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第9話 晩餐会で黙って隣にいてくれる人
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「奥様、緊張なさっていませんか?」
鏡越しに声をかけた侍女は、リュシアがあまりにも落ち着いているのを見て、逆に不安そうだった。華やかな宝石が散りばめられたドレス、慎ましくまとめられた髪。文句なしに“公爵家の奥方”だった。
けれど、その美しい姿でじっと鏡を見つめるリュシアの手には、銀細工用の小さなメモ帳があった。
「……この髪飾りの曲線、ちょっと銀で再現できそうだなって思って」
にこにこと呟きながら、さらさらとスケッチを描きかけたところで、侍女にそっとメモ帳を取り上げられた。
「それは……晩餐会のあとでお願いいたします」
⸻
会場に一歩足を踏み入れた瞬間、場の空気がふっと変わった。
煌びやかな大広間には、各地から集まった貴族たちがずらりと並び、その視線は一斉に――リュシアへと注がれる。
公爵・グレイヴ・フォルヴァンの隣に、初めて公式の場で並ぶ“新しい奥方”。噂に名高い「三十六回目の結婚」の相手であり、どんな人物かと注目されるのは当然だった。
だが、リュシアはというと、静かに椅子に座ったあと、出されたスープをひと口飲んでこう呟いた。
「……このスプーンの柄、すごく繊細ですねぇ。根元の曲線が特に」
その顔は、まるで美術館にでも来たかのように上機嫌で、まったく周囲のざわめきなど気にしていない。
「素晴らしい奥方をお迎えになったようで」と声をかけてきた老侯爵にも、
「ありがとうございます~。お料理、とっても美味しいですねぇ」と、まったく会話になっていない笑顔で返す。
貴族たちの間で“空気が読める”ことが至上の美徳とされるこの世界で、リュシアの返答はあまりに自然体すぎた。
だが――不思議なことに、それを「無礼」と受け取る者はいなかった。
「……あれが“新しいやり方”かしら」
「何も気にしてないようで、逆にすごいわね」
「動じない方だ……」
次第に、リュシアの曖昧な返答とふんわりとした笑顔は、“計算された応対”と誤解されはじめていく。
⸻
晩餐も中盤に差しかかり、席が少しざわつきを落ち着かせたころだった。
隣に座るグレイヴが、ふいに小さな声で呟いた。
「……綺麗だ」
不意の言葉に、リュシアはぱっと顔を上げた。そして嬉しそうに微笑む。
「綺麗ですよねぇ、あのフォーク~。あの先端の丸み、真似できそうです」
グレイヴは一瞬だけ目を見開いたが、何も言わず、そのまま黙って席に戻った。
沈黙が続く――けれど、不思議と気まずさはなかった。
リュシアはまたフォークに視線を戻し、目をきらきらさせている。
その横顔を、グレイヴはただ黙って見つめていた。
⸻
晩餐のあと。
使用人たちが一様に感動した面持ちで囁きあった。
「奥様……とても立派に振る舞われていました……!」
「お話の受け流し方もお見事で……!」
だが、当のリュシアはきょとんとしていた。
「え? あれで? でも確かに、皆さん素敵なフォーク使ってましたねぇ。ひとつ持って帰りたいくらい」
その感想に、周囲の使用人はそっと苦笑いする。
帰りの廊下。
ふたり並んで歩く背中に、広間の灯が静かに揺れていた。
そして、グレイヴがぽつりとつぶやく。
「……あのままでいい」
「え?」
リュシアは首をかしげたが、その意味を深くは問わなかった。
答えよりも、並んで歩けている今の静けさの方が、ずっと心地よかったから。
鏡越しに声をかけた侍女は、リュシアがあまりにも落ち着いているのを見て、逆に不安そうだった。華やかな宝石が散りばめられたドレス、慎ましくまとめられた髪。文句なしに“公爵家の奥方”だった。
けれど、その美しい姿でじっと鏡を見つめるリュシアの手には、銀細工用の小さなメモ帳があった。
「……この髪飾りの曲線、ちょっと銀で再現できそうだなって思って」
にこにこと呟きながら、さらさらとスケッチを描きかけたところで、侍女にそっとメモ帳を取り上げられた。
「それは……晩餐会のあとでお願いいたします」
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会場に一歩足を踏み入れた瞬間、場の空気がふっと変わった。
煌びやかな大広間には、各地から集まった貴族たちがずらりと並び、その視線は一斉に――リュシアへと注がれる。
公爵・グレイヴ・フォルヴァンの隣に、初めて公式の場で並ぶ“新しい奥方”。噂に名高い「三十六回目の結婚」の相手であり、どんな人物かと注目されるのは当然だった。
だが、リュシアはというと、静かに椅子に座ったあと、出されたスープをひと口飲んでこう呟いた。
「……このスプーンの柄、すごく繊細ですねぇ。根元の曲線が特に」
その顔は、まるで美術館にでも来たかのように上機嫌で、まったく周囲のざわめきなど気にしていない。
「素晴らしい奥方をお迎えになったようで」と声をかけてきた老侯爵にも、
「ありがとうございます~。お料理、とっても美味しいですねぇ」と、まったく会話になっていない笑顔で返す。
貴族たちの間で“空気が読める”ことが至上の美徳とされるこの世界で、リュシアの返答はあまりに自然体すぎた。
だが――不思議なことに、それを「無礼」と受け取る者はいなかった。
「……あれが“新しいやり方”かしら」
「何も気にしてないようで、逆にすごいわね」
「動じない方だ……」
次第に、リュシアの曖昧な返答とふんわりとした笑顔は、“計算された応対”と誤解されはじめていく。
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晩餐も中盤に差しかかり、席が少しざわつきを落ち着かせたころだった。
隣に座るグレイヴが、ふいに小さな声で呟いた。
「……綺麗だ」
不意の言葉に、リュシアはぱっと顔を上げた。そして嬉しそうに微笑む。
「綺麗ですよねぇ、あのフォーク~。あの先端の丸み、真似できそうです」
グレイヴは一瞬だけ目を見開いたが、何も言わず、そのまま黙って席に戻った。
沈黙が続く――けれど、不思議と気まずさはなかった。
リュシアはまたフォークに視線を戻し、目をきらきらさせている。
その横顔を、グレイヴはただ黙って見つめていた。
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晩餐のあと。
使用人たちが一様に感動した面持ちで囁きあった。
「奥様……とても立派に振る舞われていました……!」
「お話の受け流し方もお見事で……!」
だが、当のリュシアはきょとんとしていた。
「え? あれで? でも確かに、皆さん素敵なフォーク使ってましたねぇ。ひとつ持って帰りたいくらい」
その感想に、周囲の使用人はそっと苦笑いする。
帰りの廊下。
ふたり並んで歩く背中に、広間の灯が静かに揺れていた。
そして、グレイヴがぽつりとつぶやく。
「……あのままでいい」
「え?」
リュシアは首をかしげたが、その意味を深くは問わなかった。
答えよりも、並んで歩けている今の静けさの方が、ずっと心地よかったから。
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