【完結】死ぬ運命を変えた盲目の音楽家は、秘密の庭園で氷の貴公子に恋をする

かおり

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第19話:やわらかな夜に、名前を呼んで

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 “英雄”と呼ばれることには、いつまで経っても慣れなかった。

 

 屋敷の中では、誰もが丁寧に、過剰なほど敬語で接してくる。
 使用人たちは僕に話しかけるとき、一拍おいて言葉を選ぶようになった。

 

 「レオ様」「演奏、お見事でした」「まさに奇跡のようで――」

 

 どの言葉も、優しかった。
 でもどこか、よそよそしかった。

 

 僕はただ、ピアノを弾いただけだ。
 誰かを感動させるためじゃなかった。ただ、あの人に届けたかっただけ。

 

 だから、あの夜以来――
 世界は少し眩しすぎて、窮屈に感じていた。

 



 

 その日の夜、ユリシス様が部屋を訪れた。

 

 「レオ、眠れないなら、少しだけ外に出ようか」

 

 手を引かれて、別の部屋に連れていかれた。

 灯りはほとんど落とされていて、柔らかな毛布と、ふたり分の湯たんぽが準備されていた。

 

 「……ここなら、誰にも邪魔されない」

 

 その声に、胸の奥がふっと緩んだ。

 



 

 床に並べて座った毛布の上、
 彼はそっと僕の肩を引き寄せてくれた。

 

 「レオは、今のままでいい」
 「誰にどう思われても、俺の知っている君は変わらない」

 

 その言葉に、堪えきれず声がこぼれた。

 

 「……皆に褒められるより、ユリシス様に『よかった』って言われた方が嬉しいんです」

 

 ほんとうに、心の底からそう思った。

 

 あの演奏も、舞台に立った勇気も。
 全部、彼が見てくれていたからできた。

 

 僕は毛布の中で、そっと彼に体を預けた。

 

 「……好きです」

 

 声が震えた。でも、止めなかった。

 

 「あなたのことが、大好きです」

 

 今まで、ずっと飲み込んでいた言葉だった。
 でも、言ってよかったと思えた。

 

 彼の手が、僕の髪を優しく撫でる。

 そして、額にそっと、口づけが落ちた。

 

 「……それだけで、全部報われた」

 

 その低く静かな声に、思わず目頭が熱くなる。

 



 

 ふたりは、名前を呼び合わなかった。
 でも、その夜はずっと――気持ちだけで通じ合っていた。

 

 眠りにつく直前、彼の胸に耳をあてて、鼓動の音を聴いた。

 

 世界が騒がしくても。
 称賛や誤解に囲まれても。

 

 この鼓動が、僕のすべてを受け止めてくれる。

 

 ……ありがとう、ユリシス様。

 

 心の中で、そう呼んだ。
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