9 / 12
第9話 それでも好きになってしまった
しおりを挟む
数日ぶりに、ラトの姿をまともに見た。
屋敷の中庭の端。朝露の残る石畳の上で、彼はひとり立っていた。
私に気づくと、ぴたりと動きを止める。いつもよりずっと静かな顔だった。
逃げようかと思った。
でも、ラトが両手で小さな箱を差し出してくるのを見て、足が止まった。
「……これだけ、渡させてください」
声はかすれていた。でも、真っ直ぐだった。
私は無言で受け取った。
白い箱の中には、真紅のムース。艶のあるラズベリーの層の下に、淡いピンクのローズクリーム。
小さな飾り花と、ハートを模したホワイトチョコ。
「“ラズベリーローズムース”です。……ミリエラ様を、イメージして作りました」
心臓が、跳ねた。
「……なんで、そんなの……」
「ずっと考えてたんです。伝えたくて」
ラトの手が、わずかに震えていた。
「最初は、任務でした。人間界の情報を集めて、報告して。……でも、厨房に入って、あなたが初めて“美味しい”って言ってくれて、笑ってくれて……」
彼の声は、途中で詰まった。
「気づいたら、報告よりも、焼き加減の方が大事になってて。任務なんて、どうでもよくなってて……」
私は、何も言えず、ムースを見つめた。
それは、あまりにも優しい色だった。
「騙してました。隠してました。……でも、気持ちは、本当です」
「嫌われても仕方ないって思ってました。でも、それでも、今だけは……」
彼の目が、揺れるように私を見た。
「……ずっと好きでした。昔から、ずっと」
心臓が、ずっと痛かった。
あの夜の秘密。森で聞いた言葉。
「美味しいって言ってくれるから」
それが本当なら、このムースも、あのクッキーも、全部――。
「……痩せたら可愛いって言われて、必死で変わろうとして……」
小さく笑った。
「じゃあ、もう痩せる意味ないじゃん、私」
ラトの目が見開かれた。
私は笑いながら、唇を震わせていた。
「……でも、あんたがくれたお菓子で、私、本当に変われたんだよ」
「頑張れたのも、続けられたのも、焦げても“おいしい”って思えたのも、ラトがくれた味が嬉しかったから」
「だから……ありがとう」
ラトの瞳が潤んだように見えた。
私もたぶん、目が赤くなってた。
「……私も、たぶん……ずっと、あんたが気になってた」
その瞬間、ラトの顔が真っ赤に染まり、視線が泳いで、手足がぎこちなくなった。
「っ、あの、それって……!?」
「わかんない。でも、もう“好きじゃない”とは、言えないよ」
静かな空気の中で、二人の距離がふっと縮んだ。
言葉にしなくても、通じた気がした。
***
──そして、その場面を見守っていた者たちがいた。
厨房の裏窓の奥。
「ほら! 告白、ラト様からって当たりでしょ!」「賭けに勝ったわ~」「てか、告白タイミング3日目って予言したの誰だっけ?」
「次は“初デートで渡すべき焼き菓子”会議だな」
「しっとり系で決まりでしょ。マドレーヌ一択」
厨房スタッフたちは、祭りのように湧いていた。
誰より早く、ラトの気持ちを知っていた彼らは、
ようやく完成した“甘い告白”に、そっと拍手を贈った。
屋敷の中庭の端。朝露の残る石畳の上で、彼はひとり立っていた。
私に気づくと、ぴたりと動きを止める。いつもよりずっと静かな顔だった。
逃げようかと思った。
でも、ラトが両手で小さな箱を差し出してくるのを見て、足が止まった。
「……これだけ、渡させてください」
声はかすれていた。でも、真っ直ぐだった。
私は無言で受け取った。
白い箱の中には、真紅のムース。艶のあるラズベリーの層の下に、淡いピンクのローズクリーム。
小さな飾り花と、ハートを模したホワイトチョコ。
「“ラズベリーローズムース”です。……ミリエラ様を、イメージして作りました」
心臓が、跳ねた。
「……なんで、そんなの……」
「ずっと考えてたんです。伝えたくて」
ラトの手が、わずかに震えていた。
「最初は、任務でした。人間界の情報を集めて、報告して。……でも、厨房に入って、あなたが初めて“美味しい”って言ってくれて、笑ってくれて……」
彼の声は、途中で詰まった。
「気づいたら、報告よりも、焼き加減の方が大事になってて。任務なんて、どうでもよくなってて……」
私は、何も言えず、ムースを見つめた。
それは、あまりにも優しい色だった。
「騙してました。隠してました。……でも、気持ちは、本当です」
「嫌われても仕方ないって思ってました。でも、それでも、今だけは……」
彼の目が、揺れるように私を見た。
「……ずっと好きでした。昔から、ずっと」
心臓が、ずっと痛かった。
あの夜の秘密。森で聞いた言葉。
「美味しいって言ってくれるから」
それが本当なら、このムースも、あのクッキーも、全部――。
「……痩せたら可愛いって言われて、必死で変わろうとして……」
小さく笑った。
「じゃあ、もう痩せる意味ないじゃん、私」
ラトの目が見開かれた。
私は笑いながら、唇を震わせていた。
「……でも、あんたがくれたお菓子で、私、本当に変われたんだよ」
「頑張れたのも、続けられたのも、焦げても“おいしい”って思えたのも、ラトがくれた味が嬉しかったから」
「だから……ありがとう」
ラトの瞳が潤んだように見えた。
私もたぶん、目が赤くなってた。
「……私も、たぶん……ずっと、あんたが気になってた」
その瞬間、ラトの顔が真っ赤に染まり、視線が泳いで、手足がぎこちなくなった。
「っ、あの、それって……!?」
「わかんない。でも、もう“好きじゃない”とは、言えないよ」
静かな空気の中で、二人の距離がふっと縮んだ。
言葉にしなくても、通じた気がした。
***
──そして、その場面を見守っていた者たちがいた。
厨房の裏窓の奥。
「ほら! 告白、ラト様からって当たりでしょ!」「賭けに勝ったわ~」「てか、告白タイミング3日目って予言したの誰だっけ?」
「次は“初デートで渡すべき焼き菓子”会議だな」
「しっとり系で決まりでしょ。マドレーヌ一択」
厨房スタッフたちは、祭りのように湧いていた。
誰より早く、ラトの気持ちを知っていた彼らは、
ようやく完成した“甘い告白”に、そっと拍手を贈った。
2
あなたにおすすめの小説
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
【読切短編】転生したら辺境伯家の三男でした ~のんびり暮らしたいのに、なぜか領地が発展していく~
Lihito
ファンタジー
過労死したシステムエンジニアは、異世界の辺境伯家に転生した。
三男。継承権は遠い。期待もされない。
——最高じゃないか。
「今度こそ、のんびり生きよう」
兄たちの継承争いに巻き込まれないよう、誰も欲しがらない荒れ地を引き受けた。
静かに暮らすつもりだった。
だが、彼には「構造把握」という能力があった。
物事の問題点が、図解のように見える力。
井戸が枯れた。見て見ぬふりができなかった。
作物が育たない。見て見ぬふりができなかった。
気づけば——領地が勝手に発展していた。
「俺ののんびりライフ、どこ行った……」
これは、静かに暮らしたかった男が、なぜか成り上がっていく物語。
巻き込まれて異世界召喚? よくわからないけど頑張ります。 〜JKヒロインにおばさん呼ばわりされたけど、28才はお姉さんです〜
トイダノリコ
ファンタジー
会社帰りにJKと一緒に異世界へ――!?
婚活のために「料理の基本」本を買った帰り道、28歳の篠原亜子は、通りすがりの女子高生・星野美咲とともに突然まぶしい光に包まれる。
気がつけばそこは、海と神殿の国〈アズーリア王国〉。
美咲は「聖乙女」として大歓迎される一方、亜子は「予定外に混ざった人」として放置されてしまう。
けれど世界意識(※神?)からのお詫びとして特殊能力を授かった。
食材や魔物の食用可否、毒の有無、調理法までわかるスキル――〈料理眼〉!
「よし、こうなったら食堂でも開いて生きていくしかない!」
港町の小さな店〈潮風亭〉を拠点に、亜子は料理修行と新生活をスタート。
気のいい夫婦、誠実な騎士、皮肉屋の魔法使い、王子様や留学生、眼帯の怪しい男……そして、彼女を慕う男爵令嬢など個性豊かな仲間たちに囲まれて、"聖乙女イベントの裏側”で、静かに、そしてたくましく人生を切り拓く異世界スローライフ開幕。
――はい。静かに、ひっそり生きていこうと思っていたんです。私も.....(アコ談)
*AIと一緒に書いています*
【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~
きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。
落ちこぼれ公爵令息の真実
三木谷夜宵
ファンタジー
ファレンハート公爵の次男セシルは、婚約者である王女ジェニエットから婚約破棄を言い渡される。その隣には兄であるブレイデンの姿があった。セシルは身に覚えのない容疑で断罪され、魔物が頻繁に現れるという辺境に送られてしまう。辺境の騎士団の下働きとして物資の輸送を担っていたセシルだったが、ある日拠点の一つが魔物に襲われ、多数の怪我人が出てしまう。物資が足らず、騎士たちの応急処置ができない状態に陥り、セシルは祈ることしかできなかった。しかし、そのとき奇跡が起きて──。
設定はわりとガバガバだけど、楽しんでもらえると嬉しいです。
投稿している他の作品との関連はありません。
カクヨムにも公開しています。
元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜
日々埋没。
ファンタジー
「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」
かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。
その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。
レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。
地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。
「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」
新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。
一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。
やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。
レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。
異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します
桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる
追放されたので田舎でスローライフするはずが、いつの間にか最強領主になっていた件
言諮 アイ
ファンタジー
「お前のような無能はいらない!」
──そう言われ、レオンは王都から盛大に追放された。
だが彼は思った。
「やった!最高のスローライフの始まりだ!!」
そして辺境の村に移住し、畑を耕し、温泉を掘り当て、牧場を開き、ついでに商売を始めたら……
気づけば村が巨大都市になっていた。
農業改革を進めたら周囲の貴族が土下座し、交易を始めたら王国経済をぶっ壊し、温泉を作ったら各国の王族が観光に押し寄せる。
「俺はただ、のんびり暮らしたいだけなんだが……?」
一方、レオンを追放した王国は、バカ王のせいで経済崩壊&敵国に占領寸前!
慌てて「レオン様、助けてください!!」と泣きついてくるが……
「ん? ちょっと待て。俺に無能って言ったの、どこのどいつだっけ?」
もはや世界最強の領主となったレオンは、
「好き勝手やった報い? しらんな」と華麗にスルーし、
今日ものんびり温泉につかるのだった。
ついでに「真の愛」まで手に入れて、レオンの楽園ライフは続く──!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる