【完結】死ぬ運命を変えた盲目の音楽家は、秘密の庭園で氷の貴公子に恋をする

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番外編 第4話「愛してると言わないで」 ※

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 人のぬくもりは、こんなにも優しいのに――
 どうして、時々怖くなるんだろう。

 

 ユリシス様の手が、僕の手にふれるとき。
 髪を撫でられるとき。
 名前を囁かれるとき。

 

 嬉しくて、どこかくすぐったくて、でも……心の奥がざわついて仕方なかった。

 



 

 その夜は、ふたり並んで暖炉の前に座っていた。

 椅子ではなく、絨毯の上にひざを折って。
 火のぱちぱちとした音が、心地よいリズムで響いていた。

 

 「……ここに来て、少しは落ち着けた?」

 

 ユリシス様の低い声が、ゆっくりと僕の耳に届く。

 

 「はい。とても、穏やかです」
 「……あなたが、いてくれるから」

 

 そう答えながら、自分の言葉に戸惑った。
 なぜ、こんなに素直に言えてしまったのだろう。

 

 だけど、次の瞬間、胸がきゅっと縮こまった。

 

 「……でも、怖いこともあるんです」

 

 「怖い?」

 

 ユリシス様の声が、少しだけ近づいた気がした。

 

 「……僕は、誰かの“もの”になるのが、怖いんです」

 

 そう言った自分の声は、まるで別人みたいに震えていた。

 



 

 昔、音楽が少しできると知れた時。
 “使える”と判断されて、貴族の催しに出されそうになった。

 盲目だからこそ、感動を誘えるだろうと。
 演出の道具として。

 

 愛されるんじゃない。
 消費されるだけ。

 

 そのときの記憶が、心の奥底に根を張っていた。

 

 「……“愛してる”って言葉も、怖いんです」
 「言われたら、きっと、僕は逆らえなくなるから」

 

 沈黙が降りた。
 暖炉の火が、小さく爆ぜた音だけが響いた。

 

 ユリシス様は、すぐには言葉を返さなかった。
 でも、その手が、そっと僕の指を包みこんできた。

 

 「……じゃあ、言わないよ」

 

 声は、低く、でもやわらかかった。

 

 「愛してる、なんて簡単な言葉で、君を縛るつもりはない」
 「けれど――この心だけは、君のものだ」

 

 僕は、何も言えなかった。

 

 胸がいっぱいで、
 でも、涙だけは落ちないのが不思議だった。

 



 

 ベッドに移って、灯りを落としたあと。
 ユリシス様が、そっと僕を抱き寄せた。

 背中から、腕がまわされる。
 体温がぴたりと密着して、耳元に小さな吐息が触れた。

 

 「……痛くない?」

 

 「はい……」

 

 「怖くない?」

 

 「……少しだけ。でも、大丈夫です」

 

 シャツのボタンが、ゆっくり外された。
 肌に、唇がふれた。

 

 額、まぶた、頬。
 そして、首筋へ――

 

 音もなく、優しく、でも確かに“そこにある”愛情の熱。

 

 そのあと、鎖骨に口づけが落ちたとき、
 僕の指が、無意識にシーツを掴んでいた。

 

 ユリシス様は、それ以上深くは触れてこなかった。

 ただ、熱だけがじんわりと染み込むように、僕の身体を包んだ。

 



 

 眠る前、ふと囁いた。

 

 「……愛してるって、言われなかったのに」

 

 「僕の心が、こんなに揺れるなんて……」

 

 きっと、もう僕は、ずっと前からあなたに――
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