【完結】35回目の離婚公爵と、話を聞いてない嫁

かおり

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第1話 気づいたら婚約していました

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 アルデルティーネ家の応接間には、午後の日差しがやわらかく差し込んでいた。
 けれど、その空気のやさしさとは裏腹に、室内では義母と義妹の“熱弁”が止まらない。

「いい? 貴族社会というのはね、上に行くほど礼節と計略がものを言うのよ。婚姻はその中でも最も重要な取引。私たちの家の未来は、今まさに決まろうとしているの」

「お母様のおっしゃる通りですわ。やっぱり、お相手が北の公爵家となれば、それなりにね……。まあ、私は嫌ですけど。だって三十五回ですよ? 離婚。もう、笑うしかないっていうか……うふふ」

 声は聞こえている。たぶん、目の前で何か話しているという事実もわかっている。

 でも、リュシア・アルデルティーネは、今、心の旅の真っ只中だった。

(昨日の夢に出てきた、あの模様……鳥の羽根みたいだった。細くて繊細で、でも広がりがあって。銀線であのカーブを再現するには、うーん、細工用の芯を変えた方がいいかも……)

 無表情というわけではない。彼女はにこにこしている。目も口元もやわらかく、まるで人の話をきちんと聞いているような顔だ。

 けれど、それは――完全に、聞いていない。

「というわけで、あなたが北のフォルヴァン公爵家に嫁ぐことになったのよ!まずは半年、北の公爵家で結婚式の準備をしながら生活することになったわ。」

 妄想がピークに達したとき、義母の声が不意に届いた。リュシアは軽やかに心の旅から現実へと戻ってくる。

「……はい?」

「えっ?」と口にしたのは義妹の方だったが、それよりも義母が勢いよく頷いた。

「そう。だから、あなたは来週には向こうに出発するの。婚約はすでに正式に受け入れてもらったわ。お父様も同意してくださってるから、何の問題もないでしょう?」

(……あれ、いま婚約って言いました?)

 そんな顔も見せず、リュシアはただ、にこりと笑って小さく首を傾げた。

「そうですか~」

 部屋の空気が少しだけズレた気がした。義妹が「え、なにこの人、本気で気にしてないの?」とでも言いたげな顔をしている。

 けれど、リュシアは気にしていない。本当に、何も気にしていなかった。


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