【完結】死ぬ運命を変えた盲目の音楽家は、秘密の庭園で氷の貴公子に恋をする

かおり

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番外編 第2話「触れて、しまった」 ※

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昨夜のキスが、まだ頬に残っている気がする。

 

 額に落ちたあの一瞬の温度。
 あの人の匂い、体温、そっと沈む吐息――
 目が見えない僕にとって、それは“確かな証拠”のようだった。

 

 ユリシス様が、ほんとうにそこにいた。
 僕のために、触れてくれた。

 

 それだけで、胸の奥がじわりと温かくなる。

 ……でも、なぜだろう。

 

 今朝は、なんだか落ち着かない。

 



 

 「ユリシス様、今日は来ないのかな……」

 

 誰に向けるでもなく、そんなことを呟いてしまう。

 いつもなら、食事の時間にさりげなく手を添えてくれるのに。
 声をかけてくれるのに。

 

 触れられると、息が詰まるほど緊張するくせに――
 触れてこられないと、寂しいなんて。

 

 こんな矛盾、自分でもおかしいと思う。

 



 

 夜になっても、胸のざわめきは消えなかった。

 ベッドに横になっても、眠気が来ない。

 

 目を閉じても、世界はもともと暗いままなのに。
 まぶたの裏に浮かぶのは、想像の中の“彼”の姿ばかり。

 

 ……あの人の手、もう一度、触れてくれたら。

 

 そんなことを考えていたときだった。

 

 きぃ、とドアが開く音がして、誰かの足音が静かに近づいてくる。

 僕は、一瞬で分かった。

 

 ユリシス様だ。

 

 「……眠れないのか?」

 

 低く落ち着いた声が、室内に溶ける。

 

 「……はい、すこしだけ」

 

 本当は“ずっと”眠れない。でも、それは言えなかった。

 

 ベッドのきしむ音。沈む重み。

 ユリシス様が、僕のすぐ隣に腰かけた。

 

 「……怖い夢でも見た?」

 「いいえ。でも、心がざわざわして」

 

 「……そばにいる。安心して」

 

 その言葉に、息が詰まりそうになる。

 



 

 「……触れてもいいか?」

 

 問いかけは、低くて、静かで――
 それでも、全身が跳ねるほどの衝撃だった。

 

 僕は、頷いた。ほんの少しだけ。

 

 手の甲に、あたたかい指が重なる。
 その指が、ゆっくりと滑り、僕の手のひらを包む。

 

 それだけで、体中が熱を帯びる。

 

 視えない世界のなかで、
 触覚だけが、音よりも香りよりも――確かで、強い。

 

 「……あたたかいですね」

 

 僕の声は、かすれていた。

 

 ユリシス様の指が、そっと頬に移動する。
 髪を撫で、額にかかる前髪を指先で払っていく。

 

 「熱いのは、君のほうじゃないか」

 

 ふと、耳元に吐息がかかった。

 そして――

 

 唇が、そっと、耳の下に触れた。

 

 「……っ!」

 

 体が跳ねた。
 頭の奥で何かが弾けたような感覚。

 

 怖くはなかった。

 でも、怖いくらいに――心臓が暴れていた。

 



 

 それは、“してはいけないこと”のようにも思えた。

 けれど、止められなかった。
 止めてほしいとも思わなかった。

 

 「……これは、事故だ。だから……」

 

 ユリシス様の声が、かすかに震えていた。

 

 「もう少しだけ……触れていたい」

 

 僕は、何も言えずに、そっと手を握り返した。

 

 触れられただけなのに、
 呼吸が浅くなって、体温が上がって、
 心が、ぐらぐら揺れていた。

 

 こんなにも、感じてしまうなんて――知らなかった。

 



 

 その夜、ふたりは手をつないだまま、しばらく沈黙を守った。
 言葉の代わりに、体温と呼吸が交わされていく。

 

 やがて、ユリシス様がそっと囁いた。

 

 「……おやすみ、レオ」

 

 その声が、心の奥まで届いて、やっと瞼が重くなった。

 

 触れてしまった。
 でも、それが――こんなにも、嬉しかった。
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