12 / 12
第12話 私を甘やかしてくれた人
しおりを挟む
「やっぱり、この看板……ちょっと恥ずかしい」
朝、開店前の『ふくふく堂』。
木の扉に掛けられた丸い看板を見上げて、私は小さく唇を尖らせた。
“焼き菓子のお店 ふくふく堂”
ラトが手描きした、ふくふくした白いくまのロゴが揺れている。
初めて見たときは、「何よこれ」って言ったのに、今はもうなんだか見慣れてしまった。
「でも、気に入ってるんですよ。……あの頃のミリエラ様、ふくふくしてて、一番幸せそうでした」
「だからって店名にする?!」
「……すみません、勝手に」
ラトはへらっと笑って、今日のエプロンを身につける。
厨房の空気はあたたかく、焼きたてのフィナンシェの香りがふわりと漂っていた。
「朝ごはん、これどうぞ。白花豆とはちみつで作ったフィナンシェです」
「……え、朝からおやつ?」
「いっぱい働くから大丈夫です」
私は一口かじって、目を細めた。
しっとりして、優しくて、ちょっと懐かしい味がした。
「……はあ、幸せ」
「今日も“罪悪感ゼロ”で頑張りましょう」
「……このセリフ、なんか懐かしいね」
「“土”って言われた日から、ずっと改良してましたから」
ふたりで小さく笑い合って、オーブンのタイマーが鳴る音に振り向いた。
***
棚のいちばん下には、“あのクッキー”が並んでいた。
ラトが最初に作った、“カリカリ玄米クッキー”。
あの時は「……土?」って言ってしまったけど、今はちゃんと、美味しい。
「これは“最初の味”です」
ラトが用意したラベルには、私が書いた一文が印刷されている。
『これは“最初の味”。やさしくて、ちょっと土っぽい』
……あのときは、ほんとに土だったけど。
私は棚を整えながら、こっそり笑った。
***
開店祝いに、レオとルークがやってきたのは昼過ぎだった。
「甘そうな匂いがするな……姉さん、少しまた丸くなった?」
「おまえはほんと余計なことばっかり言うのよ!」
「“幸せ太り”ってやつだと思います!」とルークが笑ってフォローする。
「姉さん、めっちゃ幸せそうだし」
「うるさいうるさい……! ほら、これ持ってって」
私はカゴにクッキーを詰めて渡す。
レオはそれを受け取りながら、ふと真顔になった。
「……でも、ほんとに。姉さんが幸せそうでよかった」
その一言に、私は少しだけ目を細めた。
この数ヶ月、いろんなことがあった。
でも今、こうして“ここ”にいる。
それが、すべての答えだった。
***
閉店後。
一日が終わって、カウンターの後ろに並んだ空のトレーを眺めながら、私は深く息を吐いた。
「……疲れた?」
「……ううん。楽しかった」
ラトは椅子を引いて、私の隣に座った。
少し乱れた髪を指で整えながら、ぽつりと呟く。
「……今日、すごく楽しかったです」
「うん……やっと、ちゃんと“生きてる”って思える」
外からの光はすっかり薄れて、厨房のランプだけがぽつぽつと灯っている。
焼きたての残り香と、甘い紅茶のにおい。
誰もいない静かな時間。
「……ミリエラ様が、甘やかしてくれたからです」
「……違うよ」
私はふっと笑って、手を伸ばす。
「私を甘やかしてくれたのは、ラトだったよ」
そっと手を重ねる。
その温かさが、涙よりもやさしかった。
小さなお菓子屋。ふくふく堂。
やさしい味と、やわらかな時間。
ふたりだけの、静かで確かな未来。
今日も、焼き菓子の甘い香りが、ゆっくりと世界に溶けていく――
—完—
朝、開店前の『ふくふく堂』。
木の扉に掛けられた丸い看板を見上げて、私は小さく唇を尖らせた。
“焼き菓子のお店 ふくふく堂”
ラトが手描きした、ふくふくした白いくまのロゴが揺れている。
初めて見たときは、「何よこれ」って言ったのに、今はもうなんだか見慣れてしまった。
「でも、気に入ってるんですよ。……あの頃のミリエラ様、ふくふくしてて、一番幸せそうでした」
「だからって店名にする?!」
「……すみません、勝手に」
ラトはへらっと笑って、今日のエプロンを身につける。
厨房の空気はあたたかく、焼きたてのフィナンシェの香りがふわりと漂っていた。
「朝ごはん、これどうぞ。白花豆とはちみつで作ったフィナンシェです」
「……え、朝からおやつ?」
「いっぱい働くから大丈夫です」
私は一口かじって、目を細めた。
しっとりして、優しくて、ちょっと懐かしい味がした。
「……はあ、幸せ」
「今日も“罪悪感ゼロ”で頑張りましょう」
「……このセリフ、なんか懐かしいね」
「“土”って言われた日から、ずっと改良してましたから」
ふたりで小さく笑い合って、オーブンのタイマーが鳴る音に振り向いた。
***
棚のいちばん下には、“あのクッキー”が並んでいた。
ラトが最初に作った、“カリカリ玄米クッキー”。
あの時は「……土?」って言ってしまったけど、今はちゃんと、美味しい。
「これは“最初の味”です」
ラトが用意したラベルには、私が書いた一文が印刷されている。
『これは“最初の味”。やさしくて、ちょっと土っぽい』
……あのときは、ほんとに土だったけど。
私は棚を整えながら、こっそり笑った。
***
開店祝いに、レオとルークがやってきたのは昼過ぎだった。
「甘そうな匂いがするな……姉さん、少しまた丸くなった?」
「おまえはほんと余計なことばっかり言うのよ!」
「“幸せ太り”ってやつだと思います!」とルークが笑ってフォローする。
「姉さん、めっちゃ幸せそうだし」
「うるさいうるさい……! ほら、これ持ってって」
私はカゴにクッキーを詰めて渡す。
レオはそれを受け取りながら、ふと真顔になった。
「……でも、ほんとに。姉さんが幸せそうでよかった」
その一言に、私は少しだけ目を細めた。
この数ヶ月、いろんなことがあった。
でも今、こうして“ここ”にいる。
それが、すべての答えだった。
***
閉店後。
一日が終わって、カウンターの後ろに並んだ空のトレーを眺めながら、私は深く息を吐いた。
「……疲れた?」
「……ううん。楽しかった」
ラトは椅子を引いて、私の隣に座った。
少し乱れた髪を指で整えながら、ぽつりと呟く。
「……今日、すごく楽しかったです」
「うん……やっと、ちゃんと“生きてる”って思える」
外からの光はすっかり薄れて、厨房のランプだけがぽつぽつと灯っている。
焼きたての残り香と、甘い紅茶のにおい。
誰もいない静かな時間。
「……ミリエラ様が、甘やかしてくれたからです」
「……違うよ」
私はふっと笑って、手を伸ばす。
「私を甘やかしてくれたのは、ラトだったよ」
そっと手を重ねる。
その温かさが、涙よりもやさしかった。
小さなお菓子屋。ふくふく堂。
やさしい味と、やわらかな時間。
ふたりだけの、静かで確かな未来。
今日も、焼き菓子の甘い香りが、ゆっくりと世界に溶けていく――
—完—
2
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
【読切短編】転生したら辺境伯家の三男でした ~のんびり暮らしたいのに、なぜか領地が発展していく~
Lihito
ファンタジー
過労死したシステムエンジニアは、異世界の辺境伯家に転生した。
三男。継承権は遠い。期待もされない。
——最高じゃないか。
「今度こそ、のんびり生きよう」
兄たちの継承争いに巻き込まれないよう、誰も欲しがらない荒れ地を引き受けた。
静かに暮らすつもりだった。
だが、彼には「構造把握」という能力があった。
物事の問題点が、図解のように見える力。
井戸が枯れた。見て見ぬふりができなかった。
作物が育たない。見て見ぬふりができなかった。
気づけば——領地が勝手に発展していた。
「俺ののんびりライフ、どこ行った……」
これは、静かに暮らしたかった男が、なぜか成り上がっていく物語。
【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~
きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。
落ちこぼれ公爵令息の真実
三木谷夜宵
ファンタジー
ファレンハート公爵の次男セシルは、婚約者である王女ジェニエットから婚約破棄を言い渡される。その隣には兄であるブレイデンの姿があった。セシルは身に覚えのない容疑で断罪され、魔物が頻繁に現れるという辺境に送られてしまう。辺境の騎士団の下働きとして物資の輸送を担っていたセシルだったが、ある日拠点の一つが魔物に襲われ、多数の怪我人が出てしまう。物資が足らず、騎士たちの応急処置ができない状態に陥り、セシルは祈ることしかできなかった。しかし、そのとき奇跡が起きて──。
設定はわりとガバガバだけど、楽しんでもらえると嬉しいです。
投稿している他の作品との関連はありません。
カクヨムにも公開しています。
巻き込まれて異世界召喚? よくわからないけど頑張ります。 〜JKヒロインにおばさん呼ばわりされたけど、28才はお姉さんです〜
トイダノリコ
ファンタジー
会社帰りにJKと一緒に異世界へ――!?
婚活のために「料理の基本」本を買った帰り道、28歳の篠原亜子は、通りすがりの女子高生・星野美咲とともに突然まぶしい光に包まれる。
気がつけばそこは、海と神殿の国〈アズーリア王国〉。
美咲は「聖乙女」として大歓迎される一方、亜子は「予定外に混ざった人」として放置されてしまう。
けれど世界意識(※神?)からのお詫びとして特殊能力を授かった。
食材や魔物の食用可否、毒の有無、調理法までわかるスキル――〈料理眼〉!
「よし、こうなったら食堂でも開いて生きていくしかない!」
港町の小さな店〈潮風亭〉を拠点に、亜子は料理修行と新生活をスタート。
気のいい夫婦、誠実な騎士、皮肉屋の魔法使い、王子様や留学生、眼帯の怪しい男……そして、彼女を慕う男爵令嬢など個性豊かな仲間たちに囲まれて、"聖乙女イベントの裏側”で、静かに、そしてたくましく人生を切り拓く異世界スローライフ開幕。
――はい。静かに、ひっそり生きていこうと思っていたんです。私も.....(アコ談)
*AIと一緒に書いています*
元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜
日々埋没。
ファンタジー
「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」
かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。
その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。
レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。
地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。
「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」
新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。
一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。
やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。
レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。
異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します
桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる
追放されたので田舎でスローライフするはずが、いつの間にか最強領主になっていた件
言諮 アイ
ファンタジー
「お前のような無能はいらない!」
──そう言われ、レオンは王都から盛大に追放された。
だが彼は思った。
「やった!最高のスローライフの始まりだ!!」
そして辺境の村に移住し、畑を耕し、温泉を掘り当て、牧場を開き、ついでに商売を始めたら……
気づけば村が巨大都市になっていた。
農業改革を進めたら周囲の貴族が土下座し、交易を始めたら王国経済をぶっ壊し、温泉を作ったら各国の王族が観光に押し寄せる。
「俺はただ、のんびり暮らしたいだけなんだが……?」
一方、レオンを追放した王国は、バカ王のせいで経済崩壊&敵国に占領寸前!
慌てて「レオン様、助けてください!!」と泣きついてくるが……
「ん? ちょっと待て。俺に無能って言ったの、どこのどいつだっけ?」
もはや世界最強の領主となったレオンは、
「好き勝手やった報い? しらんな」と華麗にスルーし、
今日ものんびり温泉につかるのだった。
ついでに「真の愛」まで手に入れて、レオンの楽園ライフは続く──!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる