22 / 28
番外編 第1話「ひとつ屋根の下、まだ触れない夜 ※
しおりを挟む
この屋敷には、柔らかな時間が流れている。
王宮と違って、喧騒はなく、誰かの視線に追い立てられることもない。
扉の開閉音も、足音も、すべてが控えめで静かで――
それが、僕にはとても心地よかった。
……それでも、気になる。
ユリシス様の気配だけは、どうしても気づいてしまう。
◇
革命が終わって、ほんの数日。
僕は今、ユリシス様の屋敷の離れで暮らしている。
専用の部屋も用意され、必要なものはすべて整っている。
食事も、衣服も、休息も――何ひとつ不自由はない。
でも、夜になると、何かが胸の奥でざわめく。
きっかけは小さなことだった。
風呂上がり、廊下ですれ違ったとき。
軽く触れただけの肩と肩。
ユリシス様の肌は、ほんのり温かくて、濡れた髪から微かに湯と香油の匂いがして――
それだけで、僕の心臓は跳ね上がった。
目が見えないから、香りや温度には敏感になる。
でも、それ以上に――あの人の気配だけが、僕の輪郭を曖昧にしてくる。
背筋が熱を帯び、手のひらがじっとりする。
そんなの、おかしいって分かってる。
けど、どうしてこんなに、息苦しいんだろう。
◇
ベッドに横になって、耳を澄ませる。
足音。戸が閉まる音。
そして……かすかな気配。
わかる。ユリシス様が近くにいる。
でも、触れてこない。
――触れてこないのが、優しさだと分かっているのに。
「……ユリシス様、そこにいますか」
僕の声は、枕に沈んで、すぐに吸い込まれた。
「……いるよ」
ほんの少し間を置いて、低い声が返る。
「君が寝付くまで、ここにいる。何もしない。ただ、見守るだけだ」
“見守る”という言葉に、なぜか胸がぞくりと震える。
目が見えない分、想像が膨らんでしまう。
どんな顔で、どんな距離で、どこに立っているのか――わからない。
でも、それが怖くて、嬉しい。
だから僕は、背を向けたまま、そっと呟いた。
「……眠れないのは、あなたの気配のせいです」
「……でも、気配が消えるのは、もっと……いやです」
言葉のあと、沈黙が続く。
そして、布越しに空気が揺れた気がした。
ユリシス様の気配が、そっと――ほんの数歩、近づいてきた。
「レオ」
名前を呼ばれると、全身が熱を帯びた。
声だけで、こんなに震えるなんて。
僕が息を呑んだのを感じ取ったのだろう。
ユリシス様は、ためらいがちに言った。
「……少しだけ、触れてもいいか?」
僕は、何も言えなかった。
でも、頷いた。ほんのわずかに。
布団越しに伝わる、熱い手のひら。
そっと、僕の髪に触れて――
そして、額に、ふわりと何かが落ちた。
キスだと、すぐにわかった。
押しつけるのではない。欲をぶつけるのでもない。
ただ、そこに「いてくれてありがとう」と伝えるような、あたたかなキスだった。
触れた唇が離れたあとも、余韻だけが頬を包んでいた。
「……おやすみ、レオ」
彼の声が、耳元でそっと囁かれる。
眠れなかったはずの僕の心が、ようやく静かに沈んでいく。
今夜は――この感触を、胸に灯して眠れる。
王宮と違って、喧騒はなく、誰かの視線に追い立てられることもない。
扉の開閉音も、足音も、すべてが控えめで静かで――
それが、僕にはとても心地よかった。
……それでも、気になる。
ユリシス様の気配だけは、どうしても気づいてしまう。
◇
革命が終わって、ほんの数日。
僕は今、ユリシス様の屋敷の離れで暮らしている。
専用の部屋も用意され、必要なものはすべて整っている。
食事も、衣服も、休息も――何ひとつ不自由はない。
でも、夜になると、何かが胸の奥でざわめく。
きっかけは小さなことだった。
風呂上がり、廊下ですれ違ったとき。
軽く触れただけの肩と肩。
ユリシス様の肌は、ほんのり温かくて、濡れた髪から微かに湯と香油の匂いがして――
それだけで、僕の心臓は跳ね上がった。
目が見えないから、香りや温度には敏感になる。
でも、それ以上に――あの人の気配だけが、僕の輪郭を曖昧にしてくる。
背筋が熱を帯び、手のひらがじっとりする。
そんなの、おかしいって分かってる。
けど、どうしてこんなに、息苦しいんだろう。
◇
ベッドに横になって、耳を澄ませる。
足音。戸が閉まる音。
そして……かすかな気配。
わかる。ユリシス様が近くにいる。
でも、触れてこない。
――触れてこないのが、優しさだと分かっているのに。
「……ユリシス様、そこにいますか」
僕の声は、枕に沈んで、すぐに吸い込まれた。
「……いるよ」
ほんの少し間を置いて、低い声が返る。
「君が寝付くまで、ここにいる。何もしない。ただ、見守るだけだ」
“見守る”という言葉に、なぜか胸がぞくりと震える。
目が見えない分、想像が膨らんでしまう。
どんな顔で、どんな距離で、どこに立っているのか――わからない。
でも、それが怖くて、嬉しい。
だから僕は、背を向けたまま、そっと呟いた。
「……眠れないのは、あなたの気配のせいです」
「……でも、気配が消えるのは、もっと……いやです」
言葉のあと、沈黙が続く。
そして、布越しに空気が揺れた気がした。
ユリシス様の気配が、そっと――ほんの数歩、近づいてきた。
「レオ」
名前を呼ばれると、全身が熱を帯びた。
声だけで、こんなに震えるなんて。
僕が息を呑んだのを感じ取ったのだろう。
ユリシス様は、ためらいがちに言った。
「……少しだけ、触れてもいいか?」
僕は、何も言えなかった。
でも、頷いた。ほんのわずかに。
布団越しに伝わる、熱い手のひら。
そっと、僕の髪に触れて――
そして、額に、ふわりと何かが落ちた。
キスだと、すぐにわかった。
押しつけるのではない。欲をぶつけるのでもない。
ただ、そこに「いてくれてありがとう」と伝えるような、あたたかなキスだった。
触れた唇が離れたあとも、余韻だけが頬を包んでいた。
「……おやすみ、レオ」
彼の声が、耳元でそっと囁かれる。
眠れなかったはずの僕の心が、ようやく静かに沈んでいく。
今夜は――この感触を、胸に灯して眠れる。
4
あなたにおすすめの小説
聖女召喚の巻き添えで喚ばれた「オマケ」の男子高校生ですが、魔王様の「抱き枕」として重宝されています
八百屋 成美
BL
聖女召喚に巻き込まれて異世界に来た主人公。聖女は優遇されるが、魔力のない主人公は城から追い出され、魔の森へ捨てられる。
そこで出会ったのは、強大な魔力ゆえに不眠症に悩む魔王。なぜか主人公の「匂い」や「体温」だけが魔王を安眠させることができると判明し、魔王城で「生きた抱き枕」として飼われることになる。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
【完結】巷で噂の国宝級イケメンの辺境伯は冷徹なので、まっっったくモテませんが、この度婚約者ができました。
明太子
BL
オーディスは国宝級イケメンであるにも関わらず、冷徹な性格のせいで婚約破棄されてばかり。
新たな婚約者を探していたところ、パーティーで給仕をしていた貧乏貴族の次男セシルと出会い、一目惚れしてしまう。
しかし、恋愛偏差値がほぼ0のオーディスのアプローチは空回りするわ、前婚約者のフランチェスカの邪魔が入るわとセシルとの距離は縮まったり遠ざかったり…?
冷徹だったはずなのに溺愛まっしぐらのオーディスと元気だけどおっちょこちょいなセシルのドタバタラブコメです。
異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!
めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈
社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。
もらった能力は“全言語理解”と“回復力”!
……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈
キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん!
出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。
最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈
攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉
--------------------
※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!
令嬢に転生したと思ったけどちょっと違った
しそみょうが
BL
前世男子大学生だったが今世では公爵令嬢に転生したアシュリー8歳は、王城の廊下で4歳年下の第2王子イーライに一目惚れされて婚約者になる。なんやかんやで両想いだった2人だが、イーライの留学中にアシュリーに成長期が訪れ立派な青年に成長してしまう。アシュリーが転生したのは女性ではなくカントボーイだったのだ。泣く泣く婚約者を辞するアシュリーは名前を変えて王城の近衛騎士となる。婚約者にフラれて隣国でグレたと噂の殿下が5年ぶりに帰国してーー?
という、婚約者大好き年下王子☓元令嬢のカントボーイ騎士のお話です。前半3話目までは子ども時代で、成長した後半にR18がちょこっとあります♡
短編コメディです
呪われた辺境伯は、異世界転生者を手放さない
波崎 亨璃
BL
ーーー呪われた辺境伯に捕まったのは、俺の方だった。
異世界に迷い込んだ駆真は「呪われた辺境伯」と呼ばれるレオニスの領地に落ちてしまう。
強すぎる魔力のせいで、人を近づけることができないレオニス。
彼に触れれば衰弱し、最悪の場合、命を落とす。
しかしカルマだけはなぜかその影響を一切受けなかった。その事実に気づいたレオニスは次第にカルマを手放さなくなっていく。
「俺に触れられるのは、お前だけだ」
呪いよりも重い執着と孤独から始まる、救済BL。
となります。
転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…
月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた…
転生したと気づいてそう思った。
今世は周りの人も優しく友達もできた。
それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。
前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。
前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。
しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。
俺はこの幸せをなくならせたくない。
そう思っていた…
転生したらスパダリに囲われていました……え、違う?
米山のら
BL
王子悠里。苗字のせいで“王子さま”と呼ばれ、距離を置かれてきた、ぼっち新社会人。
ストーカーに追われ、車に轢かれ――気づけば豪奢なベッドで目を覚ましていた。
隣にいたのは、氷の騎士団長であり第二王子でもある、美しきスパダリ。
「愛してるよ、私のユリタン」
そう言って差し出されたのは、彼色の婚約指輪。
“最難関ルート”と恐れられる、甘さと狂気の狭間に立つ騎士団長。
成功すれば溺愛一直線、けれど一歩誤れば廃人コース。
怖いほどの執着と、甘すぎる愛の狭間で――悠里の新しい人生は、いったいどこへ向かうのか?
……え、違う?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる