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番外編 第4話「愛してると言わないで」 ※
しおりを挟む人のぬくもりは、こんなにも優しいのに――
どうして、時々怖くなるんだろう。
ユリシス様の手が、僕の手にふれるとき。
髪を撫でられるとき。
名前を囁かれるとき。
嬉しくて、どこかくすぐったくて、でも……心の奥がざわついて仕方なかった。
◇
その夜は、ふたり並んで暖炉の前に座っていた。
椅子ではなく、絨毯の上にひざを折って。
火のぱちぱちとした音が、心地よいリズムで響いていた。
「……ここに来て、少しは落ち着けた?」
ユリシス様の低い声が、ゆっくりと僕の耳に届く。
「はい。とても、穏やかです」
「……あなたが、いてくれるから」
そう答えながら、自分の言葉に戸惑った。
なぜ、こんなに素直に言えてしまったのだろう。
だけど、次の瞬間、胸がきゅっと縮こまった。
「……でも、怖いこともあるんです」
「怖い?」
ユリシス様の声が、少しだけ近づいた気がした。
「……僕は、誰かの“もの”になるのが、怖いんです」
そう言った自分の声は、まるで別人みたいに震えていた。
◇
昔、音楽が少しできると知れた時。
“使える”と判断されて、貴族の催しに出されそうになった。
盲目だからこそ、感動を誘えるだろうと。
演出の道具として。
愛されるんじゃない。
消費されるだけ。
そのときの記憶が、心の奥底に根を張っていた。
「……“愛してる”って言葉も、怖いんです」
「言われたら、きっと、僕は逆らえなくなるから」
沈黙が降りた。
暖炉の火が、小さく爆ぜた音だけが響いた。
ユリシス様は、すぐには言葉を返さなかった。
でも、その手が、そっと僕の指を包みこんできた。
「……じゃあ、言わないよ」
声は、低く、でもやわらかかった。
「愛してる、なんて簡単な言葉で、君を縛るつもりはない」
「けれど――この心だけは、君のものだ」
僕は、何も言えなかった。
胸がいっぱいで、
でも、涙だけは落ちないのが不思議だった。
◇
ベッドに移って、灯りを落としたあと。
ユリシス様が、そっと僕を抱き寄せた。
背中から、腕がまわされる。
体温がぴたりと密着して、耳元に小さな吐息が触れた。
「……痛くない?」
「はい……」
「怖くない?」
「……少しだけ。でも、大丈夫です」
シャツのボタンが、ゆっくり外された。
肌に、唇がふれた。
額、まぶた、頬。
そして、首筋へ――
音もなく、優しく、でも確かに“そこにある”愛情の熱。
そのあと、鎖骨に口づけが落ちたとき、
僕の指が、無意識にシーツを掴んでいた。
ユリシス様は、それ以上深くは触れてこなかった。
ただ、熱だけがじんわりと染み込むように、僕の身体を包んだ。
◇
眠る前、ふと囁いた。
「……愛してるって、言われなかったのに」
「僕の心が、こんなに揺れるなんて……」
きっと、もう僕は、ずっと前からあなたに――
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