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番外編 第1話「ひとつ屋根の下、まだ触れない夜 ※
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この屋敷には、柔らかな時間が流れている。
王宮と違って、喧騒はなく、誰かの視線に追い立てられることもない。
扉の開閉音も、足音も、すべてが控えめで静かで――
それが、僕にはとても心地よかった。
……それでも、気になる。
ユリシス様の気配だけは、どうしても気づいてしまう。
◇
革命が終わって、ほんの数日。
僕は今、ユリシス様の屋敷の離れで暮らしている。
専用の部屋も用意され、必要なものはすべて整っている。
食事も、衣服も、休息も――何ひとつ不自由はない。
でも、夜になると、何かが胸の奥でざわめく。
きっかけは小さなことだった。
風呂上がり、廊下ですれ違ったとき。
軽く触れただけの肩と肩。
ユリシス様の肌は、ほんのり温かくて、濡れた髪から微かに湯と香油の匂いがして――
それだけで、僕の心臓は跳ね上がった。
目が見えないから、香りや温度には敏感になる。
でも、それ以上に――あの人の気配だけが、僕の輪郭を曖昧にしてくる。
背筋が熱を帯び、手のひらがじっとりする。
そんなの、おかしいって分かってる。
けど、どうしてこんなに、息苦しいんだろう。
◇
ベッドに横になって、耳を澄ませる。
足音。戸が閉まる音。
そして……かすかな気配。
わかる。ユリシス様が近くにいる。
でも、触れてこない。
――触れてこないのが、優しさだと分かっているのに。
「……ユリシス様、そこにいますか」
僕の声は、枕に沈んで、すぐに吸い込まれた。
「……いるよ」
ほんの少し間を置いて、低い声が返る。
「君が寝付くまで、ここにいる。何もしない。ただ、見守るだけだ」
“見守る”という言葉に、なぜか胸がぞくりと震える。
目が見えない分、想像が膨らんでしまう。
どんな顔で、どんな距離で、どこに立っているのか――わからない。
でも、それが怖くて、嬉しい。
だから僕は、背を向けたまま、そっと呟いた。
「……眠れないのは、あなたの気配のせいです」
「……でも、気配が消えるのは、もっと……いやです」
言葉のあと、沈黙が続く。
そして、布越しに空気が揺れた気がした。
ユリシス様の気配が、そっと――ほんの数歩、近づいてきた。
「レオ」
名前を呼ばれると、全身が熱を帯びた。
声だけで、こんなに震えるなんて。
僕が息を呑んだのを感じ取ったのだろう。
ユリシス様は、ためらいがちに言った。
「……少しだけ、触れてもいいか?」
僕は、何も言えなかった。
でも、頷いた。ほんのわずかに。
布団越しに伝わる、熱い手のひら。
そっと、僕の髪に触れて――
そして、額に、ふわりと何かが落ちた。
キスだと、すぐにわかった。
押しつけるのではない。欲をぶつけるのでもない。
ただ、そこに「いてくれてありがとう」と伝えるような、あたたかなキスだった。
触れた唇が離れたあとも、余韻だけが頬を包んでいた。
「……おやすみ、レオ」
彼の声が、耳元でそっと囁かれる。
眠れなかったはずの僕の心が、ようやく静かに沈んでいく。
今夜は――この感触を、胸に灯して眠れる。
王宮と違って、喧騒はなく、誰かの視線に追い立てられることもない。
扉の開閉音も、足音も、すべてが控えめで静かで――
それが、僕にはとても心地よかった。
……それでも、気になる。
ユリシス様の気配だけは、どうしても気づいてしまう。
◇
革命が終わって、ほんの数日。
僕は今、ユリシス様の屋敷の離れで暮らしている。
専用の部屋も用意され、必要なものはすべて整っている。
食事も、衣服も、休息も――何ひとつ不自由はない。
でも、夜になると、何かが胸の奥でざわめく。
きっかけは小さなことだった。
風呂上がり、廊下ですれ違ったとき。
軽く触れただけの肩と肩。
ユリシス様の肌は、ほんのり温かくて、濡れた髪から微かに湯と香油の匂いがして――
それだけで、僕の心臓は跳ね上がった。
目が見えないから、香りや温度には敏感になる。
でも、それ以上に――あの人の気配だけが、僕の輪郭を曖昧にしてくる。
背筋が熱を帯び、手のひらがじっとりする。
そんなの、おかしいって分かってる。
けど、どうしてこんなに、息苦しいんだろう。
◇
ベッドに横になって、耳を澄ませる。
足音。戸が閉まる音。
そして……かすかな気配。
わかる。ユリシス様が近くにいる。
でも、触れてこない。
――触れてこないのが、優しさだと分かっているのに。
「……ユリシス様、そこにいますか」
僕の声は、枕に沈んで、すぐに吸い込まれた。
「……いるよ」
ほんの少し間を置いて、低い声が返る。
「君が寝付くまで、ここにいる。何もしない。ただ、見守るだけだ」
“見守る”という言葉に、なぜか胸がぞくりと震える。
目が見えない分、想像が膨らんでしまう。
どんな顔で、どんな距離で、どこに立っているのか――わからない。
でも、それが怖くて、嬉しい。
だから僕は、背を向けたまま、そっと呟いた。
「……眠れないのは、あなたの気配のせいです」
「……でも、気配が消えるのは、もっと……いやです」
言葉のあと、沈黙が続く。
そして、布越しに空気が揺れた気がした。
ユリシス様の気配が、そっと――ほんの数歩、近づいてきた。
「レオ」
名前を呼ばれると、全身が熱を帯びた。
声だけで、こんなに震えるなんて。
僕が息を呑んだのを感じ取ったのだろう。
ユリシス様は、ためらいがちに言った。
「……少しだけ、触れてもいいか?」
僕は、何も言えなかった。
でも、頷いた。ほんのわずかに。
布団越しに伝わる、熱い手のひら。
そっと、僕の髪に触れて――
そして、額に、ふわりと何かが落ちた。
キスだと、すぐにわかった。
押しつけるのではない。欲をぶつけるのでもない。
ただ、そこに「いてくれてありがとう」と伝えるような、あたたかなキスだった。
触れた唇が離れたあとも、余韻だけが頬を包んでいた。
「……おやすみ、レオ」
彼の声が、耳元でそっと囁かれる。
眠れなかったはずの僕の心が、ようやく静かに沈んでいく。
今夜は――この感触を、胸に灯して眠れる。
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