【完結】死ぬ運命を変えた盲目の音楽家は、秘密の庭園で氷の貴公子に恋をする

かおり

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最終話:愛を知った音楽家

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演奏会から、どれくらい経ったのだろう。
 もう、あの日のようなざわめきはない。
 街は静かに呼吸を取り戻し、人々はまた日常へと歩き出している。

 

 僕はというと、まだ少し、戸惑っていた。

 

 目覚めれば、使用人たちが静かに礼をし、
 屋敷の人々は「英雄」として僕を扱ってくる。

 

 ――そんなたいそうなものじゃないのに。

 

 僕が弾いたのは、誰かのための音楽じゃなかった。
 あの日、ただ「あなたに届いてほしい」と願って、
 ピアノの前に座っただけ。

 

 だから今、拍手のない静かな空間のほうがずっと安心する。

 



 

 「今日は、外に出ようか」

 

 昼下がり。ユリシス様がそう言った。

 

 手を取られて、庭から続く小道を歩く。
 見えない僕には、その道がどこへ続いているか分からない。

 けれど、手のひらの温度だけが確かだった。

 

 風が吹く。草の香り。遠くの水音。

 ピアノの音も、バイオリンの響きもない。
 ただ、自然の音と、彼の足音と、僕の呼吸だけがあった。

 

 それが、とても心地よかった。

 



 

 小さな橋の上で、僕たちは立ち止まる。

 

 「……ここ、前にも来た気がします」
 「音が、覚えてる」

 

 僕がぽつりと言うと、彼はゆっくりとうなずいた。

 

 「これからは、君が行きたい場所に連れていく」

 

 その声が、風よりもやわらかく、
 それでいて、どこまでも力強く響いた。

 

 僕は手を伸ばした。

 

 「……一緒に、歩いてくれますか?」

 

 手の中に、あたたかい手が重なる。

 

 「ずっと、君の隣にいる」

 

 その言葉は、愛の証のように――
 心の奥まで染み込んだ。

 



 

 夜。

 

 ふたりで肩を並べて、窓辺に座っていた。

 月は見えない。僕にはずっと、世界は暗闇のまま。
 けれど、今はその暗さが怖くない。

 

 「……僕は、愛されていますか?」

 

 ぽつりと、問う。

 

 ユリシス様は、間を置かずに答えた。

 

 「――ああ。誰よりも、強く」

 

 その言葉を聞いた瞬間、胸が熱くなる。

 誰かに愛されることが、こんなにも優しいなんて――
 前世では、知らなかった。

 

 今、ようやく分かる。

 

 僕は、愛されている。

 そして、僕もまた――愛している。

 



 

 盲目の音楽家に生まれた僕は、
 愛されることも、誰かを愛することも知らなかった。

 

 けれど今、ようやく言える。

 

 ――僕は、愛を知った音楽家だと。

 

(本編・完)
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