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第3話 お菓子断ちと弟のブチギレ
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朝、目が覚めて最初に思ったのは、「今日から痩せよう」だった。
レオを守るには、自分が変わるしかない。そう思った昨夜の決意は、たった一晩で少しだけ薄れていたけど――まだ、ちゃんと残ってる。
よし、まずは運動だ。
「……に、二往復目で、はぁ……しんど……」
屋敷の階段を上り下りすること十五分。すでに足が笑っていた。
息は切れ、汗はにじみ、背中に違和感がある。昔、一念発起してホットヨガに通ったときの記憶が蘇る。
でも、レオの未来がかかってるんだ。ちょっとの息切れでへこたれてる場合じゃない。
食事も控えめにして――いや、控えめってなんだ。正しくは、おかわりを我慢する、だ。
昼食はスープとサラダ。パンは半分にした。
……物足りない。胃袋が静かに泣いている。
「私が変われば、全部うまくいく。そう……たぶん……」
お腹がぐうっと鳴った。
***
午後、廊下を歩いていると、ふわりと甘い香りが鼻をくすぐった。
まさに魔の匂い――バターと砂糖と、ほんのり焦げた幸せの香り。
吸い寄せられるように厨房へ向かうと、そこにはエプロン姿の青年がいた。
ラト、料理長の息子で、お菓子作りだけが取り柄のハムスター系男子。
「ミリエラ様!」
私を見るなり、彼の目がきらきらと輝いた。
手には焼きたてのクッキー。見た目は茶色くて香ばしそう。しかも、よく見ると“ハート型”。
「今日は……これを、ぜひ。低糖質で、小麦も控えてます! 罪悪感ゼロです!」
――そんな魔法の言葉で、私の理性が揺らぐと思ったら大間違いだ。
でも、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ心が傾いたのは事実。
「ありがとう。でも……今、お菓子断ちしてるの」
ラトの顔が一瞬で曇る。耳がしゅんと垂れたような気がした。
だけどすぐに彼は、少し笑って言った。
「じゃあ、これはどうですか。……“カリカリ玄米クッキー”です。味、保証します」
そう言って差し出されたクッキーを、恐る恐る口に入れる。
カリッとした食感のあとに、玄米の風味……というより――
「……これ、土じゃない?」
言った瞬間、ラトの顔が固まった。
厨房の隅で聞いていた見習いの子たちが、口元を押さえて肩を震わせていた。
「……ま、まだ研究の途中でして……!」
ラトは顔を真っ赤にして、新しいメモ帳を取り出した。
「はい、“土っぽい”……了解です……」
愛しさと情けなさが同時に押し寄せてくるこの光景に、私は思わず小さく笑ってしまった。
***
その日の夕方、私は社交の練習として小さなお茶会に参加した。
周囲はきらびやかなドレスの令嬢や、キラキラした貴族の男子たち。
そして案の定、来た。
「まぁミリエラ様、お変わりありませんわね。ふふ、ふくふくとしたお手々がご立派で」
「痩せれば普通に綺麗なんだけどな、惜しいよなー」
悪意のない無神経さが一番刺さる。
さっき食べなかったクッキーの方が、よっぽど優しかった。
その瞬間、会場の空気が一気に凍りついた。
「――今、なんて言った?」
聞き慣れた低い声が背後から響いた。
振り向くと、レオがいた。静かに、でも明確に怒りを滲ませて。
「“痩せれば”って、誰が?」
声が静かすぎて、逆に怖い。
数人の令嬢が怯え、貴族男子は目を逸らす。
「お前の口、そのまま潰されたいのか?」
レオの殺気に、会場が騒然とする。泣き出す子もいた。
私は慌ててレオの袖をつかんで、その場を抜け出した。
***
「……ごめん、私のせいだよね」
自室に戻ったあと、私はソファに沈み込みながら言った。
レオは、窓際で腕を組んでいた。
「別に。俺は、自分がキレたかったからキレただけ」
その顔は、少しだけ赤くて、少しだけ悔しそうだった。
でもその背中は、ずっと、私を庇うように立っていた。
……私はまだ、変われてない。
でも、レオの未来のために――いや、自分のためにも、やっぱり変わりたい。
***
夜。こっそり厨房を覗くと、ラトがまた生地をこねていた。
袖まくりして、小麦粉まみれの前掛け。顔には、さっきの“土”を忘れたような真剣さ。
「……今度は、ほうじ茶味にしてみようと思ってまして」
「ふふ。期待してるね」
小さな声でそう言うと、ラトはぴたりと動きを止め、赤くなって俯いた。
その横顔を見て、私は思った。
――お菓子を我慢するの、やっぱり、ちょっと難しいかもしれない。
レオを守るには、自分が変わるしかない。そう思った昨夜の決意は、たった一晩で少しだけ薄れていたけど――まだ、ちゃんと残ってる。
よし、まずは運動だ。
「……に、二往復目で、はぁ……しんど……」
屋敷の階段を上り下りすること十五分。すでに足が笑っていた。
息は切れ、汗はにじみ、背中に違和感がある。昔、一念発起してホットヨガに通ったときの記憶が蘇る。
でも、レオの未来がかかってるんだ。ちょっとの息切れでへこたれてる場合じゃない。
食事も控えめにして――いや、控えめってなんだ。正しくは、おかわりを我慢する、だ。
昼食はスープとサラダ。パンは半分にした。
……物足りない。胃袋が静かに泣いている。
「私が変われば、全部うまくいく。そう……たぶん……」
お腹がぐうっと鳴った。
***
午後、廊下を歩いていると、ふわりと甘い香りが鼻をくすぐった。
まさに魔の匂い――バターと砂糖と、ほんのり焦げた幸せの香り。
吸い寄せられるように厨房へ向かうと、そこにはエプロン姿の青年がいた。
ラト、料理長の息子で、お菓子作りだけが取り柄のハムスター系男子。
「ミリエラ様!」
私を見るなり、彼の目がきらきらと輝いた。
手には焼きたてのクッキー。見た目は茶色くて香ばしそう。しかも、よく見ると“ハート型”。
「今日は……これを、ぜひ。低糖質で、小麦も控えてます! 罪悪感ゼロです!」
――そんな魔法の言葉で、私の理性が揺らぐと思ったら大間違いだ。
でも、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ心が傾いたのは事実。
「ありがとう。でも……今、お菓子断ちしてるの」
ラトの顔が一瞬で曇る。耳がしゅんと垂れたような気がした。
だけどすぐに彼は、少し笑って言った。
「じゃあ、これはどうですか。……“カリカリ玄米クッキー”です。味、保証します」
そう言って差し出されたクッキーを、恐る恐る口に入れる。
カリッとした食感のあとに、玄米の風味……というより――
「……これ、土じゃない?」
言った瞬間、ラトの顔が固まった。
厨房の隅で聞いていた見習いの子たちが、口元を押さえて肩を震わせていた。
「……ま、まだ研究の途中でして……!」
ラトは顔を真っ赤にして、新しいメモ帳を取り出した。
「はい、“土っぽい”……了解です……」
愛しさと情けなさが同時に押し寄せてくるこの光景に、私は思わず小さく笑ってしまった。
***
その日の夕方、私は社交の練習として小さなお茶会に参加した。
周囲はきらびやかなドレスの令嬢や、キラキラした貴族の男子たち。
そして案の定、来た。
「まぁミリエラ様、お変わりありませんわね。ふふ、ふくふくとしたお手々がご立派で」
「痩せれば普通に綺麗なんだけどな、惜しいよなー」
悪意のない無神経さが一番刺さる。
さっき食べなかったクッキーの方が、よっぽど優しかった。
その瞬間、会場の空気が一気に凍りついた。
「――今、なんて言った?」
聞き慣れた低い声が背後から響いた。
振り向くと、レオがいた。静かに、でも明確に怒りを滲ませて。
「“痩せれば”って、誰が?」
声が静かすぎて、逆に怖い。
数人の令嬢が怯え、貴族男子は目を逸らす。
「お前の口、そのまま潰されたいのか?」
レオの殺気に、会場が騒然とする。泣き出す子もいた。
私は慌ててレオの袖をつかんで、その場を抜け出した。
***
「……ごめん、私のせいだよね」
自室に戻ったあと、私はソファに沈み込みながら言った。
レオは、窓際で腕を組んでいた。
「別に。俺は、自分がキレたかったからキレただけ」
その顔は、少しだけ赤くて、少しだけ悔しそうだった。
でもその背中は、ずっと、私を庇うように立っていた。
……私はまだ、変われてない。
でも、レオの未来のために――いや、自分のためにも、やっぱり変わりたい。
***
夜。こっそり厨房を覗くと、ラトがまた生地をこねていた。
袖まくりして、小麦粉まみれの前掛け。顔には、さっきの“土”を忘れたような真剣さ。
「……今度は、ほうじ茶味にしてみようと思ってまして」
「ふふ。期待してるね」
小さな声でそう言うと、ラトはぴたりと動きを止め、赤くなって俯いた。
その横顔を見て、私は思った。
――お菓子を我慢するの、やっぱり、ちょっと難しいかもしれない。
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