23 / 28
番外編 第2話「触れて、しまった」 ※
しおりを挟む
昨夜のキスが、まだ頬に残っている気がする。
額に落ちたあの一瞬の温度。
あの人の匂い、体温、そっと沈む吐息――
目が見えない僕にとって、それは“確かな証拠”のようだった。
ユリシス様が、ほんとうにそこにいた。
僕のために、触れてくれた。
それだけで、胸の奥がじわりと温かくなる。
……でも、なぜだろう。
今朝は、なんだか落ち着かない。
◇
「ユリシス様、今日は来ないのかな……」
誰に向けるでもなく、そんなことを呟いてしまう。
いつもなら、食事の時間にさりげなく手を添えてくれるのに。
声をかけてくれるのに。
触れられると、息が詰まるほど緊張するくせに――
触れてこられないと、寂しいなんて。
こんな矛盾、自分でもおかしいと思う。
◇
夜になっても、胸のざわめきは消えなかった。
ベッドに横になっても、眠気が来ない。
目を閉じても、世界はもともと暗いままなのに。
まぶたの裏に浮かぶのは、想像の中の“彼”の姿ばかり。
……あの人の手、もう一度、触れてくれたら。
そんなことを考えていたときだった。
きぃ、とドアが開く音がして、誰かの足音が静かに近づいてくる。
僕は、一瞬で分かった。
ユリシス様だ。
「……眠れないのか?」
低く落ち着いた声が、室内に溶ける。
「……はい、すこしだけ」
本当は“ずっと”眠れない。でも、それは言えなかった。
ベッドのきしむ音。沈む重み。
ユリシス様が、僕のすぐ隣に腰かけた。
「……怖い夢でも見た?」
「いいえ。でも、心がざわざわして」
「……そばにいる。安心して」
その言葉に、息が詰まりそうになる。
◇
「……触れてもいいか?」
問いかけは、低くて、静かで――
それでも、全身が跳ねるほどの衝撃だった。
僕は、頷いた。ほんの少しだけ。
手の甲に、あたたかい指が重なる。
その指が、ゆっくりと滑り、僕の手のひらを包む。
それだけで、体中が熱を帯びる。
視えない世界のなかで、
触覚だけが、音よりも香りよりも――確かで、強い。
「……あたたかいですね」
僕の声は、かすれていた。
ユリシス様の指が、そっと頬に移動する。
髪を撫で、額にかかる前髪を指先で払っていく。
「熱いのは、君のほうじゃないか」
ふと、耳元に吐息がかかった。
そして――
唇が、そっと、耳の下に触れた。
「……っ!」
体が跳ねた。
頭の奥で何かが弾けたような感覚。
怖くはなかった。
でも、怖いくらいに――心臓が暴れていた。
◇
それは、“してはいけないこと”のようにも思えた。
けれど、止められなかった。
止めてほしいとも思わなかった。
「……これは、事故だ。だから……」
ユリシス様の声が、かすかに震えていた。
「もう少しだけ……触れていたい」
僕は、何も言えずに、そっと手を握り返した。
触れられただけなのに、
呼吸が浅くなって、体温が上がって、
心が、ぐらぐら揺れていた。
こんなにも、感じてしまうなんて――知らなかった。
◇
その夜、ふたりは手をつないだまま、しばらく沈黙を守った。
言葉の代わりに、体温と呼吸が交わされていく。
やがて、ユリシス様がそっと囁いた。
「……おやすみ、レオ」
その声が、心の奥まで届いて、やっと瞼が重くなった。
触れてしまった。
でも、それが――こんなにも、嬉しかった。
額に落ちたあの一瞬の温度。
あの人の匂い、体温、そっと沈む吐息――
目が見えない僕にとって、それは“確かな証拠”のようだった。
ユリシス様が、ほんとうにそこにいた。
僕のために、触れてくれた。
それだけで、胸の奥がじわりと温かくなる。
……でも、なぜだろう。
今朝は、なんだか落ち着かない。
◇
「ユリシス様、今日は来ないのかな……」
誰に向けるでもなく、そんなことを呟いてしまう。
いつもなら、食事の時間にさりげなく手を添えてくれるのに。
声をかけてくれるのに。
触れられると、息が詰まるほど緊張するくせに――
触れてこられないと、寂しいなんて。
こんな矛盾、自分でもおかしいと思う。
◇
夜になっても、胸のざわめきは消えなかった。
ベッドに横になっても、眠気が来ない。
目を閉じても、世界はもともと暗いままなのに。
まぶたの裏に浮かぶのは、想像の中の“彼”の姿ばかり。
……あの人の手、もう一度、触れてくれたら。
そんなことを考えていたときだった。
きぃ、とドアが開く音がして、誰かの足音が静かに近づいてくる。
僕は、一瞬で分かった。
ユリシス様だ。
「……眠れないのか?」
低く落ち着いた声が、室内に溶ける。
「……はい、すこしだけ」
本当は“ずっと”眠れない。でも、それは言えなかった。
ベッドのきしむ音。沈む重み。
ユリシス様が、僕のすぐ隣に腰かけた。
「……怖い夢でも見た?」
「いいえ。でも、心がざわざわして」
「……そばにいる。安心して」
その言葉に、息が詰まりそうになる。
◇
「……触れてもいいか?」
問いかけは、低くて、静かで――
それでも、全身が跳ねるほどの衝撃だった。
僕は、頷いた。ほんの少しだけ。
手の甲に、あたたかい指が重なる。
その指が、ゆっくりと滑り、僕の手のひらを包む。
それだけで、体中が熱を帯びる。
視えない世界のなかで、
触覚だけが、音よりも香りよりも――確かで、強い。
「……あたたかいですね」
僕の声は、かすれていた。
ユリシス様の指が、そっと頬に移動する。
髪を撫で、額にかかる前髪を指先で払っていく。
「熱いのは、君のほうじゃないか」
ふと、耳元に吐息がかかった。
そして――
唇が、そっと、耳の下に触れた。
「……っ!」
体が跳ねた。
頭の奥で何かが弾けたような感覚。
怖くはなかった。
でも、怖いくらいに――心臓が暴れていた。
◇
それは、“してはいけないこと”のようにも思えた。
けれど、止められなかった。
止めてほしいとも思わなかった。
「……これは、事故だ。だから……」
ユリシス様の声が、かすかに震えていた。
「もう少しだけ……触れていたい」
僕は、何も言えずに、そっと手を握り返した。
触れられただけなのに、
呼吸が浅くなって、体温が上がって、
心が、ぐらぐら揺れていた。
こんなにも、感じてしまうなんて――知らなかった。
◇
その夜、ふたりは手をつないだまま、しばらく沈黙を守った。
言葉の代わりに、体温と呼吸が交わされていく。
やがて、ユリシス様がそっと囁いた。
「……おやすみ、レオ」
その声が、心の奥まで届いて、やっと瞼が重くなった。
触れてしまった。
でも、それが――こんなにも、嬉しかった。
4
あなたにおすすめの小説
災厄の魔導士と呼ばれた男は、転生後静かに暮らしたいので失業勇者を紐にしている場合ではない!
椿谷あずる
BL
かつて“災厄の魔導士”と呼ばれ恐れられたゼルファス・クロードは、転生後、平穏に暮らすことだけを望んでいた。
ある日、夜の森で倒れている銀髪の勇者、リアン・アルディナを見つける。かつて自分にとどめを刺した相手だが、今は仲間から見限られ孤独だった。
平穏を乱されたくないゼルファスだったが、森に現れた魔物の襲撃により、仕方なく勇者を連れ帰ることに。
天然でのんびりした勇者と、達観し皮肉屋の魔導士。
「……いや、回復したら帰れよ」「えーっ」
平穏には程遠い、なんかゆるっとした日常のおはなし。
聖女召喚の巻き添えで喚ばれた「オマケ」の男子高校生ですが、魔王様の「抱き枕」として重宝されています
八百屋 成美
BL
聖女召喚に巻き込まれて異世界に来た主人公。聖女は優遇されるが、魔力のない主人公は城から追い出され、魔の森へ捨てられる。
そこで出会ったのは、強大な魔力ゆえに不眠症に悩む魔王。なぜか主人公の「匂い」や「体温」だけが魔王を安眠させることができると判明し、魔王城で「生きた抱き枕」として飼われることになる。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
【完結】巷で噂の国宝級イケメンの辺境伯は冷徹なので、まっっったくモテませんが、この度婚約者ができました。
明太子
BL
オーディスは国宝級イケメンであるにも関わらず、冷徹な性格のせいで婚約破棄されてばかり。
新たな婚約者を探していたところ、パーティーで給仕をしていた貧乏貴族の次男セシルと出会い、一目惚れしてしまう。
しかし、恋愛偏差値がほぼ0のオーディスのアプローチは空回りするわ、前婚約者のフランチェスカの邪魔が入るわとセシルとの距離は縮まったり遠ざかったり…?
冷徹だったはずなのに溺愛まっしぐらのオーディスと元気だけどおっちょこちょいなセシルのドタバタラブコメです。
【8話完結】いじめられっ子だった僕が、覚醒したら騎士団長に求愛されました
キノア9g
BL
いじめられ続けた僕は、ある日突然、異世界に転移した。
けれど、勇者として歓迎されたのは、僕を苦しめてきた“あいつ”の方。僕は無能と決めつけられ、誰からも相手にされなかった。
そんな僕に手を差し伸べてくれたのは、冷酷と恐れられる騎士団長・ジグルドだった。
なのに、あいつの命令で、僕は彼に嘘の告白をしてしまう――「ジグルドさんのことが、好きなんです」
それが、すべての始まりだった。
あの日から彼は、僕だけをまっすぐ見つめてくる。
僕を守る手は、やさしく、強くて、どこまでも真剣だった。
だけど僕には、まだ知られていない“力”がある。
過去の傷も、偽りの言葉も超えて、彼の隣にいてもいいのだろうか。
これは、いじめられっ子の僕が“愛されること”を知っていく、嘘と覚醒の物語。
全8話。
令嬢に転生したと思ったけどちょっと違った
しそみょうが
BL
前世男子大学生だったが今世では公爵令嬢に転生したアシュリー8歳は、王城の廊下で4歳年下の第2王子イーライに一目惚れされて婚約者になる。なんやかんやで両想いだった2人だが、イーライの留学中にアシュリーに成長期が訪れ立派な青年に成長してしまう。アシュリーが転生したのは女性ではなくカントボーイだったのだ。泣く泣く婚約者を辞するアシュリーは名前を変えて王城の近衛騎士となる。婚約者にフラれて隣国でグレたと噂の殿下が5年ぶりに帰国してーー?
という、婚約者大好き年下王子☓元令嬢のカントボーイ騎士のお話です。前半3話目までは子ども時代で、成長した後半にR18がちょこっとあります♡
短編コメディです
転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…
月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた…
転生したと気づいてそう思った。
今世は周りの人も優しく友達もできた。
それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。
前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。
前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。
しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。
俺はこの幸せをなくならせたくない。
そう思っていた…
転生したらスパダリに囲われていました……え、違う?
米山のら
BL
王子悠里。苗字のせいで“王子さま”と呼ばれ、距離を置かれてきた、ぼっち新社会人。
ストーカーに追われ、車に轢かれ――気づけば豪奢なベッドで目を覚ましていた。
隣にいたのは、氷の騎士団長であり第二王子でもある、美しきスパダリ。
「愛してるよ、私のユリタン」
そう言って差し出されたのは、彼色の婚約指輪。
“最難関ルート”と恐れられる、甘さと狂気の狭間に立つ騎士団長。
成功すれば溺愛一直線、けれど一歩誤れば廃人コース。
怖いほどの執着と、甘すぎる愛の狭間で――悠里の新しい人生は、いったいどこへ向かうのか?
……え、違う?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる