ――
 盲目の僕には、それが“観客の視線”よりも確かな情報だった。

 

 でも、怖かった。

 心臓の音がうるさくて、呼吸が浮く。

 

 そのとき、手が触れた。

 大きくて、温かくて、指先まで神経の行き届いた――
 何度も僕を導いてくれた、彼の手。

 

 「……いつでも、傍にいる」

 

 ユリシス様の声は、風の音に溶けそうなくらい小さかったのに、
 僕の鼓膜には、世界のどんな音よりも強く響いた。

 

 それだけで、足元の震えが少しだけ止まった。

 



 

 舞台の中央に置かれたピアノ。

 足音を頼りに、慎重に歩を進める。

 

 歩幅は狭く、数えるように。
 一歩、一歩。

 それでも確かに、僕は“自分の足でここに立っている”。

 

 ピアノの前に座ると、深く息を吐いた。

 鍵盤に触れる。

 冷たくて、なめらかで、懐かしい。

 

 僕の世界は、目ではなく“音”でできている。

 だから、この鍵盤は、僕にとって“光”だった。

 



 

 音が始まる。

 ゆっくりと、指が鍵を押す。

 最初の一音。

 誰かが息を呑む気配。

 

 風が、音を運んでいく。

 空気の振動が、目に見えない波紋となって広場に広がっていく。

 

 僕は、誰の顔も見えない。

 でも、“彼”の気配だけはわかる。

 

 あの庭園で、ユリス様がただそばに立ってくれていた日のように――
 僕の音は、彼に向かって流れていく。

 



 

 僕はもう、“ただの導火線”じゃない。

 死ぬことで姉を目覚めさせる存在じゃない。

 

 今、ここで――僕の意思で、僕の音で、世界に触れている。

 

 指先が鍵盤を跳ね、低音が唸り、高音が祈るように響く。

 

 風が揺れる。

 気配が震える。

 音の波が、聞こえない人にも届くように――そう願って、僕は弾いた。

 



 

 音が終わる。

 最後の鍵を押したあと、ほんの一瞬、世界が止まったようだった。

 

 そして、次の瞬間――

 

 拍手。

 拍手の嵐。

 ざわめき、歓声、誰かが泣いている気配。

 

 僕には何も見えないけれど、
 この音だけでわかった。

 

 僕の音は、届いた。

 

 彼に、姉に、王太子に、
 この国の、どこかで差別に怯えていた誰かに――

 

 届いたんだ。

 



 

 そっと手を伸ばす。

 ユリシス様の袖に触れた。

 

 彼の手が、迷わず僕の指を握る。

 

 「……君の音は、誰よりも、自由だった」

 

 その言葉だけで、胸がいっぱいになった。

 

 涙が出るかもしれないと思ったけれど、
 今は、ただ、笑いたかった。

 

 生きていて、よかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

聖女召喚の巻き添えで喚ばれた「オマケ」の男子高校生ですが、魔王様の「抱き枕」として重宝されています

八百屋 成美
BL
聖女召喚に巻き込まれて異世界に来た主人公。聖女は優遇されるが、魔力のない主人公は城から追い出され、魔の森へ捨てられる。 そこで出会ったのは、強大な魔力ゆえに不眠症に悩む魔王。なぜか主人公の「匂い」や「体温」だけが魔王を安眠させることができると判明し、魔王城で「生きた抱き枕」として飼われることになる。

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

【完結】巷で噂の国宝級イケメンの辺境伯は冷徹なので、まっっったくモテませんが、この度婚約者ができました。

明太子
BL
オーディスは国宝級イケメンであるにも関わらず、冷徹な性格のせいで婚約破棄されてばかり。 新たな婚約者を探していたところ、パーティーで給仕をしていた貧乏貴族の次男セシルと出会い、一目惚れしてしまう。 しかし、恋愛偏差値がほぼ0のオーディスのアプローチは空回りするわ、前婚約者のフランチェスカの邪魔が入るわとセシルとの距離は縮まったり遠ざかったり…? 冷徹だったはずなのに溺愛まっしぐらのオーディスと元気だけどおっちょこちょいなセシルのドタバタラブコメです。

異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!

めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈ 社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。 もらった能力は“全言語理解”と“回復力”! ……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈ キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん! 出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。 最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈ 攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉ -------------------- ※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!

令嬢に転生したと思ったけどちょっと違った

しそみょうが
BL
前世男子大学生だったが今世では公爵令嬢に転生したアシュリー8歳は、王城の廊下で4歳年下の第2王子イーライに一目惚れされて婚約者になる。なんやかんやで両想いだった2人だが、イーライの留学中にアシュリーに成長期が訪れ立派な青年に成長してしまう。アシュリーが転生したのは女性ではなくカントボーイだったのだ。泣く泣く婚約者を辞するアシュリーは名前を変えて王城の近衛騎士となる。婚約者にフラれて隣国でグレたと噂の殿下が5年ぶりに帰国してーー? という、婚約者大好き年下王子☓元令嬢のカントボーイ騎士のお話です。前半3話目までは子ども時代で、成長した後半にR18がちょこっとあります♡  短編コメディです

呪われた辺境伯は、異世界転生者を手放さない

波崎 亨璃
BL
ーーー呪われた辺境伯に捕まったのは、俺の方だった。 異世界に迷い込んだ駆真は「呪われた辺境伯」と呼ばれるレオニスの領地に落ちてしまう。 強すぎる魔力のせいで、人を近づけることができないレオニス。 彼に触れれば衰弱し、最悪の場合、命を落とす。 しかしカルマだけはなぜかその影響を一切受けなかった。その事実に気づいたレオニスは次第にカルマを手放さなくなっていく。 「俺に触れられるのは、お前だけだ」 呪いよりも重い執着と孤独から始まる、救済BL。 となります。

転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…

月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた… 転生したと気づいてそう思った。 今世は周りの人も優しく友達もできた。 それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。 前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。 前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。 しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。 俺はこの幸せをなくならせたくない。 そう思っていた…

転生したらスパダリに囲われていました……え、違う?

米山のら
BL
王子悠里。苗字のせいで“王子さま”と呼ばれ、距離を置かれてきた、ぼっち新社会人。 ストーカーに追われ、車に轢かれ――気づけば豪奢なベッドで目を覚ましていた。 隣にいたのは、氷の騎士団長であり第二王子でもある、美しきスパダリ。 「愛してるよ、私のユリタン」 そう言って差し出されたのは、彼色の婚約指輪。 “最難関ルート”と恐れられる、甘さと狂気の狭間に立つ騎士団長。 成功すれば溺愛一直線、けれど一歩誤れば廃人コース。 怖いほどの執着と、甘すぎる愛の狭間で――悠里の新しい人生は、いったいどこへ向かうのか? ……え、違う?

処理中です...